第36話 ダメだし令嬢
私たちは、ジュリアン・ジュベールの領地を昼過ぎに出た。
ギリギリ日が暮れる前にキャロライン村へ戻れるだろう。
幌馬車の御者は父さま。
私は父さまの隣にチョコンと座っている。
妖精のベルは馬車を牽く二頭の馬のお尻に座ったり、背中を歩いたりしている。
馬はベルのことを気にしない。仲良しみたいだ。
幌馬車には、ヨーナスたち村の若い男衆とジュリアン様の領地から引き受けた村人六人が乗っている。
六人の村人は、祖父、祖母、父、母、息子、娘の三世代家族で、ぶどう栽培の経験がある一家だ。
食糧支援と引き換えに、ぶどう栽培のノウハウを教えてもらう。
ジュリアン様のご実家はぶどう栽培が盛んで、父さまは学生時代お邪魔したことがあるそうだ。
そこで父さまは食糧支援の代価として、ぶどう栽培のノウハウを求めた。
『口減らしにもなる』
迷われたジュリアン様に、父さまは超現実的なことを突き付けたそうだ。
私は良かったと思う。
私たちのキャロライン村は、ぶどう畑の敷地も木材もあるけど未完成だ。
私は前世にぶどう棚を映像などで見たことがあるので、『こんな感じだろう』と大雑把に知っているが、村人たちはまったくわからない。
だから木材があっても、ぶどう棚を組めないのだ。
さらに、『水をどれくらいやれば良いのか?』、『土の状態はどんな状態がベストなのか?』、そういったことがわからない。
ベルに聞けば教えてくれるかもしれないけど、ベルは教えるのが下手だ。
いや、下手というより、教えることに興味がない。
そもそも人の営みに興味がない。
だからぶどう栽培のノウハウを持っている村人をキャロライン村で引き受けるのは大賛成だ。
食糧支援の代価に足りると思う。
移り住む村人たちは、『あくまで預かる』ことにしたそうだ。
村人が戻りたければ戻れるように、ジュリアン様が戻して欲しいと望めば戻せるように。
逆にキャロライン村に定住したいと村人が望めば受け入れる。
そういうちょっとゆるい取り決めにしたそうだ。
父さまの優しさだね。
幌馬車の荷台ではヨーナスが村の暮らしぶりについて、移住する家族に話している。
「それでな! へへ……俺たちの村では肉が食えるぜ! ホーンラビットを狩るんだ。俺も手伝うんだぜ!」
「肉が食べられるのはありがたいですな」
「だろう?」
白いひげのおじいちゃんが、ヨーナスに相槌を打った。
ヨーナスは人懐っこいところがある。
ちょっと馴れ馴れしいかなとも思うけど、移住する家族は色々不安だろうから、ヨーナスが村のことを話すのは悪くないかも。
「いや~、しかし、お嬢は怒ると怖いっスねぇ~」
あれ? こっちに風が吹いてきたよ。
キャロライン村の若い男がヨーナスの軽口に乗る。
「いや、本当ビックリした!」
「なあ! 俺、キャリー様には絶対逆らわないよ~!」
ヒドイ言われようだ。
まあ、それだけ領主一家と村人の距離が近くて円満だと思っておく。
ジュリアン様の村で何があったか?
シャルロット様が王都へ出発した後、私は堪えられずにジュリアン様を詰めてしまった。
仕方ないのよ。
この体は、まだ二歳だから我慢が苦手なの。
脳の我慢回路が出来上がっていない。
それに親子関係は、私の大切なことでもあり、心の地雷でもある。
ジュリアン様は、私の地雷を思いっきり踏み抜いた。
「ジュリアンしゃま。差し出口になりましゅが、よろしいでしょうか?」
「えっ……?」
私が小さな体でずおっと前に出ると、ジュリアン様は何事かと動揺していた。
私は構わず話を続ける。
「以前お目にかかった時から気になっていたのでしゅが、なぜ貴族服をお召しになっているでしゅか?」
「お嬢さん。それは、私が貴族であり領主だからですよ」
「間違っています!」
私はビシリとジュリアン様を指さす。
「ここは新領地、開拓村でしゅ! 畑仕事をして汚れてもかまわない服を着りゅ!」
「いや、貴族として、領主としての威厳というものが……」
「重ねて申し上げましゅ! ここは開拓村でしゅ! 領民と一緒に畑を耕し、力仕事をする方が、貴族の威厳とやらより大事でしゅ! 父さまを見てくだしゃい」
「アラン……」
ジュリアン様は、『何とかしてくれ、止めてくれ』という目で父さまを見た。
だが、父さまは首を横に振った。
「ジュリアン。キャリーが言っていることは、僕も気になっていたんだ。貴族服を着るよりも、こうして汚れても構わない服を着て領民と一緒に働くんだ」
「アラン! 我々は貴族だぞ!」
「こんな場所で貴族もへったくれもないだろう……」
父さまがジュリアン様から顔をそむけて、吐き捨てるようにつぶやいた。
私は父さまの言葉を引き継ぐ。
「ジュリアンしゃまの言うことも間違っていましぇん。あくまで本国なら。けれど、ここは新領地で自分たちで食べる物を作らないと飢え死にでしゅ。一人分の労働力は大きいのでしゅよ?」
「むう……」
ジュリアン様は、眉根を寄せて口を尖らせた。
不満だと思う。
きっとご実家の領地や王都では、貴族としてきれいな服を着て、使用人にかしずかれて、蝶よ花よと育てられたのだろう。
それがいきなり『ようこそ地獄へ』みたいな開拓地に放り込まれたんだもん。
気の毒だと思う。
けれど適応出来なければ飢え死にだ。
そして、ジュリアン様が適応出来ていないから、シャルロット様は伯爵家へ引き取られることになったんだ。
ジュリアン様の事情や気持ちは分かるけど、責任はあるよ。
だから、私は許さない。
きっちり詰める。
パワハラるよ。
「それから魔銃はどうしたのでしゅか?」
「魔銃は……家にあるが……」
「魔銃で魔物や獣を狩って肉を領民に食べさせてくだしゃいませ。それに私たちの村にいらした時は、魔銃は持っていましゃえんでした。油断ししゅぎ!」
「うっ……荒事は苦手なのだ……」
ジュリアン様が言葉に詰まる。
私は腰に刺しているピストル型の魔銃を引き抜いた。
魔銃と左手をクロスするようにして魔銃を構え、誰もいない方向に魔銃を放つ。
引き金を引くと魔弾が空気を切り裂き、魔力の残滓が金色の線を作る。
「ジュリアンしゃま。私は二歳の女児ですが村を守るために戦う準備と覚悟は出来ていましゅ」
「……」
「ここは! 開拓村でしゅ! 覚悟を決めてくだしゃいませ!」
「わかった……」
父さまがジュリアン様の肩をポンと叩いた。
「アラン。君の娘はおっかないぞ!」
「妻のマリーがいないだけマシだと思いたまえ」
二人は目を見合わせて何かわかり合っていた。
「二人とも真面目にやってくだしゃい!」
「「はい」」
――そんなことがあったのだ。
ジュリアン様にダメだしをして、少しスッキリした。
それにぶどう農家の村人を引き取れた。
色々あったけど、収穫のある訪問だった。





