54.傷跡と覚悟
―ラーゼント王国西門・城下―
開戦から二時間。
ラーゼント王国西門内は本来、乳白色の石畳と灰色の目地材で彩られた大通りで、周囲の建物も薄灰色の漆喰の壁によく育った杉の柱で建てられていた。
豪奢な造りでは無いものの、一国の主要都市の玄関口としては他の国と比較しても、申し分ない程に整然とした街並みであった。
しかし、現在のこの場所にその面影は無く、黒く濁った血で壁は汚され、黒い獣達の屍によって大通りは埋め尽くされている。
屍が放つ独特の死臭が辺り一帯に立ち込め、静寂が支配する中で人間達の空気を求める呼吸だけが音を立てていた。
半時程前から≪魔獣≫の侵攻は収まり、暫しの休息がここにいる全ての者達に訪れた。
≪魔獣≫との戦いは熾烈を極め、特殊弓兵に損害は無かったものの、第一線で武器を手に白兵戦を行っていた歩兵部隊は四百七十名中、九十三名が帰らぬ人となっていた。
生き残った者の中には重傷者は一人もいなかった、それは重症になったと自覚した者が率先して前突出して≪魔獣≫共の注意を惹きながら、その命が尽きるまで武器を振るっていたからだ。
彼等は重傷を負う事で部隊の足手纏いになるぐらいなら、己に残った力を振り絞り最後まで戦って死ぬ事を選んだからである。
生き残った者達はその思いを理解し、だからこそ彼等に救いの手は出さずただ眼前の≪魔獣≫共を屠る事のみを考え戦ったのだ。
しかし、それでも逝ったのは間違いなくここに集い共に戦った戦友なのだ。
彼等に涙はいらない。
だがせめて彼等が悠久の昔から在るとされている“天国”にて、安らかな眠りについて欲しいと願いを込めて、周囲に在る建物の中でシーツを敷き彼等を横たえたのだった。
これ以上の戦いで彼等の亡骸が無情にも踏み砕かれぬように。
僅かな黙祷。
彼等の瞼には戦い果てた戦友の顔が映る。
戦友の顔は笑顔だった。
なればこそ、彼等も笑顔を作りそして武器を手にした。
戦友の様に誇らしく死ぬ為に。
―ラーゼント王国西門城壁・歩廊―
「・・・副司令、被害状況はどうなっている」
司令官の老騎士は周辺の被害状況を報告に来た副司令官の老兵士に尋ねた。
「はっ!我が方の損害状況は戦死者が九十三名、重傷者無しの軽傷が十八名になります。特殊弓兵に負傷者は出ていませんが、彼等の装備する特殊弓ことクロスボウが過度の使用により一部の機構に綻びが生じています。現在部品の交換作業を行っております」
淡々と状況説明を行う副司令官と彼を真っ直ぐに目で捉えて説明を聴く司令官。
死者や負傷者の数を酷く落ち着いて取り扱っている様は、事情を知らない人間から見れば人の死すら数字として認識する冷血漢と感じるのかもしれない。
だがしかし、彼等は決して冷血漢でも無ければ、人の死を数字としてしか見ていない訳では無い。
彼等は唯知恵を振り絞っているだけなのだ、これ以上犠牲が出ない様にでは無く、死んで逝った彼等の生き様と死に様を無駄にしない為に、勝つ手段を考えているのだ。
副司令官の報告が終わり、司令官が更に尋ねる。
「≪魔人≫の到達まではどの位だ?」
「はっ!夕刻前には西門に到達すると予想されます」
それを聴き、司令官は真昼の空を暫しの間見上げてから言った。
「例の策の準備が間に合って良かった」
「・・・そうですね、後は成功さえすれば」
「そうだ、成功すれば俺達の勝ちだ」
副司令官の肯定の言葉に被せる様に司令官は言葉を被せて続けた。
「そしてその後は、若いやつらの仕事だ。上手くバトンを渡してやろう」
副司令官はその言葉に苦笑する様に答えた。
「ならば、しっかりと成功させましょう。バトンを渡すのはそれからです」
「・・・そうだな」
司令官もまた、つられる様に苦笑していた。
今回もここまで読んで頂きありがとうございます!
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次回をお楽しみに!
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