#35 バカバカしい名案
飛行していた多数のエアドライブが一度に避難できるような場所はエルドランドにはない。怪人の習性とエアドライブの機動性を鑑みれば、逃げ込むよりも逃げ続ける方が安全で、安く済むからだ。
くちくし隊の暴挙により修羅場となった首都エールは逃げ惑うエアドライブで溢れ返っている。
首都を囲むように飛ぶくちくし隊のバトルフレームが、脱出を試みる一般のエアドライブを撃ち落とす状況に空は混乱している。
エール駐屯地は一般車両の避難を受け入れ、それを阻止しようとするくちくし隊と戦闘する準備をしているが、そこに辿り着いたエアドライブはあっさりと駐屯地に入ることができ、防衛省はまだ交戦していない。大義名分を掲げることができない防衛省は駐屯地から出ることができないでいた。
上空でビルの隙間から時折見える防衛省を見て一色は状況を把握する。
(やはり防衛省は動かない…。だが、駐屯地に逃げる一般市民に紛れれば助かるか)
公安ビルに近付くとくちくし隊のバトルフレームは多くなる。浅見三子を連れた一行は群衆から離れて低く飛び、隠れるようにして公安を目指した。
エレベーターの空間を5階程登り、手を放して地下1階までおよそ20メートルを後ろ向きに落ちた舞杏は死んだ。普通なら、である。普段から身につけている強化スーツと、10年にわたり薬物によって強化されてきた肉体は、なんとか耐えた。
「アァーーゥチッ!!!」
痛みに悶え、接近してくるエレベーターの箱に恐怖する舞杏。
「ひっ!ひぃーー!」
潰されてしまうのではないかと身構えるが、それは1階で止まり、地下まで下りてくることはなかった。
うぅ、と呻きながら立ち上がり、最寄りの地下1階の扉をこじ開ける。
「デバイス…壊れちゃった…」
腕に取り付けたデバイスだけではなく、全身を強く打ち付けた舞杏はふらふらだ。誰も居ない、暗いその場所の安全を確認して横になって休憩する。
「あぁ…厄日だ…」
舞杏は少し目を瞑った。
その上階では公安職員の脱出準備が進む。屋上を封鎖し、8階駐車場で動くエアドライブを確保してすし詰めで押し込む。足を怪我した者が優先されたが、押し込まれて苦しそうにしている。これは無視した。
エアドライブに乗れない人間は三課の職員を避けるルートで1階まで移動する。
清水はみなみをおぶった森永卓志と合流してお互いの無事に安堵した。
「清水課長!」
「よかった、無事か。みなみも、大丈夫みたいだな」
何が起きているのか分からないみなみはおんぶの移動を楽しんでいる様子。
「革命家が攪乱してるって?」
普段引きこもりがちな卓志はみなみを下ろして荒く息をする。
「あぁ、魔女の為かみなみの為か、なんにせよ今は防衛省よりは心強い」
ロビー西側に集まりシャッターを少し上げて外を見る。
「地下の車両は使えないね」
そこから見える地下駐車場の出入り口は破壊されていた。想定していたことで焦りはない。隣のビルまで一番近いのはやはり西側で、清水を含めた数人がデバイスでマップを開き、脱出後の避難ルートを相談する。
後ろでは三課が迫り、バリケードを張った職員がエレベーターから西側を死守している。エレベーターは忙しなく上下し、捜査員達を運んだ。エレベーターの操作権を握っていたのは六課で、舞杏と双連が自分達のルートを優先させるために組み込んだお茶目なプログラムだったが、それが役に立っていた。
「動けるのはこれで終わりだ!」
エレベーターから出てきた男が西側に叫ぶ。
全員がその言葉の意味を理解したが、今は深く考えないようにした。
好機を逃がすことはできない。
見える範囲にバトルフレームはいない。
「今だ!」
先頭の清水が叫び、前に出て誘導する。
8階も同じタイミングで動き出した。盾にしていた車両を押し退けて数台のすし詰めパトカーが飛び出し、高速で去って行く。
数十人の公安職員がシャッターを潜り隣のビルへ届いた時、黒のバトルフレームが高速で接近してきた。
建物の角で監視していた捜査員が危険を知らせている。
円の機体がそれを追い、公安を守るように銃を撃ち小田氏の進路を妨害する。
『同志諸君!獲物が外へ出たぞ!革命家なんぞに気を取られるな!』
くちくし隊が再び公安ビルに集まってくる。
上空で堀レイナの機体に張り付いて超近距離攻撃を続けていたタングスは、機体の飛行機能の一部を破壊してから公安ビルに飛び移った。レイナの機体はコントロールを失いくるくると地上へ落ちる。
「くっ!革命家め!…小田氏!そっちはどうなっている!?タングスをやれるか!?」
しかし通信機を破壊されているレイナの機体はその言葉を届けることができない。
屋上のバリケードを破壊してビル内部に入るタングス。
「2人は無事なんだろうな…!」
味方から通信が入り、脱出した人間が居ることを聞いて足が止まった。
地上では円が必死に小田氏を抑えている。
墜落したレイナの機体はまだ動けるようで、スピーカーを使い何かを喚きながらビルのシャッターを剥ぎ取って内部へ侵入した。
『くそっ!でしゃばりやがって!』
バトルフレームのままロビーに入る。ロビーに限って言えば、他のフロアよりも天井が高く、大きな装備が無いバトルフレームなら動き回ることはできる。
大半の職員が避難し、残った三課の捜査員達が黒いバトルフレームを見て動きを止める。
『お前達は…コッチ側か』
銃口を天井や床に向ける三課の男達。
『御苦労』
レイナはその男達を何の躊躇いもなく射殺した。
大きな銃声に舞杏が目を覚ますと、パラパラとコンクリートの破片が降りかかる。
ビルが軋む。
もう長くは持たないことを悟り、階段まで走り地上を目指して駆け上る舞杏。
『うん…?まだ居たのか』
数カ所開いたシャッターから入る光が非常灯より眩しい。
見知った顔が血塗れになり動きを止めている。
銃口を向けられて頭に血をのぼらせる。
「いい加減にしろよ!お前等は絶対に許さない!!」
初弾を躱して横に転がる。体勢を直し、突進。壁に飛び、横向きに走る。
舞杏の足跡を辿るように銃弾が壁を貫く。
「おんどりゃーッ!!!」
バトルフレームに飛び蹴りを喰らわせるがびくともしない。相手よりも、自分の身体の方が悲鳴を上げているのがわかる。
「…くっ!」
しかし、痛みに耐えてゼロ距離に留まる。離れてしまう方が狙われて危険だ。
『こっ、このっ!また!ちょこまかと!』
バトルフレームの足元、背後を取り続ける舞杏はコックピット後部に張り付く。
「引き摺り出して…!!?」
ブン、と振り回して背中から壁にぶつかろうとするレイナ。
衝突寸前に飛び降りるが舞杏は体勢を崩す。
レイナはその隙を見逃さない。銃よりも足の方が速かった。舞杏を蹴り上げると、数メートル飛んで、更に床を滑り向かいの壁に激突する。
「ぐはっ!」
悲鳴と共に血が飛び出す。
歪む視界にバトルフレームが銃を向ける姿が映る。
全身が痛い。身体が重くて動くことができない。
ビルの上階からは銃声が聞こえる。まだ誰かが戦っているようだ。
自分の周りには沢山の死体。三課の捜査員。裏切った三課の捜査員だ。自分もその一つになるのかと思い、ふん、と鼻が鳴る。違う、裏切らせたのはテュラノスなのだ。再び怒りがこみ上げる。
舞杏を向いた銃がカチッと乾いた音を出す。
『…おや…?』
弾切れだった。
代わりの武器を探すがもう何も残っていなかった。
『ちっ…革命家め…』
持っていた銃を投げ捨てて舞杏にすっと近寄るレイナ。
足を大きく上げて、それを下ろす場所を見てニヤリと笑う。
『ふふっ、ぺちゃんこだ』
踏みつけられる瞬間、舞杏は何かに引っ張られる。
目を瞑ってしまったため、それが何か分からなかった。
足を掴まれて引き摺られる。そのまま十数メートル。
「あばっ、あばばばb」
なされるがままに体中をあちこちぶつけ、上ってきた階段に放り投げられて転がり落ちる。
投げられた瞬間にそいつの顔が見えた。
タングスめ、絶対にぶん殴ってやる。と決意を固め、地下1階まで転がった舞杏はまた少し目を瞑った。
『真夏ちゃん!早く乗って!』
双連が叫ぶ。
「で、でも!助けに行かないと!」
地上付近を飛び回るバトルフレームを理想なき革命家が攪乱しているが、その数は少しずつ減ってきている。それに対してくちくし隊の方はまた少し増えている。
倒されている数はくちくし隊の方が多かったが、公安ビル周りの形勢はくちくし隊有利になりつつあった。
「今行けば、みんな助けられるかもしれません!」
『ダメ!真夏ちゃんが行けば、敵はここに一点集中してくる!向こうは向こうに任せるしかないの!』
そうなれば、全滅だ。
「……ぅぅ…」
歯がゆそうにしながら、覆面パトカーの屋根にちょこんと乗る真夏。
地上、小田氏に手一杯の円は自分の不甲斐なさに唇を噛む。
悔しいが、敵の方が一枚上手なのは認めざるを得ない。
増え続ける敵と、減っていく味方に焦る。
「私が…!私がやらないと!」
低く飛び回り戦い続ける円の目に、逃げ遅れたのかビルの陰に隠れるエアドライブを見つける。それは小田氏にも同時に発見される。
銃を一般車両に向ける小田氏。
『バカッ!やめろ!』
その射線を防ぐように動いた円の機体に弾丸は当たり、バランスを崩してビルに衝突して墜落してしまう。
『ふん、愚か者め。所詮は元防衛省…。勝利よりも目前の木っ端を案ずるか』
吐き捨てて公安ビルへ向かう小田氏。
『くっ…!みんなゴメン!逃げて!』
機体の損傷は軽微、まだ動くはずだ。急がなければ、仲間は守れない。だが墜落の衝撃で頭がくらくらする。
一瞬システムダウンしたが、再起動させるとシステムは動き出す。
何の為に防衛省に入り、何の為に理想なき革命家へと身を移したのか。信念が変わった訳ではない。家族を、友人を守る為に進んできた道に後悔はない。大切な人達を守る為なら、自分の全てを捧げても良いと思っていた。だが、足りない。組織は権力に汚染され、革命の同志は小さく弱い。
敵を倒すことができない自分に腹が立つ。
涙で視界が揺らぐ所為か、めまいの為か、システム復旧手順が覚束無い。
黒い機体がその場から去ったことで安全と思ったのか、隠れていた一般車両が円の前に着地する。
(邪魔だ…!)
墜落して動かなくなった自分を助ける為か、エアドライブを降りてこちらに駆け寄る男が見える。
(逃げろ!ここは戦場だぞ!)
声が出ない。
速く戻らないと、と焦るが意識が遠くなる。
男がコックピット後部に寄り。ハッチの強制開放を試みる。
(無駄だ…。そのパスは使えない…)
防衛省のシステムから切り離す際、当然外からの強制開放パスワードは変更してある。
(私はまだやれる…。助けなんか…)
男はコックピットをノックするが、男の言葉は円を心配するようなものではなかった。
「円さん、代わってください」
エール駐屯地では避難民の受け入れを続けているが、その数が多すぎて駐屯地に収まりきっていない。しかし敵は駐屯地に近付こうともしない為、駐屯地敷地上空にエアドライブを積み上げるようにして避難民を保護している。
出来上がったエアドライブの柱を旋回しながら護衛に就くバトルフレームが数十機。地上には200機以上が命令されることもなく出撃準備を整えている。
着陸できない避難車両の飛行可能時間や怪我人の有無を確認していた望月上等兵は避難民からの攻撃的な声をぶつけられる。
何故防衛省は動かないのか。
至極当然の疑問であるが、答えは簡単だ。命令が出ない。しかしその事実を答えることもできない。国のトップと連絡が取れない状況、国家の頭と武力が切り離された状態を晒すことはできない。これは防衛機密に属する案件だ。
『すみません。協議中です』
望月はそう言って誤魔化し、忙しそうにして次のエアドライブに向かう事しかできない。
避難民のストレスが溜まっている。
この状況は長続きしないだろうと望月は思うが、ふと一色の顔が浮かぶ。
一色軍曹なら、西田准尉なら、円さんならどうしただろうか。
世話になったが、命令よりも感情や信念を優先する人たちは防衛省を去った。いや、西田准尉は謹慎中だったか…。
避難民からバトルフレームに乗るこちらの顔は見えない。
望月は唇を尖らせながらも職務を全うすることにした。
目が覚めて、全身の痛みに耐えながら立ち上がる舞杏。上の階では機械に乗った奴とほぼ機械になった奴が戦っている。
上がるのは危険か、しかしここに留まるのも危険だ。
地下1階の警備室。まだ生きている監視カメラが数台、内外の映像をここに届けている。
西側のビルでは集団の殿を務める屈強な男がライフルを撃ち続けている。
「課長は…みんなは無事なのか…?」
デバイスが壊れて可愛い部下とも連絡が取れない。
ふらふらと奥へ歩く。
武器保管室の鍵が開いている。
重たい扉を開く。
「空っぽやんけ」
普段そこで大人しくしている銃火器は全て持ち出されて奮闘しているようだ。
警備室に戻る。
殿はもういなくなっていた。
証拠品管理室の扉を背にして床に横座りで腰を下ろす。
タバコを咥えて火をつける。禁煙だが、まあ許してくれるだろうと笑う。
何しにここへ来たんだろう。
思えば今日、遅刻して、すれ違って、逃げ遅れて、機械類に蹴られて投げられてと散々じゃないか。
状況はおおよそ理解している。
テュラノスによる魔女討伐と政敵の排除だろう。
くちくし隊はただの捨て駒。偏った思想を持つのも大変だ。利用されて捨てられるのだから、哀れみの情さえ湧く。
防衛省は動いてないのだろう。それはそうだ、防衛省はテュラノスの駒だ。
そして理想なき革命家の参戦。何しに来た?真夏やみなみの救助か、事件を利用したプロパガンダか。
これだけの規模で仕掛けてくるとは、流石に対処しかねる。
「…しかし疑問だな…」
これだけ大規模な被害を容認するのであれば、何故今まで魔女のねぐらを攻撃しなかったのか。護衛は24時間付いていたが、バトルフレームを持ち出すなら簡単に寝込みを襲えただろうに。
「…いや、初手さえ凌げば逃げられると思ったのか…?」
まぁ、そんなことは今どうでもいい、と舞杏はタバコを吸う。
警備室に複数あるモニターの1つに1階ロビーの映像。
革命家が負ければ自分もここで終わりか。そう思うと何故か笑えた。
「ふふっ…。情けないなぁ」
こんな大事件に颯爽と活躍する自分を夢見ていた。
公安に就職したのも、憧れのヒーローを目指したからだ。
人々を守るヒーロー、人々に頼られるヒーローを。
現実の自分は、テロリスト同士の戦いを映すモニターにタバコの煙を吹きかけているだけの役立たず。
革命家が勝つことを期待するが、可能であれば共倒れしろと思った。
薄暗い地下室、モニターの光が嫌味な自分の顔を向かいのガラスに映した。
それを目にして、映った顔がニヤリと笑う。
「アハハハハッ」
浮かんだアイデアに大笑いした。
重たい腰を上げて、背にしていた扉を開くとその先にまた扉が並ぶ。六課専用のその扉のロックを解除して中へ。
目当ての物を持ち出して警備室に戻るとまだテロリストは戦っている。
外に人影は、飛び回る革命家の小型エアドライブくらいか。
(…やれる…。いや、たぶん…)
やるだけの価値はあると判断した。
役立たずの腹をくくり、タバコを捨てて踏みつける。
(……信じてるよ、真夏君)
警備室が明るい光に満たされた。
形勢逆転。1階ロビー、タングスが少しずつ削っていた敵のバトルフレームの横に、もう1機が並んだ。
『小田氏!助かった、どうもこいつはいかん!』
タングスのちまちました戦いに腹を立てているレイナ。
(ティナは負けたのか…。引際だな)
大きく息を吐いて退路を確認する。
機械の四肢は強力で、飛行制限されたこの狭い空間でならバトルフレームともやり合える。だが2機を同時に相手するには無理がある。相手がど素人なら話は変わるが、この相手はヤバい。正規の防衛省パイロットだった円を振り切ってきたのだ。つまり、プロと同等かそれ以上。頬に汗が流れる。一通りビル内を見て来たが、みなみも魔女も居なかった。もう、ここに用はない。見知った顔を地下に放り投げたのが心残りだが、命を懸けてやる義理もない。
『魔女はどうした?殺したのか?』
小田氏が問う。
『わからん、通信機がやられた。確認できていない』
レイナが答える。
『ふん、ならば雑魚一人放っておけ。ビルを破壊すれば潰れて死ぬ。今は外に出た奴等を追うのが正解だろう』
言ってレイナをガイドするように緩やかに後退する。
「雑魚と言いながら用心深い奴だ…」
3次元での戦闘になれば逃げるのも難しくなる。
(さらばだ公安六課の鷹司主任。お前にもっと可愛げがあれば、この心ももう少し痛んだろうが、残念だ)
タングスは西側に一部開いたシャッターを確認する。2機のバトルフレームとは別の方角だ。
ビルから飛び出し、自動操縦の小型エアドライブを呼びつけて飛び乗る。今ならまだ間に合うはずだ。
空で仲間と合流し、時を見て離脱する。
ビルはもう持たない。建物が悲鳴を上げている。それなのにまだ、上階からは銃声が聞こえてくる。外来精神体の傀儡となった哀れな者共が主人の命令を忠実に遂行しているのだ。
悲鳴が聞こえる。誰かが死んだのかもしれない。
咆哮が聞こえる。猛獣のような何かが激しく吼えている。
唸り声が聞こえる。公安はライオンでも飼育しているのか。
後ろから、硬い足音が聞こえる。それは階段の下から、ゆっくりと近づいてくる。同時に、唸り声も大きくなっている。
タングスは振り向く。地下に繋がる階段の方を。
「ガア゛ア゛ァ……ギャアアアーッ!!!」
怪人だった。
3メートルを超える巨躯。鋭い爪とくちばしを持ち、背中には大きな翼。鳥人型の怪人。
「な…んで…?」
タングスはその怪人と目が合った。
何故、公安に怪人が居るのか。疑問に思う。いや、それよりも、いったい誰が…。
タングスの口角が上がる。
ぽつりと声が漏れた。
「バカバカしい名案だ…!」
タングスは駆け出す。西側ではなく、2機のバトルフレームに向かって。
「アァァアアアーーーッ!!!」
猛獣が叫び、タングスを猛追する。
『怪人!?何故ッ!?』
レイナの動きは一瞬止まるが、小田氏は即座に銃撃する。
響き渡る銃声に怯むことなくタングスは走り、レイナの機体の股下を滑り抜ける。すると、鳥人型の怪人はタングスを追う邪魔になる機体を殴りつけた。次いで雄叫びを上げながら弾き飛ばす。
タングスに削られて不安定になっていたバトルフレームだが、それを弾く、かなり膂力のある怪人のようだ。
小田氏は同士討ちを気にすることなく撃ち続けたが、タングスにも怪人にも弾は当たらず、レイナが1発だけ被弾した。
『小田氏ッ!?』
『何者だ!?どこから湧いて出た?作戦にはなかったはずだが!?』
タングスはビルを飛び出し、小田氏と倒れたバトルフレームを意に介さない怪人も、追いかけて外へ。
怪人は優先して人間を襲う習性がある。
(さあ、ついて来い!)
小型のエアドライブを呼び寄せて飛び乗る。
甲高い駆動音を鳴らしてタングスを乗せたエアドライブが空を昇る。
鳥人型の怪人も、水を得た魚のように、翼を広げると空へ舞った。
「ギャァァアアアッ!!!」
その咆哮と異常に周囲は気付く。
怪人の針路に居たくちくし隊のバトルフレームは、怯えて道を譲る。
動けないレイナを置いてビルを出た小田氏は舌を打つ。
『…魔女の死亡確認もできていないというのに、怪人狩りか…』
覆面パトカーの屋根に正座する真夏は獣の叫びを聞いた。
何だろう、と後ろを振り向く。
覆面パトカーはゆっくりと、バトルフレームの分布図を確認しながら安全なルートを進んでいた。
既に公安ビルから数キロ程離れていた。
パトカーの乗車人数に余裕はあったが、双連と森永議員、秘書2人が乗っているところに長い杖をもって乗り込むのを躊躇った真夏は屋根で正座していたが、だからこそその叫びにいち早く気付くことができた。
「なんでしょう…?」
《………にゃふっ!鳥怪人にゃ!》
むぅ、っと公安ビルを睨むように目を細めたスカーレットが叫んだ。
「か、怪人!?…さ、ささ…西園寺さん!怪人です!」
『はぁ!?怪人!?なんでまた!こんな時に!?』
何故このタイミングで怪人が出たのか。それも公安ビルの直上で。誰が誰を、何の為に。
違う、重要なのは怪人が出現した事実だけ。
「おじ様!!!」
ルームミラー越しにおじ様と目が合う双連。
覆面パトカーは180度回転して向きを変える。
「わかってる!どこの誰かはわからないけど、悪くない!」
森永はデバイスで連絡する。
状況を端的に伝える。
「…そうだ…緊急事態だ!怪人発生!防衛省に出動要請を!!」
(今、もしかして怪人が飛んでった…?)
鹵獲した機体で公安ビルまで辿り着いた一色。
真っ黒なバトルフレームがビルから出てきて、飛んで行ったものを見上げている。
(円さんと戦ってた奴か…)
頭をぐるりと回して両手足に力を入れる。
相手もこちらに気付いた。
同時に横方向に動き出て銃撃。
『死にぞこないが、大人しくしていれば死なずに…!?』
(…!?死にぞこないが撃ったのは3発…。なのに、3発全て被弾した…!?)
小田氏は機体に衝撃を感じた。
距離があった為、どうということのない被弾だが。
一色は高く跳び、近くのくちくし隊に襲い掛かる。
『チッ!無視するか!怪人も死にぞこないも、瞬殺してくれるわ!』
追って跳ぶ小田氏。しかし一色はくちくし隊を瞬殺すると、それを盾にするように小田氏に向かう。
互いに銃撃。
接近する。
一色は盾を小田氏に向かって投げつけ、その陰に隠れるようにして接近し、すれ違いざまに数発ぶつける。
『ぐッ…!』
衝撃に耐え、追撃を試みる小田氏から回避行動をとりながらビルの隙間を縫うように飛び、発見したくちくし隊に銃弾を浴びせて堕とす。小田氏は追うが、その攻撃はひらひらと躱されて当たらない。狭い路地、また1機のバトルフレーム。急降下して踏みつけるように地に叩きつける。そのバトルフレームは墜落すると、地上に駐車してあった小型の乗り物に衝突し、爆炎を上げた。今時珍しい、内燃機関を有する車両だった。
一色は小田氏を引き付けながらくちくし隊を駆逐していく。
一方、タングスは鳥型の怪人を引き連れてくちくし隊に接近し、怪人を利用してくちくし隊を堕としている。低レベルの相手なら、怪人はバトルフレームを圧倒したが、そこそこの相手には苦戦しているようだった。その場合タングスは怪人を補助してバトルフレームに対する攻撃を行う。大したダメージを与えられるものではないが、そこそこの相手を混乱させるには十分だった。
しかし、囲まれた。
3機に狙われて苦戦する。怪人はおろか、自分の身が危ない。相手の練度は、そこそこか。もう一手欲しいところだが、残る仲間も手一杯。仲間が下手に近付けば、怪人はそちらに標的を変える可能性もある。思案するタングスだったが、怪人が吼えた。
「アァァアアアーーーッッ!!!」
瞬間、周辺一帯からおびただしい数の鳥類が集結し、怪人の周りを高速で飛び回り始める。
「こいつ!同類を支配するタイプだったか!」
焦るタングス。くちくし隊もこれに戸惑うが、一番困惑したのはタングスだった。四肢は機械だが、生身の身体でこれらを相手することにてこずる。だが、くちくし隊にも効果は覿面で1機、また1機と怪人に屠られる。自分がそうならないように必死で回避するが、タングスから笑みがこぼれる。
「なかなかこいつは、楽しいゲームじゃないか!」
上空で黒い塊ができつつある。
一色はそれを見上げる。
(怪人をコントロールしてくちくし隊と戦ってるのか…。革命家の主要人物もなかなかやるな)
のらりくらりと黒いバトルフレームからの攻撃を躱してくちくし隊を倒し続ける一色。本人は久しぶりの実戦で慣らしのつもりだったが、周囲のくちくし隊はその姿に畏怖の念を抱く。
『一色!!!蒼龍ーッ!!!!』
興奮した小田氏が叫ぶ。
「あれ?…バレた?」
『オマエを!オマエを倒して!この俺が最強となる!!』
銃撃、相手の針路を制限し、先回り。近接武器の刃を振りぬく小田氏。
しかし、小田氏を振り向くことなくその刃を躱す。
『!!?』
防衛省の元エース、一色蒼龍には高い操縦技術がある。ただし、それは他のパイロットと比べて飛び抜けているというものではない。
一色が若くして防衛省のエースとなった要因はふたつ。
ひとつは、バトルフレームの挙動設定だ。バトルフレームはパイロット個人に合わせた挙動の設定ができる。これは操作を入力して、それを機械がどのタイミング、どれだけの速度でそれを実行するかというもの。つまり、アクセルやブレーキの遊びの設定である。一色はこの挙動設定をタイミングゼロ、対応速度MAXに設定している。こんな設定にしているのは一色くらいしか居ない。
「ぐッ、ぐぎぎ」
と、操作するたびに強烈な慣性力がパイロットを襲うからだ。
一色はこの慣性力を全て受け入れ、バトルフレームを最速で動かせるようにしている。
すなわち、ひとつ目の要因は我慢である。
ふたつ、学生時代のロボット競技時代に編み出した一色独自の技術。それはドローンを上空に飛ばし、自機を三人称視点で見ること。厳密に言うと、自機に取り付けられた一人称の視点と同時にドローンから送られる三人称視点を同時に処理すること。一色蒼龍に死角はない。競技では後にチートと揶揄されることもあったが、真似した選手の誰もが同等の成績を残すことはなかった。それは防衛省でも同じことで、一色を真似た戦術は流行らなかったが、一色にはそれができるのだ。バトルフレームに情報収集用のドローンを搭載することは多いが、直接戦闘に使う者は居ない。一色が乗るバトルフレームにはこの戦術に特化したドローンが搭載してあった。円が持ち出した機体は一色小隊に所属していたからである。
これらふたつの要因が、その他優良なパイロットと一色の差を明確にした。
『一色ッ!!!』
慣らしを終えた一色は黒いバトルフレームと向き合い、瞬殺する。
『蒼龍ーーーッ!!!』
爆炎が天を衝く。
『…叫ばなくても、聞こえているよ』
一蹴して飛び、次の獲物に一色は向かった。
『ネコちゃん、鳥怪人は攻撃しちゃダメだからね!』
公安ビルに戻る覆面パトカーから指示を出す双連。
《にゃす!あれは最後にぶん殴るにゃ!》
「怪人さんは私が元に戻しますから、攻撃しなくていいですよ」
パトカーから飛び立つ真夏。透明化して空に紛れる。
(もとより勝機など万に一つもなかった…。実体が無く、人間を乗っ取る相手に勝ち目などない…)
森永は静かに外の戦況を見守る。
(万に一つ、幸谷さんを失えば、また一からやり直しだな…。でも…。でもねぇ、勝てる戦場。ここで勝てば、テュラノスへの勝も一歩近づく…)
双連が作った分布図に動きがある。
「おじ様、やりました」
嬉しそうに笑う双連。
「あぁ、そうだね」
それを見て森永も微笑んだ。
『真夏ちゃん、防衛省が動くよ』
「はっ、はい!お邪魔にならないように頑張ります!」
『うん、油断しないでね。透明化は解除しちゃダメ。真夏ちゃんは怪人の近くでネコちゃんと怪人を守ってあげて』
「はい!…。あ、あのぅ…。それって、怪人を撃とうとする防衛省と戦うってことですか…?」
元気に返事して、不安になる真夏。しかし双連は笑う。
『ふふっ、大丈夫。たぶん、このタイミングで真っ先に出てくる防衛省のバトルフレームは、怪人を簡単に見つけられる人達じゃないよ』
怪人警報に大義名分を得たパイロットたちは詳細も聞かずに飛び出した。
誰が言ったのか、怪人の出現が知らされ、出動だと言った。正規の命令だったかは怪しいが、指をくわえて待っていたパイロットたちはその声に沸き立ち、我先にと飛び出した。
怪人は何処に?
知らん、探せ。
怪人は何体?
知らん、出せるだけ出せ。
通信が乱れ、指揮系統が混乱する。
バトルフレームの出撃に上層部の意思はなかった。
思い思いの方向に飛び、怪人討伐の邪魔、になるであろう所属不明のバトルフレームを行動不能にして堕とす。
避難民を護衛していた望月は飛び出した彼らを羨ましく思った。
上官が近付く。
『ここを空けることはできない。半数は護衛に残れ』
そう言い残して飛び去った。
護衛を務めていた数十機のバトルフレームが互いに協議を始める。が、望月はその協議に参加することなく上官を追って飛び出した。
地上でも戦況がひっくり返ったのを感じた。
公安の捜査員達は複数のグループに分散してビルの合間を駆けた。息を整える為に壁に背をつけて立ち止まる。
追ってくる敵の数が減っている。その上、怪人警報まで鳴り出した。
「ゆきー!」
捜査員に手を引かれるみなみが空を指差して叫ぶ。その方向には高速で移動する一台の小型エアドライブ、それを追う鳥型の怪人。更にそれを追いかけるように跳ぶ巨大な猫。そして防衛省とは色違いだが防衛省タイプのバトルフレーム。
息を切らして地面に片膝をついた卓志が言う。
「スカーレット…?まだ逃げてなかったのか」
「戻ってきた…。いや、森永議員が戻したのかもしれない」
「戻したって…」
「勝機があるってことさ」
卓志の倍の年齢である清水は呼吸を既に整えている。
『か、課長さん!戻ってください、その先には敵がいます!』
「幸谷さん、君まで戻ってきたのか」
言ってすぐに気付く。スカーレットが居るのだから当然か。しかしその姿は見えない。サポートに徹するのであれば安全と森永議員も思ったのだろう。見えない真夏の指示に従って移動する。
空の追いかけっこ。タングスが先頭で敵に突っ込み、怪人をそれにぶつける。敵が複数の場合は、次いでスカーレットが敵機にぶつかる。後ろから一色が獣たちをサポート攻撃していた。
「やっぱり、ティナじゃないな、お前」
『あはは…。革命家の、次は右下だ』
「指示するな。左の3機だ」
『いや、右下だ。人が居る、助けないと』
タングスは舌打ちして一色の指示に針路を変更した。
くちくし隊の数を次々と減らしていく。
公安ビルから這うように出て逃げるレイナのバトルフレーム。追いかけっこする集団が見えた。機体を捨てて走った方が速いが、そうしないのには理由がある。
道路を横断してビルを1つ過ぎると小田氏の破壊されたバトルフレームが見えた。
《…一色蒼龍ーーーーッ!!》
怒りに満ちた小田氏の声が聞こえた。
「小田氏!やられたのか!?」
レイナのバトルフレームは通信機能が破壊されている。
「小田氏!ダメだ、そこからは出るな!まだ魔女の死亡は確認されていない!」
《誰でもいい!俺に機体を寄越せッ!!!》
小田氏の黒い機体から通常の煙とは違う、煙のようなものが飛び出す。
《俺に!バトルフレームをーーー》
その煙のようなものに巨大な光が突き刺さる。
魔力砲。
「おっ小田氏ィーーーッ!!」
光が消えると、煙のようなものも消えてしまう。
(な、なんかそれっぽいものが見えたので撃っちゃいました…)
滞空している真夏の目がほんのり赤くなっている。
(黒い機体から出てきましたね…)
思考を巡らせる真夏。
(…もう1機、黒いのが居ます)
杖をレイナに向ける。
(バトルフレームの中までは届かないかもしれない。でも…)
「一応、やっちゃいますか」
一応、やっちゃう。
魔力砲は黒い機体を吹飛ばした。
「ギャーーーッス!」
しかし、魔力砲はコックピットまで届かない。特殊な黒のコーティングは魔力を通さない素材だった。反発するその素材は魔力砲からレイナを守ったが、機体は必要以上に弾かれて遠くまで転がっていった。
防衛省が動き出してから20分も経たずにくちくし隊の布陣は崩壊した。最終的に2000機を超えるバトルフレームが集まったが、やはり殆どのパイロットは素人であった。半分程は既に行動不能になり、更に半分程は持ち場を捨てて逃げ出した。エール駐屯地から全方位に、怪人を捜索、捕縛するために、という名目で飛び立った防衛省と、遠方からエールの窮地に駆け付けた警察機動隊が首都を囲むくちくし隊を挟み込むかたちで一斉に討伐していった。
『そろそろいいんじゃないでしょうか?』
公安ビル周辺にくちくし隊の機影はない。
暇だった双連は自作の分布図に手を加え、敵味方の識別ができるものにバージョンアップさせたものを防衛省と警察機動隊に送り付けていた。それが功を奏し、一色が乗るバトルフレームは防衛省に銃を向けられることもあったが撃たれることはなく、くちくし隊とだけ戦うことができた。
「そろそろ…?…ですか?」
真夏が聞く。
『うん、もう怪人の役目は終わりかな。主任を解放してあげよう』
後部座席のおじ様に許可を取るように目線を合わせて双連は言った。
「へっ?…主任…!?あ、あれって、鷹司さんなんですか!?」
『監視カメラを確認したから間違いないね。バカみたいな行動だけど、助かったよ。怪人化ライト(仮)の検証もできて一石二鳥だ』
「そっ、そうなんですか…。わかりました。魔力砲で元に戻します!」
真夏は頷き、その言葉に双連も頷いた。
『一色さん、ですよね。それ(鳥型怪人)ウチの主任なんで、そろそろ解放しようと思います。協力をお願いします』
『えっ!マジか…。イカれた人だと思っていたけど、やっぱりすごいな』
『この会話は録音されています』
『いっ!いい意味でね!いい意味でイカれて…クレイジーな人ってことで…。…了解、鳥の群れから引き剥がして上空に孤立させます』
ふぅ、とため息をついて了解する一色。
鷹司怪人は戦闘に疲弊したようで、ビル屋上の縁に止まり多数の鳥類が作る球体の中で休息している。
いつの間にか、革命家の姿はなくなっていた。
『多少手荒になっても文句言わないようにお願いします』
念のために釘をさす一色。
『いいですよ。日頃の恨みを込めて多少手荒にしてください』
『…これって、録音されてるんだよね…?』
『聞かせるとは言ってません』
ふっ、と笑って球体に突撃して怪人鷹司を押し出して上空に放り投げる。
『魔女!任せた!』
「はい!」
空間から突然姿を現した真夏が杖を鷹司に向けて光を放つ。
光が晴れると怪人の姿は失われ、そこには変人鷹司だけが残った。
落下する舞杏を受け止めようとする真夏の前に一色が出る。
『いいよ、俺が受ける。幸谷はまた透明になってな』
まだ敵がどこかに居るかもしれない。真夏の安全を考慮した発言だったが、真夏はあわあわと狼狽えて両手で顔を隠す。
バトルフレームの両腕に抱かれる舞杏。
衣服の大部分は破れ、素肌が露出している。
「…い、一色さん…。…えっちです…」
一色は固まり、姿を見せない何者かがその始終を記録するようにパシャパシャと写真を撮っていた。




