#25 箱入り娘
「主任、いくら何でも銃を向けるのはやり過ぎですって」
公安六課課長室にて清水に銃を向ける舞杏を冷たい目で見る双連。
「あれ?西園寺君は味方のはず…。まさか乗っ取られて…?」
「サブマスター。どのルートで死体処理を実施しますか?」
殺す前提で既に死体の処理方法を模索しているこけさん。
「こけさん、気が早い!…まったく、最初から撃つ気なんてないよ」
舞杏は銃口を逸らす。
「説明してもらおうか?」
穏やかな表情だが目が笑っていない清水。
「言った通りだ。組織犯罪処罰法違反の容疑。今回の一件で理想なき革命家と怪人事件に繋がりが見えたんだよ」
「え、そうなんですか…?」
目を見開く真夏。
「それで、私が理想なき革命家に関与していると?」
「理想なき革命家は至る所に潜んでいる。課長も、その可能性がある1人だ」
堂々と姿勢を崩さない舞杏。
「私達は敵と味方を見極める必要があります。小さな疑念でも払拭したい…。課長のことを信じさせてください」
双連が補足する。
「…ふぅ…。そうか。ならば仕方ないか…」
清水はゆっくりと立ち上がり両手を上げるとデスクを離れてソファーに座る。
「西園寺君、デスクを調べてくれ」
舞杏は双連に指示を出して清水の向かいに座る。
「長くなるならお茶を淹れてくれるかい」
「あ、はい。それなら私が」
清水の要望に真夏が動く。
「まずは政治家、米俵議員とタングスの対談。これについて課長はどこまで知ってる?」
「先程までテレビで見ていたよ。放送は爆発が起こってすぐに切り替わってしまったけどね、米俵議員が重傷を負ったこと、タングスがその場から逃げたことはその後の中継で伝わっている。君達からの報告がないから心配していたよ」
「まぁ、そうだろうね。テレビで流せる状況じゃなかったからね。…則本主任に確認した、米俵議員は死んだよ」
「それは、残念だったね」
「あぁ…。だがタングスの狙いは議員の殺害ではない。ついで、目標を達成するために殺しただけにすぎない」
「根拠は?」
「米俵議員程度ならいつでも殺せるってコト。危険を冒してまであの場で殺害する意味…」
「対談には意味はなかったと?」
「子供の喧嘩みたいな対談に意味はないだろう。意味があるとしたら、それは我々が喉から手が出るほど欲しいもの。それを無視して奴等が行動してるという事実。あいつらは捜査令状無しに政治家宅への侵入を繰り返している。…そしてそこで何かを見た」
「…ふむ…。忍び込んだ政治家事務所で見たという連結されたカプセルか」
舞杏は頷く。
「タングスは私達に…いや、表の世界に裏で暗躍する者、精神生命体の存在を証明したかったのかもしれない」
「…だが、あの対談でそんなものの証明はされなかった」
「そうとは言い切れないよ。タングスは常に真夏君の存在を気にしていた…。それは恐らく、真夏君と一緒に居る猫君が精神生命体の姿を見ることができると知っていたから。米俵議員からそれが抜け出すのを見せたかったんだろう…」
「………」
「そして、仮にも猫君がその存在を見ることができると知っていたのは、ほんの一握りだけだよ」
舞杏が鋭い目つきで清水を睨む。
「公安六課内部にも理想なき革命家が潜んでいる」
「…あの堀田ラインの取り調べ状況を知っているのは、我々の他は数人…。なるほど、確かに私も容疑者の1人か」
「タングスは空で真夏君に何かを「追え」と指示を出した。もしかしたらアイツにもその煙ってのが見えてた可能性がある」
「人の目に見えないものをかい?」
「タングスの左目は義眼だった。奴は機械的な視覚を持ってるからね、見えていてもおかしくはない」
「お、お茶ですぅ…」
真夏がお茶をテーブルに並べる。
「ありがとう…。ふぅ…。だがもし、見えているのであれば、それを記録することも出来るはずだね。是非その映像を見せてほしいものだが…」
清水がお茶を一口飲んでリラックスする。
「あくまでも推測だよ。ウチのパトカーとこけさんのセンサーでは何も見えなかったからね。真夏君の行動を見てそこに居ると確信して叫んだだけかもしれない」
(よ、よかったです…。また荒事になるかと思いましたけど、いつもみたいな感じになりましたね…。鷹司さんも、本気で課長さんが理想なき革命家の人だとは思ってないのかもしれません…)
真夏も座ってお茶を啜る。
「そういえば真夏君、煙ってのはどんなものだったんだい?」
「へ?あ、そうですね…。白っぽい、ただの煙です。顔とか手足がある訳じゃなくて、煙が意思を持って動いてるって感じです」
「そう、大きさは?」
「えっと、3メートルくらい?」
真夏は自分が見たものを報告する。
「まあまあ大きいんだね。人の身体だとパンパンだろうに…。ともかく、私達だって捜査令状があれば謎の存在に近づけるはずだ。そしてその令状の申請をほとんど止めているのは課長だろう?私達だってそろそろ本気で竹中派に乗り込むべきじゃないだろうか」
「私が止めたものは裁判官に却下される可能性が高いものだよ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってものじゃない。裁判官にも支配が及んでいるだろうし、申請を出すだけでこちらが探っていると竹中派に伝わると思っていい。となれば令状が下りても操作する頃には何の証拠も残ってないさ。仮にも政治家だよ、クズには成れてもバカには成れない職業だ。下手を撃てばこちらがやられる」
ムッと頬を膨らませる舞杏。
「だからといって理想なき革命家が何か証拠を出したとしても、それは違法収集証拠だ。役には立たない…。…いや、そうか…。だからこそタングスは私達の前でそれを引き出したかったのか…?」
(私達にヒントという形で、革命家が得た情報を伝えてる…?)
「奴等の根幹に復讐があることは間違いない。だが…」
舞杏の脳裏にハイジャック事件でアルが見せた微笑みが浮かぶ。
(あんな普通のおばさんが復讐のために命懸けでハイジャックするなんて、遺した家族にも迷惑をかけるだろうと思ったが…。遺る家族の為に行われるハイジャックなら、残り僅かな命を懸けてでも参加するのか…?)
「革命家には革命家の正義がある、と言うことか…。もたらされた情報は、政治家事務所の連結されたカプセル。LEX1373。そして竹中派議員から出た謎の煙」
「私もテレビで見ていたが、カプセルの話が出て米俵議員の顔が変わったね」
「うん、そしてLEX1373、タングスは丸焼きにして食べたらしいが。米俵議員はそれを蛮族と罵った」
「ふ、普通は食べないってことですね」
真夏はなぞなぞを考えるように首を捻る。
(パンはパンでも食べられないパン、みたいな…?)
「あぁ…。米俵議員は餌につられた割には餌のことはどうでもいい様子だった」
「LEX1373…。LEX、あとの数字がナンバリングだとすれば、少なくとも1373以上存在しているのだろう。そのうちの1つを失ったことよりも、奪われた行為を危険視しているのではないかい?」
「奪われた行為。窃盗に不法侵入。LEX1373があった場所に侵入してタングスは何を見たのか…。う~ん、課長はタングスから何も聞いていないのかい?」
舞杏の問いに思わず笑みがこぼれる清水。
「ふっ…。そんなものに引っ掛かると思ってるのか?理想なき革命家との繋がりはない。私が聞いてる訳ないだろう」
軽くあしらわれてやれやれと肩をすくめる舞杏。
「腐っても刑事か。この程度でボロは出さない、と」
舞杏は空中に存在しないメモ帳にメモを取る。
「私も甘く見られたものだ…」
「ま、色々と想像は付くが証拠がなければなんとも言えないね。LEX1373が何なのかは置いといて、竹中派はそれを取り戻すことよりもその存在を知る理想なき革命家をとっ捕まえたくて対談の場に出てきたと考えておこう」
舞杏が一息ついてタバコを咥えると清水と双連がジッと睨みつける。
「…じょ、冗談に決まっているだろう…。そんな怖い顔で見ないでくれよ」
「いつでも本気だ、ってさっき言ってましたけどね」
上司の揚げ足を取る双連。
「そ、それよりだ…。タングスを逃がすのに協力した防衛省の女。円莉子二等陸曹について、課長は知っているんだろう?」
慌ててタバコを箱に戻す。
「円莉子…?いや、知らないな」
「そう…。則本主任は見落としていたようだが、彼女にも政府、竹中派に対しての復讐心はあったようだね。楠大輝、14年前に失踪し、その2年後外国で死亡が確認された元公安捜査官。円莉子は楠の従妹にあたる人物だ」
清水の眉がピクリと反応したのを舞杏は見逃さなかった。
「楠の…」
(…どうやら本当に知らなかったようだね)
清水の驚く表情から察する舞杏。公安へ戻る途中に調べた円の情報を再度確認する。
「理想なき革命家はエルドランド生命保険金不払い事件の被害者だけじゃない。主犯格の動機の根幹はこの事件だろうが、そこから同じく政治、権力に不満を持つ者を仲間にしていったと考えられる。楠大輝、14年前は公安三課に所属していた新人捜査官。当時どのような事件を捜査していたかは記録に残っていないが、その頃の三課ではおかしなことが起こっている。今でこそ権力の犬になった三課だが、15年前から13年前までの2年間で16人の捜査官が事故死、または失踪、その後に国の内外で死亡が確認されているね。他の人員も殆どが入替っている。これは…。なにか特別な力が働いたんじゃないのかい?」
「………」
清水は無言で微笑んだ。
「公安組織を破壊する行為を騒がれることなくやってのけるなんて、相当な力を持っているんだろうね。権力だけでは説明できない、それこそ人間を乗っ取り操る存在でもいなければ説明がつかない…。…15年前、浅見信三氏が死亡し、浅見文書を調べていたのは公安三課だったんだろう?そして、捜査に携わった者は皆消されてしまった」
清水の表情を観察しながら舞杏は続ける。
「楠大輝も消されてしまったその一人。そして理想なき革命家はその事実を知り、円莉子を勧誘した。理想なき革命家の狙いが政治家に対する復讐だけでなく、謎の精神生命体に対する報復を動機としているなら円莉子のタングス救出には説明がつけられる」
浅見文書をデバイス上に展開する。
「ではこの浅見文書、10年以上どこで何をしていたんだろうね。課長が言っていたように浅見三子議員はこの存在を知らなかった。じゃあ課長はこの文書をどこで手に入れた?」
三課が捜査していた浅見文書。舞杏が個人的にそれを見せられていたのは2年程前だった。一度失った浅見文書をどこで手に入れたのか。理想なき革命家が精神生命体、ひいては怪人事件と繋がったため、舞杏と双連は清水に疑念を抱いていた。
「…!?あ、り、理想なき革命家、から…?」
真夏はハッとして清水を見る。
「…ふむ…。繋がりがないことを証明するのは難しいが、私は理想なき革命家じゃないよ」
清水のデスクから双連が舞杏の後ろに歩いて来る。
「主任、怪しいデータを発見しました」
「…ほう…」
舞杏はニンマリと笑う。
「プロトコルに奇妙なプログラムが組まれていますが、データファイルのロックは単純な物です。開きますか?」
「プロトコルに…?…!」
清水は自分の業務用デバイスを手に持つ双連を見て表情が変わる。
「や、やめるんだ西園寺」
「私が許可する。中を確認しよう」
「…くっ!」
頷く双連は清水のデバイスを操作する。
「……開きました。音声ファイルです。再生します」
双連が舞杏を見ると今度は舞杏が頷く。
『………。…ふぅ…』
男のため息。
『…鷹司主任、これを君が聴いているということは、私はもうこの世に居ない…。もしくは、私はもう私ではなくなっているだろう…』
清水が舞杏宛に録音した音声ファイル。双連はピッと停止ボタンを押した。
「…続き、聞きますか…?」
(こ、これって…。ご本人同席の場で再生するには少々気まずいタイプのものでは…?)
自分は関係ないとばかりに目を逸らしてスカーレットを撫でる真夏。
「ふっ…」
舞杏は一瞬寂しそうな表情を見せたがすぐに口を大きく開けて笑った。
「あはははっ!まさかその歳でもう遺言を残しているとはね。西園寺君、もういいよ。その遺言はその時が来たら聴くとしよう。今は、理想なき革命家じゃないって言葉を信じよう」
「そうですか。ではこちらは課長にお返しします」
双連はデバイスを清水に返却する。
「あ、あぁ…」
「さてと、じゃあ、始末書一本書いとく?」
「いや…。今回のことは捜査の一環として目を瞑ろう。身内にも目を光らせるのは当然のことだからね」
清水の言葉にほっと胸を撫で下ろす真夏。
「では、私からよろしいでしょうか」
清水の隣に座り用意されたお茶に口をつける双連。
「うん?真面目ちゃんだね」
「はい、今回の米俵議員殺害事件で核心に近づいたものがあります」
上品な所作で双連は語る。
「精神生命体側の行動について一貫しているもの。それは、あっさりと逃げ出してしまうというところです」
「うん…。まあ確かに、精神生命体として圧倒的優位な立場にある存在にしては簡単に逃げてしまうね」
「はい、シュープリーム島怪人群発事件、これは明らかに真夏ちゃんを狙ったものでした。離島に誘い込み、怪人に襲わせ、駆逐艦の攻撃で島ごと破壊する。大掛かりな作戦ですが、結果は途中で自爆して撤退しています」
「そうだね。私も疑問に思っている部分だ。あの場には真夏ちゃんと、豆鉄砲しか持たないバトルフレームが1機。駆逐艦にはまだ十分なミサイルがあったし、フル装備なバトルフレームも搭載していた。逃げるには早すぎだったと」
双連は頷く。
「今回の一件。真夏ちゃんが確認し、米俵議員から出た意志を持つ煙のような存在。これは最初、理想なき革命家を追っていたみたいだったと」
真夏に確認する双連。
「は、はい…。最初に確認したのはスーちゃんですけど、タングスさんを追っている途中で方向を変えたみたいです」
「何か目的があって革命家を追ったが、途中で断念した…?」
舞杏は首を捻る。
「これは堀田ラインの取り調べにも共通しています。ネコちゃんが見た煙、真夏ちゃんに入り込もうとして、失敗したと」
スカーレットの返事はない。いつの間にか寝ている。
「しかし、その場には私と主任が居ました。魔女の乗っ取りが失敗したとしても、私達に入り込めば真夏ちゃんを殺すことは難しくなかったはずです。それは今日に至るまで、私と主任が乗っ取られていないことも関係していると思っています」
「……?…私達が真夏君の傍で行動していることは分かっているはず。西園寺君はともかく、私や課長は相手、竹中派から見てもどうでもいい存在だろうし、乗っ取らないなんて要領が悪い」
「これらの点から一つ、精神生命体は魔女を避けている。という実態が見えてきます」
「…私を、避けてる…?」
「以前、主任は魔法使いの衰退は意図的に行われたものだと仮説を立ていましたが、本当にそうなのかもしれません」
「真夏君…。魔女から逃げる精神生命体…?人間を乗っ取り、人の目に見えず、物理的な攻撃も当たらない…」
考え込む舞杏の視線が真夏を突き刺す。
「真夏君…キミの魔法は、精神生命体を殺せるものじゃないのかい…?」
「……へ?」
真夏がか細い声を出すと課長室のドアがノックされ、皆の注目が向く。
「鍵、かけっぱなしですね」
双連が立ちあがりドアを開ける。
「あ、幸谷さん、いますか?」
六課の捜査員が真夏を呼び出す。
「わ、私ですか…?」
「幸谷さん宛に荷物が、結構大きいものなんだけど…」
台車に乗せた荷物をそのまま課長室に押し込む。
「ここに置いていって良いです?」
捜査員がソファーに座る部屋の主に視線をやると、その向かいに座る舞杏が許可を出した。
「うん、ありがとう。ここで預かるよ」
退室する捜査員に代わり双連が台車を真夏の元へ運ぶ。
「な、なんでしょう…?」
天地無用のシールが張られた大きな金属製の箱を前に戸惑う真夏。
「なんだろうね。送り主は?」
興味津々に舞杏が尋ねると双連が送り主を確認する。
「…!これ、伝票は正規のものではありませんね。送り主は山田太郎。…品名は、しらたき…?」
「え?しらたきですか…?こんなに沢山?食べきれませんよ…」
「待って真夏ちゃん。こんな頑丈な金属製の箱でしらたきを送ってくる人はいません」
箱を開けようとした真夏を制止する双連。
「伝票が偽物なら山田太郎は偽名だろう。しらたき、か…。嫌な予感がするのは私だけかい?」
箱に近づき観察する舞杏。
「爆発物の可能性がありますね。検査に回した方が良いでしょう」
双連の言葉にひぇっと驚いて箱から離れる真夏。
「運送業者を装って公安に居る真夏君に荷物を届ける、か…。何を考えているんだろうね」
「監視カメラの映像を確認します」
デバイスで公安の監視カメラの映像を確認する双連。
「あ、あのぉ~、これ、ここに置いといて大丈夫なんですか?」
真夏は荷物を課長室に置いたままの状況にハラハラしている。
「まぁ、これが竹中派からの荷物ならすぐにでも遠ざけるべきなんだろうが、しらたきだからな…」
舞杏は箱をコンコン、と叩いてみる。
「た、鷹司さん!あ、危ないですよ…!」
舞杏の後ろに隠れる真夏。
「うん?アナログチックな鍵穴が…。…しらたき、鍵穴…。真夏君、あの鍵は持ってるかい?」
「鍵…って、この鍵ですか…?」
真夏は以前タングスに渡された鍵を取り出す。
「開けてみろよぉ~」
後ろに隠れる真夏をぐいぐいと箱の方に押しやる舞杏。
「わ、私が開けるんですかぁ?」
「キミに届いた荷物だろう?」
「ダメですよ。開けるのは検査してからです」
爆発物の危険性を訴える双連。真夏が箱の前でもじもじしていると、ドンと箱の中から衝撃が伝わる。
「はひっ!?」
驚いて尻餅をつく真夏。
「なんだ?中で動いた?」
ドンドンドン。
『ねぇーーー!』
箱の中から声がする。
「し!しらたきが、喋ってます!?」
「いや、そうじゃないだろう。真夏君、鍵を…。開けるよ」
真夏から鍵を受け取って鍵穴に突き刺す舞杏。回すとカチャリと解錠される。後ろでは双連が銃を構えた。舞杏はゆっくりと、警戒しながら箱を開ける。
「…ゆきー…起きたぁ…」
中に居た少女はあくびをして舞杏と視線を合わせる。
「…だれぇ…?」
「だ、誰なんだろうね…」
線が細く長い髪の少女は真夏よりも小さく中学生くらいの容姿だが、その雰囲気で一層幼く感じられた。
「キミ、何か身分を証明するものを持ってるかな?」
「…?」
舞杏は小さな子供に言うように優しく問いかけるが、きょとんとして首を傾げる少女。
「お、女の子…?」
真夏と双連が箱を覗き込む。
「人間を箱に入れて運搬するなんて、非常識ですね」
「ふむ、何故幸谷さんに…?…とりあえず、あの鍵で箱が開いたということは、この少女を送ってきたのは理想なき革命家で間違いないね」
清水はデバイスで連絡を取り森永卓志を呼び出す。
「ふぅ…。こけさん、この子の身分照会を頼む」
「イエス、サブマスター」
舞杏の指示にこけさんは少女の正面を飛んで顔をスキャンする。
「ぉおぉ…!」
目の前でホバリングするこけさんに興味津々の少女。
「……該当なし。公的データベースに該当するデータは存在しません」
「データなし…?」
「…個人情報の未更新でしょうか?学生のデータ更新は各学校でまとめてしてますからね。不登校などで個人情報が更新されず、成長期に照合ができなくなることはあるそうですが」
「う~ん…キミ、名前は?」
「…んぅ…」
舞杏を睨むように見つめるが、今にも泣きそうな顔をしている少女。怯えながら周囲を見渡して真夏を見つけると指を差した。
「まあつー!」
「へっ?私?まあつ?」
「真夏と言いたいのかな?まるで幼児だ」
舞杏は諦めて真夏と立ち位置を代わる。
「身体と精神年齢が合っていませんね…。この事例…」
「煙が抜けていった後の堀田ラインと同じ。精神生命体が出て行った抜け殻か、もしくはまだ入っていない器か…。卓志を呼んである。検査をすれば何か分かるだろう」
「あのぉ~、お名前、言えますか?」
笑顔で少女に接する真夏。
「…ん…みなみぃ…」
「みなみちゃん?」
少女が頷き、真夏の笑顔を見てにっこりと笑う。
「おぉ、真夏君が謎の少女の名前を聞きだした。こけさん、13~16才の女の子、名前はみなみで3年以上個人情報の更新がされていない子を検索してくれ」
「了解しました。…サブマスター、申し訳ありません。該当データは存在しません」
「そうか、ありがとう。謝る必要はないよ。…となると…。…はぁ…確かに、これを丸焼きにして食べるのは野蛮だな」
「LEX1373…。下3桁はみなみ、とも読めますね」
「この子が精神生命体の器として作られた人間なら、プロップバクテリウムを持っていない可能性は高い。となれば、少なくとも器は1373体以上あると考えていいだろう」
「普通の人間ならほぼ確実に持っているプロップバクテリウム。それを持たず、このタイミングで理想なき革命家が送り付けた公的データベースに記録が存在しない子供…。うん、いいだろう。卓志に検査させてプロップバクテリウムが出なかった場合、この子供をLEX1373として仮定しようか」
「み、みなみちゃんが…LEX1373…?…あのぉ…。みなみちゃんは、どうなるんでしょうか?」
精神年齢の幼いみなみを心配する真夏。
「そうだね、取って食うには身が少ないからね。暫くは公安で保護になるだろう」
(な、なんて言い方をするんでしょうこの人は…)
舞杏の発言は痩せた体型のみなみを心配したものだったが真夏と双連はため息をつく。
「浅見文書にも人が入るほどのカプセルが大量にあったと記載されていますね。今後多数の器の保護が発生する可能性がありますが…」
険しい表情の双連。
「…カプセルで、人工的に作られた人間の場合、国はこの子を人間として扱うでしょうか?」
双連の懸念に頭を悩ませる一同。
「…エルドランドでは法律上【私権の享有は、出生に始まる】とされている。出生とは胎児が母体から独立することだが…。どのようにしてカプセルに入れられたか、それによっては少々厄介な扱いになるかもしれないね」
清水が法律上の話をする。
「うん、だがまだ人造人間と決まった訳じゃないよ。幼子を誘拐してカプセルでプロップバクテリウムを抜き取っているのかもしれない。現に真夏君の魔法はプロップバクテリウムを消せるみたいだしね」
「そうですね、今心配することじゃなかったですね。すみません」
憂い顔で上品に頭を下げる双連。課長室のドアがノックされ、卓志が入室する。
「あ、ダーリン!」
ニコッとした明るい笑顔に切り替わった双連が卓志に手を振る。
「あぁ、失礼する」
「卓志、忙しいところすまないが、また調べてほしいものが増えた」
「ちょうど報告書を提出しようと思ってたんだが…。また子供が増えてるな」
(また…?)
少し引っ掛かったがあまり関わりのない卓志には何も言えない真夏。
「今届けられたしらたき、もとい、この少女だが、LEX1373である可能性が浮上した。ドクターにはプロップバクテリウムの検査をしてほしい」
「コイツがLEX1373?食うとこないじゃないか」
「もぅ!ダーリンまでそんなこと言って!」
ぷんすかしている双連。
「それと、こっちも頼みたい」
舞杏はポケットからポリ袋に入った赤く染まるハンカチを卓志に渡す。
「これは?」
「米俵議員の血液がたっぷりついたハンカチだよ。議員は堀田君同様精神生命体が入っていた可能性が高いからね」
「おぉ、やりますね主任。そんなもの回収してたなんて」
「だろぅ。米俵議員は竹中派だからね」
親指を立ててドヤ顔の舞杏。
「だが、回収に手間取ってそっちの応援には間に合わなかったね、すまない」
「間に合っても何もできませんでしたけどね。見えない相手を追うのは難しすぎます。今回得られたデータで可視化できる装置を作れればいいんですけど…」
「精神生命体を可視化するもの…。もしかしたら理想なき革命家は既に完成させているかもしれないからね。技研に依頼しておこう」
清水は双連がまとめた追尾時の情報を技研に送る。
「猫君には元々見えて、真夏君は猫君の視界を共有することで見ることができたって点も重要な情報だ。視覚の質的差、案外色覚の調整だけで見えるものかもしれない。タングスの目を引っこ抜いてみるのが早いかもしれないけどね」
「タングス…この子、みなみちゃんは理想なき革命家の拠点を知ってたりしないかな?」
双連が真夏の肩に手を置いて聞いてみるように促す。
「え、あ、はい…。みなみちゃん、自分がどこから来たかわかりますか?」
あくびをしていたみなみが真夏を見るとぐぅ~、っと腹の虫が鳴く。
「あ!おなか空いたー!」
みなみは足元からお菓子を取り出して食べる。
「ふふっ、そんなものばかり食べてると栄養が偏るぞ」
舞杏が再度箱の中を確認すると散らかるお菓子の箱の他に保冷バッグを見つける。
「うん?何かな?」
持ち上げて中身を確認する舞杏。
「あー!みなみのー」
取り返そうとするみなみ。
「ふむ、白菜長ねぎ人参にニラ。お肉にきのこ類、そして結び糸こんにゃく…。いや、商品名結びしらたきか…タングスめ…。ドクター!鍋だ!鍋を持ってこい!お鍋にするぞ!」
保冷バッグにはお鍋の具材。
「いや、鍋なんてないだろ…」
「あ、私が取ってきますぅ」
鍋を取りに行く真夏。
「あんのかよ」
報告書の確認と情報のすり合わせを兼ね、課長室で理想なき革命家から送られた食材で鍋をすることになった。




