第7話 ニューゲートの町 メゾン・グラディス
「見えたぞ! ニューゲートの町だ!」
日が西に傾いた頃、幌馬車の御者台から父さまが前方を指さした。
私は父さまの隣に座る母さまに抱かれたまま前方を見る。
「わっ! おっきい!」
私たちの乗る幌馬車は街道を走っていて、丘の上からニューゲートの町を見下ろしている。
ニューゲートは大きな町で、開けた土地に広がっていた。
いや、町というよりは都市だねぇ……。
異世界にこんなに発展している都市があるとは思わなかったよ……。
私たちは町の南側にある街道を進んでいる。
ニューゲートの町は、東側は広大な森に面していて、北、西、南には平地となだらかな丘だ。
町の周囲は農地が広がっている。
さらに驚いたのは汽笛の音だ。
遠くから汽車が近づいてくる音がする。
やがて汽車が見えた。
東側の森の中を映画やドラマで見たことのある蒸気機関車が走っている。
車両は十両。
客車が三両に残りは貨車だ。
汽車はしゅっぽしゅっぽ言いながら、ニューゲートの町に入っていった。
「とーさま! かーさま! しゅっぽ! しゅっぽ!」
「あれは汽車というんだよ」
「ふふ。キャリー。父さまも母さまも、あの汽車に乗って来たのよ」
私は蒸気機関があることに衝撃を受けた。
父さまの銃を見た時から文明レベルがそれなりの世界だろうと思っていたが、蒸気機関が存在し汽車が走っているとは……。
私たちの住んでいる開拓村とは大きく違う。
開拓村とニューゲートの町では、百年くらい文明レベルに開きがあるんじゃないだろうか。
そういえば、地球の発展途上国では、都市部と地方の農村部では文明度が大きく違うと聞いたことがある。
都市部は電気ガス水道といったインフラが整備されているが、地方の農村部では電気ガス水道はなく、薪と井戸がいまだに使われているそうだ。
――町の中はどうなっているんだろう?
私たちの乗る幌馬車は、ニューゲートの町へ入った。
ニューゲートは活気溢れる町だった。
通りが広く石畳で舗装されていて、沢山の馬車と人々が行き交う。
街角では小さな子供が元気に走り周り、屋台が美味しそうな匂いをさせ、屋台の親父さんが元気に客引きしている。
妖精のベルが私の麦わら帽子の下から顔を出した。
『キャリー! 美味しそうだよ!』
『本当だね!』
妖精のベルが念話で話しかけてくる。
屋台で売っているお肉の串焼きはとても美味しそうだが、まだ離乳食の私は食べられない。
残念! 大きくなったら食べに来たいな。
建物は木造で二階建てや三階建てが多い。
板を横に貼付けた外壁をしている。
外壁は白や水色、時には黄色に塗られた家があって、爽やかな印象だ。
私はこの建築様式を知っている。
前世の記憶をたぐっていると思い出した。
――アーリー・アメリカン様式だ!
日本でもアーリー・アメリカン様式の家が近所にあった。
駐車場にサーフボードが置いてあったり、ルート66のステッカーが貼ってあったりした。
私はニューゲートの町が気に入った。
自分の知っている建築様式というだけで親しみがわく。
ただ、ちょっと気になったのは、ニューゲートの町の人々の服装は私たちと大差がなく、ボロ……とはあえて言わないが……、あまり上等な服は着ていない。
活気はあるけれど、町の人は裕福というわけではなさそうだ。
――なんでだろう?
私は疑問に思いながらも、目に映る情報を次々と咀嚼していった。
町へ入って十五分ほど、父さまは道行く人に尋ねながら馬車を進めている。
「うーん、どこだろう……。あっ! あった! あった!」
どうやら目当ての店を見つけたようだ。
立派な店構えの大きな商店だ。
看板には『メゾン・グラディス ニューゲート支店』と書いてある。
メゾンは、この場合は商会……、グラディス商会だ。
私はこの世界の文字を初めて見た。
アルファベットのような文字だが、地球の文字とは違う。
なのに違和感なく読める。
恐らく神様が読めるようにしてくれたのだろう。
ありがとう、と心の中で神様に手を合わせた。
父さまがメゾン・グラディスの前に幌馬車を止めると、十歳くらいのこぎれいな服を着た男の子が駆け足でよってきた。
「旦那! メゾン・グラディスに御用ですか?」
「ああ。桃とリンゴを売りに来た。私はラ・ファール男爵家のアランだ」
父さまは懐から短剣を取り出して、男の子に見せた。
すると男の子は飛び跳ねるように姿勢を正した。
「貴族様でいらっしゃいますね! 店主に取り次ぎます!」
「よろしく頼む」
父さまの貴族らしいところを初めて見てビックリ!
私たちはすぐに店に通された。
幌馬車はさっきの男の子が番をしてくれるそうだ。
通されたのは品の良い応接室で、父さまと母さまはふかふかのソファーに座った。
私は母さまにだっこされたまま。
妖精のベルは、ソファーの背もたれにチョコンと座っている。
メイドさんが高そうな白磁のティーカップにお茶を入れてくれた。
ティーカップはロイヤル○ペンハーゲンに似ている。
こんな品の良いティーカップは開拓村の家で見たことがない。
木のカップ、木の皿、木のスプーンしかないからね。
でも、父さまは慣れた手つきでティーカップを手にした。
お茶の香りを楽しみ一口紅茶を飲む。
「うん♪ マリーも飲んでご覧。良い茶葉だよ」
「まあ! 私もいただくわ!」
母さまは、私にかからないように注意してお茶を飲んでいる。
香りからすると紅茶っぽい。
こういう父さまと母さまを見ると、二人は貴族のお坊ちゃん、お嬢さんなんだなと思う。
二人とも紅茶を飲む所作が上品だし、高級な応接室やティーカップにも物怖じしない。
開拓村では毎日畑に出て土にまみれて、毎日の食事はパンとスープだけだった。
私がリンゴや桃を変換スキルで生み出すようになって、ちょっと改善されたけど、まだまだ栄養が足りない。
そんなハードなスローライフとは程遠い田舎の貧乏暮らしに、貴族のお坊ちゃんお嬢さんがよく耐えられるよね……。
私は父さまと母さまのメンタルタフネスぶりに感心してしまった。
『ねえ、ベル』
『なあに? キャリー』
『桃とリンゴが高く売れるといいね』
『きっと高く売れるよ! だって私が大きくなあれ! ってしたんだもん!』
『そうだよね!』
そうだ。
今日、持ち込んでいるのは妖精のベルが育てた桃とリンゴなのだ。
見た目も高級感があるし、味も良いと思う。
日本の高級フルーツパーラーで食べたフルーツのような味だった。
きっと高く売れるはずだ!
高く売れて、父さまと母さまが、美味しい物を食べられると良いな。
ドアがノックされて、品の良い服に身を包んだ中年男性が部屋へ入ってきた。
男性は、父さまがローテーブルの上に置いた短剣をチラリと見た後、父さまと母さまに向かって丁寧に挨拶をする。
「お待たせをいたしました。メゾン・グラディス支店長のカーベルと申します」
「私はラ・ファール男爵家三男のアランだ。現在は新騎士爵として新領地で開拓を行っている」
「左様でございますか。ラ・ファール男爵様とは、本店がお取引をさせて頂いております」
「うん。それでメゾン・グラディスの名前を覚えていたんだ。こちらは妻のマリー。ジャグワール騎士爵家四女だ。それから娘のキャリー」
「ジャグワール騎士爵家といえば、魔法だけでなっく槍も有名な騎士家でございますね。どうぞよろしくお願いいたします」
「よろしく」
支店長のカーベルさんは直立で頭を下げているが、父さまと母さまはソファーに座ったままだ。
日本では考えられない対応と身分差に私は衝撃を受ける。
会社員時代に名刺交換をする時なんて、お互い頭を下げ合っていたもん。
私が大人になった時、父さまや母さまみたいに鷹揚に振る舞えるかな?
この支店長さんも凄いな……。
父さまと母さまの実家について、パッとコメント出来るんだ……。
貴族のデータが頭に入っているんだね。
それに父さまと母さまの着ている服は普段着で、とても貴族が着る服ではない。
それでも二人をあなどったりせず、きちんと貴族として対応する。
さすが支店長さんだ。如才無い。
支店長カーベルさんの視線が、妖精のベルへ向いた。
「やっ!? フェアリーをお連れでございますか!?」
「うん。娘になついているんだ」
「お嬢様に!? それは凄い!」
「ハッハッハッ! 娘は魔法の天才なんだ!」
父さまが親バカを爆発させている。
「アラン様。今日は桃とリンゴをお売りいただけると聞きましたが?」
「うん。そうなんだ」
「かしこまりました。それでは――」
商談が始まった。
私は赤ん坊だから当然黙って聞いていたけど、かなり心配になった。
父さまは貴族のお坊ちゃん気質だ。
開拓地で苦労はしているけど、素直というか、何というか……。
ノンビリしている。
今日だって、こんな高級そうな商会で商談するなら、もっときれいな服を着てくれば良いのにな。
そういうところに気が回らない?
いや、貴族家のお坊ちゃんだから、実家にいる時は身の回りの世話をしてくれる人がいたのかな? メイドや執事みたいな世話焼き係がいたのかもしれない。
父さまと支店長カーベルさんの話を聞いていると、普通の農作物の取り引きだとカーベルさんに思われているっぽい。
大丈夫かな?
今日の桃とリンゴは高級品だと思うけど?
私はさらに心配になってきた……。
かといって赤ん坊の私が商談に口を挟んでアレコレ言うのはおかしいし、そもそも私はまだ赤ちゃん言葉で自由自在にしゃべることが出来ない。
とすると……。私は一案を思いついた。
だっこ布から手を出して、支店長のカーベルさんに向かって手を振る。
「おじちゃん、おじちゃん」
カーベルさんは驚いたが、すぐに笑顔で私に応対してくれた。
「はい、はい。お嬢様、御用でしょうか?」
「もも、たべりゅ」
「桃でございますか?」
「しょう! おじちゃん、もも、たべりゅ」
「わたくしが? 桃を? 食べるのでしょうか?」
「しょう!」
支店長のカーベルさんは、何のことだろうと首をひねる。
私はあきらめずに言葉を続ける。
「もも、たべりゅ。りんご、たべりゅ。おいちい! おいちい!」
桃とリンゴの美味しさは食べればわかるはず。
高級品になり得る美味しさだと理解してもらえる。
そうすれば価格が高くなる。
私はなんとか支店長のカーベルさんに試食させようとジタバタした。
すると母さまが、私の言いたいことに気が付いてくれた。
「あっ! そうだわ! アラン! カーベルさんに桃を一つ食べてもらいましょうよ!」
「え……?」
「桃とリンゴは、とても美味しかったでしょう? カーベルさんにも味わってもらえば、価値が分かると思うの」
「あっ! そうだね!」
父さまも気付いた!
そう! 食べればわかるよ!
「運んで来た桃とリンゴは出来が非常に良いんだ。どうだろう? 一つ食べてみてくれないか? 君だけでなく、支店の主だった者にも食べてもらいたいのだが、どうかな?」
「左様でございますか。それでは支度をいたしましょう」
やった! 試食してもらえる!
支店長のカーベルさんは、メイドさんを呼ぶとすぐに桃とリンゴを切り分けさせた。
そしてお店の人を四人ほど呼んでくれた。
「それでは、失礼して……」
カーベルさんたち、五人がフォークで桃を口に運んだ。
「んんっ……! これはっ……!」
「やっ! 何という甘さだ!」
「ただ、甘いだけではない! 上品な甘さだ!」
「贈答品に出来るぞ!」
「これはジューシー!」
五人とも高評価!
父さまも母さまも、ウンウンと満足げにうなずいている。
妖精のベルは『どうだ!』とばかりに胸を張って、フンスフンスと鼻息が荒い。
続いてリンゴも試食してもらったが、こちらも高評価だった。
支店長のカーベルさんが、ほうっと息を吐いてから姿勢を正した。
「いや、これほど美味しい桃とリンゴは食べたことがありません! これは貴族様や富裕な商人の贈答用として販売をさせていただきます。ですので高く買い取らせていただきます」
「うん! よろしく頼むよ!」
桃とリンゴは、最初に父さまが交渉していた価格の五倍で売れた!
夜は宿屋に泊まった。
狭い部屋でベッドが一つ。
父さまと母さまと一緒に横になる。
父さまと母さまが優しく頭をなでてくれる。
「キャリー。今日はありがとう」
「本当。キャリーのおかげで高く売れたわ」
「よかった!」
私は充実感と幸福感に包まれた。





