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#26 悪魔の救済



 シュープリーム島では重機や工業用ロボットフレームが復興の為に奔走していた。

 元の集落から離れた場所に仮設住宅の整備は終わったものの、ライフラインの復旧作業が山積していて島民を受け入れられずにいた。

 政府の要請を受けて被害を受けなかった漁船の移動をしに来た漁師の男は変わり果てた島の姿を見て海の上で肩を落とす。

 自身も一度はタコの怪人と成り家族にさえ襲い掛かったシュープリーム島怪人群発事件。多くの島民が犠牲になったこの事件で、自分と家族が生き延びたことを深く感謝するが、男の目からは涙がこぼれる。

 復興の名目で誰も居なくなった小さな商店街の燃え残りを重機が破壊して平らにしていく。

 住み慣れた島が今もなお破壊されていく状況に悔しさで唇を噛んだ。



 超高層マンションの一室、誰も居ないその部屋で連結された2つのカプセルが静かな音を立てて動き出す。

 液体で満たされたカプセルからもう片方の空っぽのカプセルに液体が移動していく。液体が抜けていくと若い裸の男が姿を現した。男が目を開くともがくようにカプセルをこじ開けて床にべちゃりと落ちる。

「クッ…!」

 薄暗い部屋、男が苦悶の表情を浮かべて床を強く叩く。

「理想なき革命家めッ!!!」

 部屋にピピピッと着信音が響くと男は慌てて立ち上がり応対する。

『米ちゃん、生きてるかぁい?』

「ッ!…宮沢屋さん!お、俺はぁ!!」

『あぁー、落ち着いて、米ちゃん。もうあの身体はダメだよ。死亡が確認された』

「…!」

『でもキミが生きてて良かった。暫くはその身体で大人しくしといてよぉ』

「で、でも、これからシュープリーム島でのビジネスが…」

『それは別のに引き継ぐよ。ここまで来たら我々が直接やらなくてもいいから。それよりも今回の件で次の選挙の戦略も変更しなきゃいけなくなった。そっちの身体はまだ若い。まずは顔を売るところからやり直しだ。また連絡する。ゆっくり休んでくれ』

 通話が終了する。

「………!クソッ!!」

 固定通話機を投げ捨てる。

 男は鼻息荒く、裸のまま仁王立ちする。

「…平岡…幸谷…!…許さん…。絶対に殺してやる…!」



 公安六課の課長室では6人と1匹で鍋を囲んでいる。

「む、結んであるしらたきって…あ、熱っ!」

 ハフハフしながら結びしらたきを頬張る真夏。

「…!あぁーーー!!」

 同じくしらたきを頬張り熱さに悶えるみなみ。

「き、気を付けて。ちゃんとふーふーして食べてくださいね」

 みなみにお茶を飲ませようとする真夏。

「うばぁーー」

 みなみは鬼の形相で口の中を真夏に見せてくる。

「や、やめてください。はい、お茶飲んで」

「…んっ…」

 熱々のしらたきをお茶で冷ます。

「ふふっ、真夏君は子供の扱いに慣れてるようだね」

 みなみを真ん中に真夏と挟み込んでソファーに座る舞杏は割り切れない数の結びしらたきを一個多くもらって満足そうにしている。

「あ、はい…。私、施設が長かったので。大きくなると小さい子の世話を任されたりするんですよね」

「そういえば真夏ちゃん、施設育ちだったね」

 反対側のソファーには双連と卓志がくっついて座っている。

(なんでしょう、あの2人距離が近いです…)

「そうです、施設育ちです。…親が居なくても子は育ちますが、誰かに助けてもらえないと生きてはいけません。みなみちゃんも、今はまだ1人で生きていけませんから、助けてあげないとです」

 公安に拾われて生活面には多少の余裕がでてきた真夏は自分宛てに届けられたみなみをどうするか真剣に悩んでいる。

「みなみ君は暫くは公安で保護だ。真夏君が気負う必要はないよ」

 真夏の心境を察して舞杏は言葉を掛ける。

「暢気だな。テロリストが送り付けた食材で鍋をするのも大概だが、公安は託児所じゃないんだ。子供の面倒ばかりも見てられんぞ。堀田ラインもようやくオムツが外れたところだからな」

 卓志は一口一口警戒しながら食材を口に運んでいる。

「おぉ、それはめでたい。堀田君もしっかりと成長しているみたいじゃないか」

「オッサンの面倒ほど大変なものはない。俺はそう思ったよ」

 わざとらしく疲れた表情を見せる卓志。

「いいじゃないか。仕事中に子育ての練習ができるんだ」

 舞杏は向かいのソファーに座る2人を見て暢気な発言をする。

「ふぅ…。つまり、理想なき革命家は育児放棄して真夏ちゃんにこの子を届けたってこと?」

「いや、そういう訳じゃないだろうが…」

《革命家と言えば、あの爆発はどうやったにゃ?あいつも魔法が使えるのかにゃ?》

「革命家と言えば、あの爆発はどうやったにゃ、あいつも魔法が使えるのかにゃ、と先輩は言われています」

 一人掛けのソファーに陣取り、出汁で煮込まれた肉を引きちぎりながら食べているスカーレットの声を通訳するこけさん。

「口の中にずっと隠してたんでしょうか?」

「口の中に隠された爆弾を見つけられないほど三課もアホじゃないよ。おそらくは、胃の中に隠していたものを対談中に押し上げたんだろう」

 真夏の考えを否定し、状況から推測する舞杏。

「え、えぇ…。そんなことができるんですか?」

 想像して真夏はちょっと苦しくなる。

「技術的には可能、かな」

 双連は箸を置いてデバイスを開き、医療機器の画像を見せる。

「医療用の体内搬送装置。これを少し改造してやれば胃から食道を上がって口に戻すことくらいは出来るはずです」

 通常は消化の流れに乗って口から下っていくことを前提に作られている小型医療機器。目的の場所に止まり、治療を行うための機械だが無理矢理食道を上らせることは可能であると提言する。

「安心と信頼のSAION製だね。タングスは爆弾を飛ばす直前、どこか苦しんでる様子だった。上ってくるその体内搬送装置に苦しめられていたんだろう」

「外部からの信号操作が期待できない状況ですからね、対談の中の言葉をトリガーにして起動するように設定したんでしょう」

「結局あの対談に中身は無かったってことか…」

 席がなく自分のデスクで独り鍋を食う清水。

「とどのつまり、二度あることは三度ある、で革命家のいいようにされてしましたね」

 ニヤニヤと舞杏を見る双連。

「クッ…。だが、こういう言葉もある…。仏の顔も三度まで。次はないよ、けちょんけちょんだ」

「あ、あのぅ…。理想なき革命家さんが私達と同じ敵を相手にしているなら、協力したりできないんですか?」

「敵の敵は味方ってかい?残念だが我々と犯罪者の間には成り立たないね。だけど、奴等が我々を利用しているように、我々も奴等を利用するくらいはできる」

「利用、ですか…?」

「そ、協力じゃなく、味方にもならない。こちらが下手を打てば被害を被るし、奴等が隙を見せればとっ捕まえる。そんな関係かな…」

 舞杏は隣ではふはふと鍋を食べているみなみを見つめる。

「ふっふっふ…。利用できるものはなんだって利用してやろうじゃないか」

 不敵な笑みの舞杏。

「うむ、みなみの検査はこの後すぐに行うとして、卓志の報告を聞こうか」

 清水から指示が出されるが、卓志ではなく双連がデバイスを操作して報告書を映し出す。

「まずはシュープリーム島怪人群発事件、島民と観光客、死者、生存者、怪人化した者、その全ての検査が終了した。めぼしい点はやはりプロップバクテリウムの有無だな。怪人化し、元に戻った者にはプロップバクテリウムが存在していなかったが、その他、死者も含めて全ての人間はプロップバクテリウムを保有していた」

「…シュープリーム島怪人群発事件、悲惨な事件だったが、我々は多くのサンプルを得ることができた。今回の件でプロップバクテリウムが怪人化の原因と断定してもいいだろう」

 清水は捜査資料を広げて考えをまとめる。

「真夏ちゃんの魔力砲も、怪人にとって有効なのがわかったし、それどころか精神生命体にも有効な可能性も出てきましたね」

「あぁ、精神生命体についてだが…」

 卓志は双連のデバイスを操作して食事中にそぐわない写真資料を非表示にする。

「清水課長がどこからか手に入れてきた、100を超える駆逐艦乗組員の身体の破片…。状態が悪くて手間取ったが、これらすべてはプロップバクテリウム保有の人間のものだったようだ」

「なるほど…。駆逐艦の行動は明らかにおかしなものだった。結局、防衛省の報告ではシュープリーム島に向かった駆逐艦がオフラインとなり、現場の判断で怪人殲滅を試みた、ってことになったが、とても納得できるものじゃないね。駆逐艦内部での殺し合い…。精神生命体が乗っ取れる数まで減らし、乗っ取られた固体が駆逐艦を制御していたんだろう。となれば、精神生命体が乗っ取る固体はプロップバクテリウムの有無は関係ないってことだが…」

「堀田ラインはプロップバクテリウムを持っていませんでしたね」

 首を捻る舞杏の言葉に双連が付け足した。

「うん…となると考えられるのは、人体を製造する途中でプロップバクテリウムが失われる…。もしくは乗っ取ると、いや、長期間乗っ取っているとプロップバクテリウムが失われていく…。ってところかな」

「みなみちゃんがプロップバクテリウムを持っていなければ前者、持っていて、米俵議員が持っていなかった場合は後者ですね」

「前者…いや、少し違うかもしれないが」

 卓志が別の資料を表示する。

「怪人化ライト…。なかなか検証が進まないみたいだが、少し思うことがある…」

 卓志が表示させたのは1000年前の資料。写真ではなく、魔法使いがモンスターと戦っている様子を描いたもの。

「このライトを作った奴等は何故、人間が怪人に変化すると知っていた?人類とプロップバクテリウムは共存共栄の関係、通常起こり得ない何かがあったからこそ、人間が怪人に変身したんだろ?」

「…!」

 舞杏は思い当たることがあり自身のデバイスを開く。

「そうか、可能性の1つだが、精神生命体が人体に入ることで怪人化が進むとしたら…」

「…?」

「浅見信三氏、そして浅見議員を襲った暴走車両の運転手竹迫元基、シュープリーム島の駆逐艦乗組員。精神生命体に乗っ取られた可能性がある一般人達は皆すぐに死亡しているから気付かなかったが、怪人化の原因が元は精神生命体だった可能性は十分にあるね」

「ど、どういうことです…?」

「…知っていたから、作ることができた…。怪人化してしまうから、プロップバクテリウムの無い身体を作ったってことですね」

 要約する双連。

「そう、人体を怪人に変化させるのはプロップバクテリウム。しかしそのプロップバクテリウムを暴走させたのは精神生命体だったという可能性。人間を乗っ取る精神生命体からしてみればプロップバクテリウムは邪魔な存在だろう。長期間、安定して乗っ取り続けるにはプロップバクテリウムを持たない人間をつくる必要があったってことだ」

「プロップバクテリウムは古来より人と共存してきたもの。1000年前のモンスター発生時期に精神生命体が現れたとしたら…。宇宙人…?」

「あっ!タングスさんも、言ってました」

 タングスが米俵にぶつけた言葉をお思い出す真夏。

「ぶっ飛べ宇宙人って」

「あぁ、そうだね。プロップバクテリウム同様、精神生命体も宇宙から来たのかもしれないね」

「人と共存共栄をするプロップバクテリウムと、人類を支配しようとする精神生命体。後者とは共存できませんが、案外魔法文化の再興でその存在を抑止できるかもしれません」

「魔力砲で殺せるのであれば、奴等が真夏君を狙う理由も怪人ビジネスの為ではなく自己保身ということになる。前に話した魔法文化衰退の黒幕も、本当に精神生命体が関係してた可能性が高まったよ」

 軽くドヤる舞杏。

「主任の脳内ファンタジーが現実味を帯びましたね」

「チクチクするが…。ドクターはつまり、私の説を推すってことだろう?」

「推すかどうかは置いといて、魔法文化の衰退はエルドランドだけじゃない。世界共通の歴史だぞ。これは奴等がこの国だけじゃなく、世界中に影響力のある組織であるということだ。だが怪人事件はエルドランドだけで起こっている」

 卓志はデバイスのメモアプリに簡単な年表を書きだす。

「約1000年前、精神生命体がレ・アースに現れ、モンスターの出現が世界各地で報告される。

 約900年前から魔法文化の衰退が始まる。

 500年前、エルドランドで確認された飛行魔法を使う魔女を最後に人類はまともな魔法を使えなくなる。

 30年前、エルドランドで初めての怪人事件が発生。その後も頻発する怪人事件に対応する中で、建築、軍事産業に巨大な利権構造が出来上がる」

「それを仕切っていたのが、人民党竹中派だね」

「あぁ、竹中派を旗揚げした竹中武蔵は十数年前に亡くなっているが、今もその派閥は残り続けている」

「残るどころか今となっては100人を超える最大派閥。精神生命体ってのは世渡り上手だね」

 茶化す舞杏を無視して卓志は続ける。

「エルドランドを土台に、今後は世界中を支配下に置くつもりかもしれないが…。問題は精神生命体に寿命があるのかってところだな」

「寿命…。肉体を持たないものに明確な死の概念は存在するのか。…人間を乗っ取り、体の寿命が尽きた精神生命体はどうなるのか…。…ふぅ…。面倒な問題だな」

 食事を終えた清水が空の食器を見つめる。

(お、おかわり、でしょうか…?)

「今回の米俵議員の件を見ても、中の精神生命体は死んだ身体を捨てて別の身体へ移ると考えていいだろう。竹中武蔵も姿を変えてどこかで生きている可能性は高い」

(あ、おかわりじゃないみたいですね…)

 立ち上がるべきか迷って少し浮かせていた腰を落とす真夏。

「奴等に寿命という概念がないのなら、超長期的に世界を支配する計画の途中なのかもしれない」

(世界の支配…。なんだか話が大きくなってきましたね……!?)

 真夏は口に運ぶ途中の長ねぎをぽろっと落とした。

(はうぁっ!そ、そういえば私、危機に瀕した世界を救うために転生したんでした…!)

「エルドランドで統治の実験でもやってんだろうかね」

 舞杏はご立腹な様子。

「でも、分からないこともあります。精神生命体は人類よりもずっと上位の存在のように思えるのに、わざわざ人間の身体を乗っ取るなんて…」

「それもそうだな…。自ら檻の中に入るようなものだろうに…。人の身体に入って何がしたいんだ?」

「大人しく人類と共存の道を進んでくれたら楽なんですけどね」

 双連の発言に一同は小さくため息をついた。

 その後、鍋が終わり行われたみなみと米俵の検査では、両名ともプロップバクテリウムを持たないことが確認された。



 翌朝10時、自宅待機の日だがみなみの様子を見に出かけようと支度をしている真夏の元に女将から救援要請が入った。

「お、女将さん!?大丈夫ですか?」

 慌てて駆け付けると店内にはパンの匂いがいつもより濃く、熱気と共に漂っていた。

「真夏ちゃん、ごめんね急に。大口の注文が入ってね」

「ちゅ、注文、ですか…?」

 厨房には大量のパンが山のように積み上げられていた。

「そうなんだよ…。シュープリーム島でこの前怪人災害があっただろう?その復興事業で作業員が沢山島に入っているんだけどね、島には店も何にもない状態で、食が不足してるらしいんだよ。ウチのキャパを超えてるけど、復興の為の言われると断れなくてねぇ…」

 テキパキと手を動かしている女将と大将。

「りょ、了解です、配達ですね!」

 大量のパンを見て配達用エアドライブに乗りきらないことを理解する真夏。

「一緒に行ってくれるかい?助かるよ」

 敬礼する真夏を見て微笑む女将。

 ホルスが居ない平日の午前中、真夏はパン屋の一員として配達の準備を手伝い、女将と供にシュープリーム島へ向かって飛び立つ。

 普段勝手気ままに飛び回る真夏だが、配達の時は交通規則に則り、最寄りの垂直離着陸場までは地上の道路の上空10メートルから30メートルを低速で飛行する。それより上空は高度ごとに飛べる方角が細かく定められており、目的の方角へ針路を向けるには大きく螺旋を描くように高度を上げる必要がある。各地に設定された垂直離着陸場ではその名の通り垂直方向への飛行が可能なエリアとなっている為、高層建築物の多い都市部では垂直離着陸場を利用する方が楽なルートである。

(ホルスちゃんは最初から高度を上げてぐるぐる飛ぶ派で、女将さんは垂直離着陸場までゆっくり飛んで 高度を上げる派ですね。親子なのに性格の差でしょうか、個性が出てて面白いです)

 大量のパンを詰め込んだデリバリーバッグを杖の先端と背中に背負い、先頭で風を切るスカーレットと一緒に女将のエアドライブを追いかける真夏。

 高層建築物には高層階に駐車場があることも多く、その建物の周りは専用の垂直離着陸可能エリアとなっていることもあり、ナビゲーションなしでは都市部を飛ぶことは難しい。

(今日は少し交通量が多い…ですかね)

 周囲を見渡して安全飛行を心掛ける真夏。

 他の交通も皆一様に交通ルールを守った飛行をしている。違反する者には罰金や免許の減点、奉仕作業命令等厳しい罰則が用意されているが、真夏はそもそもが無免許であり飛行すること自体グレーな行為である。しかし安全の為、そして何より、文字通りパン屋の看板を背負った配達中の真夏は優良パイロットであることを留意している。

 垂直離着陸に到着し、上昇エリアで高度を上げる。

「方位角182度、200キロくらいあるからね、上の階層で行くよ」

 ぐんぐん高度を上げる女将。

 一般空域は3階層に分かれており、下から低速、中速、高速域となっている。地上30メートルから38メートルを北0度とし、方位角1度ごとに8メートル、東回りに上昇していく。1周分2880メートルを低速域、時速250キロ以下。その上の中速域が時速800キロ以下となって高速域は時速1200キロ以下に制限がされているが、一般的に販売されているエアドライブは最高速度が800キロ以下に出力制限されているものが多く、高速域を利用している人は少ない。つまり、女将の言う上の階層は中速域の事である。

 高度3000メートルを超えて吐く息が白くなる。

 5月になったものの防寒着は必須である。

《ひにゃー、さっぶいにゃ~》

 寒さに負けてスカーレットは真夏の懐に逃げ込む。真夏もスカーレットの体温で暖まりWin-Winな関係だ。

 中速域に入れば高山や垂直離着陸エリア、飛行禁止エリアに当たらない限りほぼ真っ直ぐに飛ぶことができる。

 女将の合図で垂直離着陸エリアを出て南へ向かう。

 速度を上げて時速600キロ。高速で飛ぶ時は杖の先に風防をイメージする。楽に飛ぶ方法を色々と模索したが、前方にウインドスクリーンを作りだすだけで随分と楽になることが分かった。今日はデリバリーバッグを杖の下にぶら下げているのでいつもより大きなウインドスクリーンを展開する。

 シュープリーム島は一直線に南へ約200キロ、20分程度の飛行になる。

 島国エルドランド、その本島から遠く離れた孤島も空の交通が発達した現代では隣町感覚で行くことができる。

 本島から海上に出ると地平線の先にシュープリーム島がぽつんと現れる。

 面積20平方キロメートル、周囲16キロメートルで中央には標高800メートルの御山を擁する。現在はその山林の大部分と集落の一部が焼け、復興作業に従事する作業者以外に島民はほとんどいない。

 島に近づくとエルドランドの国旗を掲げた復興事業の仮設事務所が見える。ちょうどその場所が垂直離着陸エリアに設定されているようで、女将に続いて高度を下げる。

「真夏ちゃん、ありがとうね、助かったよ」

 運んできたパンをここで半分降ろす。仮設事務所にパンを預けて出てきた女将は残りの半分を島の反対側の工事事務所に届けるという。

「もう大丈夫。真夏ちゃん、用事あったんだろう?今からでも間に合うかい?」

「あ、はい。私のほうは時間とか決まってないので…」

「よかった。じゃあ、気を付けていくんだよ」

「はい、女将さんも」

 仮設事務所に真夏を置いて女将が飛び立つ。

 デリバリーバッグは折りたたまれて女将に回収されたので身軽になった真夏。

 一度帰宅するか、そのまま公安へ向かうか迷いつつ杖を平行に構えるとスカーレットがぴょこんと飛び乗る。自分も腰を掛けて飛び立とうとした時に呼び止められる。

「幸谷真夏さん」

 簡素な仮設事務所から身なりの良い男がパンを片手に出てくる。

「窓からキミが飛んでいる姿が見えたんだけどね、一緒に飛んでいた女将さんが怖くて出てこれなかったよ」

 にこにこと笑いながら真夏に近づいてくる。

(あ、あの人は…)

 見覚えのある男性に記憶をたどる真夏。

「あ…にこにこ政治おじさん」

「あはは、久しぶりだね。人民党の明智。顔と名前だけでも覚えて帰ってくれ」

 笑顔を崩さずにこにこしている明智。

《にゃん?だれにゃ~?》

《ま、前、女将さんにぼったくられた政治家さんです》

 以前伊月パンにて女将に法外な上級国民価格でパンを買わされた政治家だ。

「そ、その節はどうも…すみませんでした」

「いやいや、真夏さんは何も悪いところは無いよ」

 頭を下げようとする真夏に手を差し出して止める。

「怖い女将さんだからね、いじめられたりしてないかい?」

「い、いえ!女将さん、普段はとっても優しい人ですから」

「そうかい?それならいいんだが。困ったことがあったら言ってくれ。私も君の力になろう」

 名刺を差し出す明智。明智本人の連絡先は書いてないが、秘書の連絡先が3つ書いてある。

「一番上の番号は秘書を経由していつでも私に繋がるものだから、困った時はそこに連絡してくれ」

「へ…?何で私に…」

(え、偉い国会議員さんが?)

「うん?復活した魔女は国のシンボルになり得るからね。女将さんの言っていた、魔女の政治利用じゃなくてさ、魔法文化の再興に必要な存在だ。失われた文化を再興して後世に残す。これも政治家として重要な仕事の1つだよ」

「そ、そうなんです、ね…。色々な仕事があって大変ですね、政治家さんって」

「ああ、やるべきことは山積みだからね。国があり続ける限り、政治家はせわしなく働き続けなければならない。今日もこのシュープリーム島の復興事業のことで引継ぎを…」

 明智は少しの間を空けた。

「そういえば真夏さんも、米俵議員の事件現場にいたんだって?」

「う、は、はい…。何もできませんでしたが、居るだけ居ました」

「そうか…。酷い事件だった。このシュープリーム島復興事業は米俵議員が力を入れていたことでね…。とても残念だよ」

(米俵議員…。精神生命体…煙が身体から出てきた人…)

「ふ、復興事業、すごい人の数ですね。元の島民の数より作業員さんの方がよっぽど多いみたいです」

「あぁ、工事は急ピッチで進んでいるよ。なにせ国家の一大プロジェクトだから」

「一大プロジェクト…」

(シュープリーム島の復興を国の一大プロジェクトとして扱ってくれてる…。きっとシュープリーム島は大丈夫ですね)

 怪人を元に戻す為とはいえ、自身も島の破壊に荷担してしまったことを気にしていた真夏は少し安心する。

「そう、ここシュープリーム島はエルドランド初のカジノを含む統合型リゾート事業の地に選ばれた」

「へ…?…カジノ…にリゾート…?」

(な、なんでしょう…?観光地として力を入れるってこと…?)

「年間来訪者数約2,000万人、直接雇用約1.5万人を想定したビッグプロジェクトだ。安全に島民を迎え入れる為に一気に島を発展させる。古びた島は一新され、未来的な観光リゾート地になるだろう」

「そ、そんなに沢山の人がこの島に…?」

 にこにこ笑顔で語られる計画に違和感を覚える真夏。

《にゃー、このおっさんの笑顔は胡散臭いにゃ》

(シュープリーム島は元々300人くらいの静かな島、そんな島に年間2,000万人?直接雇用1.5万人って…えっと、と、とりあえず、何百倍もの人が常時島に居るってこと…?)

「そ、それって、島の人が望んだことなんですか…?」

「うん?そうだね。確かに、島民全員が賛成したことではないだろう…。だが、こうでもしない限りシュープリーム島の復興はありえない」

「な、なんでですか?も、元の暮らしに戻れるように、島を整備するだけでも…」

「ふん…。真夏さんは、その費用をだれが負担すると?住居、インフラ整備だけでどれだけ金がかかるか、知っているのかい?とても島民300人、勤労者150人程度で賄えるものじゃない。復興には多額の税金が投じられるが、政治とは慈善活動ではないんだ。例え復興事業でも、費用対効果が低いものに国民の血税は充てられない」

 明智の発言に冷たさを感じた真夏。

「そ…それが、政治なんですか…?島の人は、長閑な生活を望んでるんじゃないんですか?」

 真夏は思い出す。怪人事件の最中、助けられた人達の笑顔、島民同士で助け合う姿、燃えていく島を消火しようと懸命に働く姿を。亡くなった親族の前や、燃える島を見て流した涙、真夏はそこに温かさを感じていた。

「長閑な生活を放置した結果がこれだよ」

 動じない明智は焼けた山肌や潰された集落に真夏の視線を誘導する。

「現在の建築基準に適応した民家は皆無。狭い平地に作られたシェルターは体育館1つだけ。国は最初からこの離島を見放していたんだ。結果、島民の1割が死亡し、集落も壊滅した…。同じことを繰り返さない為にも、基板から作り直す必要がある。この島で安心して生きていけるように。島民の為、国民の為にこの島を作り変える。それが政治かと問われれば、これが政治と答えることになるだろう」

 怪人事件が発端となった法律の改定、それに則り島を再興するには元の島の形では財源が確保できない。復興する為の開発。国民全体を考えた事業。決して悪いことばかりではない。

「冷たいです…」

 しかし、元より仕組まれた事件。魔女である自分を消す為に利用された可能性が高いことを知っている真夏は不快感を募らせる。

(島ごと破壊して、その後はリゾート施設…。お金の為に、この島の人達は苦しめられたんですか…?…まるで、お金の欲望が変化した…)

「怪人、みたいですね…」

 真夏は杖をぎゅっと握りしめる。

「怪人?ふふっ、私は清い人間だよ。疑うのなら、魔力砲とやらを浴びせてみせるかい?」

 両手を広げて全てを受け入れる形をとる明智。

「…!…い、いえ…。すみません。そんなつもりじゃぁ…」

 強く握った手を緩める。

「わ、私、用事があるので、帰りますね…」

 杖に腰掛ける。

「あぁ、気を付けて。パン、美味しかった。またお店にお邪魔させてもらうよ」

「い、いえ…。ウチのパンは高いので…。議員さんには合わないですよ…」

 ふわりと飛び立つ。

 10メートル程上がったところで明智が大きな声を出す。

「真夏さん、君は正しい。迷う必要なんてない!」

 声に振り返ることなく、真夏はシュープリーム島を離れる。

《ご主人、一発ぶち込んでやればよかったにゃ。あいつも宇宙人ってヤツかもしれないにゃん》

「ふふっ、ダメですよ。証拠もなしにそんなこと」

《魔力は人体を通り抜けるだけにゃ。怪人でも宇宙人でもなければ無傷だにゃ》

「でも、服はボロボロになっちゃいますよ。国会議員さん相手にそんなことしたら逮捕になっちゃいます」

 統合型リゾート、シュープリーム島IR事業に冷たさを感じる一方で納得できる部分もある。

(島の人達はきっと、前よりも豊かな生活が送れるはずです…。今までとは違う豊かさかもしれませんが、シュープリーム島に戻ってくることはできる…)

 それが良いことなのか、真夏に判断することはできない。ただ、騒がしく鳴り止まない作業音と開発で地形を変えるシュープリーム島に寂しさを覚える真夏だった。



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