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黄泉の山頂

載りを抜く。竹崎は押さえる。木花は上を押さえる。超常が、静かに終わっていく。これにて一件落着。

第10話 黄泉の山頂


    ◇ 言仁 ◇



 答えは、ずっと前からわかっていた。

 立てた鉾に手を当てると、まだ潮が漏れている。栓は立った。だが、塞ぎきれていない。栓を抜くための鍵が、まだこの世に残っているからだ。俺の、血の中に。

 生まれたときから、俺に載っていたもの。海の底で母が「お前の国を探せ」と言った、あの国。安徳という名の、重い()り。

 これを、抜く。

 捨てるのではない。抜いて、この鉾の詰め物にする。俺の()りで、穴を塞ぐ。そうすれば二度と、誰も、ここを開けられない。崇徳も、第二の崇徳も。

 怖くはなかった。むしろ、ずっと肩に乗っていた重さを、やっと下ろせる気がした。

 俺は、竹崎を呼んだ。

「竹崎。鉾を、押さえてくれ。——俺が何を言っても、聞くな。手を、離すな」

 竹崎は、わけがわからないという顔をした。それでいい。わからないまま、手だけ貸してくれればいい。それが昔からの、こいつの役目だ。俺が読んで、こいつが動く。

 最後に、木花を見た。馬を降りたあいつが、うなずいた。

「上は、私が押さえる。——行きなよ、言仁」

 俺は目を閉じ、母の骨片を握った。海の底の、あの灯を。

 唱えはじめる。ふる、とがれ、ふれ——そして、その逆を。と、刺せ。抜け。



    ◇ 竹崎 ◇



 言仁ときひとが何をやっているのか、俺には半分もわからなかった。ただ、鉾を力いっぱい押さえた。離すな、と言われたからだ。

 あいつが唱えはじめると、その胸のあたりが、ぼう、と光った。鯨油の灯が、それを照らす。第1部でさんざん嗅いだ、あの脂の匂いだ。光の中に、結び目のようなものが見えた気がした。あいつの中に、生まれたときからずっと結ばれていた、何かだ。

 その結び目を、言仁ときひとは、母からもらった骨の欠片で、ゆっくりと解いていった。

「……お前」と俺は思わず言った。「お前、自分の中身、抜いてんのか!?」

 言仁ときひとは答えなかった。答える余裕もないらしく、脂汗を流していた。

 苦しそうだった。何度も、やめさせたくなった。もういい、と言いたくなった。だが、聞くな、手を離すな、と言われている。だから俺は、押さえた。歯を食いしばって、人間の手で、ただ押さえつづけた。魔術も祝詞もいらない。これだけは、呪力のないただの俺にしか、できない仕事だった。

 木花が、上のほうで、短く息を吐いた。

 あいつのまわりの、妙な明るさ——日が差しているようだった、あの依代の光が、すうっと薄れていく。同じころ、言仁ときひとの手の中で、結び目が、ほどけた。

 あいつは、ほどけたそれを、鉾の根もとへ押し込んだ。栓と穴の隙間を、詰め物で埋めるみたいに。

 潮の漏れる音が——俺には聞こえないはずのその音が、ふっと、止んだ。止んだのが、わかった。

 あれほど頂を満たしていた重い気配が、きれいに引いて、あとにはただ、晴れた山が残った。ただの土と、石と、草の山が。



 言仁ときひとが、鉾の根もとに座り込んだ。

 その顔を見て、俺は少し驚いた。

 肩が、下がっていた。

 ずっと見慣れぬ重さが乗っていた、あの肩だ。それが、すとんと下りている。はじめて、こいつがただの二十歳の、同い年の顔に見えた。海を探す目も、もうしていない。探さなくても、よくなったのだ。

「……終わったのか」と俺は聞いた。

「ああ」と言仁ときひと。声が、軽かった。「もう、何も聞こえない。——静かだ」

 最後に、三人で、崇徳の残した形代を壊した。厳島からずっと、あいつらが後生大事に運んできた、再降臨の依り代だ。木花が押さえ、俺が割り、言仁ときひとが最後のひと言で留めを刺した。

 もう二度と、誰も、神を呼べない。



 それから、ゆっくりと、世の中が変わっていった。

 すぐにはわからなかった。だが何年か経つうちに、気づいたことがある。

 祟りが、起きなくなった。

 昔は、人が死ねば怨霊になり、海では死者のクジラが浮かび、山では物の怪が出た。それが、ぱたりとなくなった。墓を暴いても、もう潮を吸わない。ただ土に還っただけの、塚だ。

 海も山も、荒ぶらなくなった。その代わり、返事もしなくなった。厳島へ行っても、沖ノ島へ行っても、潮はもう何も囁かない。木花が祈っても、あの温かい陽炎は立たない。神が死んだわけじゃない、と言仁ときひとは言った。ただ、こっちとあっちを繋いでいた線が、閉じただけだ、と。

 飢饉や疫病の、絶え間なかった凶事の影が、すこしずつ薄らいでいった。季節が順当に巡り、蒔けば芽が出て、子が育つ。人が神に祈るより先に、自分の手で田を耕し、堤を築き、世の中を回しはじめた。

 誰も、「末法が終わった」とは言わなかった。ただ、気づいたときには、あの、何をやっても先のない、世の終わりのような重い空気が、いつのまにか消えていた。



 言仁ときひとは、宇都宮の名のまま、残った。

 安徳という名も、潮を読む力も、姓で動く軍勢も、ぜんぶ、あの頂に置いてきた。残ったのは、宇都宮という名の、ただの一人の男だ。英雄でも、天子でも、神でもない。誰の国も背負っていない。母が「お前自身の国を、お前の足で探せ」と言った、その答えに、たぶんいちばん近い場所に、あいつは立っていた。

 俺は、肥後へ帰った。黒い、潮を吸わない土の上で、また武士をやっている。竹崎、季長。三人で決めた、たいそうな名だ。あのころの話を、俺は書き残すことにした。誰も信じないだろうが、それでも書く。ここに、潮を読む男がいて、馬で駆ける女船長がいて、神を、海へ返したのだと。

 木花は、出雲へ帰った。じいじの——定信の、天寿を看取るためだ。神気が止まって、ジサイの術を新しく学ぶ者は、もういない。じいじが、最後のジサイになった。木花は、それを最後まで、ちゃんと見届けるという。あの、たったひとりの家族を。



 木花は、ときどき肥後へ来た。

 俺の地に、あいつの記録が、いくつか残っている。

 だが、あいつがその後の長い歳月を、肥後の俺のところで過ごしたのか、宇都宮のあいつのところで過ごしたのか——それは、どこにも書かれていない。

 書く気に、ならなかった。たぶんそれは、書くようなことじゃ、ないからだ。

 潮は、もう読めない。羅針盤は、いらなくなった。

 それでも俺たちは、ちゃんと、自分の足で歩いている。

 ——あいつの肩は、もう、晴れている。

 それで、上等だ。


お読みいただき、ありがとうございました。


本作は「海→島→山」とステージを移し、広い世界から山頂へ向かう——という最初のアイデアから始まりました。シナリオセンター式の資料(天・地・人)を先にそろえ、「歴史や設定の講義はしないで」としながら、AIと推敲して書いた作品です。


AI制作が増えるなか、作者がどこまで関与したかを残すことは、これからとても重要だと思っています。その証拠として、制作の経緯もここに書いておきます。資料はGitHubに置いていますが、リンクは今は貼りません。ご要望があれば公開します。


お付き合い、ありがとうございました。

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