第15話 てん菜糖と白パンとマーサ
私たちは畑から家に帰ってきた。
――お砂糖作り。
手順は覚えているので問題ないが、何せ私は二歳の幼女だ。
まだ手をにぎにぎするのが精一杯で、包丁を持つなんてとても無理だ。
では、母さま?
母さまには、手順を一通り説明したけど自信なさそうだった。
無理もないよね。
そもそも母さまは貴族のお嬢様で、新領地なんて辺境に開拓に来たので、仕方なく何でも自分でやっているのだ。
普段作っている物なら慣れているから問題ないだろうけど、新しいことに挑戦となると、それは躊躇するよね。
そこで母さまは助っ人を呼んできた。
村一番の料理上手といわれるマーサおばさんだ。
「まあまあ、お嬢さんのお料理のお手伝いですか? はいはい、何をいたしましょうかね?」
マーサおばさんは、優しい感じのおばちゃんで、農作業で何度か見かけたことがある。
以前は物凄い痩せていたけど、大分回復していて今は『痩せている』レベルだ。
健康状態が良くなっていて、私はほうっと息をつく。
そしてマーサおばさんに、てん菜から砂糖作りをする手順を説明する。
「へえ~! こんなカブみたいな野菜から砂糖が出来るんですか!?」
「ベルは出来るって言ってるの」
「ベル?」
私は妖精のベルを指さす。
「ああ、フェアリーさんですね! フェアリーさんは、博識なんですね!」
「そうなんだよ」
とりあえず知識の出所を探られると面倒なので、ベルに押しつけておく。
ベルはイスの背に腰掛けたまま、マーサおばさんに笑顔で軽く手を振った。
持つべき物は、助けてくれる友だね。
ベルありがとう!
「さあ! じゃあ、やりましょう! 奥様、キッチンを借りますよ」
「ええ。よろしくね」
マーサおばさんは、テキパキと作業に取りかかった。
私たちの家は狭い、というかワンルームだから。
玄関、キッチン、そしてベッドルーム兼居間。
救いは暖炉があって冬場は暖炉が燃えて暖かいこと。
キッチンも水桶があって、竈があるだけのシンプルな作りだ。
開拓村だからね。
貴族の豪邸のようにはいかないよ。
「えーと、皮は厚めにむくんだよね……。それからサイコロみたいに四角く切ると……、次に鍋だね」
マーサおばさんは、四角く切ったてん菜を鍋に入れて火にかけた。
沸騰したら一時間ほどおく。
「てん菜を取り出して……アクを取りながら煮詰める……」
マーサおばさんは、私の指示通りに作業をしてくれる。
そして……。
「「「「「出来た!」」」」」
父さま、母さま、母さまに抱かれた私、妖精のベル、作業したマーサおばさん。
全員で手鍋をのぞき込み、感嘆する。
茶色のてん菜糖が手鍋の中にある。
意外と量が多い。。
スティックシュガーだと十本分くらいありそうだ。
てん菜一個からかなりの量のてん菜糖がとれると分かった。
「私が味見するね~!」
妖精のベルがテレレンと飛んで鍋の底のてん菜糖を指ですくって口に運んだ。
「あ~! 甘いよ~! ほら、キャリーも!」
ベルが私のところに飛んできて、小さな小さな指先についた茶色のてん菜糖を差し出す。
私はそっと口に含む。
「んんんんーーーーーーーーーー!」
甘い! あんまい! あまーい!
私は心の中で甘さ三段活用を叫んだ。
とにかく予想外の衝撃なのだ。
お砂糖って、こんなにインパクトのある味だったかしら……?
私は心の中で腕を組み考えて、ハッと思いついた。
そうだ! この体で! 異世界転生したキャリーの体でお砂糖を味わったのは初めてだ!
それで、こんなに衝撃を受けたのか……。
私は納得し気持ちを落ち着けた。
父さまと母さまも、てん菜糖を味見している。
「ああ! 本当に砂糖だ!」
「本当ね! 懐かしいわ!」
父さまと母さまは幸せそうに笑っている。
そうだね、二人は貴族のご子息とご令嬢だった。
砂糖を味わったことがあるのだろう。
「旦那様。私も味を見てよろしいですか?」
「ああ、マーサも味見してくれ」
「では失礼いたします」
マーサおばさんは、父さまの許可を取った。
そして木のへらを軽く振って手のひらにてん菜糖をはらりと落した。
鍋や木へら――調理道具や料理に直接触らない動作を見て、私はマーサおばさんがそれなりのところで調理経験があるのだと思った。
「ん……ん……。ちょっと雑味がありますね。あく取りの工程を見直せば、もっと美味しく出来そうですね」
「そうか、さすがマーサ!」
すごいなマーサおばさん!
私は甘さの衝撃で雑味なんてわからなかった。
砂糖を口にしても驚かない……。普通の平民じゃないわ……。
何なんだろう、この人?
私は気になってマーサおばさんに聞いてみた。
「ねえ。マーサはどこでお料理していたの?」
「はい、キャリーお嬢様。私は大旦那様のお屋敷でお手伝いをしていたんですよ」
「おおだんなさま?」
「キャリーお嬢様のおじい様。ラファール男爵様ですよ。私は大旦那様のお屋敷でお掃除やお料理のお手伝いをしていたんです」
なるほどね……。
ラファール男爵家でマーサおばさんは働いていたんだ。
開拓村を作る時に、父さまについてきたのか……。
えっ!? じゃあ、かなり優秀な人材じゃない!?
まず、てん菜からてん菜糖を生産するのを任せられるよね。
それから……料理関係の開発……、例えばジャムとか……、色々出来る幅が広がるな……。
そして私はハッと思いついた。
そう、パンだ!
ぶどうと水と砂糖をガラスの瓶に入れて一週間位すると、天然酵母が生まれる。
この天然酵母をパン生地に練り込むと柔らかいパンになるのだ。
ただ、私は知識としては知っているけど、やったことがないし、動画をみたことがない。
本当に聞きかじりなのだ。
でも、マーサおばさんなら作り方を知っているかもしれない。
あのカチコチの黒パンから日本で食べていたような柔らかい白いパンへ!
マーサおばさんを発見した今がチャンスなんじゃないの?
私はマーサおばさんに手を伸ばした。
「あのね。マーサ。ベルから聞いたの。白い柔らかいパンがあるって」
「ええ。ございますよ」
「それでね。今は黒くて硬いパンでしょう? でも、ぶどうを使えば白くて柔らかいパンが作れるって」
「その通りでございますね。ぶどうをちょっと加工して、パンの生地に混ぜるのです。そうすると柔らかいパンが焼けますよ」
「ぶどう、あるよ」
「えっ!?」
「ぶどうがあるの。だから柔らかいパンを作って」
「旦那様! 本当ですか?」
「ああ。マーサ。このぶどうで作れるかな? 僕も柔らかいパンが食べたいな?」
父さまがマーサおばさんにぶどうを渡した。
「これなら出来ます! 奥様、ガラスの瓶はございませんか?」
「あるわよ」
マーサおばさんは、ガラス瓶を受け取ると『クリーン』と言ってガラス瓶をきれいにした。
そしてガラス瓶にぶどうをいれるとひとつまみの砂糖を入れ魔法で水を注ぎコルクの栓をした。
「奥様、このまま四、五日様子を見て下さいませ。上手く行けば、柔らかいパンが食べられますよ!」
マーサおばさんは、天然酵母の仕込みを終えると帰って行った。
「父さま、母さま、お砂糖はお金になる?」
「ああ! お金になるよ! 畑を増やさないと!」
「ありがとう! キャリー! どんどん暮らしが良くなるわ!」
父さまと母さまが、私をもみくちゃにした。
うふふ。幸せ。
そして、生まれてくる子には、良い生活をさせてあげるんだ。





