第6話 油臭い工房にて、人工精霊核と
町役場の離れに建てられた工房の中は、明るさを保つためにいくつものガス灯や燭台が置かれ、職人たちの仕事を煌々とした光とともに見守っている。
そんな工房の奥、作業台に置かれた人工精霊核は周囲の光に照らされて、薄黒く汚れた表面を鈍く光らせていた。
その前に立ち、アルフは朝から何度目かの生唾を飲み込んだ。
いつもの見慣れた工房のはずだ。辺りにしみついた油と鉄の匂いも心地よく感じられる――だというのに、今日はやけに空気が張り詰めている。壁際に並んだ愛用の工具たちも、今はどこか自分には関係のないもののように遠く見えた。
「……で、これ、本当にここで開けちまっていいんスか」
「基礎的な部分だけならね。中枢に近づいたら、さすがに専門機関に任せるべきだが」
イゾルデはそう言いながら、持参した工具箱から見慣れない形の道具を取り出して並べていく。どれも精密な作りで、アルフが日頃扱う無骨な工具とはまるで毛色が違った。
工房の奥から、師匠のドラ声が飛んでくる。
「おいアルフ、その汚ぇ石くれで俺の作業台を傷つけたらタダじゃおかねぇぞ!」
「わかってるって、師匠!ちゃんと毛布敷いてるから」
怒鳴り返しながらも、アルフの声にはわずかに緊張が滲んでいた。師匠は霊獣狩り様の『お仕事』に興味津々といった様子で、朝からちらちらとこちらを窺っては、聞こえよがしに独り言を呟いている。
「ふん、うちの弟子がねぇ……まあ、悪い話じゃあない」
その言葉に、アルフは思わず苦笑した。
師匠の他にも先輩たちが入れ替わり経ち替わり、作業場入口のドア枠に隠れつつもちらちらと視線を投げてくる。普段口では散々小言を言いながら彼らなりに気にかけてくれているのは知っているが、今日のこれはまるで授業参観だ。
「いやはや、にぎやかなものだ」
イゾルデもまた、視線の出所はあえて見ずに苦笑した。
今日の服装もまた、初日の儀礼めいた外套とは違う、作業向けのショートコートを羽織っている。屋内では暑くないのかアルフは少し気になったが、目の前の大仕事に集中して気にしないふりをした。
「君の師匠、噂には聞いていたが、なかなか威勢のいい人だね」
「まあ昔気質っていうか……腕は確かなんスよ、口はクソ汚ぇけど」
「へえ。今度ゆっくり話を聞いてみたいものだ」
「勘弁してほしいっス、絶対余計なこと喋られるんで」
そんな軽口を叩きながらも、アルフは道具箱から使い慣れた工具を選び出し、作業台の上に丁寧に並べていく。緊張をほぐすには、いつもの手順を踏むのが一番だ。
「さて、始めようか」
イゾルデの低い声で、アルフは気持ちを切り替えた。二人がかりで慎重に固定具を取り付け、外殻の継ぎ目にアルフが小型の鑿を差し込む。
「イゾルデさん、ここ、思ったより薄いっス。行けます」
「頼むよ。私の方は内部の反応を探ってみる」
イゾルデが何やらぐにゃぐにゃしたよくわからないもの――王都製の高尚な器具なんだろう、恐らく――をかざすと、金属塊の内部からかすかな光が漏れ出した。何かの脈動を確かめるように、彼女の視線がゆっくりと空を辿る。
「……やはりか。まだ、わずかだが精霊の残滓が循環している」
「あいつをぶっ倒したら、これも壊れたりするんじゃなかったんスか?」
「外殻の器としての機能は失われた。だが、中枢がまだ生きている可能性がある」
その言葉に、アルフの手が一瞬止まった。だが今は集中するべき時だと、頭を振って作業に戻る。
ハンマーが振るわれ、鑿が少しずつ固い外殻に食い込むたび、耳障りな金属音が工房に響いた。額に浮いた汗が顎を伝って落ちる。慎重に力加減を調整しながら、アルフは少しずつ継ぎ目を広げていった。
「イゾルデさん、こっちの継ぎ目、内側に返しがついてる感じがするっス。無理に開けると割れるかも」
「なら、逆側から攻めよう。私が精霊術でわずかに緩めてみる」
イゾルデが指先に小さな光を灯し、金属の表面をなぞる。ちっちっとイゾルデが舌を鳴らすと、かすかな熱と共に継ぎ目の一部がわずかに軟化した。
「今だ」
その一瞬を逃さず、アルフは鑿ではなくより薄い金属ヘラを差し込んだ。慎重に力をかけていくと、そこから少しずつ隙間が広がっていく。
隙間を継ぎ目沿いに慎重に開いてゆくと、やがて外殻がぱかりと二つに割れた。中から現れたものに、アルフは思わず息を呑む。
「……なんスか、これ」
内側には、拳二つ分ほどの、精緻極まりない機械仕掛けの塊が収まっていた。アルフがこれまで見たものとは比べ物にならないような小さく精密な部品が幾重にも組み合わさり、その中心には淡く光る結晶が据えられている。まるで、時計の内部機構をそのまま何十層にも折り重ねたような複雑さだ。
アルフは思わず身を乗り出し、食い入るようにその機構を見つめた。身体の反動でキャスケットが目の前を隠すのを押し上げて視界を確保する。技師の端くれとして、これまで一般人とは比べ物にならないほどの機械を見てきたつもりだった。蒸気機関、掘削機、時計仕掛けの信号機──だが、これほどの密度で部品が組み込まれたものは、見たことがない。
「……こんな細かい部品、どうやって組んだんだ?人の手じゃ無理っスよこれは」
「さあね。少なくとも今の技術じゃ、これだけの精度で歯車一つ削り出すのも至難の業だろうけど」
「これが……本当の核、ってことスか」
「そういうことになるね」
イゾルデはルーペを取り出し、目を凝らして機構を覗き込んだ。
「見たことのない構造だ……いや、語弊があるな。正確に言えば、文献で読んだことはある。だが、実物を目にするのは初めてだよ」
「イゾルデさんでも、わからないんスか」
「ここまで精緻な機構となると、私の専門とは畑が違ってくる。少年、済まないが、これ以上は君の手にも余ると思う」
悔しさを滲ませながらも、アルフはその見立てに頷くしかなかった。ためつすがめつ眺めても、部品同士がどう連動しているのか、どこにどんな力が働いているのか、見当もつかない。
未だ半人前と自覚しているとはいえ、技師として自らの力量にそれなりの自負はあったつもりだった。師匠に叩き込まれた基礎も、独学で齧った蒸気機関の発展的理論も、そこそこ人並み程度にはやれている自信があった。だが、目の前のこの機構は、そういった積み重ねをまるごと嘲笑うかのような次元にある。悔しいというより、むしろ呆然とする感覚に近かった。
――だが、それでも、アルフの目は一つだけ、その精緻さの中に気づきを見出していた。
「イゾルデさん、これ……よく見ると、部品の並び方に一応の規則性があるっス。歯車の大きさが、中心から外に向かって、決まった比率で大きくなってるっぽい」
「……本当かい」
イゾルデは驚いたようにルーペを覗き込み直した。
「ああ、確かに。よく気づいたね」
「規則性があるってことは、少なくともデタラメに組んだわけじゃないってことスよね。設計図みたいなものが、どこかにあったりするんじゃないっスか」
「その可能性はある。──ふぅむ、やはりこれ以上の解析は王都に送るのが一番いいだろうな。専用の設備と、専門の技術者がいる場所でなければ、ここでの解析はお手上げだし危険だ」
危険、とうそぶきつつも、イゾルデの声に、隠しきれない期待の色が滲んでいた。
「……核の製造技術って、失われてるんスよね。前に言ってたじゃないっスか」
「ああ。だからこそ、この一つが貴重なんだ。同じものは、もう二度と作れない」
そう言うと、イゾルデはルーペを外し、ため息をつく。親方が高価な部品を運搬して無事に目的地まで持ってきたときの表情に、その顔はよく似ていた。
「なんで、そんな凄い技術が消えちまったんスか?作ったやつらは、戦争に負けた方だけじゃなく、勝った方もみんな死んじまったってことなんスか」
「それもある。だが加えて──製造技術そのものが、意図的に封印された、という話の方が比重としては大きいんだ」
イゾルデの話は続く。
「これだけの力を生み出せる技術だ。戦後の混乱期に、二度と同じ悲劇を繰り返させないために、王都が自ら記録を焼き払った、という話を聞いたことがある。真偽のほどは私にも分からないが」
「……本当に封印したかったなら、なんで完全に消しちまわなかったんスかね」
「さあね。焼き払うと言っても、当時は戦後の混乱の真っ只中だ。記録の全てを把握しきれていたとは思えない。それに──」
イゾルデは一瞬言葉を切り、どこか自嘲めいた笑みを浮かべた。
「本当に危険なものを完全に葬り去るなんて、口で言うほど簡単じゃない。今の枯渇地帯と、王都のような豊穣地帯の格差だって、結局は戦争の後始末を誰も本気で終わらせなかった結果だからね」
その言葉には、単なる歴史の解説以上の重みが滲んでいるように聞こえたが、それ以上踏み込むことはせず、アルフは黙って頷くにとどめた。
イゾルデは慎重な手つきで機構を手に取り、布にくるんでいく。
「まあ、世界は皮肉に満ちているってことさ──たとえこの核を完全に破壊したとしても、それだけで話が終わるとは限らないから」
「……どういうことスか」
「一度実体化した霊獣の、つまり生物としての個体は、核とは別に存在し続ける可能性がある。核はあくまで、最初にかたちを与えるための土台だ。土台を壊しても、そこに宿ったものまで消えるとは限らない――というのが、ここ数年の王都での研究で分かってきたことだ。以前は誰も、核さえ壊せば万事解決すると思っていたからね」
イゾルデの言葉は、彼女にしてみればちょっとした薀蓄語り以上の意味は持たなかったのかもしれない。だがその言葉はアルフの心の急所を突くように響いた。
核を壊せば終わり、というものではない。
核が失われても、その霊獣はなおどこかに残り続けるかもしれない。
「……あの、一つ聞いてもいいスか」
アルフの尋ねる声は、自分でも意外なほど落ち着いていた。
「もし、昔どっかで討伐されたって報告された霊獣がいたとして……そいつの核が見つかってなかったとしたら、そいつはまだ生きてるかもしれないってことスか」
「理屈の上ではね」
イゾルデは布に包む手を止めないまま、あっさりと答えた。
「もっとも、実際には討伐の際に核ごと消し飛ぶことがほとんどだ。核だけが都合よく残るというのは、そう起こることじゃない。……なぜ、そんなことを?」
「いや、別に。ただの興味っス」
アルフは目を逸らし、手元の工具を意味もなく並べ直した。イゾルデはしばらくその横顔を見ていたが、それ以上は追及せず、また作業に戻る。
家族を奪った霊獣は、まだ。
喉元まで出かかった言葉を、アルフは飲み込んだ。代わりに、震えそうになる声を無理やり平静に整える。
「……その、もう一個だけ。人とか…というか取り込まれた人間も、そのまま残ってたりするんスかね」
我ながら踏み込みすぎた質問だと思ったが、口に出さずにはいられなかった。
イゾルデはアルフをしばらく黙って見つめた後、それから気まずそうに視線を落とす。
「……そこまでは、分からない。不確定なことを軽々しく言うのは私の趣味ではないが……可能性としては、ゼロではないんだろうね」
「……そっスか」
声が震えそうになるのを、アルフは奥歯を噛んで堪えた。
イゾルデはそれ以上何も言わず、包んだ核を丁寧に木箱へ収めていく。作業を続けるその横顔を見ながら、アルフは自分の胸の中に芽生えた感情の正体を、まだうまく言葉にできずにいた。
希望という言葉では、綺麗すぎる気がした。十年間、探しても探しても見つからなかったものが、こんな形で目の前に転がり込んでくるなんて、都合が良すぎる。誰かに笑われそうな話だ。だが――
アルフは俯いて、木箱に収められていく核を見つめた。この小さな機械の塊のどこかに、あるいはこれと同じ技術のどこかに、十年間探し続けてきた答えの糸口が眠っているのかもしれない。
根拠のない希望だと、頭では分かっている。それでも、一度灯った小さな光を、アルフはもう消すことができなかった。
イゾルデは先ほど取り出していた王都製の器具の中から、ひときわ大きなものを手元に引き寄せた。何故か無駄な装飾のついたクランプらしきものが1対、その持ち手からは太いケーブルが伸び、天秤のように針と目盛りがついた箱につながっている。その針は「ゼロ」近辺で極めて微弱に揺れていた。クランプを木箱に収められた核に、包み布の上から慎重に取り付け、イゾルデは安堵の息を吐く。針がプラス側に振れることはなかった。
「それ、なんすか?」
「これかい? これはだね、えーと………あー、『チキチキ微弱な精霊達でも逃さず観測しちゃうぞ君』またの名を『片目のピーピングトム君マーク3改』だ」
「本当の名前は?」
「いや私も知らないんだよ、倉庫から持ってきたやつなんだけど同僚たちも私も正式名称では呼ばないから忘れてしまった。ただ、人の感覚よりはよほど鋭敏に微弱な精霊濃度の変化をとらえられる機械でね」
アルフが半目でうめくと、イゾルデは悪びれもせずに答えた。針の動きに視線を向けながら続ける。
「この核だが、王都に送るとは言ったがすぐに送り出すわけにもいかない。さっき見た通り、まだ微弱とはいえ精霊濃度に反応が残っている状態だ。輸送中に何か起きてからでは遅いからね──念のため、数日はここで様子をモニターさせてもらうよ」
「経過観察、ってことスか」
「そういうことだね。反応が安定して、そのうち消えるまで……毎日、この量を測らせてもらうことになる」
イゾルデは木箱の蓋を閉じながら、そう付け加えた。
気がつくと、太陽はすっかり地平線の近くまで降りてきていた。
工房の窓から差し込む夕暮れの光が、木箱に収められた核をわずかに照らしていた。師匠が奥から「飯にするぞー」と間延びした声をかけてくる。
「アルフ君」
名を呼ばれて顔を上げると、イゾルデが珍しく静かな声音でこちらを見ていた。
「今日はよく働いてくれた。自分で言うのもなんだが、私の目に狂いはなかったようだね。仕事がずいぶんはかどるよ」
「……別に、あんたのためにやってるわけじゃないんスけどね」
素直になれない自分の口調に、アルフは内心で苦笑した。それでも、イゾルデは気を悪くした様子もなく、ただ小さく笑い返しただけだった。
「わかってるよ。それでもね」
二人の間に、これまでとは少し違う、静かな信頼の気配が流れていた。




