56.聖女一行
ラーゼント王国が炎に包まれたその日の夜。
聖女一行はカーバイエット盆地を抜けて直ぐの位置に居た。
≪魔獣≫や≪魔人≫を避けるため、カーバイエット盆地の側面に存在した山岳地を移動し何とか発見されずに此処まで来れたのだった。
闇夜の中で彼等は焚火の光を頼りに僅かな休息を取っていた。
今この場で起きているのは火の番をしているベンジェフと周囲で警戒をしている部下の何人か、そして一三だけだった。
ベンジェフはいつまでも眠る気配を見せない一三に話し掛けていた。
「ヒトミ様、明日は日が出る頃にはここを発たなければなりません。少しでもお休みになられた方がよろしいかと」
彼の気遣いに対して一三は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべて答えた。
「お気遣いありがとうございます。ベンジェフ騎士団長様、ですが今の私は眠れない・・・いえ、睡眠の必要が無いのです」
「!・・・それは・・どういう事なのでしょうか?」
「その・・・眼と同じでこの身体に成る前の機能を引き継いでいる様でして・・・私はこの世界に来てから、一度も睡眠をとっていないのです。ベッドで横になっていたのは、人、と云うよりも生き物のふりの為なんです」
一三は自身に封じられていた記憶と、召喚陣にて兄である一から受け継いだ記憶を自分の中で擦り合わせてベンジェフに説明を始めた。
「虫・・あの姿の時、私の身体は生物としての機能は有りませんでした。装置としての機能しかなかったので生物が行う最低限の行動が予め設定されていたんです」
「せってい・・・ですか・・?」
「説明は苦手なので少し分かり難いかもしれませんが、彼ら≪インセクタス≫の技術は恐ろしく進んでいるんです。私の身体の表面を覆っていたあの殻は、特殊な素材のナノマシンで構成されているんです。・・えーっと、ナノマシンと言うのはですね、人には見えない程に小さい・・え~っと」
「あっ、あのヒトミ様。大・・丈夫ですから、ゆっくり考えて頂いてからでも構いませんので、何といいますか・・・」
「すっ、すみません・・・」
「いっ、いえ、こちらこそすみません・・・」
説明するために必要な理解力、説明されるために必要な知識力、諸々をお互いに不足していたため、お互いに謝りあっている。
居た堪れない空気で静まり返った中、一三は移動時にも感じていた後ろ髪を引かれる様な一抹の不安を吐露した。
「あの・・・王都の方は・・どうなったんでしょうか?」
一三がそれを声に出した時、僅かにその手を震わせていた。
彼女の怯えにも近いその所作とそれが何を意味しているのか感じ取ったベンジェフは、少しでもその不安の重さを軽減できればと考え、ハッキリした口調で断言した。
「大丈夫です。西門の守りについている彼らだけでなく、私達の後続の本隊もいるのです。それにヒトミ様が思っているよりも彼等は強いのです。何の心配もありません」
勿論これはベンジェフの嘘である。
当初の作戦通りにいっているとするならば、本隊ならいざ知らず、西門の直衛に回った彼等の生存は絶望的であることは作戦の承認を行ったベンジェフはよくわかっているのだ。
たとえ彼等自身が望んだ事だとしても最終的に命令として指示を出したのは、騎士団長であるベンジェフと他にも多くいた首脳陣達なのであった。
これは一団長として自分達が負うべき罪なのだ。
ベンジェフ自身はそう考えているのである。
そしてそれは決して目の前にいる一三には気取られてはならない事なのだった。
でなければ、恐らく彼女までも自ら進んでその罪を被ろうとするからである。
だからこそ、ベンジェフは少しでも話題を変えつつ明るく振る舞おうとしているのであった。
「あーと、ヒトミ様。すみませんがお願いがあるんです」
突然のベンジェフからの、もっと言うと男性から初めて言われたお願いである。
唐突な予想外の話題に一三は暫し反応が遅れながらも聞き返した。
「え・・?・・・あっ!はっはいっ!?何で・・しょうか・・・?」
「あ~、いえっ。変な事では、決して無いのですが・・・」
歯切れの悪そうな自身の言葉を切る様に一つ、ゴホンッと咳ばらいをしてからベンジェフは話したのだった。
「私の事はベンジェフと御呼びください。騎士団長様と言われるのはどうも・・その・・・はい」
ベンジェフは何か後ろめたい事でもあるかのように顔を引きつらせ、一三に自身の呼び方を提案したのだった。
今回もここまで読んで頂きありがとうございます!
|д゜)
今回の話の主軸は“↑これ”に付きます。
次回もよろしくお願いします!
では!




