55.命の灯
―ラーゼント王国西門城壁・歩廊―
「失礼しますっ!≪魔人≫が間もなく弓兵の有効射程に入りますっ!!」
夕刻に入った頃、作戦の最終確認を行っていた司令官の老騎士と副司令官の老兵士の二人に部下の伝令係から報告が上がった。
「以外に遅かったな」
「≪魔人≫の歩行速度は我々人類のそれと大差ない様ですね」
「まぁ、いいさ。早く来られてこちらの準備が整ってない状態よりもずっといい」
「我々兵士や騎士でしたら厳罰ですが?」
「ふんっ、奴等には規律など無いのであろう」
軽口を叩きながら二人は城壁の歩廊を通り西門へと向かった。
西門へ到着した二人を確認した弓兵達は敬礼した。
そして、弓兵部隊の指揮官が彼等に現状の説明を行った。
「≪魔人≫共ですが、奴らの中に弓を装備した個体を確認しています。ですが奴らの矢筒には有っても一~二本程度の矢しか残っておらず、中には一切残っていない個体もいます。」
その報告に副司令官は呆れながら司令官に尋ねた。
「奴等には規律云々ではなく、そもそも戦いという概念が無いのでは?」
「・・・私が知る訳が無いだろう」
「御尤もで」
そんな話をしながら、二人はわざと歩廊から顔を覗かせた。
それと同時に二方向から矢が飛び上がって来たのだ。
尤も、二人にはその攻撃は予想通りで首を僅かにに反らした程度で簡単に回避した。
近くで見ていた者達もその姿に驚いた様子は無い、ただ成程と何か納得したような表情で矢の軌道を見ていた。
二人は矢を回避すると少し下がり、追撃が来ない事を確認した。
そして改めて≪魔人≫について話し始めた。
「どうやら力は有るようだな、弓が折れんばかりに引き絞ってここまで射ってくる」
「狙いも決して悪くないですね。・・・道具の運用は出来ずとも使用はできると、なんとも中途半端な者達ですね」
「馬鹿力という点には注意が必要だろうな。接近しての白兵戦は可能な限り避けたい、一対一に持ち込めないのであれば特にな。可能な限り≪魔人≫の数を減らし、優先的に敵の弓兵を落とせと全弓兵に指示を出せ」
「・・・敵の弓兵は勝手に矢が切れるのでは?」
「ここで使い切ってくれるなら問題は無い。だが万が一歩兵部隊が白兵戦中に矢が射られたら厄介だ、確実にここで落とす」
「はっ!了解しましたっ!」
話が纏まった事を確認した弓兵部隊指揮官は即座に命令を受諾し、全弓兵に指示を出しに向かった。
彼等の様子を見ている者が居た。
老齢の兵士や騎士の中に一人だけ若輩の兵士。
彼は不服気味に司令官と副司令官の二人を睨みつけていた。
そんな彼に、左足が義足の老騎士が視線は手元に向けて作業をしながら話し掛けたのだ。
「・・・どうした?小僧」
「俺達はここに≪魔獣≫とか≪魔人≫やらと戦いに来てるんだよな?」
「そうだぞ」
「だったら何で俺は前線から外されて罠のメンテナンスなんてやらされているんだよっ!」
「腐るなよ小僧。これも立派な戦闘準備ってやつだ」
「そんな事は俺だってわかってるんだよ!何で俺なのかって聞いてんだっ!」
「・・・よし、終わった。・・・順番だからだ」
手元の作業を終えて、立ち上がりながら義足の老騎士は答えた。
「なんだよ・・・順番って」
「まぁ、何時かわかるさ。さぁ、次で最後だ」
「・・・最後は王城だったな」
あからさまにはぐらかされて少々不服に感じながらも彼は義足の老騎士の言葉に追従した。
彼の態度に義足の老騎士は少しだけ苦笑いを浮かべた後、直ぐに表情を引き締めて言葉を続けた。
「ああ、そうだ。ここからがこの作戦の肝だ」
義足の老騎士は王城を見ながらそう言って次に西門の外側を一瞥した。
西門の外では既にこちらの弓兵が放った弓矢で撃破されていってはいるものの、まったく勢いの落ちない≪魔人≫達が西門へと歩みを進めていた。
―ラーゼント王国西門・城下―
「おぉ、おぉ。多いねぇ」
「いや、あれは多いで済ませられる量じゃねぇだろう」
≪魔人≫の侵攻を見ている年配の兵士二人が一人は半笑いで宣い、もう一人が真顔で突っ込みを入れていた。
「いやぁ、出来れば兄弟のやってた屋台に来て欲しかったなぁ・・・客として」
「いや、アレは客じゃなくて敵だろう」
「分かってんだけどねぇ、あっ!あそこっ!誘導用の馬房柵をぶっ壊しやがったっ!!」
「!・・・≪魔獣≫とは違って迂回せずに真っ直ぐ来るぞ」
「くそっ!マジかよっ!」
「みたいだな・・・。だとしたら俺達のすぐ後ろにいる特殊弓兵の奴らが使ってる馬房柵も使い物にならないな」
「ちっ!おーいっ!!後ろの奴等気を付けろっ!奴等っ馬房柵を「来たぞっ!!」」
後方へと彼等が発見した事を説明している中遂に≪魔人≫共が西門の城下に侵入してきたのだった。
彼等は自分達の伝えた情報がしっかりと周知されたか確認する間もなく≪魔人≫との戦端が開かれた。
―ラーゼント王国王城・循環水路水源施設―
義足の老騎士と若輩の兵士は、王城敷地内に設置されている水源施設で最後の仕掛けを行っていた。
城下に張り巡らされた水路へ、高低差を利用して水を流す為にこの国で一番の高所である王城にて建造された施設。
その施設から流れる水が彼等の仕掛けとして塞き止められ、国中に張り巡らされた水路への供給が停止したのだった。
全ての水路から水がなくなるまでもう一時間も掛からないだろう。
「・・・しっ、これで完了だ。おい!騎士のじぃさんこっちは終わったぞ!」
「ああ・・・。こっちも終わった」
「しかし、とんでもねぇ作戦だな。この王国自体を火の海にしちまうなんて」
「無尽蔵に湧いて来る奴等とやり合うにはそんだけの手でも使わなきゃ話にならないんだよ。・・・大本には聖女様一行が先行してる」
「それで、≪魔人≫共を一匹でも多くここと道連れにして、残りを本隊がバクランズ連邦国へ行軍しながら屠るって作戦ねぇ」
「・・・不服そうだな?」
「不服っつーか・・・気に入らねぇ、要はここに居る騎士や兵士は人柱って話じゃねーか。一体いつからこの国は人間をそんな風に扱う様になったんだろうな」
「気に入らない・・・か。小僧この作戦を誰が立案したか知っているか?」
「あぁ?そんなの王ぞ「俺達だ」」
若輩の兵士の言葉に被せる様に義足の騎士が話し出した。
「俺達が話し合って立てた作戦だ。陛下や周囲の貴族方、各団長も反対を示したが俺達が無理やり承認させた」
「はっ?なん・・で」
「これは俺達が発端の作戦だ。俺達の意志で行う作戦だからこそ志願制にして、この作戦に全てを賭けたいと思う奴だけ集めたつもりだったんだがな・・・」
「・・・」
「俺達は何度も続く奴等との戦いの中で色んなものを失くしちまったんだ。故郷だったり、友だったり・・・家族だったり。本当に色んなものを、失くしちゃいけないものを失くしたんだ・・・」
義足の老騎士は生身の方の手に、真っ赤な自身の血液を滴らせながら握りこぶしを作り話を続けた。
「俺達には戦場しか無いんだよ。俺達は騎士であり兵士であり、この国の守り人なんだ」
「じぃさん・・・」
老騎士は自嘲気味に話を続けた。
「それにな、この国をもう一度立ち上げるのに多すぎる人員は必要ねぇんだよ」
「?・・・っ!?それってっ!」
「この戦いの前に収穫が終わったのは本当に幸運だった。この辺り一帯の復興には暫く時間が掛かるだろう、だが復興に必要な国民に備蓄した食糧が有れば先ずこの年を飢える事無く過ごせる。俺達が居なくなった分余計に食料が残るしな」
「・・・!」
「わざわざ俺達死にぞこないの為に大事な食糧を消費させる必要は無い」
「じぃさんっ!!」
若輩の兵士のその声に反応する様に彼の顔を老騎士は見た。
「あんたらはっ・・・、死にぞこないなんかじゃねぇ!」
「小僧・・・」
「あんたらは散々失くしてきたんだろうがっ!!だったら・・・もう・・十分じゃねぇか・・・これ以上っ!!手前の命まで失う必要はねぇだろうっ!!」
若輩の兵士の口から出て来る慟哭が辺りに響いた。
「それにっ!・・・じぃさん達よりも・・俺の方が・・・生きて良い資格が・・ない」
彼の声は懺悔へと変わり、その中に後悔と言える感情で汚染されていた。
「俺は・・・自分の・・大事な・・・」
彼の後悔の念は自身の心を圧迫し、声にもその感情が顕わになり途切れて。
「っ置いて逃げちまったんだよっ!!」
そして、感情が爆発した。
彼の脳裏に在るのは≪魔獣≫共に蹂躙される故郷、助けを求める人々、無残にも殺されていく家族、そしてそれらの光景から逃げる様に走る自分自身。
自身の行いに対して憤り、周囲からの彼の評価もとても戦友に対する物では無かったのだ。
彼は今までそれに押し潰されない様に生きて来たのだった。
そんな彼の事をただじっと見ていた老騎士はそっと呟いた。
「・・・それでも生きろ」
老騎士の言葉は彼にとっては予想外だったのか、僅かの間彼から言葉も思考も途切れた。
「お前自身の手で大事なものを置いて来たのなら、尚の事お前は生きなければならない。お前の後悔の念が本物であるのならば、情けなかろうが何だろうが地を這い、泥を啜ってでも生きて証明しなければならない。お前の置いて来たもの達の存在が、決して無駄ではないと言う事を」
「っ分かってるよ!だから俺は・・・」
「自惚れるなっ!!」
若輩の兵士の言葉を切る様に義足の老騎士は彼の胸倉を掴み声を荒げた。
「今のお前の命にどれほどの価値がある!俺達の様に自身の使命を全うしたのか?全うした上で死に場所を探しているのか!?」
尚も義足の老騎士の言葉は続く。
「お前はただ自責の念に堪えられずに死と言う逃げ場所を探しているだけだろうっ!」
その言葉に若輩の兵士は反応した。
「あ、あんただって失くしたからっ!」
「そうだ!俺達は失くしたっ!その上で今日まで生きて、そして戦い続けたんだ!!」
「!」
「お前は如何だっ!お前はもう十分に生きて戦い抜いたのかっ!?」
「そ、れは・・・」
義足の老騎士の剣幕に込められた想いは、若輩の兵士の声を留まらせた。
そして、彼等の会話の決着を待たずして複数の駆ける様な足音が近付いてきた。
二人は何事かとそちらに視線を移した。
その際に見えた西門側は、仕掛けを行い始めた頃と様相を変えていた。
建物と建物の隙間にゆっくりとだが確かに闊歩する黒ずんだモノ達。
その黒い波は街路のみならず、城壁上部である歩廊にもその姿を現わせようとしていたのである。
「『左足』と小僧!奴等が来るぞっ!!」
そう叫んだのは足音達の一人である右腕が義手になっている老騎士だった。
彼を含む共に駆けて来る者達の身体は≪魔人≫共の返り血に塗れていた。
「『右腕』っ!現状はどうなっている!?」
「既に城下の半分が奴らに飲まれたっ!直にここにも来るぞっ!」
緊迫した感情が周囲の者達からも沁み出していた。
もはや一刻の猶予も無いと言える状況がここに押し寄せようとしていたのだ。
義手の老騎士が仕掛けである水路に目を遣り、義足の老騎士に問いかけた。
「仕掛けの方はどうなっている!?」
「水はもうじき完全に引く、後は流すだけだ。小僧!」
そう言って義足の老騎士は若輩の兵士の方向を向き、彼に指示を出した。
「小僧っ!お前は水の代わりにありったけのアレが入ってる増設した貯水槽をさっき塞いだ水路の源流と繋げて流せっ!」
「はっ!?じぃさん達はどうするんだよっ!!」
「俺達は俺達の成すべき事を成すっ!!お前はお前の成すべき事を成せっ!!」
「ふざけっ!?」
「頼んだぞ。小僧」
「!?」
若輩の兵士は言葉が出て来なかった。
彼の目の前に居る老騎士達は誰一人として彼が今まで向けられていた様な、軽蔑や侮蔑の混ざった目で見ていなかったのだ。
彼等の目からは、信頼と言う彼が最も渇望していた意思が感じられた。
そして、そこに居る老騎士達は全員が彼一人に敬礼を送った。
それはこれから戦地へと赴く戦友に対して贈られるような、あまりにも綺麗で、そして力強いものだった。
「よしっ!俺達は城下へ行くぞっ!仕上げが終わるまで俺達で奴等の侵攻を防ぐぞっ!」
「・・・っ、おいっ!あんた等!」
老騎士達が城下へ向かおうと歩を進めようとした時、後ろから声が掛かった。
彼等が振り向くとそこには、一人の兵士が敬礼をしていた。
彼は敬礼を解いて老騎士達に言い放った。
「俺がここを護るっ!!あんた達は思う様に戦ってくれ!・・・ここは、この戦場はあんた達にとって最後の舞台なんだろう!?」
彼は必死に言葉を紡ぎ出し、彼等を送り出す言葉を送った。
「俺に見せてくれ!あんた達の一成一代の生き様をっ!!」
彼の眼はまるで子供のような、期待が込められキラキラとした眼をしていた。
自然と老騎士達の口元が歪んでいく。
嘲笑ではない。
それは歓喜の笑顔と言えるのだろう。
「ああ、見ていてくれ。俺達の生き様を!!」
彼等の返答を聴き、兵士は振り返り、老騎士達も振り返った。
自分達の成すべき事を成す為に。
彼等の戦いが始まり、やがて街中に酒精の香りが流れ始めて行った。
酒精が街を覆いつくさんとした頃、この国で最も高い場所に
火が点いた。
火はまるで水路を走るように舞い、舞った火は家々へと手を伸ばし、やがて炎となっていった。
王都が燃える。
城壁の歩廊で抵抗を続ける者達
城下で≪魔人≫に囲まれながらも戦い続ける者達
そして、血まみれになりながらもこれを成した者
彼等の命を巻き込んで、炎はやがて灯となり人類による反撃の為の道しるべとなる。
王国後方にて待機していた者達が動き出した。
全てを燃やし尽くさんとする灯に導かれて、散っていった者達の命を無駄にしまいとするために。
侵攻して来た≪魔人≫は既にその八割が炎に飲まれていた。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
そして大変お待たせして申し訳ございませんでした!(投稿とか)
これにて、西門戦は終了となります。
次回からは本隊。
一三達の話になりますので、宜しくお願いします!
では!




