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#30 廃工場のお姫様



 首都エール、ブラックアイズの旧工業地帯で再開発が進むエリア。

 工場の老朽化に伴い、移転した企業の広大な敷地の端にひっそりと六課の覆面パトカーが降り立つ。

 工場の半分程が既に取り壊されており、残る建物の周りにも多くの重機が配置されているが、やがて19時を迎えるこの時間には作業員の一人も残ってはいなかった。

 日が沈み、離れたビル群が煌めく一方で都心に黒い陰をつくる再開発エリア。パトカーさえライトを点けず、テュラノスからの発見を警戒して闇に紛れている。

「支援は任せてください」

 双連が親指を立てながらそう言い残して飛び立つと工場の敷地は静寂に包まれる。

 薄い雲越しの僅かな月明かりを頼りに、指定された場所をデバイスに表示して杖を片手に慎重に進む。

 工場の入り口は施錠されておらず、辺りに錆びついた金属の軋む音を響かせながらも簡単に開くことができた。

 屋外とは違った冷えた空気にローブのフードを深く被り直す。

 誰も居ない廃工場。ちょっとした肝試し気分を味わいつつ奥へ進んで行くと月明かりも届かなくなり、ポケットから取り出したこけさんのライト機能を使って足元を照らす。

「こ、こんにちは~。呼ばれてきましたぁ、幸谷真夏ですぅ~。課長さん、どこですかぁ~?」

 呼びかけてみるが返事はない。

 そのままゆっくり進んで行くと、大きな扉の上に組立ラインと書かれた場所まで辿り着く。

 清水が指定した場所はこの扉の向こう。中の様子を窺おうと扉に耳を当てるが何も聞こえず、人の気配もない。

「か、課長さぁ~ん?」

 大きな扉を両手で押し開けて中に入る。

 真っ暗な組立ライン。こけさんライトを使って中を調べる。

 工場の中でも一番の広さを誇る組み立てライン。天井も高く、屋内スポーツができそうな広さにこけさんのライトでは反対側の壁までは明るく照らすことができない。大きな古い機械が複数残されており、自律型工業用ロボットまで複数体放置されていた。

 組立ラインの中央まで来た時に突然、バッと工場内の照明が点けられた。

 工業用大光量の照明に一瞬目が眩む。

(電気がきてる?調べた時にはもう建物の電源は切り離されていたはず)

 続いてバタンと大きな音を立てて、入ってきた扉が閉ざされた。

(さて、何を仕掛けてくるのかな…?)

 目が慣れてきて状況を把握する。

 雑に放置されていた自律型工業用ロボットが動き出し、それらは機械の陰や物入れ等から縛られて意識の無い人達を引っ張り出し、掴み上げて動き回る。

「……悪趣味だな…」

 機械操作室と書かれた部屋から、パンパンパンと硬い拍手を鳴らして男が出てくる。

(米平…?わざわざ出てくるとは…)

「幸谷真夏…!まず初めにその杖を捨ててもらおうか」

 米平が登場した後もロボット達は工場内をぐるぐると動き回る。

(……16人…。全員、六課の捜査員か…。首に付けられているのはなんだ?)

 動き回るロボットと捕まっている人間を確認すると皆首にチョーカーのような物を取り付けられていた。

 米平はナイフを取り出し卑しい笑みを浮かべ、一定の距離を保ったまま工場内をゆっくりと歩き出す。

「下手に撃とうとするなよ?コイツ等の首に付けた特殊合金は魔力に対して強い反発を起こす…。魔力は人体を素通りするが、この合金は魔力と反発して吹っ飛んで行くからな」

 一台のロボットを止めて捕まっている女性捜査員の首をナイフで撫でる米平。

「すると、どうなるか分かるか?」

 女性捜査員の首元を舐める。

「…はぁ…。…ハハハッ、吹っ飛ぶぞぉ、首が!魔力砲に巻き込まれれば、コイツ等を殺すのはお前だ、幸谷真夏!」

(…つまり、魔力砲を封じる為だけに、こんな込み入った場面を用意したのか…)

 不快感を示しながらも大人しく杖を放り投げる。

「ふふふふ、まずはお前だ、幸谷真夏!恐いのはお前だけ!お前さえ居なければ!この世界は俺達の思うまま…。この手でお前を殺して、俺はまた支配する側に上る!」

 女性捜査員を人質にしてじりじりと距離を詰めてくる米平。

「どうせ殺すんだろう?」

「…何…?」

「考えは大体分かったよ。理想なき革命家のアジトをタレコミしたのもお前等、自作自演だな。六課の捜査員を分散させ、盾に使った16人は全員殺して革命家の所為にでもするつもりなんだろう?」

「…は?」

 米平が接近したところでローブを剥ぎ取った舞杏は女性捜査員の顔面すぐ横に正拳を突き立てる。

「ふごっ!!?」

 かろうじて身を捻り攻撃を躱す米平。舞杏の正拳が頬をかすった女性捜査員の意識が薄くだが戻る。

「魔女だと思った?残念でした!鷹司の舞杏でしたー!」

 銃を取り出し米平に向けて発砲する舞杏。弾丸はナイフに当たって弾き飛ばした。

「ちょっ!このっ!!」

 後方に飛び、距離を取ると米平との間に六課の捜査員を掴んで動き回る自律型工業用ロボットが入る。

「鷹司家の!?何故お前が!!?」

「バカちんか!魔女が1人で来るわけないだろ、こんな見え透いた罠ゴキブリもホイホイされんわ!」

 舞杏は躊躇なく銃弾を撃ち放つ。

「ッ!?」

 米平は体勢を立て直して工場内を素早く逃げ回が、銃撃音は鳴り続ける。

「お前!仲間のことをどうとも思わないのか!?」

 撃ち尽くしてもすぐにリロードして、カサカサと逃げ回るゴキブリを軽蔑するような目で銃口を向ける。

 魔力砲の盾として用意された人質達は銃弾を通すには十分な隙間を作っていた。

「仲間には当たらんよ。凄腕だぜ、私は!」

(…たぶん)

 誰にも止められることなく、思う存分発砲する舞杏。興奮し、最高潮の気分で撃ちまくる。

「ヒャッハー!」

「こ、こいつ、狂ってやがる…!」

 物陰に身を潜ませ荒い息を整える米平。

「なぁ…米ちゃん。私はお前のこと嫌いじゃなかったよ…」

「…米ちゃん…?」

 舞杏はタングスから奪い取った戦利品のゴーグルを起動させる。

「討論番組で唾を飛ばしながらパッションだけで乗り切ろうとする姿…。論理的な相手に即論破されてもなお幼稚な暴言で食い下がる姿は滑稽で笑えたよ」

「…貴様…。役立たずの公安六課、もう少し探りを入れておくべきだったか…。だがもう遅い…」

 米平の表情に怒りが満ちる。

「鷹司ーーーッ!!お前もここで殺してやる!!!」

 物陰から飛び出した米平は常軌を逸した速度で舞杏に迫る。

「なっ!?」

 突進してくる米平に撃てたのは一発だけ、右肩に当たりはしたものの怯むことなくその右腕を大きく振りかぶって舞杏にぶつける。

 腕を交差させてガードしたが、強い衝撃に飛ばされる舞杏は拳銃を手放してしまう。

(なんだ!?この重さ…!)

「ふふふふふ…。ふふふはははっ!知っているぞ鷹司、鷹司舞杏!お前は、お前はこれに手も足も出なかったんだよなぁ!!?」

 米平が自身の上着を剥ぎ取り、その両腕に見せたのは舞杏もよく知っているものだった。

「軍用義肢!?」

 タングスから押収した軍用の義肢。

「新型の、それも違法に改造された規格外品…。ふははははっ!出しゃばったことを後悔しながら死ねぇっ!!!」

 飛び上がり、米平は腕を振り下ろす。転がり躱す舞杏のすぐ横に落とされた金属の拳は硬いコンクリートの床を破砕した。

「まさか、それを取り付けるために手足を切断したのか…?」

 米平は人の域を超えた機械の関節可動にご満悦の様子。

「人間と機械の融合、なかなか面白い発想だ。暗部全員に装備させればより良い働きをしてくれるだろうな…ふふふふふ…」

(人間を乗っ取るテュラノスにしてみれば、四肢の切断なんて爪を切る程度のことなのかもしれない)

「手足を切断するなんて、相当痛かっただろうに…」

 会話の隙に体勢を立て直す舞杏。

「ふっ、関係無い…。そのような不快な感覚を自分で受ける必要はない…」

「…?」

「身体は痛みに悲鳴を上げ、泣き叫んでいたけどな!それを受けるのはお前等人間だけでいいんだよ!!ふははははっ!!!」

 不敵に高笑いをする米平に嫌悪感を抱く舞杏。公安の取調室で堀田ラインが、最高裁判所で米俵隆米が豹変し、子供のように泣きじゃくる姿を思い出した。

「…下衆が…!」

 舞杏は拳銃を諦めて拳を握りしめると米平に突進して顔面を狙う。

「うをぉおおーい!」

 すんでのところで機械の腕に阻まれる。

 へらへらした態度で舞杏をあざ笑う米平。

「さっすが強化人間、イイパンチだが、高が知れる。所詮は人の身体、ハイブリッドの俺には手も足も出まい!さぁ、お楽しみの時間だ。お前も、魔女も、嬲り殺しにしてやるよぉ!」

 米平はアクションスターを真似た大げさな構えで舞杏と正対する。

「お前に殺されてやるつもりはない。真夏君も殺させない。…人の痛みも分からないような奴等に、人の上に立つ資格はない…。お前等全員、この世界から駆除してやる!」

 コンパクトに、実践的な構えの舞杏。無駄のない動きで連続した足技を繰り出す。

 対タングス用に常に装備していた金属補強靴が米平の義肢とぶつかり合う。

「うっ…くっ…!」

 足技に気を取られる米平の隙を突いて拳と肘も攻撃に加える。

 舞杏の猛攻に遅れを取る米平の表情に余裕が失われる。

「ツッ!」

 1歩2歩3歩と舞杏が押し込んでいき、ついに米平の顔面に拳が届いた。

「ヘバッ!?」

 情けない声を上げて米平は上半身から倒れようとするが、機械の足は異様な形で使用者が転倒するのを防いで踏ん張る。

「うぅっ…!…くぅぅうぅ!」

 痛みに悶えながら体勢を持ち直そうとする米平は鼻血を流している。

「セイッ!!」

 猛進する舞杏の追撃、右の拳が鳩尾(みぞおち)を強襲する。

「ーーーッ!!」

 声にならない悲鳴と共に吐き出される空気。

 機械の足は後方にダダッと下がって倒れまいとバランスを取り続ける。

「チェストォーーーッ!!!」

 更なる猛追のドロップキックにとうとう耐え切れず転倒して地面を転がる米平。

「グヘェ……」

 米平は壁に激突して嘔吐する。

「…ッ…。…ハァ……ハァ…」

 息が荒い米平。舞杏はまだまだ準備運動だと言わんばかりに首を回し、指を鳴らしながらゆっくりと米平に近づいていく。

「…く、くそぅ…!な、何故だ…!?俺はハイブリッド、ドーピング程度凌駕しているはず…!」

 ふらふらと立ち上がる米平。

「簡単な話、米ちゃんが弱いだけだ」

「よ、弱い、だと?…革命家に手も足も出なかったお前が、俺を弱者呼ばわりするのか…」

 舞杏を睨みつける米平。

「…お前には信念も、覚悟もない…」

(…アイツとは大違いだ…)

 米平を見る舞杏の視線は蔑んでいる。

「…ふ、ふざけるな…。俺は…」

「弱者を踏み躙ろうとするお前と、強者に立ち向かうアイツとでは格が違うんだよ」

 米平の言葉を遮る舞杏が拳を構える。

「歯を食いしばれよ、米ちゃん!」

「はふっ…!」

 舞杏の迫力に圧された米平は壁を背にして縮こまるとデバイスを取り出して操作する。

「ふっ、ふふ…はははっ…!もういい!お前の相手はロボットだ!」

 デバイスの操作は自律型工業用ロボットを操るためのもので、米平は鼻血を流しながら卑しく勝ち誇った顔をする。

「…小者が…」

 握り込んだ拳が緩む。

 人質を抱えて動き回っていたロボットが一斉に停止した。

「どちらが小者か!はっきりさせてやる!!用意周到!勝てば官軍!!俺はこの世界の支配者だ!!!」

 唾をまき散らしながら叫ぶ米平。

 一瞬の間。

 停止したままの自律型工業用ロボットに、米平の視線はデバイスとロボットの間を何度も行き来する。

「…あ…あれ……?」

『……殴らないんですか、主任?』

 舞杏の耳元にだけ双連の声が届く。

(…憐れなんだよなぁ…。こんな奴殴ったところで、痛みは感じてるんだろうけどさ、それを背負うのはボコボコにされる身体の持ち主もなんだろうし…)

 大きく息を吐く舞杏。

「米ちゃん、ロボットはもうこっちの管理下にある」

『旧式の自立型ロボ、プログラムの割り込みに時間がかかりましたけどね』

「…はぁ…?」

 ポカンと口を開く米平。

(捕まった16人の中に課長は居ない。まだ何か仕掛けはあるんだろう…)

「大人しく投降しなさい。投降すればこれ以上キミを傷つけることはない」

「…だっ、誰が投降なんか…!?」

 その言葉を待っていたかのように、米平を見下す舞杏の表情は狂気を帯び、拳を振り上げる。

「ひぇーーーッ!!」

 殴られるよりも早く、米平の身体が地面に倒れ、煙のようなものが身体から抜けていく。

(…鷹司家の…。乗っ取って血祭りに上げてやる…!)

 人体から抜け出したテュラノスは舞杏を見下すが、舞杏はその煙に焦点を合わせて中指を立てる。

 本来、人の目には映ることのないその煙はゴーグルに捉えられて舞杏に姿を晒しているのだ。

(!?)

「真夏君ッ!!!」

 舞杏の声に自律型工業用ロボットは身を低くして捕まえている捜査員を地面に伏せさせる。

(魔女!!?)

 煙となった米平は一目散に逃げる。

「西園寺君、私は追うよ。ここは任せてもいいね?」

『はい、福田さんも目を覚ましてますし、何とかなります』

 捕まっていた女性捜査員が弱々しくも動き出そうとしている。

「福っち!?大丈夫かい?」

 福田に駆け寄り猿ぐつわを取り外す舞杏。

「…鷹司、主任…。…流石だな…。全部計算通りか…」

 拘束を解き座らせる。

「うん?そうだね。真夏君に変装してテュラノスの動向を探る。完璧な作戦だが、まだ終わっていない」

「ふふっ…。仲間が捕まってる状況で嬉しそうに銃を乱射する姿は迫真の演技だったよ…」

 舞杏の行動を思い出す福田。

『…え?』

「うん?…あぁ…。うん…。…え?」

「……最初から接近戦に持ち込むために狙いを外して撃ってたんだろ…?」

『…え?』

「…え?…う、うん…そだよぉ…」

「……。もう!いいよ!お前は早く追えよ!!」

 勢いよくかるたを取るかのように床をバンと叩いて舞杏を追い払う福田。

「ひぃん!」

 飛び上がり、米平テュラノスが逃げた方向に向かって一直線、窓を突き破って舞杏は走り出した。

 工場に入った時とは違い、こけさんライトであちこち照らしながら猛スピードで駆ける。

 警戒は怠らず、物陰にも目を光らせる。

「こけさん、生体センサーONにしてくれ。まだ人質が居るかもしれない」

「イエス、サブマスター。省エネモードを解除、各種センサーを起動します」

 こけさんのセンサーが周囲を探る。

 廊下の突き当り、左右に道が分かれる。

「サブマスター、右方向に人が居ます」

「了解」

 右方向に進むと階段があり、そこに人影が現れる。

「…鷹司…?」

 こけさんに光を当てられて眩しそうに舞杏を見る清水。

「…課長…?」

「あぁ、やはり鷹司か。お前も来てたのか」

 笑顔で近づいてくる清水。

「ふふっ。…Liar? not liar?」

 舞杏はわざとらしく悩む。

「ん~…。You're a liar!私は!”鷹司主任”だろ!」

 舞杏が狂気じみた笑顔で駆け出すと悲鳴を上げて来た道を戻り階段を駆け上る清水。

「リベレッちゃうぞぉ~!」

 追いかけっこを楽しむ舞杏。

 清水は工場内を逃げ回り、屋上へと飛び出す。

 雲が晴れて月明かりが屋上を照らしている。

 屋上の端には一台の小型エアドライブが隠してあった。

 清水は駆け寄り起動させようとするが、焦る清水は小型エアドライブに跨る際に誤って転んでしまう。

「くっ、くそぅ!」

 焦る清水と対照的に、舞杏はゆっくりとした動作だ。

 自分の手を銃の形にして清水に向ける。

「米ちゃん…。キミ達にとっての消滅は、生物にとっての死と同義なのかな?」

 違和感を感じた清水が空を見上げると、そこには透明化をゆっくりと解除する真夏の姿。

「や、やめてくれ…。な、なんでも欲しいものをくれてやるから…。頼む、見逃してくれぇ…!」

 杖を構える真夏にびくびくと大きく肩を震わせる清水。

「そっちこそ、やめてくれよ。そんな顔で命乞いなんて、柄にもない…」

 舞杏が指鉄砲を撃つ振りをすると、空の真夏が光の柱を清水に突き立てる。

「ーーーーーッ!!!」

 魔力砲に包まれる清水。足場となる工場の屋上まで巻き込まれる。

 光が消えてすぐ、荒く損傷した足場に意識の無い清水はふらつき、屋上から転落してしまう。

 しかし、素早く落下点に先回りした舞杏は落ちてくる清水を難なく抱留める。

 清水の無事を確認し、空の真夏へ片目を閉じて合図を送ると、真夏はまた透明化魔法を使って姿を隠す。

「…まったく…。空から降ってくるのは女の子って相場が決まってるのに、初老のオジサンが降ってくるなんてね…」

 舞杏は苦笑しながら、意識の無い初老のオジサンをお姫様抱っこして他の捜査員が居る組立ラインへと向かった。

 上空の真夏は舞杏の姿が建物に入るまで見送ると周囲の警戒を強める。

《課長を撃たせたのは舞にゃんの私怨かにゃ?》

 真夏の肩にしがみつくスカーレット。

「えぇ…さすがにそれは…。挙動不審でしたし、鷹司さんの合図で撃つ段取りでしたし、乗っ取られていたと思いますよ、課長さん」

《ふ~ん。でも気を付けるにゃ。魔力に反発する特殊合金は存在するのにゃ。ご主人が工場に入ってたらヤバかったかもしれないにゃん》

 工場内の情報をこけさん経由で仕入れていた真夏は考える。

(魔力と反発する物質。…魔力砲を使う相手が持ってるだけでも危険ですね…)

「ふ、普通の金属は大丈夫なんですか?装飾品とか、硬貨やデバイスなんかは色々な金属が使われてますよね?」

《モノによるにゃ。反射、吸収、変質。物質によっていろんにゃ反応があるのにゃ》

「へぇ~…そう言われると複雑な人の身体を通り抜けるのが不思議ですね…」

《にゃ?生物はみんな魔力を持ってるのにゃ。スポンジにゃスポンジ。濡れたスポンジに水をかけると中の水が入替るってやつにゃ》

「あ、あぁ…。…うん?」

 納得がいくような、何か引っかかるような真夏。

(…鷹司さん、課長さんが特殊合金を付けてないのはちゃんと確認してくれたんですよね…)



 旧工業地帯を見渡せる商業ビルの駐車場では複数の男女が焦りの色を見せていた。

「堀さん…。今のって、やっぱり…」

 駐車場の一画に3台のエアドライブを並べて陣地をつくり、旧工業地帯を観測していた堀レイナは事の顛末を覚る。

「…米さんが…死んだ…」

 口を開けて呆然とするレイナ。集団の中心核の言葉にグループの空気は重くなる。

「こ、これから…どうする…?」

 大柄の男の問いに頭を抱えて舌打ちをする。

「…。俺達は失敗した訳じゃない…。あくまでもこれは、米さんが手柄を独占するために単独でやった結果…。俺達は命令されたことをやっただけ…」

 レイナはため息をついて続ける。

「…撤収だ。急げよ」

 集団に指示を出し、見られないようにほくそ笑む。

(しかしこれはチャンス、か…?米さんが空けた席に俺が…。いや、欲を出すのは危険か。米さんも欲を出した結果がこれだしな…)

 レイナは周りの大人たちを小突いて撤収を急がせると、自分は何もせずにエアドライブに乗り込んだ。



 理想なき革命家のアジトでは機械技師の男とタングスを含めた実働部隊が検討会をしている。

「外来精神体の視距離は十分…だが、結果的に特殊銃は全ボツかぁ…」

 落ち込む機械技師。

 作戦を記録した映像を確認している時に1人の男が気付いて声を上げる。

「そこ!…少し、削ってません?」

「うん?…これは、タングスが最後に撃ったものか…」

 映像を前後させて入念に確認する。

「確かに、言われてみれば削ってるのか?これは…」

 タングスも身を乗り出して映像を注視する。

「Bタイプの銃、人体に居る時にはなんのダメージもなさそうだったけどな」

「外来精神体の本体には効くとすれば、出力の問題か?」

「タングスさん、これも見てもらえますか」

 別の男が魔力砲を放った真夏の映像を見せる。

「魔女の魔力砲、ビルの端を掠めて破壊してます」

「…人体は素通り、ビルは破壊。面倒な性質だな」

 機械技師の男に振るタングス。

「ホント、やれやれだよ。でもま、方向性は見えたかな…。Bタイプを軸に開発を進めよう。それと、現地調査も頼むよ。魔力砲が破壊したビルの材質、放射線なんかが残ってないかを調べてくれ」

 了解、と数人が即座に動き出して検討会が解散される。

 その場に残り映像を見続けるタングス。

「まだ何かある?」

「いや、魔女のこの動き、外来精神体の足止めに一発撃ってる…?」

「うん?外しただけじゃない?」

「ふふっ、そうかもな」

 タングスは頭の後ろに手をつけて伸びをする。

(あの短時間にこちらの意図を理解して作戦の補助をした…?)

 口元が緩むタングス。

(どうやらプレゼントは上手く使ってもらえそうだな)



「ささやかですが、どうぞお納めください」

 20時を過ぎて伊月家を訪れた舞杏、母屋から顔を出した女将に低姿勢で紙袋を手渡す。

 てとてとと階段を下りて来たホルスは舞杏の後ろに双連を見つけると両手両挙手の敬礼を互いに送り合う。

「なにー?お菓子かな?お菓子ならいいじゃんね!」

 渡された紙袋を覗き込むホルス。

「おつまみセットにございます」

「しょっぺぇじゃんね…」

 興味をなくしたホルスがリビングへ消えていく。

「それで?真夏ちゃんの部屋にしばらく滞在するって…。危険なのかい?」

 テュラノスによる六課乗っ取り事件は一段落したものの、解決した訳ではないので一同は固まって行動することになった。

「いえ、危険は概ね排除されたものと思われます。しかし、特殊な事件を扱っていますので、今後の安全の為に用心を、とのことです」

「そうかい?危なくないならいいんだけど、気を付けるんだよ」

 深く礼をして真夏の部屋に向かう舞杏と双連。

「…主任、高級おつまみセット7980円、これも給料日ですか?」

「ちょぉっ!これは経費で落ちるから!警務課に持ってって!」

「ホントですかぁ?おつまみの領収書ですよ?」

 カツンカツンと倉庫の階段を上がる舞杏を自分の財布から立て替えた双連が追う。

「本当だって、協力謝金や捜査特別報奨金が出るのは知ってるだろう?おつまみでもちゃんと精算されるよ。実体験だ」

「それは知っています…。話は変わりますが主任」

「うん?」

「おつまみセット、主任の好物ばかりでしたね」

「そうだね。相手の好みがわからない場合は自分が好きなものを選ぶようにしてるんだ」

「ちょっと遠回りでしたが、買ったお店も24時間営業の自動化されたお店ですね」

「うん?いつでも開いてて便利だろ?」

「一応確認しておきますけど…主任、横領、してませんよね…?」

 真夏の部屋の前で足を止める舞杏。

「…西園寺…。私を疑っているのかい…!?」

「普段の生活態度がアレなので!どうなんです?しょっぴきますか!?」

「なんだと貴様!上司にむかって!」

「上司かどうかは関係ないですよ!」

 わーわーと騒がしくなり、先に部屋に戻っていた真夏がドアから顔を出す。

「お二人とも、シッ!女将さんに怒られちゃいますよ!」

 小声で上司と先輩を叱る真夏。

「あ、ご、ごめん…」

 しゅんとして部屋に入る2人。

(それにしてもこの2人、合言葉がなくても本人だとすぐにわかりますね…)

 真夏は叱ったものの、笑顔で2人を迎え入れた。

 その後、交代でシャワーを浴びて遅めの夕飯を食べる3人。先に食事を済ませたスカーレットはマイベッドでウトウトしている。

「さて、なんとか落ち着いたね。お疲れ、そして乾杯!」

 プシュッとアルコールの缶を開けた舞杏が1人で乾杯する。

「まだまだ落ち着いたとは言えませんよ。六課全員の検査に経過観察。これが終わるまでは内勤組も戻せません」

「まぁね。でも現状、こちら側の被害は皆無。得られた結果、情報も上々、ってね!」

 プハァーっと息を吐く舞杏は上機嫌だ。

「ノブさんの肩とハーゲンダリッチを忘れずに」

 ボソッと口にした双連をジッと睨む舞杏。

「しーっ!これは機密情報だよ!」

「ノブさんの肩って何ですか?」

「ふふふっ、真夏ちゃんも一緒にハーゲンダリッチ食べようね」

「…?」

 雑談しつつ食事が進むと事件の話に戻ってくる。

「やっぱり革命家には見えていたんですね、テュラノス」

「ああ、このゴーグルは本物だ。明日朝一で技研に届けて複製させよう。うまくいけばこけさんもグレードアップできるはずだよ。本日2番目の成果だね」

 少し顔の赤いほろ酔いの舞杏。

「2番?1番はなんですか?」

 双連の質問に舞杏は真夏に抱き着いた。

「ひゃっ」

「そりゃぁもちろん、真夏君の魔力砲だよ!テュラノスを2体も撃破したんだ」

「え、えへへ…」

「そうですね、これで負けはありません。…魔力砲と言えば理想なき革命家のおもちゃみたいな銃も、テュラノスを攻撃する為の物みたいですね。失敗だったようですが」

「あぁ…。失敗したとはいえ、私達は少々奴等を甘く見ていたようだ。ゴーグルに試作銃、開発力だけじゃない…。革命家はノブちゃんが乗っ取られていたことを知っていた。つまり、米俵宅を監視するノブちゃんを監視していたことになる。ノブちゃんの監視が下手くそだったのか、六課が配置につくよりも早く米俵邸を監視できる環境を整えていた…。組織力は侮れたものではないよ」

「六課の監視はテュラノス側にも発見されてます。ノブさんの監視に問題があった可能性もありますが、先に六課に乗り込んだテュラノスが米俵宅の監視を知ったのかもしれません。その点でも理想なき革命家は有利に動けていますね」

「奴等は神出鬼没、所在不明でテュラノスも攻めあぐねているだろうね」

「はい、我々は技術も情報も、立場的にも後れを取っています。公安も一枚岩ではありませんし、今後協力すべきは理想なき革命家なのかもしれません」

 双連の発言に舞杏の眉がピクリと動く。

「…そりゃぁ、ダメだろう。奴等は犯罪者だ」

「ですが司法取引という形でこちら側に…」

「一般人への被害を抑えられたハイジャック程度ならまだしも、奴等は元総理と現職の国会議員を殺害した大犯罪者だ。国会議事堂の破壊だけでも死刑レベルの内乱罪。過程がどうであれ、革命家はやり過ぎだ。協力関係を築き、それが露呈してしまえば我々の立場が危うくなるよ」

「立場なんか気にしてる場合ですか?国難ですよ、これは」

「だからこそだよ、最後は正義で締めくくる必要があるだろう。我々は清く正しくあらねばならんのだよ」

 ドヤ顔で言う舞杏だったが、酔っぱらって真夏の膝を枕にする姿に双連は感銘することはなかった。


 

 真夏の部屋でプチ打ち上げが行われている一方、都内の豪邸、宮沢屋のお屋敷を訪れる堀レイナの姿があった。

「米ちゃんが……!」

 土下座に近い形で頭を下げるレイナ。米ちゃんの死亡報告を聞いて宮沢屋は顔を曇らせる。

「…はぁ…。…同胞が失われるなんて何百年ぶりか…。…大人しくしておけと忠告していたのに…」

「…監視を指示していた沖那という者とも連絡が途絶えました。…周囲の監視カメラの映像から、沖那も魔女にやられた可能性が高く…」

 自身を落ち着かせるために酒の入ったグラスを握っていた宮沢屋はそれを落としてしまい、グラスはパリンと割れてしまう。

「…これは失態だぞ!魔女の存在は我々の種族の問題、勝手な行動は慎め!」

「米さんは、最後まで勇敢に戦いました…!我らの為に、害悪となる魔女を消す為に行動された結果です。どうかご容赦を…!」

 額を床に付けて謝罪するレイナ。

「…それはわかっている…。…して、暗部はどう考える。どのようにあの魔女を処理するつもりだ?」

「はい、やはり、奴の根城を高火力で砲撃するのが確実かと、事故に見せかける程度では不可視化した護衛に排除されて…」

「ならん!それは御大の意思に反する。周囲に被害が出るような作戦は認可できん」

「し、しかし…」

 レイナは言葉に詰まる。

(ちっ…。あんな化け物どうしろってんだよ…)

 真夏を乗っ取ろうとしたことのあるレイナだからこそわかる真夏の異常性。

「…。選挙まであまり時間もない。大きな支援も出来ないかもしれない。…もう一度よく考えろ…。悪しき魔女を葬る方法を…!」



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