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追放聖女は隣国の王妃になり、祖国を救うため軍を率いて帰還する  作者: カトーSOS


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第3話 国境の外へ

挿絵(By みてみん)


第3話 国境の外へ



馬車が止まった。


セレナは窓の外を見る。


これまでにも、御柱の巡回で何度も馬車に乗った。


途中で休憩することもある。


関所で止められることもある。


だから最初は、今回も同じだと思った。


だが。


誰も、


「到着しました」


とは言わなかった。



扉が開く。


護衛の一人が立っている。


「セレナ様」


「はい」


一瞬、護衛が言葉を止めた。


これまでなら、


「お降りください」


それだけで済んだはずだった。


「……国境です」


セレナは小さく頷く。


「そうですか」


クラリスが先に馬車を降りる。


続いてセレナも降りた。


すぐに護衛が手を差し出す。


セレナはその手を借りて地面へ降りる。


いつものことだった。



目の前には、大きな門があった。


石造りの壁。


詰所。


槍を持った兵士たち。


その向こうにも道が続いている。


ただの道だった。


こちらと向こうで、空の色が変わるわけでもない。


地面に線が引いてあるわけでもない。


だが。


門の向こうは、もう祖国ではない。



荷物が馬車から降ろされた。


大きな鞄が二つ。


小さな鞄が一つ。


クラリスが中身を確認している。


セレナは、その様子を見ていた。


「これだけですか?」


思わず尋ねる。


クラリスが顔を上げた。


「はい」


「少ないのですね」


「持ち出しを認められたものだけですから」


「そうですか」


セレナは納得した。


何が必要なのか、そもそも自分にはよく分からない。


クラリスがこれでよいと言うのなら、よいのだろう。



護送を担当してきた役人が書類を確認している。


国境の兵士へ何かを渡す。


何度か押印。


短いやり取り。


そして。


「セレナ・アルヴェール」


名前を呼ばれた。


「はい」


「王太子殿下の命により、国外追放処分を執行する」


役人の声は事務的だった。


「この門を越えた時点で、処分は完了となる」


セレナは門を見る。


「分かりました」


「以後、許可なく我が国へ戻ることは認められない」


「はい」


それだけだった。


セレナは、もっと何かあるのだと思っていた。


追放とは、もっと特別なことなのだと思っていた。


だが実際には、


書類があり。


印が押され。


命令が読み上げられ。


門を通る。


それだけだった。



クラリスが荷物を持とうとする。


すぐに護衛の一人が手を伸ばした。


「国境までは我々の任務です」


「……ありがとうございます」


護衛が鞄を持つ。


セレナは、そのやり取りを見ていた。



門をくぐる。


十歩。


二十歩。


それだけで、国が変わった。



しばらく進んだところで、護衛が立ち止まった。


セレナも止まる。


振り返る。


護衛たちは、そこから先へ進もうとしない。



「どうしました?」


セレナが尋ねる。


護衛の一人が姿勢を正した。


「我々の任務は、ここまでです」


セレナは彼女を見る。


「ああ……」


そうだった。


ほんのさっき聞いていた。


国境まで。


彼女たちは祖国の兵士だ。


武装した兵士が、そのまま他国へ入ることはできない。


分かっていた。


分かっていたはずなのに。


実際に立ち止まられると、


妙な感じがした。



護衛たちは三人とも、セレナへ向き直った。


いつもなら、誰か一人は周囲を見ている。


誰か一人は前を見る。


誰か一人は後ろを見る。


三人が同時に自分だけを見ることなど、ほとんどなかった。



最初の一人が頭を下げる。


「これまで、お仕えできたことを光栄に思います」


次の一人も続く。


「どうか、ご無事で」


最後の一人は、少しだけ唇を噛んだ。


そして深く頭を下げた。


セレナは三人を見た。


どう返せばよいのか少し迷う。


これは任務交代ではない。


明日になれば別の護衛が来るわけでもない。


彼女たちとは、ここで別れる。



「今まで、ありがとうございました」


セレナも頭を下げた。



護衛たちは顔を上げる。


誰も動かない。



セレナは少し考えてから言った。


「皆さんも、お気をつけて」


それでようやく、一人が笑った。


ほんの少しだけ。



「はい。セレナ様も」


護衛がクラリスへ鞄を渡す。


クラリスが受け取った。


そして護衛たちは向きを変える。



三人の足音が遠ざかっていく。



セレナは、その背中を見ていた。


交代する護衛を見送ったことなら何度もある。


長く仕えていた者が別の任務へ移ることもあった。


それでも、必ず次の誰かがいた。



今回は違う。



三人が門の向こうへ消える。



誰も来ない。



セレナは、しばらくそこに立っていた。



「セレナ様」


横から声がする。


セレナは振り向いた。


クラリスがいる。


一人。



セレナは周囲を見る。


誰もいない。


正確には、道を行く人はいる。


国境の兵士も遠くには見える。


しかし、


自分のそばには誰もいない。



護衛も。


他の側仕えも。


神官も。


役人も。



クラリスだけだった。



「……少ないですね」


セレナが言った。


クラリスが一瞬、何を言われたのか分からない顔をする。


「はい?」


「人が」


「ああ……」


クラリスも周囲を見た。


そして少し笑った。


「そうですね」


「こんなに少なかったこと、ありましたか?」


「ございませんね」


「やはり」


セレナは少しだけクラリスへ近づいた。


自分でも、なぜそうしたのか分からなかった。



クラリスは何も言わない。



セレナはもう一度、祖国の門を見る。


戻ろうと思えば、すぐそこだ。


数十歩。


走れば、ほんのわずかな距離。


だが戻れば、追放命令に背くことになる。



セレナは自分の手を見る。



何も変わっていない。



試しに、ほんの少し祈る。


指先に淡い光が集まった。


すぐに消す。



「使えますね」


「はい」


クラリスが答える。


「治癒も、おそらくできます」


「はい」


「御柱の状態も、きっと分かります」


「はい」


セレナは首をかしげた。



「では」


クラリスを見る。


「私は、本当に聖女ではないのでしょうか」



クラリスはすぐには答えなかった。



セレナは続ける。


「王太子殿下は、私は聖女ではないとおっしゃいました」


「はい」


「聖女を偽っていたと」


「はい」


「でも、力はあります」


「ございます」


「では……」


セレナは、自分の手を見つめた。



聖女とは、何なのだろう。



国教から聖女だと言われた。


だから聖女になった。


聖女だから、御柱へ祈った。


聖女だから、人を治療した。


聖女だから、王太子の婚約者になった。


聖女だから、国のために生きた。



それが今、


違うと言われた。



「聖女でなくなった私は、何をすればよいのでしょう」



クラリスは黙っていた。



セレナが顔を上げる。


「クラリス?」


「はい」


「分かりませんか?」


「分かりません」


珍しい答えだった。



クラリスはいつも知っていた。


何時に起きるのか。


何を着るのか。


どこへ行くのか。


何を食べるのか。


次の予定は何なのか。



そのクラリスが、


分からないと言った。



「そうですか……」


セレナは少し困った。



「では、どうしましょう」


「まずは移動いたしましょう」


クラリスが答える。


「ここに立っていても仕方ありません」


「どこへ?」


「人のいるところへ」


「どこに人がいるのですか?」


クラリスが道を見る。


「それを、これから調べます」


セレナは瞬きをする。



「決まっていないのですか?」


「決まっておりません」


「宿は?」


「まだ取っておりません」


「……そうなのですか?」


セレナは驚いた。



これまでの巡行では、宿は到着する前から決まっていた。


部屋も。


食事も。


警備も。


全部。



「今から取るのですか?」


「はい」


「どのように?」


クラリスがセレナを見る。


「宿へ行き、お金を払います」


「なるほど」


セレナは頷いた。


少し間を置く。



「いくらですか?」


「宿によります」


「宿によって違うのですか?」


「違います」


「そうなのですね」


セレナは初めて知った。



クラリスは鞄を持ち直した。


「参りましょう」


「はい」


二人は歩き始める。



数歩進んで、セレナが言った。


「クラリス」


「はい」


「荷物を一つ持ちましょうか?」


クラリスが止まった。


セレナも止まる。



「……セレナ様が?」


「はい」


クラリスはしばらくセレナを見ている。


「重いですよ」


「持てないでしょうか」


「持てないことはないと思いますが」


「では」


セレナが手を伸ばす。



クラリスは少し迷ってから、小さい方の鞄を渡した。


セレナが受け取る。



「……重いですね」


「ですから申し上げました」


セレナは両手で持ち直した。


少し歩く。


十歩ほどで腕が下がってくる。



クラリスが手を出した。


「お持ちします」


セレナは素直に渡した。


「お願いします」


「はい」



また歩き出す。



道は続いている。



どこへ行くのかは分からない。



セレナは、こんなふうに歩いたことがなかった。


目的地が決まっていない。


到着時間も決まっていない。


迎えもいない。


次の予定もない。



「クラリス」


「はい」


「不思議ですね」


「何がでしょう」


「何も決まっていません」


クラリスは少しだけ笑う。


「そうですね」


セレナは前を見る。



少し歩いてから、もう一度振り返った。



祖国の門は、まだ見える。



あそこへ戻れば、


王宮がある。


自分の部屋がある。


御柱がある。


知っている人たちがいる。



だが。



戻ることはできない。



セレナはしばらく祖国を見つめた。



そして前を向く。



隣にはクラリスがいる。



「参りましょう」


今度はセレナが言った。



「はい、セレナ様」



二人は歩き始めた。



その道がどこへ続いているのか、


セレナはまだ知らなかった。


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