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【BL】こぎさんはおしりがかわいい  作者: 彩羽やよい


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8/14

たかとら、ケーキを買ってくる -3-

「あれ、高虎」

「ん?」

「お前、今唇ぺろってした?」


 高虎は少し眉を寄せた。


「した?」

「うん。こう、ぺろって」


 千尋が自分の唇を指差して説明すると、高虎は一度考え、それから首を傾げた。


「癖かも」

「自覚ないの?」

「ない。よくやる?」

「いや、俺も今初めて気づいたからわかんねえけど」


 千尋は改めて高虎の口元を眺めた。

 薄めの唇は、普段あまり大きく動かない。話すときも必要以上に表情を変えず、笑うと片側だけが少し持ち上がる。

 先ほどの仕草は、そんな普段の落ち着いた顔立ちに対して、妙に無防備に見えた。


「へえ。なんか面白いな」

「何が?」

「いや、無意識の癖って自分じゃわかんないもんなんだなと思って。俺もなんかあるのかな」

「こぎさんは、喋るとき手が動く」

「え、そう?」

「うん。結構」


 千尋は自分の手元を見た。

 確かに、今もフォークを持っていないほうの手が、いつの間にかテーブルの上へ出ている。


「ほんとだ。俺、身振り手振り多い?」

「多いと思う」

「うわ、恥ずかし。気をつけよ」

「別にいいじゃん」


 高虎はそう言って、タルトを千尋のほうへ戻した。


「わかりやすいし」

「何が?」

「何話してるか」

「そりゃ喋ってんだからわかるだろ」

「そうだけど」


 高虎の口元が、わずかに緩む。

 千尋はその顔を見て、何となくからかわれているような気がしたが、本人に悪気がある様子もないので、結局そのまま笑ってしまった。

 無愛想に見えるわりに、この男は案外よく笑う。

 ただし、声を上げたり大きく表情を変えたりすることは少なく、こちらが気づくかどうかという程度に、目元や口元が緩むだけだ。

 それがわかってくると、最初に感じた近寄りがたさも、ずいぶん薄れてきたように思う。


◆


 ケーキを食べ終え、空になった箱を片づけようとした千尋は、手提げ袋の底にもう一つ、小さな包みが残っていることに気づいた。


「あれ、まだ何か入ってる。高虎、これも買ったの?」

「うん。クッキー」

「かわいいな、これ。リボンついてる」

「そう。かわいかったから買った」


 高虎は空になった皿を重ねながら、ごく当たり前のように答えた。

 千尋は手元のクッキーを見下ろし、それから高虎の顔を見上げる。


「お前、かわいいもの好きなの?」

「好きだよ」

「へえ。そうなんだ」

「こぎさんも好きでしょ」

「好きだけど。よくわかったな」

「部屋に結構あるじゃん」


 高虎が顎で示したのは、リビングの棚だった。

 そこには小さな観葉植物や、動物をかたどった置物がいくつか並んでいる。どれも千尋が気に入って少しずつ集めたもので、部屋全体の雰囲気を損なわない程度に飾っていた。


「ああ、あれか。そうそう、かわいいだろ。あのちっちゃい動物のやつ、雑貨屋で見つけてさ」

「うん。いいね、あれ」

「だろ? ああいうの見つけると、つい買っちゃうんだよな」

「わかる」


 あっさり同意され、千尋は少し驚いた。

 高虎は自分の服装にはあまり飾り気がなく、黒やグレーを中心とした、ゆったりした服を好んで着ている。身につけている小物も実用的なものばかりで、かわいい雑貨を集めているようには見えなかった。

 けれど考えてみれば、外見と好みが必ずしも一致するわけではないだろう。


「なんか、お前のことちょっとわかってきた気がする」

「そう?」

「うん。甘いもの好きで、かわいいもの好きで、料理もできる」

「普通じゃない?」

「いや、別に珍しいって意味じゃなくてさ。昨日会ったばっかりだから、まだ全然知らねえなと思って」


 千尋はクッキーの袋を軽く持ち上げた。


「これ、明日食おうぜ。今日もうケーキ二つ食っちゃったし」

「うん。コーヒーと食べたい」

「じゃあ明日のおやつにしよ」


 千尋は袋をキッチンの棚へ置き、リボンが潰れないよう、少し向きを整えた。

 高虎はその様子を眺めてから、食器を持って立ち上がる。

 千尋が何かを気に入るとき、その理由はわりと単純で、しかも本人はそれを隠そうとしない。

 かわいいから好き。美味しいから嬉しい。気に入ったから、また食べたい。

 それを聞いていると、自分が何かを選ぶときにも、あまり余計なことを考えなくて済むような気がした。


◆


 食器を片づけたあと、二人はリビングへ移動した。

 千尋はソファへ腰を下ろし、テレビのリモコンを手に取ったものの、特に見たい番組があるわけでもなく、結局そのままローテーブルへ置いた。

 キッチンでは高虎がマグカップを洗い、水切りかごへ並べている。


「高虎、コーヒー飲む?」

「飲む」

「じゃあ俺淹れるわ」


 千尋が立ち上がると、高虎は濡れた手をタオルで拭きながら振り返った。


「俺やるよ」

「いや、お前さっきからずっと片づけしてくれてんじゃん。座ってていいぞ」

「こぎさんも飯作ってくれたし」

「そうだけどさ。じゃあ、一緒にやる?」

「うん」


 高虎は素直に頷き、千尋がキッチンへ入ってくるための場所を空けた。

 千尋が湯を沸かし、高虎がマグカップとコーヒー豆を用意する。

 同じ場所に立つと、やはり身長差が際立った。千尋が顔を上げなければ高虎の表情は見えず、逆に高虎が少し身を屈めなければ、千尋が手元で何をしているのかまではわからない。

 それでも、朝と同じように、二人の作業は不思議と噛み合っていた。


「高虎、明日って何時くらいに帰ってくる?」

「七時くらいかな。現場次第だけど」

「そっか。俺、明日はちょっと遅くなるかも」

「仕事?」

「うん。展示会の現場確認入っててさ。たぶん八時か九時になると思う」


 千尋は沸いた湯をポットへ移し、コーヒーを淹れる準備をしながら少し考えた。


「夕飯どうすっかな。何か作り置きしとこうか?」

「俺が作るよ」

「え、いいの?」

「こぎさん遅いんでしょ。俺のほうが早いし」


 高虎はそう言って、マグカップを二つ並べた。

 その振る舞いには、特別な気負いもなければ、相手に恩を売ろうという意図も感じられない。

 千尋はしばらく高虎の横顔を見上げ、それから笑った。


「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」

「うん。何食べたい?」

「え、リクエストしていいの?」

「作れるものなら」

「そうだなあ。……オムライスとか?」

「いいよ、作れる」

「やった。俺、オムライス好きなんだよなあ」


 千尋が嬉しそうに言うと、高虎は小さく頷き、必要な材料を頭の中で確認するように視線を動かした。


「じゃあ帰りに、買い物してくるね」

「いやいや、そこまでしてもらうの悪いって。食材代は俺も出すからな」

「うん。あとで精算しよ」


 高虎があっさり了承するので、千尋はその返答に、少しだけ感心した。

 こういうとき、遠慮して全部自分で払おうとする人間もいれば、逆に相手の好意を当然のように受け取る人間もいる。

 高虎はそのどちらでもなく、必要なことをきちんと相談しながら、無理のないところで折り合いをつけようとする。

 六つも年下だというのに、案外しっかりしている。


「高虎ってさ、結構ちゃんとしてるよな」

「何が?」

「いや、家事とか、そういうの。俺、二十四のときこんなにちゃんとしてたかなあ」

「こぎさんもちゃんとしてるじゃん」

「そう?」

「うん。昨日も今日も飯作ってくれたし、部屋も綺麗だし」

「おお、褒められた。もっと言っていいぞ」


 千尋が得意げに胸を張ると、高虎は一度その顔を見下ろし、口元を緩めた。


「優しいし」


 予想していなかった言葉に、千尋は一瞬、動きを止めた。


「……お?」

「泊めてくれたし。助かってる」


 高虎は淡々と続け、淹れ終わったコーヒーを千尋のほうへ差し出した。

 千尋はマグカップを受け取りながら、何となく照れくさくなった。

 自分から褒めろと言ったくせに、いざ真正面から礼を言われると、どう返していいのかわからなくなる。


「そ、そっか。まあ、困ったときはお互いさまだからな」

「うん」

「俺も朝飯作ってもらったし、ケーキまで買ってきてもらったし。十分助かってるよ」


 千尋はそう言って、マグカップを両手で包んだ。

 温かい陶器の感触が指先に伝わる。

 高虎は隣で自分のコーヒーを一口飲み、それからふと、千尋の顔を見た。


「オムライス、卵ふわふわのやつがいい?」

「あー、どっちも好きだけど、昔ながらの包んであるやつも好きだな」

「じゃあ包むほうにする」

「ほんと? 楽しみにしてる」

「うん」


 そのあとも二人は、明日の買い物や帰宅時間について話し合い、食材代や日用品の分担についても、少しずつ決めていった。

 どちらか一方が無理をするのではなく、できるほうができることをする。

 そういう暮らし方なら、案外うまくやっていけるのかもしれない。

 千尋はコーヒーを飲みながら、そんなことを考えた。


◆


 夜も更け、千尋が寝室へ引っ込む頃には、高虎も客用の布団を整え終えていた。

 リビングの照明を落とす前、千尋は棚に置いたクッキーの袋へ目を向けた。

 明日はあれを開けて、コーヒーと一緒に食べよう。

 その前には、高虎が作るというオムライスも待っている。

 考えてみれば、まだ出会って二日目だというのに、すでに明日の夕食や、そのあとのおやつの約束までしているのだから、なかなか面白い。


「高虎、電気消すぞ」

「うん」

「じゃ、おやすみ。明日も仕事頑張れよ」

「おやすみ、こぎさん」


 高虎の低い声が返ってきたのを確かめ、千尋はリビングの照明を落とした。

 廊下を歩きながら、ふと、今朝のことを思い出す。

 寝坊して慌てて部屋を出たら、高虎がキッチンで目玉焼きを焼いていた。

 それだけでも十分妙な出来事だったのに、夜にはその男がケーキを買って帰ってきて、明日はオムライスを作ると言っている。


 昨日まで、一人で暮らしていた部屋である。

 帰宅すれば誰もいないし、食事を作るのも片づけるのも自分一人。休日に何をするかも、何時に寝るかも、誰かに相談する必要はなかった。

 そういう気楽さは嫌いではない。

 けれど、誰かと一緒に暮らすというのも、思っていたほど窮屈なことではないのかもしれない。

 少なくとも、高虎となら。


 千尋は寝室の扉を閉め、ベッドへ腰を下ろした。

 あの大きな男は、どうやら甘いものが好きで、かわいいものも好きらしい。

 料理ができて、朝に強くて、口数は多くないけれど、こちらの話はちゃんと聞いてくれる。

 それから、無意識に唇を舐める癖がある。

 まだ知らないことのほうがずっと多いが、二日間でわかったことも、案外たくさんあった。


「……変なやつ」


 千尋は小さく笑い、ベッドへ潜り込んだ。

 悪い意味ではない。むしろ、なかなか面白いやつだと思っている。

 一方その頃、高虎は客用の布団へ腰を下ろし、スマートフォンのメモを開いていた。

 鶏肉、卵、牛乳。

 明日の夕食に必要なものを書き込み、冷蔵庫の中身を思い返しながら、買い足すものがないか確認する。


 千尋は、オムライスが好きだと言っていた。

 ふわふわの卵も好きだけれど、昔ながらの包んだものも好きだと、少し嬉しそうに話していた。

 ならば、明日は綺麗に包んでやりたい。

 高虎は買い物のメモを保存し、スマートフォンを枕元へ置いた。


 自分の部屋が使えなくなったことは、もちろん災難だった。修理の予定もまだ確定していないし、仕事の合間に管理会社と連絡を取る必要もある。

 それでも、今日一日を振り返ってみれば、嫌なことばかりではなかった。

 朝には一緒に飯を食べ、夜には買って帰ったケーキを喜んでもらえた。明日は、自分が夕飯を作る。


 千尋が仕事を終えて帰ってくる頃には、できれば温かいオムライスを用意しておきたい。

 高虎は布団へ横になり、明日の仕事の段取りを頭の中で確認してから、ゆっくり目を閉じた。

 誰かの帰宅時間に合わせて夕食を作るのは、ずいぶん久しぶりのことだ。不思議と、面倒には思わなかった。

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