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追放聖女は隣国の王妃になり、祖国を救うため軍を率いて帰還する  作者: カトーSOS


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第12話 祈りの間

挿絵(By みてみん)


第12話 祈りの間


 夜が明ける前から、野営地では人が動き始めていた。


 火が起こされ。


 兵士たちが周囲を確認し。


 神官たちは、御柱の基壇のまわりを整えている。


 昨日まで草に覆われていた場所は、すっかり姿を変えていた。


 地面は均され。


 倒木や石は取り除かれ。


 祈りの場を中心に、護衛兵が配置されている。


 セレナは、馬車を降りた。


「おはようございます」


 近くにいた神官たちが頭を下げる。


「おはようございます」


 セレナも答えた。


 そのまま基壇へ向かおうとして。


「セレナ様」


 クラリスに呼び止められた。


「はい」


「まだでございます」


「……まだなのですか?」


「朝食が終わっておりません」


 セレナは少し黙った。


「食べました」


「途中まででございます」


「十分だと思うのですが」


「思いません」


 クラリスは即答した。


「それに…」

「お食事の途中、立ち上がるのはお行儀が悪いですよ」


 後ろにいたヴィオラが、わずかに顔を逸らした。


 たぶん。


 笑った。


「今日は昨日までとは違います」


 クラリスが言う。


「新しい御柱を建立なさるのでしょう?」


「はい」


「どれだけ神聖力を消耗するか分かりません」


「それは……そうですが」


「でしたら、お戻りください」


 セレナは御柱の基壇を見る。


 もう準備は始まっている。


 神官たちもいる。


 兵士たちもいる。


 祈ればいいだけなのに。


「御柱は逃げません」


 クラリスが言った。


「……分かりました」


 セレナは馬車へ戻った。



 祈りが始まったのは、それからしばらく後だった。


 空はすでに明るい。


 先行隊から周辺に異常なしとの報告が届く。


 軍の指揮官が兵の配置を確認していた。


「東側、昨日大型魔物の足跡が見つかった森を重点的に見ろ」


「はい!」


「偵察を切らすな」


「了解!」


 レオンもその場にいる。


 今日は王子としてというより。


 巡行隊を率いる者として、兵士たちの中に立っていた。


 セレナは古い基壇の前へ進んだ。


 ヴィオラがすぐ後ろにいる。


 レティシアとマリアンヌも、それぞれ少し離れた位置で周囲を警戒していた。


 神官たちが祈りの場を囲む。


「準備が整いました」


 一人の神官が告げる。


 セレナは頷いた。


 目の前にあるのは。


 崩れた基壇だけ。


 御柱はない。


 祖国では何度も御柱へ祈ってきた。


 弱くなった神聖力を補い。


 ひびを修復し。


 結界を維持する。


 だが。


 今日は違う。


 ここには。


 祈りを受け取る御柱そのものがない。


 セレナは静かに目を閉じた。


 両手を胸の前で組む。


 息を整える。


 そして。


 祈った。



 淡い光が。


 セレナの足元へ広がった。


 最初は。


 ほんの小さな光だった。


 それが徐々に大きくなる。


 古い基壇を包み。


 円を描くように地面へ広がっていく。


 神官たちが息を呑んだ。


 光は地面の表面を走るのではない。


 ゆっくりと。


 土の中へ沈んでいく。


 やがて。


 大地が。


 低く震えた。



 ズズ……。



 兵士たちが一斉に足元を見る。


「始まったか」


 レオンが呟いた。


 ヴィオラだけは。


 セレナから目を離さない。


 セレナの額に。


 早くも汗が浮かんでいた。


 神聖力が。


 身体から流れていく。


 修復とは違う。


 はるかに大きい。


 地中へ。


 地中へ。


 どれだけ注いでも。


 まだ足りない。


 セレナはさらに祈る。


 呼吸が。


 少しずつ深くなっていく。



 そのときだった。


「北東!」


 兵士の声が上がった。


「魔物!」


 森の中。


 木々の間から。


 黒い影が飛び出してくる。


 一頭。


 二頭。


 その後ろにもいる。


「迎撃!」


 軍の指揮官が叫ぶ。


 兵士たちが剣を抜いた。


 弓兵が前へ出る。


「放て!」


 矢が飛ぶ。


 一頭が倒れる。


 だが。


 その横を別の魔物が駆け抜けた。


「多いぞ!」


「昨日の偵察では、ここまでいなかったはずだ!」


 森の奥から。


 さらに姿が現れる。


 まるで。


 何かに引き寄せられているように。


 レオンが剣を抜いた。


「祈りの場へ近づけるな!」


「はい!」


 兵士たちが隊列を組む。


 魔物がぶつかる。


 剣。


 牙。


 盾。


 怒号が響く。


 神官の一人が。


 思わず後ろを振り返った。


「前を」


 ヴィオラが言った。


 神官がびくりとする。


「祈りを続けてください」


「は、はい!」


 神官は再び目を閉じた。


 その中心で。


 セレナだけは。


 祈り続けている。


 剣の音も。


 兵士の叫びも。


 まるで聞こえていないようだった。



 大地の震えが強くなる。


 だが。


 まだ。


 御柱は現れない。



 セレナの膝が。


 わずかに震えた。


 ヴィオラが気づく。


「……」


 それでも。


 触れない。


 今は。


 止めることもできない。


 御柱建立の途中。


 ここで祈りを切ればどうなるのか。


 誰にも分からない。


 ヴィオラは。


 剣の柄を握り直した。



「右から来るぞ!」


 兵士の叫び。


 魔物が一頭。


 護衛の間をすり抜けた。


「抜けた!」


 まっすぐ。


 祈りを捧げるセレナへ向かってくる。


 距離が縮まる。


 十歩。


 七歩。


 五歩。



 ヴィオラが前へ出た。



 剣が閃く。



 魔物が飛びかかる。


 その身体が。


 セレナへ届く直前。


 横へ弾かれた。



 地面へ転がる。


 ヴィオラが追う。


 一撃。


 魔物が動かなくなる。



 血が飛んだ。


 ヴィオラは身体をずらす。


 セレナへは。


 一滴も届かなかった。



 ヴィオラが振り返る。


 セレナは。


 まだ目を閉じている。



「祈りを続けてください」


 声をかける。


「あなたの前へは、誰も通しません」



 返事はない。



 だが。


 光が。


 さらに強くなった。



 次の瞬間。



 ドン。



 大地が大きく揺れた。


「来るぞ!」


 誰かが叫んだ。



 基壇の中央。


 土が割れる。


 光が噴き上がった。



 そして。


 地面の中から。


 ゆっくりと。



 白い御柱が姿を現した。



「……!」


 神官たちが目を見開く。


 柱は。


 さらに高くなる。


 土を押し退け。


 光をまといながら。


 空へ向かって伸びていく。



 やがて。



 完全に。


 一本の御柱が立った。



 静寂。



 ほんの一瞬。


 戦っていた兵士たちまで。


 その光景を見た。



 そして。


 御柱が強く輝いた。



 光が走る。



 王都の方向へ。



 遠く離れた。


 既存の御柱へ向かって。



 一本。


 そしてもう一本。



 空中を走る淡い光が。


 失われていた結界を結び直していく。



「結界が……」


 神官が呟いた。



 遠く。


 これまで光の壁があった場所。


 その境界が。


 ゆっくりと。


 外へ動き始める。



 荒れた街道を越える。


 草原を越える。


 放棄された家々の一部を包み込む。



 光が。


 この御柱まで届いた。



 次の瞬間。



 空気が変わった。



 重くまとわりついていた瘴気が。


 薄れていく。



 兵士の前にいた魔物が。


 突然動きを鈍らせた。


「今だ!」


 指揮官の声。


 兵士たちが押し返す。


 弱った魔物が。


 次々に森へ逃げていった。



 静かになっていく。



 風が吹いた。



 セレナは。


 ゆっくりと目を開けた。



「……」


 御柱。


 立っている。



 自分の目の前に。



 そして。


 その向こう。


 淡い光の壁が見えた。



 昨日まで。


 もっと王都側にあったはずの結界。



 それが今は。


 自分たちのいる場所より。


 さらに外へ移っている。



「……広がった」


 セレナが呟く。



「はい」


 ヴィオラが答えた。



 セレナは。


 御柱を見上げた。



 一本。



 本当に。


 一本立てただけで。



 失われていた土地が。


 国へ戻った。



 その瞬間。


 足から力が抜けた。



「セレナ様」


 ヴィオラが身体を支える。



「大丈夫です」


「その言葉は、立ってからおっしゃってください」


「……立っています」


「私が支えております」



 セレナが。


 少しだけ黙った。



「……そうですね」



 レオンが近づいてくる。


 剣を納めながら。


 御柱を見る。



「成功ですね」


「はい」


 セレナは答えた。



 周囲では。


 兵士たちが残った魔物を確認している。


 神官たちは。


 立ち上がった御柱の周囲を調べていた。


 測量官は。


 遠くの結界線を確認している。



「殿下!」


 測量官が声を上げた。


「予定どおりです!」


 地図を開く。


「結界はここまで広がっています!」



 レオンが地図を見る。


 セレナも。


 ヴィオラに支えられながら覗き込んだ。



 戻った土地は。


 まだ小さい。



 今回目標にしている農地の大部分は。


 まだ外。



 水源も。


 町も。



 まだ結界の向こうにある。



 けれど。



 昨日まで失われていた土地が。


 確かに。


 地図の上でも。


 人の側へ戻っていた。



 セレナは。


 その線をじっと見る。



「……あと二本ですね」



 レオンがセレナを見る。



「今日は一本です」



「はい」



「今日は」



「……分かっています」



 クラリスが。


 少し離れたところからこちらを見ていた。



 セレナは。


 それ以上何も言わなかった。



 もう一度。



 新しく立った御柱を見上げる。



 一本目。



 たった一本。



 それでも。



 国土は。


 確かに広がった。



 失われた土地を取り戻す巡行は。



 本当に。



 ここから始まった。

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