第35話 永遠の嘘
私とシャルロット様は、父さまとジュリアン様から少し離れた。
離れる時に父さまの声が聞こえた。
「ジュリアン。食糧支援を引き受けても良い。ただ、僕の開拓村も苦労したんだ。だからタダというわけにはいかない」
父さまがジュリアンさんに、しっかりと『無料じゃない』と伝えている。
良かった。あとは父さまが何かしら対価を引き出してくれるだろう。
私は幌馬車のそばでシャルロット様とお話だ。
シャルロット様はお母様を亡くして、さらにこの町を出て父親ジュリアンさんと離ればなれになる。
シャルロット様の内心を慮ると、何を話して良いのやら……。
私は静かに話しかけた。
「シャルロット様は王都にお住まいになるのでしょうか? それともお母様の実家のご領地でしょうか?」
私が話しかけるとシャルロット様は驚いた顔をした。
しまった! シッカリとした口調、内容で話しかけてしまった!
「王都の伯爵家の屋敷に住むそうです」
「そうなんでしゅか! 王都にはお店がいっぱいありそうでしゅね!」
シャルロット様の答えに、私は子供らしく答えるようにした。
上手くいったかはわからないが、シャルロット様は話を続けてくれた。
「はい。父もお店が沢山あると言っていました。お菓子も沢山あると」
「それは楽しみでしゅね」
「はい。それから王都では貴族の学校があるそうです。お友達も出来るそうです」
「良かったでしゅね」
「良くございません」
シャルロット様が初めて強い口調で反論した。
私はビクリとして、シャルロット様の表情に注意した。
シャルロット様の口元は力が入っていた。
そして拳を握りふるふると震えてた。
「私は王都で産まれたそうですが、赤子だったので記憶がございません。育ったのはこの開拓村です」
「しょうなんですね」
「ですので、本当は王都には行きたくないのです」
シャルロット様は、キッパリと言い切った。
「お父しゃまとお別れになるのはつらいでしゅね……」
「はい。それに母が眠っているのはこの村です」
ああ……お母さんのお墓がある……。辛いな……。
「キャリー様は魔法がわかりますか?」
「はい。祝福の儀式をうけました。魔法はあまり上手くありましぇんが……」
「そう……。それならおわかりいただけるかもしれません。私は水と闇の両方の魔法が使えるかもしれないのです」
「水色の髪に黒い瞳でしゅね」
「私は知っています。お母様の実家の伯爵家は、二属性を持っていそうな子供を確保しておきたいのです。私が伯爵家に行けば援助を得られるそうです。私は援助と引き換えなのですよ」
「しょれは……」
シャルロット様がうつむき、目に斜線が入った。
自分がこれから生活する伯爵家が、愛情ではなく損得で自分を引き取ることにしたことを、まだ幼い女の子が知っている。
私は言葉をかけることが出来ず、ただスカートの裾を握るだけだった。
やがてシャルロット様が顔を上げた。
「でも、私は……お父様とお母様の娘です。貴族の娘です」
「はい」
「だから伯爵家に着いたら笑顔でかわいく振る舞うのです」
「それがようございましゅね」
「ふふ。キャリー様。私は嘘が得意ですのよ」
私は心を痛めた。
これからこの子は、ずっと嘘をつき続けるのだ。
伯爵家から援助を引き出すために。
父親のために。
領民のために。
そして、王都で安定した暮らしを確保するために。
これからいったいどれだけの嘘をつかなければならないのか……。
「ずっと嘘を……?」
「ええ、永遠の嘘を」
「……」
私はシャルロット様の覚悟に圧倒され、そして悲しかった。
全てが悲しかった。
新領地も、開拓村も、貴族も、王国も。
「少し失礼しましゅ」
私は急いで幌馬車の裏に回った。
周りを見て、誰も私を見ていないことを確認してから変換スキルを発動する。
すぐそばの雑草が光って消えた。
地面にはリンゴが一つ現れた。
私はリンゴを拾い上げ、シャルロット様の前に戻った。
「シャルロットしゃま! 来て下さいましぇ!」
私はシャルロット様の手を引いて、ジュリアンさんと父さまのところに戻った。
ジュリアンさんと父さまは、何だろうと私とシャルロット様を見ている。
私はシャルロット様にリンゴを手渡した。
「シャルロットしゃま。このリンゴは『願いのリンゴ』でしゅ」
「願いの……リンゴ……?」
シャルロット様は不思議そうにリンゴを見ている。
私は続けた。
「このリンゴを食べながら願うと、その願いが叶うのでしゅ」
「まあ!」
「シャルロット様。この村の最後に何でも願ってくだしゃい。きっと願いがかないましゅ」
「そうなのですね。キャリー様、ありがとうございます」
シャルロット様が作り笑顔で答え、リンゴをメイドさんに渡そうとした。
私は大きな声で止めた。
「違いましゅ!」
その場にいた全員がびっくりして私を見た。
「ジュリアンしゃま! リンゴをむいてくださいましぇ! シャルロットしゃまにリンゴを食べさせてあげてくだしゃい!」
願いのリンゴなんて嘘だ。
そんな物はない。
でも、私は嘘をついた。
シャルロット様に……、最後に……、思い出を残してあげたかった。
シャルロット様は、この村を離れる。
亡くなった母が眠る村を発ち、父とも別れ、誰も知らない王都の伯爵家で暮らす。
嘘をつき続けながら。
せめて旅立つ前に父親との思い出を残してあげたい。
この時間が父親との最後になるかもしれないのだから。
――私の願いは聞き届けられた。
ジュリアンさんは、手ずからリンゴをむきシャルロット様に食べさせて上げた。
やがて親子の時間が終わり、旅立ちの時が来た。
立派な貴族馬車に乗る前に、シャルロット様は振り返りジュリアンさんを見た。
「お父様。いく久しくお元気でお過ごし下さい。リンゴ……とても美味しゅうございました……」
シャルロット様は見事な笑顔を見せて馬車に乗り込んだ。
きっと……、シャルロット様は父親に心配をかけまいと精一杯貴族の娘として振る舞ったのだ。
優美な貴族馬車が動き出した。
開拓村から真っ直ぐに続く道を進む。
私は馬車を見送りながら願った。
彼女の嘘が、永遠の嘘が、愛ゆえの嘘が、彼女と村を守ってくれますように。
馬車は遠ざかり、やがて地平線の向こうに消えた。





