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#34 傀儡凡夫



 旧型のバイクに跨り、ヘルメットのシールドを上げてタバコを咥えた舞杏。職場まで300メートルの距離で歩道に乗り上げてビル陰に身を隠している。

 ちょっと寝坊しただけなのに、通勤途中に世紀末になってしまった。

 反省の色は無い。数十分の遅刻は女の権利と学生時代に友人から教わったし、そもそも終業時間は曖昧で、定時に帰れることなんてほとんどない。それなのに出勤時間が固定されていることには納得がいかないのだ。

「さて、どうしたものか」

 今では手に入れることも難しくなってきたガソリンを節約するためにエンジンを切る。

 地下駐車場の入り口はシャッターが下りたまま破壊されていて入ることはできない。このまま突っ込んだところで何かができるわけではないし、出勤前で武器も無い。バトルフレームが8階と屋上を主に攻撃しているが、被弾を避けるために地上まで回避行動をとっているので危険だ。応戦している公安側の流れ弾も怖い。

 もしも愛車が被弾して破損すれば、もう修理交換できるパーツは手に入らないかもしれない。

 舞杏はビルとビルの間の路地に愛車を避難させてヘルメットを外す。タバコの根元を親指と人差し指で掴み、大きく吸いこんで一気に1センチほど減らした。ドリンクホルダーのように取り付けた灰皿にねじ込んで蓋を閉めようとするが、なかなか閉まらない。パンパンだ。無理に押さえつけて蓋をカチッと鳴らす。

「上から行くか、下から行くか。…どの道、今日の遅刻理由はこいつ等の所為ってことで決まりだな」

 


 最初の爆発は駐車場だった。事務所すぐ近くに何かが落下し、それに気付いた三子の護衛を担当する警官が近付こうとした時に爆発した。警官は後ろに飛ばされ火傷を負ったが命に別条はない。

 一色蒼龍は事務所から飛び出して倒れた警官を回収して戻るとすぐに怪人対策用のシェルターを下ろした。空に不審なバトルフレームを確認したからだ。

 パトカーに乗っていたもう一人の警官はサイレンを鳴らして本部に応援を要請した。

 浅見の選挙事務所はこの爆発でガラスに酷いひび割れが生じたが、特殊な飛散防止フィルムのおかげでそれは内と外との境界線を保っていた。

「ここは危険かもしれない!すぐに退避するべきです!」

 一色の判断は早かった。バトルフレームに本気で狙われれば、一般的な怪人対策シェルターでは持ちこたえられないと知っていたからである。

 負傷した警官は自力で走ることができた。

 一色と警官が先頭を行き裏口の安全を確認する。事務所スタッフと三子の車椅子を押す晶が後に続く。

 裏には2台のエアドライブ。選挙スタッフ個人の自家用車だが、二手に分かれて急いで乗り込む。

 タイヤを軋ませて急発進する。

 暫く進んだところで空に上がり他の交通に割り込むようにして紛れる。

「どうなってるんだ…?」

 ハンドルを握る一色は周囲を見渡して呟いた。

 襲撃は三子を狙ったものだと思っていたが、至る所にバトルフレームが飛んでいる。防衛省や警察機動隊の統一感のあるバトルフレームではない。製造メーカーも年式も、デザインにもまとまりがない。寄集めのバトルフレーム。

「こいつ等どこから来やがった?」

 突然現れて増え続ける。

 浅見の選挙事務所では残ったパトカーがバトルフレームと交戦している。しかし、どう頑張ってもパトカーの銃火器ではバトルフレームを倒せない。パトカーがやられるのも時間の問題かと思うが、なかなか持ちこたえている。

 バトルフレームの動きが鈍い。

 パトカーは翻弄するように飛び回る。

 警官の操縦技術が高いのか、いや、自分なら撃ち落とすのに3発も使わないだろうと一色は感じた。

「相手は素人か」

 それならバトルフレーム相手にもなんとかなるかもしれない。しかしそれでも1機を引き付けるだけ。謎のバトルフレームはその場からざっと見ただけでも100機は超えているだろう。

「一色君、どうするの?」

 後ろの席で晶が言う。隣の三子の手を取り、震えているようだ。

 逡巡する一色。

(防衛省は助けてくれるだろうか…。警察は?)

 今の防衛省は信用できない。だがそれは怪人や魔女関連でのこと。浅見議員の保護名目なら大丈夫だろうか。

 迷っていると三子が声を出した。

「公安に行きましょう」

 公安、一色の選択肢にはなかった。確かに公安なら距離も近く、防衛省よりは信用できるかもしれない。しかし公安には武力が無いのだ。安全を第一に考えると、このまま一般人に紛れて飛び続けることが正解なのかもしれないと一色は考えた。

「公安…」

 晶の事件、そしてシュープリーム島での事件を思い出し、六課の主任の顔を思い浮かべる。正直嫌い、いや苦手な人物だった。

 ルームミラーを見ると三子と目が合う。

 力強く頷く三子。

「…了解、このまま一般車両に紛れながら公安に向かいます」

 公安に向かうため、一色は高度を上げてゆっくりと旋回した。


 

 毎熊熊虎の選挙事務所もくちくし隊の攻撃対象になっていた。

 しかし彼の選挙事務所は小さな場所だったためか、一足遅れての攻撃だった。

 怪人警報の出ていないこの騒動にいち早く気付いた彼は事務所を出て周囲にシェルターの起動や避難を訴えた。

 自身の選挙カーに乗りスピーカーで呼びかける。デバイスに落とし込んだサイレンの音も一緒に流して注意を引く。

「ヤバいっすね!何が起こってるんです!?」

 ハンドルを握った若いスタッフは興奮している。

「わからん!ヤバいってことしかわからん!」

 毎熊自身も興奮している。

 緊張か、怒りからか、汗が滲み息が荒くなる。

 相手の狙いも分からないが、スピーカーで注意喚起を始めた時に事務所はマイカーごと降ってきた爆弾で爆破されて戻る場所もない。逃げる為にも予定通りの時間に選挙カーに乗って事務所を出発するしかなかった。

 選挙カーを低く飛ばし、住人たちに怒号ともとれる声で避難を呼びかける。

 逃げろ、身を守れと、選挙カーに乗って呼びかける毎熊はバトルフレームから見てもとても目立つ存在になっていた。



 首都エールに集まったバトルフレームは1000を超えていた。

 その殆どがエルドランド全土から集められたくちくし隊の構成員だった。

 偏った思想により過激な抗議活動を繰り返す彼等だったが、今回の行動に疑問を持つ者も少なくない。

『い、いくら何でもやり過ぎだ!』

 攻撃が続く地上から離れて高度1500メートル程、近くに居た同志を集めて男が言う。

『一般人にも被害が出てるじゃないか!当初の想定より被害が大きい!こんなんじゃ、俺達だってどうなるか分かったもんじゃないぞ!?』

 互いに顔は見えない。男の声は無線で周辺のくちくし隊バトルフレームに届けられる。

『こんな大規模なテロ行為なんて、本国が間に入っても無事で済むとは思えない。…お、俺は抜けるぞ…!引き返すなら今の内だ、混乱に乗じて逃げればまだやり直せる!一緒に来たい奴は付いて来い!』

 地上では爆炎が上がり続け、戦火が拡大していく。

 率先して攻撃している者はゲームでもしているような感覚で銃を撃ち、爆弾を落としている。

 攻撃を躊躇っていた者達は降下せずにその場で様子を窺っていた。

 男は自分に付いて来てくれそうな者達に声をかけている。

『確かに、これじゃあ防衛省が出てくるのも時間の問題だ…。殺されるぞ…!俺達全員、殺されるぞ!』

 別の男が叫び、不安が伝播する。

 作戦に参加する全ての者に詳細が伝えられていたわけではない。

『ああ、そうだ。ここまでやるなんて聞いてない!俺達はただ、機動隊を抑えて点数が付けられた人間だけを攻撃するって、そう聞いてただけだろ!?』

 しかし戦闘が始まってみれば、思っていたよりもずっと多くの人や建物に点数が付けられており、それを取るために競い合い、民間人すらも死傷させている。

『逮捕されても俺達は本国に守られるからって…!でも、防衛省が本気になれば皆殺しにされちまう!』

 目の前で人が傷付き、死んでいく姿を見て男達は動けなかった。

 つまり、現実を見て我が身可愛さに怖気づいてしまったのだ。

 男の声に同調する者が増えてきた時、高速で接近してきた2機の黒いバトルフレームが通信に参加した。

『同志諸君!こんなところで何をしている!?』

『…お、お前達も一緒に逃げないか?』

『逃げる…?何をバカなことを…』

 黒い機体は逃亡を画策する者達を威圧する。

『よく考えろ!防衛省が動き出したら例え1000機で挑んでも勝ち目はない!こんなのは抗議じゃないだろ!』

 数の話だけではなく、練度の話でもある。くちくし隊の殆どがバトルフレームに触れて一か月程度の初心者であった。

『下らん…。愚かな同志よ。お前達は本当にこれが抗議活動だと思っていたのか?』

 言われなくても分かっている。抗議活動にしては度が過ぎている事くらい。だが自分は安全だと思い、激しい祭りに参加するくらいの気分でコックピットに乗った。しかしそれは後ろ盾を信じていたからである。逆らえない後ろ盾を。

『だ、だが…』

『本国がただ、保守に偏り始めたエルドランドをつついただけだと…?違うな。よく考えろ。長年かけてエルドランド政府に潜り込み、企業を奪い、土地を買い、エネルギーをコントロールしてきた。大量移民政策を推し、移民にも参政権を持たせるように働きかけた…。何故か!?それはこのエルドランドを我が国のモノとするために他ならない!半数を獲ればシーナイズエルドランドを無血にて成し得たのだ!』

 黒いバトルフレームはその場のくちくし隊を威圧する。

『しかし!祖国の覇道は頓挫したのだ!国家情報局の設置に外国干渉防止法の施行、これにより長期計画は見直さねばならなくなった。何故か!?それは今まで積み上げてきた努力が、時間が、金が!無意味に終わってしまうからだ!ぬるい国で甘い汁を吸い、のうのうと生きてきた同志諸君よ!今こそ立ち上がれ!これは抗議活動ではない!これはクーデターではない!これは反乱ではない!!戦争だ!!!』

「せ…戦争…」

 男はぽつりと呟き、手は震えている。

『忘れるな!本国では今も戦争が続いていることを!今、本国の力でこの国を抑えている間に武力を行使し、エルドランドを獲るのだ!本国では今も本隊を動かす時期を窺っている。我々は捨て駒ではない!名誉ある先鋒なのだ!勝ちたければ戦え!生きたければ殺せ!功績を挙げ祖国に尽くせ!』

『ほ…本国が動くのか…?』

『本当に、戦争が始まったのか?…だが、だとすれば納得できる』

 黒のバトルフレームに活を入れられたくちくし隊がぼそぼそと相談している。

『もう、後には引けない…。やるしかない…!点を取ればいいんだろ?やってやるよ!』

『私も…!祖国の為に!』

『祖国の為に!』

 萎縮していた者達の士気が上がる。

『さぁ!行け!!!』

 その言葉に叫びながら地上へ向かうくちくし隊。

 残ったのは黒いバトルフレームが2機。

『…流石だな、小田氏』

 黒いバトルフレームの片方には堀レイナが乗っている。

『素人には一定数いるものだよ。発破を掛けてようやく動く半人前、前線で死ぬことでしか貢献できない凡夫共がね…』

 小田氏と呼ばれる男は表情を崩さない。

『しかし…つまらんな。警察機動隊が動き出したようだが、数と装備ではこちらが優勢。この私を楽しませてくれる相手は出てくるだろうか?』

 点数が付けられたものの中には警察機動隊も含まれている。奇襲を受け、搭乗前のバトルフレームを破壊された機動隊は十全な対処ができているとは言えなかった。

『そうだな。やはり、小田氏の相手になるのは魔女の使い魔くらいか』

『ふん…。そちらはどうなっている?』

 状況を確認してレイナが言う。

『ああ、狩場に入ったようだ』

『そうか…。では我々も、ひと狩りいこうか』

 小田氏の口元が緩んだ。



 公安局上空、透明化したパトカーの中で双連は忙しなくデバイスを操作している。

「ダメです!総理大臣の臨時代理者全員と連絡が取れないようです!」

 治安出動を命令できる立場にある人物の所在を調べるが、その誰とも連絡が付かない。

「困ったねぇ…」

 後ろの席の森永は地上の様子に眉をひそめる。

「ちなみに、おじ様は治安出動の命令って…」

「うん、できないね。残念だけど、今の僕はその立場にない」

 一団体にこれだけのことができるわけがない。これがテュラノスの仕業なら、国のトップとの音信不通も仕組まれたことだろう。

「正攻法なら、閣僚を含めた臨時協議を行い内閣総理大臣臨時代理を選出するんだろうけど…」

「それって、どれくらいかかるものなのですか?」

 意識して冷静に、上品に問う双連。

「…今すぐには、できないだろうね。それよりも、超法規的行動として防衛大臣や各基地の司令判断で動いてもらうのが手っ取り早いかな」

「超法規的…」

「でも、国のトップを抑えてるんだ。抜け道もしっかり対策されているんだろう…」

 森永の言う通り、防衛省の各基地では既にこの事態に対して出動するべきだという声も上がっている。しかし、バトルフレームの集団がくちくし隊だという情報はあるものの、彼等からの声明は何もない。そして、彼等はエルドランド国民なのである。

 国民を守る為の組織が国民を傷つけてはならない。

 その当たり前の常識を振りかざす各基地司令に、防衛省職員はただ拳を握り締めて見守ることしかできないでいた。

「防衛省を直接攻撃すれば、正当防衛で動けるんだろうけどね」

「…衛星を利用した簡易分布図ですが、当然、防衛省は避けているみたいです」

 情報が錯綜し、混乱している状況でいつの間にか作られていた分布図に驚く森永。

「…いつの間に…」

「あくまで簡易版です。敵味方の識別もありません。機動隊を含めた、動いてるバトルフレームの所在です」

 双連が見せたその数秒おきに更新される分布図では防衛省の基地周りに動いているバトルフレームの存在はなかった。

「ですが、この分布図で見ると公安局が敵の本命であることは明らかです」

 対照的に公安ビルの周りには機影が多かった。

「だろうね。我々としても、幸谷さんを失う訳にはいかない」

 森永たちが立てた当初の計画では魔法文化の再興が盛り込まれていた。それは各地に残された歴史書を調査することで辿り着いた策であった。多くの文献が葬られ、隠蔽されていたが、僅かに残された歴史を繋いでいくことで見つけられた可能性。精神生命体を殺すことができる可能性が魔法使いにはあったからである。

 しかし、その文化の再興にはまだ数年から数十年がかかる見込みであった。現在できることなど魔法を研究するオカルトマニアの団体を水面下で支援する程度。権力を手に入れ、精神生命体に潰されないよう徐々に進めていく必要があった。そんな中、ふと現れた魔法使い。

「…失ってはならない」

 最悪の事態を想定する森永。

 敵の目標は魔女の討伐と、ついでに自分達の意に沿わない政敵の排除だろう。

 破壊活動が長引けばいずれ防衛省も動かざるを得ないはずだ。

 正攻法か、超法規的行動か、それは問題ではない。

 敵の数が数千程度であれば、防衛省が全力を尽くすことで解決する。

 それがいつになるか。問題はそこだ。

「…立てこもりは悪手」

 公安ビルを囲むバトルフレームは更に増えて20機になっている。

 不揃いなバトルフレームだが、その中には高火力な武器を装備した機体もある。

 ビルを破壊されれば地下室に逃げても無事では済まないだろう。

「幸谷さんを逃がそう」

 最優先事項は変わらない。

 透明化魔法を使えば単独で逃げることも可能なはず。

 どうやって、何処へ逃がすか。誰に託すかを考えていると機動隊のバディを組んだバトルフレームが2機、公安ビル周辺の敵へ攻撃を開始する。清水が要請した、こちら側の協力者だった。

「来てくれたか…。双連、清水君に連絡だ」

「はい、真夏ちゃんを脱出させるよう伝えます」

 機動隊のバトルフレームは数と装備で劣るものの、ほぼ素人な敵機に格の違いを見せた。

 低く飛んで地上に注意を引く。互いに援護しあい、ビルの間を縫うように飛び回りヒットアンドアウェイを繰り返す。機動隊は1機を撃破した。敵の攻撃は高速で動く機動隊に当たらない。痺れを切らした敵が追いかけるように動き出したが、地上付近を高速で飛び回るのは高い操作技術が必要とされる。追いかけるだけで精一杯となる相手に余裕を見せる機動隊は、後ろ向きに飛びながら攻撃を繰り出し1機、また1機と撃破していく。

 練度が高い機動隊に感心する森永。

 敵の一団が機動隊に注意を奪われるなか、隙を突いて公安ビル正面に滑り込む舞杏。出入口外側の操作パネルからシャッターを上げて出勤を完遂する。

「…今のは、主任?…今までどこに」

 公安ビルに入った舞杏を上空の双連は確認していた。

 ビルの中では舞杏が六課フロアに向かうためにエレベータへ走る。

「ひっ!ひぃん!!?」

 薄暗いロビーに倒れている人影を見つけ、近付いてみると、死んでいる。

 銃を片手に倒れている彼が三課の捜査員であることにはすぐに気付いた。

「だッ、誰がこんなこと!?許さんぞ!!」

 内部で何が起こったのかを想像する。

「敵が侵入してるのか」

 エレベーターのボタンを連打して呼ぶが反応しない。

 動かないエレベーターを諦めて階段へ。3段飛ばしで駆けあがり2階に上がる手前で銃を持った男たちに行く手を阻まれる。

「鷹司!動くな!大人しくしていろ!」

 と銃を向けながら叫ばれて反射的に後ろに飛んで身を隠す。

「お前達!わかったうえで銃を向けてるのか!?」

 男たちに見覚えがある。エレベーターの前で死んでいた男と同じ三課の捜査員だ。

 バンバン、と銃声が響く。

「撃ってきやがった!」

 理由がわからない。

 状況が飲み込めない。

 武器も無く反撃もできない。

 通信機も置いてきちゃった。いや、個人のデバイスはあるのだが、調子が悪いのか上司にも部下にも繋がらなかった。

 そのデバイスを見るとピカッと光って次の瞬間には着信音が鳴る。発信者は西園寺双連。

「西園寺君!?」

 階段を駆け下りて1階ロビーまで戻る。

『主任!何してたんですか!もうっ!』

 怒られた。

「怒りたいのはこっちだよ!出勤したら同僚に殺されかかったんだぞ!」

『はぁ…。三課が丸ごと裏切ったみたいです。外側の敵はくちくし隊との報告がありました。敵機は1000を超え、防衛省は沈黙しています。敵の狙いは真夏ちゃんです。真夏ちゃんをそこから逃がして、状況が落ち着くまで隠してください!』

 呆れつつ手短に伝える双連。

「三課…くちくし隊…。何故…。いや、真夏君は?」

『六課フロアに居ます。急いでください。ビルが持ちません!機動隊が頑張ってるうちに脱出してください!』



 六課のフロア。

「私だけ、逃げるんですか?」

 作戦が立てられる。

 六課フロア、開閉可能な3方向のシャッターと窓を解放し、その1つから透明化した真夏が飛び出るという簡単なもの。逃がすことを優先し、真夏を見られないように。そして可能であれば、ここに居るように見せかける。真夏が逃げる時間を稼ぐためだ。

 スカーレットは傷口を消毒されて悶えている。傷は浅かったが、滲みたようだ。

《僕ならまだやれるにゃん》

《で、でも…相手は1000を超えたみたいです…》

《それは…いっぱいだにゃぁ》

「上には西園寺が居る。合流して隣県のセーフハウスを目指してくれ」

 真夏に鍵を渡す清水。

「山間の隠れ家だ。念のため、入る前にはこけさんを先行させるんだよ」

「で、でも…。あの…」

 残る人たちはどうなるのか。

 自分が脱出したことが相手に分かれば公安への攻撃は終わるのではないか。

 自分を逃がすことを優先した作戦に疑問を持つ。

「こ…ここには、みなみちゃんだって居ますし…」

「幸谷さん、優先されるのはテュラノスを倒せる力と、抑え込める権力だ。もう少しでそれが揃う、失ってはならない…。残る者のことは可能な限り何とかしよう。防衛省が動き出すまで、内部の掃除をして地下に籠って耐え凌いでやるよ」

 真夏を安心させるように優しく微笑み、治療を終えたスカーレットを真夏の肩に乗せる清水。

 しかし、耐え凌げる可能性が低いから脱出する計画が立てられたはずだと真夏は知っている。

(…私には何もできない…?)

 清水が合図を出すと3カ所のシャッターがゆっくりと上がる。

(1000機も相手にすれば魔力がなくなってしまうのでしょうか…?)

 魔力の使い過ぎは命にかかわるとスカーレットは言う。

(…確かに言えることは、ここに居ては何もできないということ)

「北側!敵影なし!」

 外を確認していた捜査員が叫んだ。

「行きなさい!」

 北側の窓に向かって背中を押される真夏。

「…!はい、みなみちゃんをお願いします!皆さんも無事で!」

 数歩駆けて杖に跨り浮遊する。真夏が居た空間が歪み、それは窓から外へ飛び立った。



 奮闘する機動隊は威力の低い装備で5機のバトルフレームを行動不能に追い遣った。だが公安ビルを囲むバトルフレームの数は減っていない。それどころか更に増えてきている。

 高い位置から黒いバトルフレームがその様子を見ている。

「ふん。なかなか練度が高い」

 地上で戦闘している警察機動隊を小田氏は賞賛した。

「邪魔だな。やれるか?小田氏?」

「ふっ…。誰に言っている。あの程度、敵ではないさ」

 レイナがけしかけると小田氏は急降下する。

 上からの強襲。機動隊は急停止して追っていた敵機から離れる。小田氏は味方のバトルフレームを踏みつけるようにして直角に軌道を変えると速度を落とさずに機動隊の1機に迫る。弾丸を乱雑に撃ち出すが、本命は近接武器。腕から伸びた刃がコックピットを貫いた。

「アハハハハッ!!死ねッ!死ねぇーーーぃ!!!」

 小田氏は楽しそうに狩りを始めた。

 バディが撃破されて戦力が半減した機動隊の残り1機は引際を悟り後退するが、黒いバトルフレームは即座に標的をこちらに変えて動き出し、距離を離すことができない。

 放たれる弾丸を躱すように逃げる機動隊だが、袋小路で立ち止まる。

 気付いた時には遅かった。

『誘導したか!』

 機動隊の男の声。

 上に飛ぶか迷ったが、逃げるのをやめて黒い敵に突進する。

 見劣りする銃を撃ち、こちらから距離を詰める。

 練度が高いのはこの敵だけ。1対1の状況を好機と見た機動隊の判断。この敵を刺し違えてでも止める。そうすれば後に来るであろう味方が何とかしてくれるだろう。

 だが、それさえ叶わない。

 黒のバトルフレームが数発受ける覚悟で前に出て刃を振るうと銃を持つ腕が切断される。

 もう武器は無く、逃げるしかない。

 一瞬の判断、決して遅いものではなかったが、刃を振るうと同時に敵機は銃の照準をこちらに合わせていた。

 重たい銃声と衝撃。

 身体が熱くなり、死期を悟る。

 意識を失う寸前、兵装が同じであればこうはならなかったと思い、男は鼻を鳴らした。



「機動隊がやられました。明らかに別格です」

 上空で見守る双連が黒い機体を評価する。

(真っ黒の機体…。もう1機も同じくらいの強さがあるとすれば…)

 機動隊との戦いに参加せず、じっと空に浮かんでいる機体を見て落胆の色を隠せない双連。

「幸谷さんは?」

 後部座席の森永は自分や機動隊よりも真夏の身を案じている。

『西園寺さん!外に出ました、どこですか!?』

 真夏の声が車内に届き、安堵する森永。

「公安ビル直上350メートル。真夏ちゃんはここより上に飛んで。パトカー上部の透明化を解除するから合流してちょうだい」

 自分達より上に敵が居ないことを確認して透明化の部分解除を準備する双連。

『あっ、あのっ!…私が全力で逃げたら攻撃をやめて追って来ませんか?』

「えっ、なに?囮になるつもり!?」

『はい!一度引き付けて、途中で透明化してから遠回りでセーフハウスを目指せば、公安の皆さんが逃げる時間くらいは作れるんじゃないですか?』

「ダメよ。捕捉された状態で透明化しても隠れきれない。素人ならともかく、黒いバトルフレームは振り切れないわ」

 真夏の提案を却下する双連。

『でっ、でも!残った人たちが…。みなみちゃんも、森永さんだって』

 真夏が言った森永さんとは後部座席に座る森永卓也ではなく、その息子の公安常駐医森永卓志のことである。

「わかってる!」

 双連の声が大きくなった。卓志は双連のフィアンセでもあるのだ。父親よりも、誰よりも卓志を心配しているのは双連だった。

「幸谷さん。根本的な解決をしなければ攻撃が終わることはない」

 熱くなる2人を落ち着かせるように、穏やかな口調で森永が言う。

「今日の攻撃を凌げても、明日また攻撃されることになる。そうなれば被害はより多く、より大きくなってしまうだろう。僕たちはね、ずっと、三歩進んで二歩下がる。そんな一進一退を繰り返してここまで来たんだ…。万が一キミを失うことになれば、人類はこの先数十年を支配されたまま過ごすことになる…」

 そうなればきっと、今救った人たちさえも失ってしまうのだろう。

 と、続くはずだった森永の言葉が途切れた。

 近くのバトルフレームが1機爆発した。

 高度があった為、公安8階からの攻撃ではなかった。彼らは無差別の被害を避けるために上空への攻撃は控えていた。

 公安ではない攻撃。改造された小型エアドライブが10台、無数のドローンが高速で接近し、公安を囲むバトルフレームに一撃を与えて離脱する。その際、数台のドローンがバトルフレームに突撃し、爆発する。

「あれは!革命家!?」

 こちらの姿は見えていない。衝突しそうになるドローンを回避して慌てて高度を上げる双連と真夏。

 周囲のバトルフレームが突如現れた小さな集団に注目した時、地上の小田氏が操る黒いバトルフレームに奇襲をかける機体があった。

 高速移動でも正確な射撃は数発が命中したが、厚い装甲を貫くには距離が遠すぎた。

 反応した小田氏も応戦する。

『防衛省!?…いや、配色が違うか…』

 形は防衛省のものだが色合いが変えられていた。

 小田氏は気付き、ニヤリと笑う。

 防衛省から持ち去られた機体だった。

『何者だ!?』

 弾丸を放ちながら女の声。円莉子(まどかりこ)が小田氏に問う。

 小田氏が機動隊との交戦で見せた動きは、防衛省が怪人討伐を想定して訓練しているものと酷似していた。

『フフフハハハハッ!少しは楽しませてくれるか!元防衛省の革命家!』

 小田氏は狙いを円に絞り、他のくちくし隊は小さな集団に攪乱される。

 この騒動にも動じずに公安ビルを監視している黒い機体の片割れ、堀レイナを狙う小さな影。死角となっている後方上部から小型エアドライブを飛び降りてバトルフレームの通信機を目掛けて拳を振るう。

『なんだ!?』

 衝撃と共に通信が遮断されるレイナ。自分を攻撃した敵機を捜すが、確認できない。

 ドン、ドン、と衝撃が続く。致命傷になるほどの攻撃ではないが、システムが徐々に削られている感覚。必死で敵を捜して、ようやくピントが合う。

『オマエ!』

「よお、誰だか知らないが、お前が指揮官だな?」

 言って頭部のカメラを破壊した。

 コックピットのモニターにノイズが走る。急いで胴体カメラに切り替え、機体に張り付いたごみを振り落とそうと不規則な飛行をするレイナ。しかし、ごみは落ちない。人間の膂力ではない。機械の四肢を巧みに操り、タングスはバトルフレームの装備を超近距離攻撃で破壊していく。

「タングスまで…!何故…?…今なら、脱出できる?」

 公安ビルから敵が離れた。

「課長!敵が、革命家とくちくし隊がぶつかってます!今なら脱出できるかもしれません!」

 外から状況を見ている双連が連絡する。

『西園寺?早く逃げなさい』

「わかってます。でも、脱出できるチャンスはあるかもしれません!」

『ああ、こちらでもそれは検討しているよ、ありがとう』

「はい、気を付けて下さい」

 理想なき革命家の乱入で生き残る希望が見えてきた。

 双連は続けて連絡する。

「主任!どこですか!?」

 鷹司舞杏への連絡。

『登ってるよ!エレベーターの壁を!垂直に!』

「もう!何してんです!」

『真夏君を逃がすんじゃないのかよぉ!」

 階段から上がれず、渋々動かないエレベーターの空間を登っていた舞杏。

『真夏ちゃんもう出てますけど!?』

「Why!?上に居るって言ったじゃん!」

 舞杏の上部にある箱が音を出して動き出す。

「What!?さっきまで動かなかったじゃん!!」

 箱が迫り、舞杏の手が壁から離れる。

「誰が動かしたんだよぉ!!!」

 舞杏は暗い底に落ちていった。



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