↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放聖女は隣国の王妃になり、祖国を救うため軍を率いて帰還する  作者: カトーSOS


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/14

第2話 誰も止められない

挿絵(By みてみん)


第2話 誰も止められない



祝宴の大広間を出ると、音が遠くなった。


扉が閉じる。


さきほどまで自分を見ていた大勢の視線も、ざわめきも、聞こえなくなる。


セレナは廊下を歩いていた。


前には王宮の役人。


左右には、いつもの護衛たち。


後ろにはクラリスをはじめとする側仕え。


見慣れた顔ばかりだった。


なのに。


今日は、何かが違う。


誰も話さない。


「……クラリス」


「はい、セレナ様」


「私は、どちらへ?」


「お部屋へ戻ります」


「そうですか」


セレナは、それ以上聞かなかった。


国外追放。


アルベルトは確かに、そう言った。


けれど。


国外追放とは、具体的に何をすればよいのだろう。


いつ王宮を出るのか。


どこへ行くのか。


何を持っていけばよいのか。


そもそも――。


自分は、これから何をするのか。


何一つ分からなかった。






同じころ。


王宮の別室では、何人もの役人と神官が声を荒らげていた。


「認められません!」


年嵩の神官が机へ手をつく。


「少なくとも、国王陛下のご帰還を待つべきです!」


その正面に立つ王太子付きの役人は、冷たい表情を崩さない。


「王太子殿下のご命令です」


「だから問題なのです!」


別の神官が立ち上がった。


「聖女様を国外へ追放するなど、殿下お一人の判断で決めてよいことではありません!」


「殿下は、あの者を聖女とは認めておられない」


「殿下が認めるかどうかの問題ではありません!」


空気が張りつめる。


そこにいる神官たちは知っている。


セレナ・アルヴェールが、本物の聖女であることを。


各地の御柱へ祈りを捧げていることも。


その祈りが何を支えているのかも。


だが。


それを、この場ですべて口にすることはできなかった。


聖女がなぜ王太子へ嫁ぐのか。


なぜ国教が聖女を保護するのか。


なぜ聖女を国外へ出してはならないのか。


知る者は限られている。


「国王陛下へ早馬を」


一人の役人が言った。


「陛下の裁可を仰ぐべきです」


「すでに王太子殿下より追放命令が出ています」


「だから、それを止めろと言っている!」


「止める権限を、あなたがお持ちなのですか?」


言葉が止まった。


王太子は次期国王。


ここで命令に逆らえば、アルベルトが即位したあと、どうなるか。


誰もが分かっている。


それでも一人の神官が言った。


「御柱はどうするのです」


返事はなかった。


「聖女様を追放したあと、誰が御柱を巡るのです」


誰も答えられなかった。






セレナの部屋では、すでに旅支度が始まっていた。


衣装棚が開かれている。


側仕えたちが、その中から衣類を選び出していた。


「こちらでは寒すぎます」


「では、この外套を」


「靴はこちらを。長く歩かれる可能性があります」


「薬も入れてください」


「はい」


セレナは椅子に座って、その様子を見ていた。


自分の荷物なのだが、自分が何かをする必要はない。


これまでもそうだった。


巡行へ出るときも。


御柱へ向かうときも。


王宮へ戻るときも。


必要な物は側仕えが用意していた。


クラリスがセレナの前へ来る。


「セレナ様。お召し物を替えます」


「はい」


セレナは立ち上がった。


祝宴用のドレスが外される。


装飾品が一つずつ取り外される。


髪も旅向けに整え直される。


代わりに、長い移動に向いた服を着せられる。


セレナは鏡の中の自分を見た。


つい先ほどまで、王太子の婚約者として祝宴に出席していた。


今は。


国外追放される罪人として、旅支度をしている。


不思議だった。


あまりに早くて、実感が追いつかない。


「クラリス」


「はい」


「次の巡回は、いつでしたか?」


クラリスの手が止まった。


「……セレナ様」


「確か、次は西側の御柱だったと思うのですが」


誰も答えない。


セレナは振り返った。


側仕えたちの動きまで止まっている。


「どうしました?」


クラリスは、少しだけ目を伏せた。


「セレナ様は、もう巡回へ行くことはできません」


「ですが、予定されていました」


「存じております」


「では、どなたが行くのでしょう」


沈黙。


セレナは一人ずつ顔を見る。


誰も答えない。


「神官の方でしょうか」


それでも返事はない。


「……そうですか」


セレナは前を向いた。


鏡の中の自分を見る。


御柱は、待ってはくれない。


祈らなければ、少しずつ力を失う。


それなのに。


誰が行くのか決まっていない。


そのことの方が、婚約を破棄されたことより気になった。



荷造りは続いた。


だが、持っていける物には制限がある。


豪華なドレス。


宝石。


王太子妃になるために贈られた装飾品。


そうした物は残された。


セレナは特に何も言わなかった。


必要なのかどうか分からなかったし、欲しいとも思わなかった。


クラリスたちが必要だと判断した物だけが、鞄へ収められていく。


やがて扉が叩かれた。


護衛の一人が入ってくる。


「出立は本日中とのことです」


部屋の空気が変わった。


クラリスが振り返る。


「本日?」


「はい」


「国王陛下のご帰還は」


「待たないとのご命令です」


「……そうですか」


護衛の声にも、納得している様子はなかった。


だが彼女たちは兵士だ。


命令が出れば従わなければならない。


セレナは尋ねた。


「皆さんも来てくださるのですか?」


護衛は一瞬、言葉に詰まった。


「国境までは」


「国境まで」


「はい」


それでセレナには分かった。


その先には来ない。


彼女たちは祖国の兵士なのだから当然だった。


「分かりました」


セレナはそれ以上、何も言わなかった。


一緒に来てほしいとも言わない。


それは彼女たちの役目ではない。



「セレナ様」


クラリスが呼んだ。


「はい」


いつもと少し声が違う。


セレナはクラリスを見る。


クラリスはまっすぐこちらを見ていた。


「お話がございます」


「なんでしょう」


「私は、職を辞します」


セレナは動かなかった。


数秒。


言葉の意味を理解すると、顔から表情が消えた。


「……辞める?」


「はい」


「クラリスも?」


クラリスが目を見開く。


セレナは静かに続けた。


「そうですか」


声はいつもと変わらない。


けれど、視線が少しだけ下がった。


「長い間、ありがとうございました」


「セレナ様」


「仕方ありません。私はもう聖女ではないそうですから」


「違います」


クラリスが、珍しく強い声を出した。


セレナが顔を上げる。


「私は、セレナ様から離れるために辞めるのではありません」


「……?」


「ついていくためです」


セレナは瞬きをした。


「どこへ?」


クラリスは少し困った顔をした。


「セレナ様が行かれるところへです」


「ですが」


セレナは戸惑う。


「私は国外追放されるのですよ」


「存じております」


「国境の外へ行くのですよ」


「はい」


「あなたは、この国の側仕えでしょう?」


「ですから、辞めます」


セレナは、しばらくクラリスを見つめていた。


「……なぜ?」


クラリスは今度こそ、わずかに呆れたような顔をした。


「セレナ様」


「はい」


「お一人で、どうなさるおつもりですか?」


セレナは考えた。


「……歩きます」


「どちらへ?」


「それは……」


分からない。


「宿は?」


セレナは黙った。


「お召し物は?」


さらに黙った。


「お食事は?」


「……買えばよいのでは?」


「何を、いくらで?」


セレナはクラリスを見る。


「…………分かりません」


「存じております」


クラリスは小さく息を吐いた。


「セレナ様は、聖女としてできることは山ほどございます」


そして、準備された荷物を見る。


「ですが、一人で旅をなさる準備は、何一つできておりません」


反論できなかった。


事実だった。


セレナは服を選んだことがない。


旅程を組んだこともない。


宿を取ったこともない。


食事を買ったこともない。


貨幣を見ることはあっても、それで何をどれだけ買えるのか知らない。


必要がなかった。


誰かが、いつもしてくれていたから。


「ですが、クラリスには、この国での生活があります」


「はい」


「お仕事も」


「先ほど辞めました」


「……」


「ですから問題ございません」


問題がないとは思えなかった。


セレナは、もう一度言った。


「クラリスまで来る必要はありません」


クラリスは即答した。


「ございます」


「でも」


「ございます」


二度言われた。


セレナは口を閉じた。


クラリスは、いつものようにセレナの襟元を整えた。


「これでよろしいでしょう」


何事もなかったように。


いつものように。


セレナは、その手を見ていた。


「……ありがとうございます」


「はい」






日が傾く前。


王宮の裏手に、馬車が用意された。


荷物は少ない。


護衛たちが馬車の周囲を確認している。


王都を出て、国境まで同行する者たちだ。


セレナは馬車へ乗る。


クラリスも続いた。


扉が閉じられる。


やがて馬車が動き始めた。


石畳を車輪が叩く。


セレナは窓の外を見る。


見慣れた王宮が遠ざかる。


いつも通った道。


いつも見た街。


自分が守ってきた国。


そのすべてが少しずつ後ろへ流れていく。


クラリスは向かいに座っている。


セレナはしばらく黙っていた。


やがて、小さく尋ねる。


「クラリス」


「はい」


「私は、本当に聖女ではなかったのでしょうか」


クラリスの表情が変わった。


「セレナ様」


「祈ることはできます」


セレナは自分の手を見る。


「治療もできます」


「はい」


「御柱の状態も分かります」


「はい」


「ですが、王太子殿下は、私は聖女ではないと」


クラリスは静かに答えた。


「殿下がおっしゃったからといって、事実が変わるわけではございません」


セレナは顔を上げた。


クラリスは、それ以上何も言わなかった。


馬車は王都の門を抜ける。


セレナは振り返る。


高い城壁が、ゆっくりと遠ざかっていく。


この国のために生きることを教えられてきた。


祈ること。


治すこと。


御柱を守ること。


それが自分の役目だと思っていた。


なのに今。


その国から、自分は追い出されようとしている。


セレナは窓の外を見たまま、何も言わなかった。


馬車は国境へ向かって進んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。