休日の乱入者
基本的に俺は消極的な人間だ、自発的に行動することは殆どなく、予定も無しに行動することもない、自他共に認める引きこもり。
そんな怠惰な俺が珍しく朝早くから起きて行動を始めるのが日曜日の朝である、俗にいうニチアサだ。
そこで俺は小さな女の子と大きなお友達に愛されているプリティーでキュアなアニメを鑑賞するのが日課となっていた。
最初はミライちゃんが小学生くらいの頃に一緒に見てと誘われ拒否して二度寝をするとフライングボディプレスを受ける羽目になるので渋々視聴し始めたのがきっかけだ。
中学生にもなるとミライちゃんはニチアサアニメアイムを卒業してしまったが逆に俺はそれにはまってしまっていた。
プリ○ュアって奥が深いんだな、女の子の友情とか心理描写とか、本気で一度見るべき見てない人には進めとく(ダイマ)。
結局のところ何が言いたいのかというと習慣というものは凄いもので世界が変わって、曜日が消え、ウチの家庭からテレビが失われても一週間に一度に限りきっちり朝7時前には目が覚めてしまうのである。
まあ、この世界は日の出とともに1日が始まるのです十分遅い時間に当てはまるのだが其処は気分の問題だ。
そんな日は朝からお茶でも飲んでまったりと過ごすのだが工房が完成してからはそちらの方が屋敷よりも快適なので工房の中で1日を過ごす時間の方が多くなった。
そして今日はリリとルルにお茶を入れてもらい更にリインも加わって4人で落ち着いたひと時を送るのだ。
リリとルルの2人は幼さに見合わず働き者でここでの仕事にだいぶ慣れてきた。
リインとはなんだかんだで結構な時間を過ごしておりお互い気心が知れた仲といっても過言ではない…と思う。
可愛らしい双子の美少女に綺麗な教師と一緒にお茶をして楽しいと思わないはずがない。
そんな前の世界では決して味わうことのできなかった幸福なひと時はこの俺をこの世界に来て良かったと思わせてくれる幸せな時間であった。
しかし俺にはその幸福なひと時を終焉に導く、破滅の足音がゆっくりと近づいていた。
「兄さん、一狩り行こうぜ!」
そんな馬鹿の馬鹿な一言で俺のこの世界での数少ない癒しの時間が終わりを迎えた。
「さっきまで可愛い女の子たちとお茶してたのに、いつの間にか鎧に身を包まれたむきむきのおっさんに囲まれてるんだけどナニコレ怖い?」
「だから何度も説明してるじゃんかよ兄さん。今から僕たちが行くのは魔物狩り。街道にゴブリンが出たっていうからそれの討伐を兼ねて僕たちの初陣を飾っとこうってことだよ」
どうやら今回の行軍は街道の魔物の討伐に騎士団を派遣する序でに俺とイザヨイの初戦闘をやっておこうという趣旨らしい。
まあそれについては理にかなっているので問題ないことにしておく。
ただ俺が一言言いたいのは、
「俺が魔物狩り聞いたのがついさっきだっていうことについて物申したいんだが?」
「だって兄さん考えても見なよ、魔物が人間や街を襲う時にわざわざ『明日襲いに行きますよ』なんていうと思うかい?」
「ぐっ!それを言われると少し弱いな」
「まあ、本当のところは僕が兄さんに伝えるのを忘れていただけなんだけどね」
「お前はいつか痛い目を見るからな、ていうか今から見せてやる」
「そろそろ情報があったところに到着しますのでお静かに」
イザヨイと決起溢れる会話をしていると一番豪華な鎧を着た男に怒られてしまった、彼はアカツキ家の保有する第1〜第6までの騎士団の中の第5騎士団の団長で今回の責任者だ。
ゴツイ体と強面のせいでどちらかと言うと盗賊のお頭の方が似合っていると思っているのはここだけの秘密だ。
べ、別に去年やらされていた剣の鍛錬の時の模擬戦で散々痛めつけられたから恨みを募らせていて心の中で悪口を言ってるわけじゃないんだからね。
確か名前はビスマスだったかな?
「よし、ここからは二手に分かれる。イザヨイ様と俺の班が街道から左手の森に、レイト様とラーナの班が右手の森だ。陽が傾き始めたらこの地点で合流だ」
「「「了解しましたビルクス団長」」」
違ったビルクスだった。
イザヨイとビルクスが森に入るのを見送ってから俺たちは行動を開始した。
「それでは私達も森に入ります、森では基本私の後ろについて着てください」
「っ!、りょうかーい」
ラーナという騎士にかけられた声に少し驚きつつも俺はその言葉に従い先導する騎士の後に続いて森に入って言った。
俺たちのグループは俺とラーナ含む騎士4名の計5人、今は1人が斥候として前方に出ているので4人での行動で騎士たちは俺を囲むようにして森の中を進んでいる、なんだか自分よりも大きな人たちに周囲を固められると護衛と言うより連行されているような気がしてくる。
騎士たちの会話を聞いていたところラーナは副団長と呼ばれていたので、やはりこの人がこの騎士たちの中で一番上の立場になるのだろう。
ただ少し驚いたことに、
「どうかいたしましたか?何か気にかかるようなことがあるなら解消した方が良いですよ、これから戦闘に入ると言うのに気の迷いは死を引き寄せますので」
どうやら俺が不思議に思っている気配をラーナという騎士は感じていたらしい。
「それじゃあ聞くけどラーナって女の人?」
「えぇ、その通りです」
騎士たちは鎧を着込み面頰を下ろしていたため顔を見ることができず最初声を聞いてもしやと思ったのだがこの返答には少し驚いた。
この封建社会的な世界で騎士団と言う見るからな男社会に女性が進出しているとは思わなかったからだ。
「女性の兵って結構いるの?」
「割合としては男性と比べて大分少なくなりますが一定以上はいます。それにどこの軍でも技能を持った兵は重宝されるのです、私は魔法を納めた魔法兵ですが、そのおかげで副団長という重要な立場に就くことができましたからね」
その説明を聞いて納得した、魔物が襲いくるこの世界で女性だから戦えないなどという言い訳が通用するはずがないのだ。
女性でも貴重な戦力だし、戦力になるなら重職にも就ける、凝り固まったこの世界の考えとしては驚くほど合理的だった。
「そうだったのか、悪いとは思ってるけどこうも言うだろ『女である前にまず兵士であれ』って」
「それは初めて聞きますが良い言葉ですね」
うん、フォローのおかげで俺の印象は口調から最初会った壁が幾らか無くなった気がしする。
実際ラーナは実力も十分に備わっているのだろう、森の中に入ってから気がついたが移動するときに発する鎧のガチャガチャとした音が他の人たちと比べて驚くほど小さい。
たったこれだけでも他の騎士との練度の差がわかると言うものだ。
「副団長の魔法兵って言ったらどんな魔法が使えるんだ、やっぱりリインなんか比べ物にならないほど強いのか?」
「そ、そんな滅相もありません。私が使えるのは風の中級魔法までです、リイン様と言ったら学園在学中に宮廷魔法士に推挙されたほどの魔法使いとか。私程度足元にも及びません」
「へぇ、初めて聞いたよ。後でリインに追求することが出来たな」
俺の中でいつもあわあわと何時も狼狽えているリインに対する株が少し上がった。
そしてラーナを中心に他の騎士たちとたわいない会話でコミュニケーションをし合いある程度親密度が上がってきたと言うところで斥候に行っていた1人の騎士が戻ってきた。
ゴブリン、数ある魔物の中でも最弱の部類に該当する魔物。
体長1メートルほどで基本的に群れで行動する稀に上位個体が発生しそれがコミュニティーの長を務めることもある。
知能は低く会話は無意味、力は成人男性に比べると弱いが集団で行動し武器を使うこともあるので多数に包囲されると危険である。
まるでゲームに存在する雑魚キャラの設定をそのまま持ってきたような感じだが、ゴブリンという存在は確かにこの世界に実在しているのである。
そしてそんなゴブリンが俺の前に現れた。
体調は確かに1メートルほどだ、だが今の俺の身長では一回りほどしか変わらず、体格は小肥りといった体型のあっちの方が僅かに有利である。見た目は醜悪な小鬼で格好は体にズタボロを巻きつけただけのほぼ裸、手には武器として整えられた丸太が握られている。
そんな相手を俺は今から1人で倒さなければならないらしい、無論騎士たちは危なくなったら助けてくれるらしいが基本的には傍観者だ。
グギャギャギャギャなる気持ち悪い鳴き声で鳴くゴブリンに俺は心の中で泣きそうだった。
恐怖心はある、動揺も、緊張も、初の実践怪我を恐れ躊躇する気持ちはあったのだが、俺の心中でゴブリンに対する生理的嫌悪感が上回った。
「ギャギィ!」
「ひっ!」
奇声をあげながら此方に駆け寄るゴブリンに反射的に俺は全力で武器として持ってきた剣を一振りした。
リーチと知識の差によってその戦闘というより撲殺といった行為は一瞬で終わりを迎え。
ゴブリンは首を両断されその頭はボールのように何処かに飛んでいった。
当然ながらそのすぐ近くにいた俺はゴブリンの返り血によって身体中を汚すこととなるのであった。
ゴブリンは群れで行動する。
そんなさっき自分が語ったはずの基本的な事柄を忘却していた自分に怒りが湧いてくる。
先ほどの一体は斥候が釣りだした群れの中のほんの一個体だと教えられゴブリンの集団はまだ健在であると教えられた次の瞬間には最初のゴブリンに合流するかのように森の奥からワラワラとゴブリンが漏れ出てきて、今現在はそのゴブリンどもを狩り取っている真っ最中だ。
ゴブリンは弱い、それは実戦経験のない俺が瞬殺できたことからもわかるように明白なことだが、その生物としての貧弱さは種としての強靭さを表していた。
具体的に言うと数がものすごく多い。
一体見かけたら、30体でも潜んでいるGの如く絶え間なく森から湧き出てきて終わりが見えない。
最初は丁寧に習った型通りに剣を振るっていたが次第に疲れてきて思う様に動けなくなって来て、武器の方もゴブリンどもの油と骨のおかげで刃物ではなく鈍器になりつつあった。
いつの間にか俺はゴブリンを屠るだけの機械となっていた、無感情に間合いに入ったゴブリンの命を刈り取り、途中からは魔法も併用して貫き切り刻み、心と体を切り離し体はRPGのレベリング並みの気軽さでゴブリンをプリプチと倒していき、心の中ではどうしてこうなったのだろうと涙していた。
ゴブリンの波が漸く途絶え、最後の一匹を倒した時には辺りは一面死体で埋まっていた。
自分が何体倒したのかも覚えていない、二桁の後半に入ってからは機械的に作業を執行していたからだ。
目の前の光景に現実味がなく、これだけ死体になると疫病とか生態系とか心配だなという他の思考が生まれていた。
漸く落ち着いた時、俺の頰が濡れていたことに気がついた。
「ラーナ副団長しつもんでーす、ゴブリンってこんなにいやがるのですか?」
「はぁ、はぁ……いいえ違います。今回のこれは明らかに異常です、もしかしたら上位種なんかが発生している可能性がありますね」
気を取り直して戦闘中ずっと疑問に思っていたことをラーナに問うた、息を切らしていたラーナは俺の質問にちゃんと答えてくれたが、こっそりとフラグを立てやがった。
「よし、なんか嫌な予感がするから当初の目的を果たしたし全員合流地点まで撤退でいいよね?」
「はい、そうですね。団長と相談して調査に数名残しますが今回はできるだけ急いで帰りましょう!」
実戦を乗り越え強い結束感が結ばれた俺たち5人は全速力で森から離脱し合流地点への移動を開始いた。
幸い何事もなく森を抜けきることができ無事合流地点に到着すると、そこには
「あー、兄さん!僕はなんとゴブリン6体も討伐したからね」
馬鹿どもが呑気に寛いでいた。
反射的に能天気な馬鹿の鳩尾にグーパンチを放ってしまったことは仕方がないことだと思う。
「何してんの、兄さん?」
「うるさい、ぼけ」
しくじった、こいつ鎧着てやがる。手がめちゃくちゃ痛い。
「団長私の方から報告があります!」
その後ラーナから説明があり状況を正しく理解した団長の号令で俺たちは直ちに帰宅。
夕飯の席でイザヨイが自らの武勇伝を熱く語り、俺はイザヨイの後にさっき体験したことを淡々と語った。
その場で何故かイザヨイがものすごく凹んでいたが俺には心当たりが微塵もなかった。
その3日後、森の中でゴブリンの上位種であるゴブリンキングが見つかり問題になったが第1騎士団が派遣されすぐさま討伐されて今回の一件は漸くひと段落だ。
前の世界とは違った異世界の危険というものを身を以て学ぶ貴重な体験となったことをここに記す。