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#32 独善的なレジスタンス



 自由人民党本部、改修工事がすべて終了し、破壊される前よりもより豪華絢爛となった竹中派専用の区画。数人の大人たちが尊大な態度でソファーにふんぞり返る。その大人たちに囲まれるように、少々萎縮して座っている少女が1人。

「ふぅむ…。中々面白い…。キミ、名前は何といったかな?」

 上座に座る宮沢屋はタバコに火をつけて言う。

「…堀レイナです」

「堀レイナ…。堀ちゃんか。いいよ、やってみな」

 宮沢屋はレイナが持ってきた計画書をトントンと突いてにっこり笑う。

「これはやり過ぎじゃないのか?コストがかかり過ぎるだろ」

 レイナが頭を下げようとした時に隣の老人が水を差してきた。

「イヒャヒャヒャ、六階さんお金なんていくらでも入ってきますよ。今は邪魔者の排除を優先しましょうよ」

 短髪の女がレイナの味方につく。

「金の問題だけじゃないぞ。選挙前にこんなこと…」

「選挙前だからいいんじゃないですか。理屈が通る。どれだけ大ごとになろうと50年も経てば人は忘れるよ。今必要なのは魔女を消すことだ…。米ちゃんを殺した魔女、野放しにしちゃおけないだろう」

 六階の意見を軽く流す宮沢屋。

「………」

 意見が通らずに六階は押し黙る。

「……費用の面をどうにかしてもらえれば、あとはこちらで…。すべてテロリストの仕業として処理できますので…」

 反対する六階を鎮めるように補足するレイナ。

「…それじゃあ、この件は堀ちゃんに一旦任せるってことでいいね、みんな?」

 タバコを燻らせる宮沢屋が集まった人間に呼びかける。

 異議なし、という声が上がると1人反対した六階は少し拗ねた表情を見せた。



 伊月家の食卓。森永議員を総理に据える為に公安として協力することになった真夏は浅見議員と繋がりがある女将に探りを入れるようにと指示されていた。

「あ、あのぅ…。女将さん…。国政党のエール25区の立候補者って誰か知ってます…?」

 単刀直入な質問に啜っていた味噌汁を吹き出しそうになる女将。

「…ゴホン…。えらく具体的な質問だねぇ…。ふふっ、知る訳ないだろう?まだ公示前だし、25区って余所の選挙区じゃないか」

「そ、そうなんですね…」

 本来公安の立場で特定の人物に肩入れすることは公職選挙法に違反する為、魔女として広告塔になる公示日までは内密に事を進めるように命じられている。

 5月も残すところ僅かとなり、衆議院の任期満了による選挙の公示まで1ヶ月を切っていた。

「それにしても選挙の話かい?確かにもうすぐだけど、真夏ちゃんも選挙権が与えられて興味が湧いたかい?」

「は、はい…。何分(なにぶん)、前世を含めて初めての選挙ですので…」

 てへへと下手くそな探りを誤魔化す真夏。

 公安によって個人情報を作られた真夏は一般人同様の暮らしができるようになっている。

「待つじゃんね!」

 箸で豆腐を挟み、それを真夏に向けるホルス。キメ顔に力が入りぽとりと豆腐が落ちる。

「忘れてないかい?もう1人、選挙デビューするスーパールーキーが居ることを!」

 力強く主張するホルスをこつんと叩く女将。

「今月から15になりました!そうですあたし、ホルスちゃんじゃんね!」

 母親に叩かれても動じない大人な15才ホルス。エルドランドでは選挙離れから選挙権年齢が15才まで引き下げられている。

「まったくあんたは…。選挙権年齢は15でも成人年齢は18だからねぇ、まだまだ子供だよあんたは」

 子供扱いされるホルスの頬がむすーっと膨らむ。

「この辺は…。26区だったかしらね、浅見先生のお膝元。言わば国政党の本拠地みたいなものだし、ウチも浅見先生を支持してるわ」

 無口な大将も静かに頷いている。

「あんた達も誰に投票するか決めてないなら浅見先生にしておきなさいな」

「待つじゃんね!!」

 浅見三子を推してくる母親を制止するホルス。

「選挙権はただの紙切れじゃないじゃんね。思いを繋ぐ大切な襷(たすき)じゃん?幾ら親の推し議員だからってそう簡単にあたしの票は渡せないじゃんよ」

 義務教育課程で選挙の重要さは教わっている。ホルスはその一文を引用して女将を抑える。

「ふふっ、誰に入れるかは自由さ。選挙に行くことが大事だからね。ちゃんと考えているなら立派だよ」

 自分の意思を主張する15才だったが、実際若年層は政策や公約よりも知名度で選ぶ傾向が強く、メディアに露出の多いタレントを選んだり、自身の思いとは真逆の政策を執る立候補者を顔で選んだりしている。その実態を知っていた女将は味噌汁を啜りながら苦笑した。



 浅見家の食卓。住人の倍以上がゆったりと食事できるダイニングテーブルに浅見三子、晶、そして第一秘書の霧島が座り、その対面に短髪のシュッとしたイケメンが座っている。テーブルの上に料理は無く、紙の資料とデジタル資料、人数分のコーヒーが入ったカップが並んでいた。

(毎熊熊虎(まいぐまくまとら)、映画もドラマもバラエティーにも引っ張りダコの人気タレントじゃないか…。初めて生で見た…)

 毎熊をダイニングまで案内した新人選挙スタッフの一色は入り口ドアの横に姿勢良く立ちダイニングテーブルを観察する。

「ごめんなさいね、事務所じゃなくてこっちに来てもらって」

 微笑む三子は隣に座る第二秘書の晶に膝をぶつけられる。

 三子は毎熊のファンで、数年おきに放送される彼が主演の刑事ドラマシリーズは毎回リアタイ視聴しているほどだ。

「いえいえ、事務所は改修されたようですが、まだ浅見議員は車椅子。俺とのミーティングの為に警護を動かすのも大変でしょう。呼ばれたらこちらから出向きますよ」

 にっと笑う毎熊。

「毎熊さん、一人称の俺、変えることはできますか?」

 公の場には相応しくないとされる一人称を霧島が指摘する。

「…う~ん。…いや、俺は俺のままで行きましょう。選挙でイメージを崩す必要はありません」

 国政党がエール25区に擁立することになった毎熊熊虎。大学時代にバイト感覚で始めたモデルから始まり、タレント俳優、近年では政治討論番組にも出演している。そこでの発言が国政党の目に留まることになった。

 決して三子の独断ではない。

「そうね、いいんじゃないかしら。イメージを武器にできるのがタレント議員のメリットよ。ただ、私達は議席確保の為にタレント議員を擁立する考えはないわ。トーク番組みたいな強い攻撃的な発言は控えるようにしてくださいね」

「了解です。国政党の一員になれるよう善処します。…それにしても…」

 毎熊は霧島の腕に残るギプスを見る。

「殺すのはいつも左派…。女性たちが政界で真っ当に戦っているというのに、暴力に訴えるとは許せませんね」

 腕を組んで目を細める毎熊。

「毎熊さん、国政党での事故は…”事故”です。証拠もなく左派を犯人として扱うようなことはやめてください」

 晶が口を挟む。

「しかし、…晶さん、でしたっけ。議員の娘さんも何か長期療養していたとか…。選挙中に口撃しませんが、今勢いのある国政党を潰そうとしているのは明らかですよ…。あぁ、だから彼を引き抜いたんですね」

 そう言った毎熊は入り口の一色に視線を移す。

「なぜ彼が居るのか謎だったけど、納得がいった」

「うふふっ、そうですね。引き抜きといえば聞こえがいいですね」

 三子の発言に晶も笑う。

 選挙スタッフ兼護衛役の一色は会談の内容に動じず凛としている。

「さて、私達の方は防衛省のエースを引き抜いたことで安全になりました。警察の警護もしばらくは続きますのでご心配なく。本題ですが…」

「国政党の公約、方針は理解していますよ。納得したうえで受けた話ですから」

「はい、問題は同区に森永議員が出馬されるということです。毎熊さんのタレント性や知名度は負けていませんが、森永先生の基本方針は我々に近いものがあります」

 晶は紙の資料をめくる。

「前回の選挙、森永先生は25区で圧勝。候補者7名の中で50%を超える票を集めています。同区の議席は2席、1位当選する必要はありません。しかし、毎熊さんに入る票は森永先生の票が割れて入るものが多くなると思われます」

「同じ支持層から票を奪い合う。支持者が分散した結果、残り半分から支持された立候補者に抜かれると?」

「そうね、1位である必要はない。でも、森永君を超える必要はある。だからこそあなたをここに擁立するのよ」

 全選挙区に候補者を擁立する国政党。集めた人間の中でも最有力となる毎熊を25区に置く。パフォーマンスではなく、国政を獲る為の布陣。

「人民党でも有力な森永議員を落とす?あの人は尊敬できる人だ…。俺は2位当選を目指すとばかり思ってた」

「森永君は与党の人間。落ちても比例復活するでしょうし、気にせず本気でいきましょう」

 国政を獲る為、三子の目は本気だった。



 6月に入り、首都エールはジメジメとした空気に包まれていた。

 気温はさほど高くないが、メタボリックな体を持つ機械技師の男は当たり前のようにエアコンをつけて部屋全体を冷やしている。

 部屋を訪れた円(まどか)は寒気を感じ、半袖から出ている腕を組んで自身を温める。

「すみません、少しいいですか?」

 部屋を見渡すと隅で何かの資料を読んでいるタングスは同じく半袖でありながらこの空間に動じていない。

「どした?」

 半袖半ズボンのメタボリックは更にうちわで顎下から風を送り涼を取っている。

「はい、気になる情報が入ってきました」

「情報?」

 PC作業をしていた機械技師の男は立ち上がって部屋中央のテーブルに移動するが、タングスはその場から動かず、円を見て一度頷いた。

「レイシストをくちくし隊に忍ばせた諜報員からです。違法ルートでバトルフレームが3機届けられたと」

 理想なき革命家はあらゆる組織、集団に諜報員を派遣している。そのうちの1人からの報告だった。

「バトルフレームが?くちくし隊って反エルドランドの政治集団でしょ?なんでまた…」

 レイシストをくちくし隊、十数年前特定の保守系団体などによる外国人差別に対抗するため、差別主義者による実力行使や嫌がらせを現場で直接阻止することを目的に組織された団体。

 結成当初は非暴力による直接対峙を方針にしていたが、シュプレヒコールや路上での激しいカウンター行動を繰り返すうちに過激派に転じ、近年では保守系政治家に対する暴力事件や支持者に対する恫喝などで警察沙汰となり、特に選挙期間にはメディアの注目を集める存在となっていた。

「最近は極左暴力集団の仲間入りですからね…。違法ルートで外国から入ってきてますが、SAION製のポピュラーな機体です。ロボット競技経験者なら、軍や警察じゃなくてもそれなりに操作できる。私達も過激な行動に出てますし、真似(まね)て強行、暴力に訴えるつもりかもしれません」

「3機だけ?」

 隅のタングスがテーブルに移動してくる。

「わかりません、未確認ですが、別の支部にも送られているとの情報もあるそうです」

 椅子に座って手と足を組むタングス。

「あまり気にしてなかったチンピラ集団…。くちくし隊、間者は1人だっけ?」

「はい、速報なので今はそれしかわかっていません。パトロンも不明です」

「バトルフレームを保管するにはそれなりの敷地や倉庫が必要だ。くちくし隊の組織データでもあればこちらから調査を出すことはできるよ。今入ってる間者に無理させる必要はない」

 機械技師の男はデバイスを操作している。

「そうだな。こちらのバトルフレームも防衛省のシステムから切り離しに成功しているし、敵対しても3機だけなら大した脅威じゃないが…。それ以上となると、兵装次第か…。うん、こちらから追加で調査員を送ろう。それから匿名での通報も。違法バトルフレームなら警察も動かせるからね」

 タングスが言う。

(しかし、バトルフレーム…それも3機、以上…?)

 バトルフレームは国内でも3社が製造販売している。競技用ロボットフレームまで手掛けるSAIONは比較的安価にバトルフレームを販売しているが、それでも競技用とは装甲や出力が異なり、軍、警察用のバトルフレームとなるだけでとても高価な代物となる。

(ウチも無駄遣いしなければ買えたが…。くちくし隊に収入源はほぼないはず。パトロンは誰だ…?…いや、考え過ぎかもな。SAION、外来精神体が癒着しているメーカーではないし…)

「了解、手配します」

 円は頷いて、振り返るところで小さくくしゃみをした。

「くしゅんっ」

 涼を取るメタボが言う。

「風邪かい?気を付けなよ」



「さてさて、岸破君の時代もようやく終わりね」

 首都エールの夜景を一望できる超高層商業ビルの個室バーでワインを嗜む短髪ギロ目の女はイヒャヒャヒャと笑う。

 斜展鵬(しゃてんほう)、外国、シーナ国との二重国籍の身でエルドランドの国会に入り込みエルドランドとシーナ国を行き来する売国議員。その実態はテュラノスがシーナ国を掌握するために送り込んだスパイである。シーナ人の身体を持つ精神生命体の彼女だが、その見た目はエルドランド人と見分けがつかず、エルドランド人を騙して国会議員の席を獲得している。

「思っていた以上にしがみついてくれたからねぇ…。使い勝手のシゲオ君。使い捨ての駒としては優秀だった」

 2人きりの個室、同じくワイングラスを持つ宮沢屋はエールの夜景に乾杯する。

 第167代内閣総理大臣、岸破。外国人を優遇する政策を好み、エルドランドを蔑(ないがし)ろにする総理を国民は支持することはなかったが、言われたことを忠実にこなすその駒をテュラノスは重宝していた。

「イヒャヒャヒャ、あれだけバッシングされながら任期を全うするなんて大した精神よぉ」

 度重なる増税、キックバック目的の海外支援、政治資金裏金問題、悪徳宗教との癒着、ハニトラによる情報流出。悪事や失態が何度も表面化し、何度も国民からリコールを求められたが、何度も辞任を拒み国民を疲弊させてきた。国民に内閣総理大臣を解職請求する制度は無く、任期前倒しの権限を党が所持している為、本人が辞めると言わない限りテュラノスは岸破を使い続けてきた。

「人民党は公約を守った事ありません、私もやりません!…イヒャヒャヒャ!あれは歴史に残る名言よ」

 岸破の過去の発言を引用する斜。

「ふっふっふ…。…あぁ、だがこれ以上の続投はない。シゲオ君を推せば国民から票を得られないからね」

「そう…ねぇ…。私、総理に立候補してみようかしら」

 斜の発言を首を横に振って否定する。

「キミの支持基盤はシーナだ。シーナ国に取り入ることでエルドランドのシーナ企業の票がキミに入る。国会議員としては十分だが、総理には足りないよ」

「はぁ…そうねぇ…。私じゃ無理、かぁ…。ざ~んねん、イヒャヒャヒャ」

 斜の二重国籍は一度問題視された。圧力をかけて押さえつけたが、国会議員の記憶からは消えていない。支持できない問題を持つ者に国会議員は票を入れない。それも保身である。わかっているからこそ斜は楽しそうに笑っている。

 比例代表制、ある程度の票が集まれば小選挙区で落選しても党の支持で復活できる。斜の狙いはそこでの当選だった。

「候補は明智か、大泉か…」

「大泉?大丈夫なの?」

「あぁ、親父の死を使い悲劇のヒーローとしてうまくやってるよ、彼…。キミならどっちにする?」

「…う~ん、どっちでもいいわね。興味ないわ」

 ぐびっとワイングラスを傾ける斜。

「能力で選ぶなら明智、話題性なら大泉。この2人を出して様子見…」

「それより!私の支持、よろしくねぇ!」

 酔いが回り上機嫌な斜は興味のない政策の話を終わらせた。

 


 6月27日、エルドランド衆議院議員選挙戦の火蓋が切られる。

 都内、森永の選挙事務所。出陣式でお立ち台に上がる森永は支援者に向けてスピーチを始める。

「皆様おはようございます、人民党の森永卓也でございます!…」

 いつものおっとりとした感じよりもハキハキと、演説用のトーンで言葉を繋げる。

「エルドランドを強く、豊かに、自由な国に。列島エルドランドを今こそ住みよい国にと私は訴えています。失われた100年を取り戻すために私は戦い、その基盤の完成がようやく見えてきたところです…」

 森永は政治家として活動してきた20年の実績と今後の方針、公約を支援者に語る。

 支援者たちの応援の声と拍手に出陣式が沸き立つ中、大きなスピーカーを複数付けて改造されたエアドライブが数台近づいてくる。それは選挙運動用エアドライブとは異なるもので、黒塗りのセダン型エアドライブの屋根や荷室に取り付けられたスピーカーから怒号のような言葉が飛び散り周囲を威嚇している。

『お前の言葉を、正しいものとは思わんぞ!』

『私達は、自由に生きる権利があるんです!誰にも人権を侵害される、そんな謂れはないんです!』

 森永のスピーチとは対照的に、相手を威圧するようなトーンで男女の声が自己主張する。

(…やれやれ、今回はくちくし隊の攻撃対象になっちゃったか…)

 地上に降り立ち、他の交通を邪魔するようにゆっくりと移動しながら主張を繰り出すくちくし隊に苦笑しながら手を振る森永。

「皆様、お気を付けてお進みください」

 反対派にも丁寧に気を遣う森永。しかし森永が持つ出陣式用の小さなスピーカーでは、くちくし隊の大きなスピーカーには敵わず、その気遣いは掻き消されてしまった。

 秘書の1人が選挙運動用の一回り大きなスピーカーを持ってくるが、森永はそれを受け取らずに首を振る。

 出陣式に集まる人の中にはくちくし隊にカメラを向ける者達が居る。報道関係者である。事前に出陣式を取材したいと挨拶してきた取材班の他にもいくつかのグループがあるようだった。

『差別主義者は出て行け!』

 立ち止まることはなく、ゆっくりとその場を通り過ぎるくちくし隊。あくまで選挙戦の挨拶といったところである。

 何事もなかったかのように立ち去ったくちくし隊だが、残された関係者や森永の支援者には明らかに意気阻喪(いきそそう)している者も居る。

「……この国に産まれ、文化伝統歴史を重んじ、国を愛する。それがエルドランド人です」

 くちくし隊が去り、静まり返った出陣式の場に森永の落ち着いた声が通る。

「我々エルドランド人に出て行く場所、逃げる場所などないのです。我々にとってここ、エルドランドこそが逃げ帰ることができる最後の場所なのです。我々が、我々の場所を守る。当然の権利です。文化を、伝統を、正しい歴史を伝え残す。それが許された唯一の場所です」

 森永のトーンが徐々に上げられる。

「失われた文化、捻じ曲げられた歴史。このエルドランドの伝統を正しい形に還元する。それが私の役目であり、そして、その象徴ともいえる人物が皆様と供に私を応援してくれています!」

 森永が空に手を差し伸べると、その先に聴衆の視線が集まる。

 ふわふわと螺旋を描きながら降下する魔女。

 杖の先には器用に胡蝶蘭の花束を抱える黒猫。

 報道陣のカメラが真夏を向き、アナウンサーらしき女性が魔女の出現を嬉々として実況している。

 森永の手を取り優雅に地上に降り立つ真夏。森永と聴衆に膝を曲げて上品に挨拶をする。

「失われた魔法文化復活のシンボル!魔女、幸谷真夏さんです!」

 森永に紹介された真夏が手を振ると歓声が上がる。

「こっ、こにっ、こんにつは!」

 大衆に見つめられて緊張する真夏。

「わ、わたくち、幸谷真夏は!もり、森永先生を応援します!」

 噛み噛みながら頭を下げる真夏の横、立てられた杖の天辺からスカーレットが花束を森永に渡す。森永が胡蝶蘭の花束を受け取り、スカーレットと握手をするとより一層大きな歓声。

 森永陣営の出陣式はこれまでにないほどの盛り上がりを見せたが、その後の応援演説でも噛み続ける真夏に森永の苦笑いは続いた。

『いや~、真夏ちゃん。ダメダメですね~』

 出陣式の様子を見守りながら、上空で透明化したパトカーの中で独りニヤニヤしている双連。

「あぁ、緊張しいだね、真夏君は。練習の成果がまったく出てない」

 聴衆の中に紛れる舞杏は部下の一部を動かしてくちくし隊の後を追わせる。

「とは言え私に彼女を叱ることはできない。真夏君はもう私の部下ではないのだから」

『無職…いえ、家事手伝いの魔女…。私の後輩が居なくなっちゃいました。面倒ですね、選挙って』

 選挙によりに本日付けで公安を離れ無職となった真夏。プロパガンダの為の一時的な措置である。

「森永議員にケチが付かないように、仕方ないことだ。それにしても、レイシストをくちくし隊って森永議員を攻撃対象にしてたっけ?」

『…いえ、そのような話は聞いていませんし、これまでにもなかったみたいです』

 パトカーから過去の資料を調べながら答える双連。

「そうか…。最近は過激な行動もとってるみたいだからね。警戒しておこう」

『レイシストをくちくし隊。レイシズム、人種差別や排外主義に対するカウンターを掲げていますが、その実、構成員の多くは在エルドランド外国人二世やハーフ、クォーターで成り立っています。国籍はエルドランド…要するに、自分達の在エル特権を守り隊ってところでしょうか。過去には公安も極左対策で動いてるようですが、国政選挙前、音無しの構えを決め込んだのか、この一か月くちくし隊関連の通報は一件もありません』

「見境ないな。保守派であればとりあえず攻撃しとこうってか…」

『そうですね、森永先生は保守派ですから。ですが穏健保守、リベラル派とも手を取り合った政策も通してますし、くちくし隊も森永先生には強い攻撃はしないでしょう。心配なのは浅見議員の方ですね、国政党はエルドランドファーストを大きく掲げていますから』

(厄介なのはくちくし隊とテュラノスが繋がったケースだな。浅見議員を襲った事故、あれは無関係な学生を利用した事件。浅見議員に対する明確な殺意があった…。今回の選挙、くちくし隊を使って暴挙に出なければいいが…)

 舞杏は顎をつまむ。

「浅見議員サイドには元防衛省のエースが就いたようだが、バトルフレームの無いパイロットがどれほどの役に立つか…。心配だな」

『はい…防衛省解雇はシュープリーム島事件も関係しているでしょうし、少し可哀そうですね』

「あぁ、あとでからかいに…。いや、様子を見に行ってみようか」



「お…思ってたよりも、ハードですね…」

 20時を過ぎて選挙戦初日が終了した。朝8時から夜8時まで、休憩を挟みながらだが12時間の稼働にへとへとになる真夏。

「これが2週間続くんですか…」

 現実に直面して絶望する真夏。いつもは負担を感じないスカーレットが今はとても重く感じる。腕の中のスカーレットは既にお休み中だ。巨大化して真夏や森永を背に乗せるパフォーマンスなど、スカーレットも1日頑張ってくれた。

 真夏が労うように背中を撫でているところに元気な舞杏が合流する。

「若者がこれくらいでへたってちゃダメだぞ」

 差し入れの甘い缶コーヒーを舞杏から受け取る。

「お、お疲れ様です」

「森永議員たちは明日のルートを確認してから解散するようだ。私達は先にお暇(いとま)しようか」

 選挙事務所の隅っこでへたれていた真夏が立ち上がろうと腰を浮かす。

(はぁ…やっと帰れます…)

「さて、西園寺君と合流して浅見陣営に挨拶に行こう」

「…えっ…?今からですか…?」

 腰が落ちる真夏。

(ま、まだ帰らないんですか…!?)

「さあ、立ちなさい。杖を取りなさい。戦いは始まったばかりだぞ!」

 何故か元気な舞杏に手を引かれ、外で待機していた覆面パトカーに詰め込まれて連行された。

 選挙区を跨いで26区、浅見三子の選挙事務所にもまだ人が残っている。

 駐車場には1台のパトカー。事務所入り口に立っていた警官が着陸する覆面パトカーに近づいてくる。三子を警護する警官は顔見知りであった六課の面々を確認すると、軽く敬礼して持ち場に戻りパトカーに問題はないと合図を送る。

「お疲れ様です、トラブルは?」

 事務所に入る前に警官に尋ねる舞杏。

「初日から大変でしたよ。長時間くちくし隊に付きまとわれて…。今も中で対策会議されてます」

 苦笑する警官に釣られて舞杏も苦笑する。

「おつかれ、引き続きよろしく頼むよ」

 舞杏を先頭に事務所に入ると一色が驚いた表情を見せる。

「えっ、公安?」

「やぁ、元エースの。そっちも大変だったみたいだね」

 事務所には他区の立候補者も集まっていた。

「あら、公安の皆さん」

 三子が会釈する。

「こんばんは、お邪魔します。警備状況の確認と情報の共有に来ました」

 舞杏が挨拶をしている後ろ、双連は小声で真夏に伝える。

「あそこ、背の高いイケオジ。森永先生と同じ25区の立候補者、毎熊熊虎。テレビで見るよりもイケメンだね」

 公安の調査で事前に毎熊の立候補は知っていたものの、直接見るのは初めてだった。30代半ばの彼だが、まだ10代の彼女らから見ればオジの分類に入るらしい。

 真夏はテレビコマーシャルで見せる毎熊のひょうきんな笑顔を思い出すが、今は真面目に難しい顔をしている。

「…公安は、味方という考えでいいのかな?」

 腕を組んで威圧的な毎熊。

「我々は公僕です。どこかの陣営に肩入れはできません。ですが、正義の味方であることは間違いありませんので、皆さんの安全を守るものとして信用はしていただいて大丈夫ですよ」

 毎熊の威圧を受け流して淡々としている舞杏。

「安心してください、六課の皆さんは私を助けてくれた恩人でもあります」

 毎熊と舞杏の間に入る晶(しょう)だが、真夏の顔を見てぷくりと頬を膨らませる。

「でも私は裏切られた気分だよ…。まさか幸谷さんが森永さんに付くなんてね」

 公安六課の動きは知られていない。その為、真夏は自陣にふらふらとやってきた政敵。知名度もあり、国政党一同の視線が真夏に集まる。

「あ、え、えへへ…。すみません…」

 何故か謝罪する真夏。

 冗談でからかってみただけの晶は想定していたよりも重くなってしまった空気に少し焦る。

「あ、えっと、そうだ鷹司さん。一色君が言ってましたよ」

 場の空気を元に戻そうと思いを巡らす晶。

「うん?」

「一色君が、鷹司さんは奇人だって」

 護衛役も務める一色は表情を変えなかったが、内心穏やかではない。

(今、この場で言うのは違うくない…?)

 舞杏が低く唸る。

「おおぉん!?」



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