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#33 不憫な裏切り



 夫が政治家として2度目の当選を果たした折に、私は教職から退いた。

 政治家は国費で3人まで秘書を雇えたが、どこまでも誠実だった彼はAIが進歩した時代に3人も秘書は必要ないと言って3人目を雇うことはなかった。

 でも実際には、時間に追われ、いつもバタバタしていた彼。疲弊していく彼を見ていられなくなり、私は彼を支えることにした。

 子供たちもまだ小さく、不安定な政治家の家庭で一定の収入を失うことには不安があったが、友人である森永君の当選もあり私も政治の世界に関わることを決意した。

 政敵に対しては怖い顔も見せる彼だったが、家族や支援者の前ではくしゃくしゃな笑顔で、飾らずに優しかった。

「三子、僕はね…」

 政治家が板に付き、公私ともに一人称が僕となった彼に慣れた頃、真面目な顔をした彼が言った。

「僕は、お金よりももっと大事なものをこの子達に遺してあげたいんだ」

 親指をくわえて眠る晶を抱いて、身体を優しく揺らす彼に聞いた。

「もっと大事なもの?」

「あぁ…。国をね、豊かな国を遺してあげたい。…お金なんて、国が亡べば効力を失う。金や宝石だって、世界が滅べば価値を失う。この国を、世界を平和に、豊かにすることができるなら、大金を遺すよりも意義があることだと思うんだ」

 理想を語る彼の目はどこか寂しそうだった。

「…そう…。今の時代は、豊かじゃないの?」

 この国に怪人が発生するようになって10年以上が経ち、その脅威さえ抑え込めるだけの力がある時代だ。被害者には支援が行き届き、被害が出ないように建築物の補強に補助も出る。ここ数年、高価なロボットまで数千台が配備されて、この先も計画的に増やされる。とても豊かな時代だと私は思っていた。

「…そうだね…。僕は、そうは思わない」

 ゆっくりとした口調で彼は続ける。

「…人間は…。人間とは法を守る存在のことだ。何故なら、人間社会は法の秩序の下に成り立っているからね。法を守れない者は獣と一緒だよ。法は人間と獣を区別し、人間を守るもの。本来、肌の色や生まれた場所で区別されるものじゃないんだ。国によって法律は違うけど、法を守る意識が大切だ。世界情勢に合わせ、法律を進化させてより良い世界を創るのも、人間社会の一部だからね。…では、法を守る者は全て人間か?」

「…その定義なら、人間でしょ?」

 彼の問いに答える。

「…その通りだね。例え怪人でも、人を襲わなければ殺されたりしない。法を守って生きることが可能であれば、姿形が違えど人間社会で共存することはできる。そうだろ?」

 彼は怪人との共存を目指しているのか、そう思った私は口元が緩んだ。

「だが、間違った法の中で生かされる存在はどうだ?一部の支配者を守り、一部の支配者に富と権力を持たせ続ける法…。前提が間違っていれば、それを遵守していても、人間とは呼べないのかもしれない…」

「人間とは、呼べない…?」

 彼の声にも寂しさが乗る。

「…あぁ…家畜だね」



 エルドランド衆議院議員選挙戦開始から1週間、浅見三子は目覚ましが鳴るよりも先にベッドを出ることにした。選挙戦に高い意識を持っているからという訳ではなく、連日付きまとわれるくちくし隊に辟易し、精神的ダメージからか上手く寝付けずにいた。

 2,3時間は眠れた気がする。どうせ眠れないのなら早めに起きてしまおう、という考えだった。

 三子が15年前に死んだ夫の夢を見るのは、決まって精神的に参っている時だ。胸騒ぎがして落ち着かない。

 足は、引きずりながら歩けるまでに回復した。だが、安全を考慮して演説する時以外はまだ車椅子を使用している。

 車椅子を操作してリビングへ出る。

 2人の娘はまだ寝ているようだが、カーテン越しの屋外からはもう明かりを感じる。

 コーヒーを淹れてテレビをつけると、朝の情報番組が海外のエルドランド人スポーツ選手の活躍を報じていた。

 平和な話題に心を和ませながら、くちくし隊への対抗策を考える。

 ここ数年過激な行動をとるくちくし隊だが、今回の選挙戦にはその凶暴性を見せずにやや大人しい活動をしている。1週間での逮捕者はゼロ、方針を変えたのではないか。そう思わせるほど彼らの行動は拡声器での抗議による演説の妨害に終始していた。

 このまま大人しくしていてくれれば良いが、どうもそうとは思えない。三子はリビングに飾られた家族写真に目を移す。

 国の為、家族の為にと自分は夫の遺志を継いで政治家になったが、やはり自分には家族の方が大切で、同じ道に踏み込もうとしている娘を心配してしまう。

 責任感が強く、優しい長女。父親の背中を見て育った皛(きょう)は跡を継ぐように政治の道に進むのではないかと思っていたが、そうはならなかった。のほほんとしていて、泣き虫だった妹、晶(しょう)の方が自分に付いて来てしまった。しかも、倫理観や義侠心ではなく、復讐心を動機にしているふしがある。何かのきっかけで暴走して、強硬手段に出ることがないよう注意しておかなければならない。

 ふとデバイスを見るとメッセージが届いていることに気付いた。深夜、午前1時過ぎに届いていたメッセージ。これに気付かなかったということは、思っていたよりもしっかり寝ていたのかもしれない。そう思いながらメッセージを確認する。

 差出人は明智新六だった。

 森永同様、夫の信三と同期であり、親友だった明智。だが近年では疎遠になり、こうして直接連絡がくるのは数年ぶりだった。

『くちくし隊に不穏な動き有り。注意されたし』

 ただそれだけを深夜に送り届けていた。

 やはり、嫌な予感がする。

 夏の朝、ホットコーヒーを飲みながら、三子は寒気を感じていた。



 パンの焼けるいい匂いで目覚めると同時にお腹が鳴った真夏。

「朝が…。もう、朝がきてしまったのですね…」

 重たい身体を起こしてベッドを出る。カーテンを開けて光を入れると、照らされたスカーレットが両手両足を大きく伸ばしてあくびをした。

「スーちゃん、おはようございます。選挙戦も折り返しです…。頑張っていきま…」

 目に留まった時計が示す時間で言葉が遮られた。

「はぅあ!ね!寝過ごしてますよ!」

 いつの間にか止まっていた目覚まし。今すぐに出ればまだ間に合う時間。バタバタと焦って出発の準備をする。

《うにゃあん…。ご主人、ごはん~》

 真夏のベッドに飛び乗り朝食をねだるスカーレット。

「たっ、食べてる時間無いですよぉ」

 児童施設で育てられた真夏。遅刻は他人の時間を奪うことだと厳しく躾られ、必要以上に焦ってしまう。

 森永の選挙事務所までは直線距離で10分程だが、交通ルールに則り大きく迂回する必要がある。およそ5分の損失。ギリギリ遅刻が見えてきた。

 テーブルの上に置かれた差し入れのクッキーに手を伸ばす真夏。

(遅刻は社会人としてやってはいけないこと!…今は家事手伝いの無職ですが…)

「背に腹は代えられません、スーちゃん、今日はこのクッキーが朝ご飯ですよ!」

《にゃにゃ!いいのかにゃ!》

 猫用ではないクッキー。あまり良いことではないが、シンプルなクッキーだからギリギリセーフだと判断した。

 クッキーとペットボトルのお茶をデイパックに詰め込んで玄関へ。ピンと飛び出た寝癖を大きな三角帽子で蓋をする。外に出て杖を水平に構えるとスカーレットが定位置にびょんと乗った。真夏は急いで高度を上げて空へ。

 朝の通勤時間帯、大きく迂回するルートを飛んで周りのエアドライブの流れに乗る。

 落ち着いたところで朝食を済まそうとデイパックを漁ると、スカーレットが真夏を見てお尻と尻尾をフリフリしだす。

《パーティーの始まりだにゃ~!》

 真夏から渡されたクッキーを左右の肉球で器用に受け取ったスカーレット。嬉しそうに歓声をあげたその時だった、二足で立つスカーレットの姿勢保持能力に真夏が感心していると、スカーレットの向こうに爆炎を見た。

「…へ?」

 呆気に取られる真夏の元に数秒遅れて爆音が届く。

 ドン、という響きに毛を逆立たせるスカーレット

「にゃにゃん!?」

 音のした方にぴょんと向きを変えるスカーレットだが、クッキーを喰らうことは忘れない。

《でっかいクラッカーだにゃー!》

「な、何でしょうか…?」

 真夏と同じく、周りのエアドライブの動きも明らかに動揺している。しかし、それでも空の交通ルールを守り、エアドライブは流れていく。

「あの方向は…」

 真夏の背筋が凍る。

「浅見先生の選挙事務所…?」

 選挙戦初日に一度だけ訪れた場所。遠目で断言はできないが、そんな気がした。

 杖の先端を爆炎の方向に向け、加速すると死角を飛んでいたエアドライブとぶつかりそうになった。クラクションが鳴らされ、慌てて躱してごめんなさいと謝る。

《ご主人、ダメにゃ!舞にゃんたちと合流するにゃ!》

「でっ、でも!」

 森永の選挙事務所には舞杏と双連も毎日顔を出している。そこまで行けば合流できるが、爆炎までこのまま直線で飛べば3分とかからない。

 判断に迷う真夏。

《ご主人!!》

 迷っている真夏にスカーレットが叫ぶ。

 巨大化した身体で真夏を包み込むように庇う。

 ダダダッと後方から銃声。鈍い衝撃がスカーレットの身体越しに真夏に伝わる。

『見つけた!魔女だ!百点満点~!』

 男の声。突然現れた1機のバトルフレームが銃を向けている。

「シャーーーッ!!!」

 威嚇するスカーレットだが、支える真夏はその重さにバランスを崩して急降下する。

 追撃を狙うバトルフレームの銃口。

 杖の上で身動きが取れないスカーレットは真夏を庇い続けて丸くなる。

《スーちゃん!》

 スカーレットの身体の隙間から見えるバトルフレームが揺らいだ。

 ダダダダダダッと銃声。

 何発撃たれたか分からない。

 しかしスカーレットにダメージはない。

《大丈夫にゃ!あたってない…?》

 揺らいだ空間から煙が上がる。

『真夏ちゃん!逃げて!』

 聞き覚えがある声が響き、透明化装置が破損した真夏護衛の無人覆面パトカーが現れる。

「西園寺さん!?」

 スカーレットが元の姿に戻り、バランスを取り戻した真夏は急いでインカムを着ける。

『護衛に不備はなかった!コイツ等、急に現れた!』

「こいつ等?」

 双連の言葉で周囲を確認すると、周囲には数十機のバトルフレームがいつの間にか飛び回っていた。それは三子の選挙事務所付近にもいるのが見え、バトルフレームの数はぽつりぽつりと増えていく。

『透明化してたんだ!』

 双連は煙を上げる無人の覆面パトカーを操り、真夏の盾となりつつ備え付けの銃火器で正面のバトルフレームを攻撃している。

 街の至る所で爆音が鳴り、爆炎が上がりだす。

『とりあえず合流を!パトカーじゃバトルフレームには勝てない!』

 その言葉通りパトカーの撃ち出す弾丸はバトルフレームの装甲を貫くことはできていない。

 パトカーの捨て身の攻撃。4つのタイヤを離脱させて本体がバトルフレームに体当たりをする。

『時間稼ぎにもならない!急いで……。あれっ?』

 本体から離れたタイヤが形を変えて真夏の周りを飛ぶ。

 苦し紛れの体当たりはほんの数秒を稼げればと繰り出したものだったが、それは双連の想像を上回る結果を出した。体当たりされたバトルフレームはバランスを崩し、地上へ向かいクルクルと落下していった。

『お!おのれ魔女めー!』

 バトルフレームから叫ぶ声がした。

『えっ?なに素人…?いや、それよりも真夏ちゃん、透明化して』

「は、はい!」

 自分の周りを飛ぶタイヤを含めた空間を透明化する真夏。

「ど、どうなってるんですか?」

 突然の事態に困惑する。

『わからない、突然現れて、数も増え続けてる。まずは合流しよう。この近くでもバトルフレームが出現してるから気を付けて』

「で、でも…浅見先生は!?」

 一瞬の沈黙。

『…。こけさん!浅見議員の選挙事務所を偵察してから森永先生の事務所まで来れる!?』

「NO、レディ。バッテリーがもちません」

 真夏のローブに収まるこけさんが即座に返答する。

『そう…。公安局までは?』

「マスターが公安局に居るなら、給電エリアまでの帰投は可能です」

『OK、それじゃあそうして!真夏ちゃんも、公安にお願い』

「イエス、レディ」

「りょ、了解!」

 こけさんがふっと飛び出し、真夏は針路を公安に向けて飛行する。

 空の交通は各所の爆炎と、謎のバトルフレームの出現に混乱している。

《スーちゃん、大丈夫ですか?》

 元の姿で杖の先端に立ち、周囲を警戒しているスカーレット。真夏はその背中に血が滲んでいるのを見つけた。

《大丈夫にゃ。あんな豆鉄砲ボクには効かないにゃん》

 強がってみせるスカーレット。

 最初に真夏を庇った時に受けた弾丸だが、魔力で巨大化したスカーレットの身体はそれを通さずに耐えていた。

 黒い毛でわかりにくいが、確かに血が流れている。

 真夏はそっとスカーレットを抱き寄せる。

「ごめんなさい、スーちゃん。私がぼーっとしてたから」

 もしスカーレットが庇ってくれなかったら、もしスカーレットがこのままの姿で撃たれていたら、そんなことを想像した真夏は恐ろしさで体が震えた。

《にゃ、こんなのかすり傷にゃん。唾をつけとけば治るにゃ》

 身体を捻って毛づくろいするようにぺろぺろと傷口を舐める。

「無理は、しないでくださいね」

 真夏は心配そうにスカーレットの頭を撫でた。



「小田氏、魔女の方はどうなった?」

 パイロットスーツに身を包む堀レイナはコックピットに乗り込むとバトルフレームの主電源を入れる。

『失敗したみたいだ。奇襲とは言え、素人には無理があったか』

 耳元に届く渋い声。

「そうか…。まぁ期待はしていない。ゲームは始まったばかり、主戦力は君だ、小田氏。頼りにしてるよ」

 不敵な笑みを浮かべるレイナ。

 真っ黒に塗られたバトルフレームのコックピットが閉まり、ゆっくりと動き出して飛び出す。

『あぁ、空で会おう。同志よ』



 理想なき革命家のアジトも慌ただしく人が動いている。

「現れたバトルフレームは恐らくくちくし隊のものです!」

 オペレーターが情報収集しながら分析する。

「以前報告にあったSAION製のバトルフレームも飛んでいるので間違いありません!」

「くちくし隊が…!?」

 くちくし隊に不穏な動きがあったことは掴んでいた。だが、その後の調査でくちくし隊は大した脅威ではないと判断していた。

「俺達が見つけられたのは結局、最初の報告にあった3機だけだったじゃないか」

 タングスが頭をひねる。

「総数、200を超えました!まだ増えます!」

 別のオペレーターが叫ぶように言う。

「200!?どこからそんな数を!?」

(突然現れたバトルフレーム、まだ増えていく?透明化してたのか?あの技術はまだ民間には出て無いモノのはずだが…。あの数を隠すには、やはり空か…?いやしかし、だとしたら何故3機だけ発見された?)

 アジト内でアラームが鳴る。

(いや、見せられた…!?)

 アラームに顔をしかめるタングス。

「全員、退避!第一、第三のアジトを放棄する!」

 タングスの指示が伝わるが、動き出す前にアジトの一部で爆発が起こる。

 数名の悲鳴が上がる。

「表です!バトルフレームが!」

 駆け出すタングス。オペレーションルームを出て階段を飛び降りる。

『おっはようございますぅ~。平岡、なんとかさん。タングスって人は居ますか~?』

 若い女の声がバトルフレームから聞こえる。

 バトルフレームの近くで負傷している者が1名。意識はない。タングスはサッと負傷者を回収してバトルフレームとの距離をとった。

「おはよう。平岡なんとかさんはたぶん、俺のことだろう」

 バトルフレームを睨みつけるタングス。

『あっ!そうそう、あなたです。テレビで見た!10点の人!』

(10点…?)

 空からは別のバトルフレームが近づいてきている。

『それじゃあ、他の人に取られる前に、10点、頂いちゃいますね』

 遊んでいるかのような口調で銃を向けるバトルフレーム。

 タングスの後ろで、銃声が鳴る。

 正面のバトルフレームの右腕が破壊され、強い衝撃に若い女が悲鳴を上げた。

『タングス、ここは私が!皆と避難してください!』

 後ろから現れたバトルフレームには円莉子(まどかりこ)が搭乗している。追撃で敵のバトルフレームの頭を吹飛ばし、空に銃口を向ける。

「…ティナ…。気を付けろよ」

『了解、そちらも気を付けて』

 タングスが退避し、円は空に上がった。



 状況がわからない真夏。

 公安に着いた時にはもう、煙が上がり、交戦状態にあった。

 捜査機関である公安組織にはバトルフレームに対抗できる武器は少なく、苦戦しているのがわかる。

「みなみちゃん!」

 中に居るみなみを心配する真夏は状況を把握する。

 4機のバトルフレームが公安ビルの周囲を飛び回りながら銃撃を続けている。地上に人は居ない。ガラス張りの壁は防護シャッターが下りていて中は見えない。8階の駐車場から身を隠しながらライフルで応戦する者が十数名。パトカーを外側に並べて盾にしている。屋上駐車場の車両は燃え、身を隠せる場所がなく、ペントハウスから数名が銃を構えているだけだった。

《足場があるなら戦えるにゃ!ご主人は中で待ってるにゃん!》

 逡巡する真夏。

 負傷しているスカーレットを置いていくことを躊躇う。

「だっ、ダメです!」

 ビルの屋上に飛び降りようとするスカーレットを止める。

《このままだと建物が崩れるにゃ!みなみだって危ないのにゃ!》

 みなみを心配する気持ちは同じだ。

 怪人対策で近年の建物の強度は高い。だがそれは、怪人の攻撃やバトルフレームの流れ弾を想定しているものであり、直接攻撃を浴びせ続けられることは想定していない。

(確かに、スーちゃんなら4機くらい簡単にやっつけるのかもしれません…。でも、空に逃げられたらスーちゃんじゃ届かない)

 大きく息を吸う真夏。

「…私も戦います!」

《んにゃ!?》

「私はともかく、ここ向かってる西園寺さんは公安に入れないかもしれません」

 地上と屋上はいい的、8階の駐車場はパトカーで一部塞がれていて侵入は難しい。既に煙を上げているものもあり、動かすこともできないかもしれない。

 公安の周りには4機だが、見える範囲にはまだ多くのバトルフレームが飛んでいる。

「私とスーちゃんなら、4機どころか100機だって相手にできますよ!」

 にっと真夏が笑うとスカーレットもそれに応える。

《にゃ!絶対無理しちゃダメにゃん!》

 屋上に飛び降り、巨大化したスカーレットは近くを飛んでいたバトルフレームに猫パンチを喰らわせて屋上に叩きつける。

(バトルフレームに魔力砲が効くのか、正直わかりませんが…)

 スカーレットの存在に気付いた別の機体が高度を上げてスカーレットを狙う。

『フハハッ!魔女の使い魔!ラッキーラッキー!』

 品のない声がバトルフレームの外に漏れる。

 ニヤつくバトルフレームの操縦士だが、トリガーを引く寸前、ふと現れた目の前の少女に気付く。

『魔女!!?』

 30メートルの距離まで接近した真夏は透明化を解除してバトルフレームを撃ち抜く。

 コックピットを避けて下腹部を狙った魔力砲は、バトルフレームの飛行システムを破壊して地上へ落とすことに成功した。

(やっぱり、複雑な機械ほど魔力砲を通さないんだ) 

 すぐに透明化して移動する真夏。

(移動しながら撃つのも、透明化したまま撃つのも、まだまだ難しいですね…)

 杖から魔力砲を放つイメージを持つ真夏は、飛行しながらの射撃では命中精度が低かった。透明化は周囲の光を捻じ曲げることで実現している為、使用中の精密射撃はできない。もっとも、パトカーの透明化システムに倣い、内側からある程度外を認識できる程度には成長している。

 スカーレットは次の獲物に狙いを定めている。

 タイミングを見て屋上を飛び出し、ビル壁面を駆け下りて8階駐車場を攻撃する機体に飛び付いた。

 スカーレットに飛び付かれた機体はバランスを崩し、そのまま急降下。地上に激突する瞬間、スカーレットは機体を踏みつけ、くるっと回って着地した。

《ご主人!こいつ等雑魚にゃ!》

 あくびしながら前足で顔をこするスカーレットは余裕を見せる。

(よかった…。スーちゃんのケガ、大したことないみたいですね)

 スカーレットの様子に安心する真夏が残る1機にじろりと目をやると、それは反転してから背中を見せて全速力で逃げていった。

 すぅーっとスカーレットの横に降り立つと入り口の防護シャッターが上がって男が顔を出す。

「六課の魔女!中に入れ!」

 知らない顔だが、声をかけた男は公安の捜査員のようだ。

 真夏は指示に従って小さくなったスカーレットと供にシャッターを潜(くぐ)る。

「あ、ありがとうございます…。今、どうなってるんですか?」

 状況を尋ねる真夏。

 ファーストフロアは薄暗く、いつもとは違った雰囲気。通常の照明ではなく、非常灯だけが明かりを灯している。

「俺もわからない。六課へ行くなら階段を使え。エレベーターは使えないぞ」

 男はシャッターを下ろしながら真夏に言う。

 唯一外光を取り込んでいたシャッターが下りるとさらに暗く感じる。

「えっ?あっ、はい…」

 真夏は入り口から左手にあるエレベーターを素通りして奧の階段に向かう。

 このフロアに他に人は居ない。

 朝一だからだろうか、出勤している人が少なく、他の人は8階をメインに防衛しているのだろう。そう思った時だった。ポーン、と聞き慣れた電子音。エレベーターが到着した音だった。

「へっ?」

 エレベーターは使えないと、そう言われたばかりだ。

 振り向くと、先程の男が銃をこちらに向けて構えている。

 男は小さく舌打ちをして銃を撃った。

《にゃっ!》

 薄暗い空間でスカーレットが放たれた弾丸を弾き飛ばす。 

「スーちゃん!?」

《ギリギリだったにゃ!ご主人は隠れるにゃ!》

 巨大化して男を威嚇するが、男はどこか諦めたような表情で開くエレベーターの扉に銃を向ける。

 エレベーターにはシールドを構えたノブと、その後ろに清水の姿。

 男たちは互いに数発撃ち合い、即座に決着がつく。

「幸谷さん、階段はダメだ。こっちに」

 扉が閉まらないように手で押さえながら半身をフロアに出して周囲を警戒する清水。

 ノブはゴーグルをかけてじりじりと前に出る。

「えっ…?…えっ!?」

 倒れた男は静まり返り、ピクリとも動かない。ノブはその男の顔を確認してゆっくりと後退して清水の元まで戻った。

 混乱する真夏はスカーレットの陰で動けないでいる。

「課長、あのアプリを使ってください」

 ノブに言われてデバイスを操作する清水。双連制作の本人確認アプリで認証画面を真夏に見せる。

「幸谷さん、私達は正気だよ。まずは安全な場所に移動しよう」

《あいつはいつも通りみたいだにゃ》

《そ、そうですね…》

 倒れた男に近づかないように恐る恐るエレベーターに乗る真夏。

「お、おはようございますぅ…」

「おはよう、大変だったね」

 扉が閉まり、ノブが六課フロアのボタンを押す。

「は、はいぃ…。い、今、どんな状況なんでしょう…?みなみちゃんは大丈夫でしょうか…」

「大丈夫、卓志の方で保護してるよ。状況は…混乱しているね。我々もまだ何も掴めてないが、外ではバトルフレームの奇襲、中では三課が反乱した。外との連絡も取れない。どうやら通信ケーブルを切断されたようでね、電波妨害もあって無線も使えない」

「そ、そういえば、西園寺さんとこけさんの連絡もまだないですね…」

「西園寺はどうしてる?」

「あ、はい。ここで合流するって、言ってました」

 エレベーターが六課のフロアに到着して扉が開く。ノブがシールドを構えて前に立ち、清水は真夏をその後ろに誘導する。扉の先では簡易的なバリケードが設置されていて六課の捜査員が2人銃を持っている。

「課長!」

「大丈夫だ。幸谷さんは確保した」

 清水が片手を上げてその場の警戒を解くと捜査員達がほっと一息つく。

 真夏達がエレベーターを出ると捜査員の1人がエレベーターを操作してロックした。

「公安は現状、三課反乱への対応と外からの攻撃に対する防衛。8階駐車場に主力を集めて内と外、両方を対処させている。その他、各部署でバリケードを作って立てこもってる。もっと情報を集めないと、どう動くかは決められないね」

 清水は拳銃に装填しながら言う。

 敵が内側に居る場合、参集すれば後ろから撃たれる可能性がある。

「1階ロビーに居た男はやはり三課の奴でした」

 ノブは持っていたシールドを置いて汗を拭う。

「テュラノスは、出ませんでしたね。これが正常に作動していればですが、確認はできませんでした」

 理想なき革命家から押収して複製したゴーグルをトントン、と指で叩くノブ。

「テュラノス、じゃなくて…。三課の人が裏切ったってことですか…?」

「もともと、三課はテュラノスの支配下だからね。裏切りは想定内だが、正面から撃ち合うことになるとは…。公安職員にも死傷者が出てる。情けをかけてる余裕はない」

 装填を済ませた拳銃をホルスターに収める清水。

「幸谷さん、外の状況はどうだった?」

「そ、外は…。爆発があったり、沢山のバトルフレームが突然現れたりで、すごく混乱してました」

「突然?どこから?」

「えっと…急に近くに出てきて…。西園寺さんは透明化してたって、言ってました…」

「透明化技術が敵に…」

 ため息を漏らす清水。

 何かを考えこんでいる清水の隣、真夏の耳元にノイズ混じりだが双連の声が届く。

『…ちゃん!真夏ちゃん聞こえる!?』

「へっ!?は、はい、西園寺さん、聞こえます」

『真夏ちゃん、よかった。無事だったね。中には入れたの?』

「はい、今課長さんたちと一緒です。あのっ、浅見さん達は…?」

『うん、外から見た限りだと大丈夫みたい。事務所はシャッターが下りてて、外にはけが人とか居なかったみたいだよ』

 双連からの連絡だと気付いた清水は通信機を自分の耳に掛ける。

「西園寺、状況は?」

『課長!外は大変ですよ。今こけさんと合流してアンチジャミングをかけたところです。効果範囲は狭いですが、ジャミングはこの辺だけみたいなので無線通信は使えるはずです。私は森永先生と秘書の方と一緒に公安の上で透明化していますが…。明らかに公安の周りだけバトルフレームの数が多いです。現在、公安を囲んでいるのは10機。やはり真夏ちゃんを狙った動きだと思いますが、奴等、くちくし隊じゃないかって言われてます』

 清水は身振り手振りで関係各所に連絡を飛ばすよう指示を出しながら聞く。

「くちくし隊?奴等からはなにも出なかったはずだが」

『はい、私も、バトルフレームに対応してる機動隊から聞いた話で、詳しくはわかりません』

「そうか…。防衛省は動いたかい?」

『いえ、今のところ、1機も出撃していないようです』

 再びため息。

『警察の管轄だとか、治安出動要請が無いなど言って引きこもってるみたいです』

 怪人処理以外で防衛省を動かす為には、内閣総理大臣の命令による治安出動が必要である。国内の治安維持は原則として警察が第一義的に対応する責任を持ち、法的手続きや政治判断を経ることで巨大な武力の暴走を避けることを目的としている。

「総理や官房長官は?」

『はい、総理は選挙の為地方にいて連絡が取れない様子。官房長官の方は、すみません、まだ掴めていません』

「…この暴動の裏にテュラノスが居るのなら、あの総理が防衛省を動かすとは考えにくい…。それどころかこの騒動の中で総理を殺すつもりかもしれないね」

 自分の言葉を鼻で笑う清水。

「ここは退避するべきかもしれないが…。どうやって逃げるか…」

 ドン、と暫く止まっていた銃火器の音が聞こえてくる。

 バトルフレームによる公安への攻撃が再開された。

(幸谷さんだけでも先に逃がすべきだが、これが彼女を狙った攻撃なら安全な場所はどこにある?)

 清水の視線は真夏を追い、追われる真夏は六課のフロアをきょろきょろと見回している。

 爆音と共に建物が揺れた。

『課長!奴等!防衛省並みの兵装ですよ!ビルがもちません!』

 外には重装備のバトルフレームが6機合流し、合わせて16機が公安ビルを囲む。

『これ、他の奴等と明らかに雰囲気が違う!ヤバいですよ!逃げてください!』

 叫ぶように報告する双連。真夏は通信機を耳から少し離した。

 重要な判断を迫られる清水。自ずと難しい顔になる。

「そ、そういえば、鷹司さんはどこに…?」

 舞杏の姿が無いことに気付いた真夏。通信にも参加してこない彼女を心配し、公安職員にも死傷者が出てる。という清水の言葉を思い出す。

「…鷹司主任は…」

 難しい顔の清水に真夏は肩を震わせた。

「遅刻だ」



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