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【BL】こぎさんはおしりがかわいい  作者: 彩羽やよい


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2/14

こぎさんはおしりがかわいい -2-

「なあ、高虎」

「んー?」


 夕食を終えたあとのリビングで、高虎はソファに腰を下ろし、テレビの画面を眺めていた。

 千尋は、その隣に腰を下ろしている。正確には、座ってからもう十分ほど経っているのだが、先ほどから妙に落ち着かない。

 膝の上に置いた手を組み直したり、クッションの角をいじったり、ちらちらと恋人の横顔を盗み見たりしている。高虎は当然、それに気づいていた。


「どうしたの」

「……いや」

「うん」

「ちょっと聞きたいことがあって」

「何?」


 高虎の黒い前髪の下で、琥珀色の目が瞬く。千尋は一度口を開いて、また閉じた。

 普段なら、こんなことで言い淀んだりしない。

 好きなら好きと言うし、抱きしめてほしければ抱きしめろと言う。褒めてほしいときには褒めろと要求するし、甘やかしてほしいときには遠慮なく甘える。


 けれど、今日ばかりは少し違った。好きだと言われていることは知っている。

 大事にされていることだって、わかっている。

 それでも、改めて自分のどこが好きなのかと尋ねるのは、何だか妙に照れくさかった。


「……お前さ」

「うん」

「俺のこと、好きじゃん」

「好きだね」

「……ん。そ、そうだよな」


 即答されて、千尋は思わず視線を落とした。

 こういうところが、ずるい。

 高虎は好きだのかわいいだのを、呼吸でもするように言ってのける。言葉にすることを恥ずかしがらないくせに、いざこちらが照れていると、決まって少し楽しそうな顔をするのだ。

 千尋はクッションを抱き直し、その端に顎を埋めた。


「……じゃあさ」

「うん?」

「俺の、どこが好きなんだよ」


 聞いてしまってから、急に恥ずかしくなった千尋は、クッションを抱く腕に少し力を込め、横目で高虎の顔を窺う。

 高虎は、しばらく千尋を見ていた。何かを考えているような、いないような。いつもと変わらない顔だった。

 そして。


「ケツ?」

「…………は?」

「ケツ」

「聞こえてるわ!!」


 千尋が抱え込んでいたクッションが飛び、高虎はそれを難なく受け止めた。


「お前なあ、人が! 人がちょっと、真面目に聞いてんのに!!」

「うん」

「うんじゃねえ! もっとあるだろ!? 性格とか顔とか、仕事頑張ってるところとか!」

「あるね。いつもがんばってて偉いね、こぎさん」

「あるならそっち言えよ!」

「一番って聞かれたから」

「一番が尻なのかよ!」


 高虎はとうとう、くつくつと声を漏らし、肩を揺らして笑い始めた。千尋はその顔を見て、ようやく理解した。

 こいつ、最初からふざけてやがった。


「高虎ァ!」

「ごめん、ごめん」

「絶対思ってねえだろ!!」

「思っとるよ。かわいいもん」


 千尋はソファの上で膝立ちになり、恋人の肩を両手で掴んで揺さぶった。高虎は、されるがままになっている。

 そのくせ笑いを堪えようともしないので、ますます腹が立つ。


「お前、俺がどんだけ勇気出して聞いたと思ってんだよ」

「うん。かわいかった」

「全部かわいいで済ませるな!」

「じゃあ、ちゃんと答える?」


 高虎がそう言ったので、千尋はぴたりと動きを止めた。

 肩を掴んでいた手から力が抜ける。


「……最初からそうしろよ」

「ごめんね」


 高虎は笑いの残る顔で千尋を見上げ、それから、その腰へ両腕を回した。

 膝立ちになっていた千尋の身体がゆっくり引き寄せられ、自然と高虎の膝の上へ落ち着く。

 千尋は抵抗せず、むしろ、座りやすいように少し腰を動かした。


「で?」

「ん?」

「だから、どこが好きなんだよ。早く言え」


 今度は、先ほどより少しだけ小さな声だった。高虎は、千尋の顔をじっと見つめた。


「こぎさんのこと、全部好きだけど」

「……うん」

「一緒にいると楽だから、かな」


 千尋は押し黙った。予想していた答えとは、少し違ったのだ。

 かわいいとか、優しいとか、面白いとか。そういう言葉が返ってくるものだと思っていたし、実際、どれを言われても嬉しかっただろう。

 けれど、高虎が選んだのは、もっと何でもない言葉だった。


「……楽?」

「うん」


 高虎は頷き、千尋の背中へ回した手をゆっくり動かした。


「黙っとっても気まずくないし、疲れて帰ってきても、こぎさんいると落ち着くし」

「おう」

「変に気ぃ遣わなくていいし。甘えたいときは甘えられるし」

「……うん」

「あと、一緒におると楽しい」


 千尋は、つい俯いた。胸の奥が、じわりと温かくなる。

 高虎はもともと口数の多い男ではない。必要なことは話すし、ふざけるときにはふざけるけれど、何もないところから長々と言葉を並べるような性格ではなかった。

 そんな男が、自分と一緒にいることを楽だと言う。

 それが千尋には、思っていた以上に喜ばしいことだった。


「……そっか」

「うん」

「俺も……。俺も、お前といると楽だよ」


 高虎の口元が、わずかに緩んだ。


「知っとるよ」

「へ?」

「こぎさん、俺とおるとき、ずっと楽しそうだから」


 千尋は、何も言えなくなった。

 実際、そうなのだ。

 仕事でどれだけ気を遣って帰ってきても、この男の前では格好をつけなくていい。

 年上だからと背伸びをする必要もないし、疲れたときには疲れたと言える。甘えたいときには甘えられるし、反対に高虎が疲れていれば、自分だって思いきり甘やかしてやれる。

 それが、ひどく心地いい。


「……お前、そういうとこあるよな」

「どういうとこ?」

「べつに。わかんねぇならいい」


 千尋は、高虎の肩に額を押しつけた。

 顔が熱い。たぶん、耳まで赤くなっている。

 高虎の手が背中を撫でる。大きな手のひらが肩甲骨のあたりをゆっくり往復する感触に、千尋は小さく息を吐いた。


「……高虎、好き」

「うん。俺も好き」

「もっとぎゅってして」

「はい」


 腕の力強さに千尋は目を細め、恋人の首へ両腕を回した。

 こうしていると、六つの年齢差も、二十九センチの身長差も、何も気にならない。

 ただ、好きな相手に抱きしめられている。十分なことだった。

 しばらくして、高虎がぽつりと言った。


「……あと、ケツもかわいいからね」


 千尋は顔を上げ、目を眇めた。


「……お前」

「ん?」

「今、なんつった?」

「ケツも好き、って」

「台無しだよお前はよ」


 千尋は呆れ、怒りながらも、恋人の膝から降りようとはしなかった。

 古木千尋は、おしりがかわいい。

 なお、本人は顔のほうにも自信がある。

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