#24 裏切る者の正義
米俵隆米、57歳男性。自由人民党竹中派の議員。国会議員としては新人の部類だが政府与党、大派閥幹部の威を借りて国会内でも横柄な態度が目立つ卑しい人物。
高級なスーツに腕時計。黒光りする革靴を履き、襟には金の議員記章。
黒塗りの高級エアドライブの後部座席に足を組んで座る米俵はニヤニヤしながら目的地であるエルドランド最高裁判所を見つめる。
(フッ…理想なき革命家の平岡由紀威。馬鹿な奴だ…。出しゃばった真似をしなければ死なずに済んだものを…)
公安が用意した対談の場である最高裁判所。米俵を乗せたエアドライブはゆっくりと駐車場に降りる。周囲には5機のバトルフレーム。通常は1機のみ、お飾りの警備としてバトルフレームが置かれているが、この日は5機の防衛省バトルフレームが警備を担当していた。
米俵は自身の知名度を高める為、タングスが要求したテレビの生放送を許可し、国営放送にて緊急報道されることとなった。
(世間を騒がす大犯罪者。この対談で有名になれば次の選挙は安泰、夏の総裁選で総理総裁になることだって…クックックッ…)
野心が顔に滲み出る。
(さて、どういたぶってやろうか)
先に到着していた公安三課の捜査員に出迎えられてエアドライブを降りる米俵。
「議員、準備できております」
捜査員は米俵を護衛するように先導して建物に入った。
最高裁判所上空では透明化した覆面パトカーでお留守番をしている双連。
(米俵議員、やっぱり出てきたのは竹中派か…)
当然、誰が来るかも知らされていなかった六課の面々。
「主任、対談の議員は米俵隆米です』
得た情報をすぐに共有する。
「あぁ…米ちゃんか…。あんまり好きになれない議員だな」
「ど、どんな人なんですか…?」
対談が行われる大法廷。広く、質素だが重厚感のある空間。吹き抜けの天井から自然光が優しく差し込んでいる。舞杏と真夏は入り口近くの傍聴席に並んで座った。
「う~ん、あんまりいい噂は聞かない人だね。医者から知事を経て国会議員になってるけど、不祥事で知事を辞職してからの国会議員。普通は有り得ないが…元から竹中派との繋がりがあったんだろう。国民に望まれない形で政治家になった人だよ」
「へ、へぇ…」
(悪い政治家の仲間の人…?)
大法廷の中央には普段置かれていないテーブルが置かれ、国営放送の職員が部屋の三か所からそのテーブルにカメラを向けている。公安三課の捜査員と最高裁判所の警備スタッフが4つある大法廷の出入り口の中と外に2名ずつ配置される。
そのうちの1つ、真夏達とは離れた出入り口からスチール製の車椅子に乗せられてタングスが運ばれてきた。
《にゃんにゃ?小さい人間が出てきたにゃ》
無力化。両腕両足の義肢が取り外されたタングスは自ら動くことはできずに大人しくしている。
「タングスさん…」
「猫君、しっかり起きて真夏君を守ってくれよ」
「にゃあ~ん」
スカーレットの頭を撫でて立ち上がる舞杏。
「緊急時、出入り口が塞がれた場合は天井の吹き抜けを突き破ってでも退避するんだよ。キミ達なら簡単に破壊できるだろうからね」
言われて天井を見上げる真夏。中央テーブルが置かれた真上の吹き抜け天井はガラス張りで、ガラスを割れば飛んで逃げることはできる。
「そんな緊急事態になるんでしょうか…?」
「ならないとは限らない。奴が何を企んでいるか分からないからね」
舞杏は傍聴席の最前列まで進む。
「鷹司、来てくれたか」
タングスは舞杏とその先に真夏が居るのを確認する。一瞬目が合った真夏は軽く会釈をした。
「上からの命令に従順な公僕でね。お前との約束を守る為に急遽予定変更してきたよ」
「ふっ、そうか。色々と無駄な対策をさせたみたいですまないな」
舞杏とタングスの僅かな会話に三課の主任が割り込む。
「議員が到着された。鷹司、お前はそこから出てくるなよ」
傍聴席の仕切りを指差す則本。
「則本主任、警備は万全か?」
「問題ない。全て予定通りだ」
「タングスの義肢は?」
「あれは本部に輸送されている。違法の軍用義肢だからな、二度とこいつが使うことはない」
「それはそうだが…。私が戦った感じだと、あれは通常の軍用モデルじゃないんだろ?欲しがる奴もいるんじゃないか?」
「ふん、そうだな。肉体の四肢を削り、義肢同士を連結させることで肉体と義肢の接点の負荷を極限まで抑えることができるみたいだ。あれなら怪人だって相手にできるだろうが…装着する為に四肢を切断する必要がある。軍用として実践的だが、実用的ではないな」
三課の捜査員によってテーブルに配置されるタングス。
「左の眼球も義眼だった。立体視を損なうことなく肉眼以上の情報を取り込めるらしいが…」
舞杏はタングスの顔を確認するが、義眼が外されたりはしていない。
「目からビームが出せるようなものじゃないからな。今回はそのまま付けさせている」
「いいの?」
「専用工具なしで取り外すのは時間がかかる。かと言って無理に取り出せば全国放送で血にまみれた格好を晒すことになるだろ。無抵抗な相手に暴力を、なんて疑われることすら許されん。義眼の分析はしてある。あれは安全だ」
「ふ~ん…」
傍聴席最前列に座る舞杏。200を超える数の傍聴席に座っているのは舞杏と真夏、他数人の関係者だけ。三課や警備スタッフ、報道陣は皆持ち場に立って対談を待っている。
「米俵議員、入られます」
出入り口のスタッフの声が響き、報道陣が動き出す。カメラを向ける者、本部に対談開始間近を報告する者。他、タングスを含め皆が米俵に注目する。
「やあ!皆さんご苦労さん!今日はよろしく頼むよー」
大法廷に入るとニヤニヤしながら中央テーブルに歩み寄りタングスを見下ろす。
「キミが平岡由紀威か、想像していたより、小さいな」
見下して鼻で笑う米俵はタングスの向かいに用意された立派な席に座る。
タングスは無表情に米俵を見る。その表情にいつもの余裕や穏やかさはない。
「どうだい?前代未聞の大犯罪者を裁くための場として用意してもらった大法廷だ。身が引き締まる思いだろう」
「裁く…?俺達は対談を要求したんだが」
「ふん、一緒だろうが。この後どうせ刑務所行き…いや、処刑場行きか…?アッハッハ!話し合う場所として国会議事堂を用意したかったんだが、お前等に燃やされちまったからな!ハハハッ」
大法廷に笑い声を響かせる米俵に媚びるように近寄る則本。
「米俵議員、放送の準備が完了しましたので、いつでも」
腰を低く報告する則本をあしらうように手を振る。
「あぁ!じゃあ始めちゃおうか!」
その声に報道陣が撮影を開始する。
米俵はテーブルに手を置きタングスを見つめる。
最高裁判所の外では1機のバトルフレームが正面入り口に鎮座し、残りの4機がツーマンセルで建物の周りを巡回していた。
「西田准尉、対談が始まったようです」
「そのようだな、どちらも警戒を怠るなよ」
直属の部下からの報告に応える西田。
この日最高裁判所を警備することになった西田小隊と一色を除く一色小隊の2人。円莉子と望月はペアになり行動している。
「了解…」
静かに返事をした円に違和感を覚えた望月。
「…円先輩?大丈夫ですか?」
「え?あぁ、いや。なんでもない、大丈夫だ。油断しないでいこう」
「…はい、一色隊長も居ませんからね。何事も無ければ良いですが…」
「…そうだな。何事もなければいいな…」
望月に空返事する円。しかし本人は誰よりも集中して周囲を警戒していた。
「まずは失礼な呼び出しに応えてもらえたことに感謝する」
政治家と犯罪者の対談が始まり、国営放送は予定通り番組を変更して対談の場を映す。
「通常届くことのない、弱い立場の国民の声を届けるため、代表してここに居ると思ってほしい」
含みのある言い方で畏まるタングス。
「うむ、この場を作るために取った行動は決して許されることではないが、国民の声を聴くのは私達政治家の仕事だ。場が用意されたからにはキミ達の話を親身になって聴こうじゃないか」
偉そうな態度は変わらないが全国放送用に居住まいを正す米俵。
「我々理想なき革命家は力無き国民の集まり。平和な世界を、より良い国を望む国民。だが我々は裏切られた。独善的に悪政を敷く政治家に苦しめられた結果、このような暴挙を行ったことを理解してほしい」
「ふん、自分の思い通りにいかないから暴力を振るうなんてあってはならない。お前達の行いは理解されないだろ。この国は民主主義なんだよ。国を動かしたいんならお前だって政治家になれよ」
「その民主主義も、今では機能していないでしょう。米俵隆米、あなただって選挙で落ちたくせに政治家をやってる比例復活のゾンビ議員じゃありませんか」
「なッ!お前なぁ!比例代表制はれっきとした制度なんだよ!何の問題もないだろ!」
タングスの言葉に腹を立てる米俵。
「比例代表を作ったのも政治家だ。たとえ落選しても、そこそこの票数を確保すれば復活できる仕組み。国民がいらないと判断した人間が政治家であり続ける矛盾はどうする?矛盾を抱えた制度で本当に民主主義と言えるのか?少なくともお前が獲たのは国民の清き一票ではなく、汚く癒着した組織の票と人民党からの支援だろ?」
「う、うるさい!今はそんなこと関係ないだろ!」
「関係はあるさ。政治に対する不満は組織の土台だ。真っ当な政治が行われていれば、そもそも理想なき革命家は存在していない」
「黙れ!いくら自分を正当化しようとな、お前は犯罪者なんだよ!悪いものは悪いと言う努力が必要?悪いことやってるヤツが偉そうに説教垂れるなよ!」
対談開始早々に、手玉に取られて熱くなる米俵。
「説教…?事実を言っただけだが」
「ふんッ!お前等はなぁ、決まったことに黙って従ってればいいんだよ!」
ドン、とテーブルを叩きつける。
(はぁ…。悪手だな…)
舞杏はその言動に小さく笑い、冷めた目で米俵を見つめる。
(そのお前等ってのには一般国民も含まれるだろうに…)
罵り合いのような対談が続く。
(しかしタングスは何がしたいんだ…?これじゃあタングスの言う小学校の学級会よりも低レベル…)
建設的な話し合いはなく、互いに批判し喚き合う姿はタングスが破壊した国会議事堂でよく見られた光景。その姿に落胆しているのは舞杏だけではなく、カメラを向ける報道陣も同じようだ。
(人民党議員の醜態をさらすのが目的なら達成してるか…)
汚く唾を飛ばしながら叫ぶ米俵に苦笑する舞杏。
「初めはただの憂さ晴らしだった。たまたま見かけた政治家事務所でのパーティー。忍び込んで少し痛い目みせてやろうとか、そう思ってた」
「はぁ?」
言い合いに満足したのかタングスの口調が変わる。
「見つからずに入り込むのは簡単だった。忍び込んでおきながら、不用心だなと思ったよ…。でも結局、途中で思いとどまった。暴力沙汰はよくないと、そのまま誰にも見つからないように出て行こうと思い直した」
「いきなり何の話を…」
「人の気配がして、身を隠すために飛び込んだ部屋でおかしなものを見た…。連結されたカプセルが2つ…」
「…!」
「ここに誰が来るかは賭けだったが、あんたでよかったよ、米俵隆米…」
「お前なぁ…!」
米俵は自分の役割を思い出し、冷静になろうと努めるが鼻息が荒い。
「LEX1373、これを取引材料にすれば、お前等が、出てくる可能性がある、とは思ったが…。本当に釣れるとは、滑稽だよ…」
タングスの様子が変わる。額に薄く汗をかき、言葉を詰まらせるが平静を装っている。その異変に気付いたのは舞杏だけだった。
(様子がおかしい。則本主任!対談を止めさせろ…!)
舞杏は米俵とタングスの間に立つ則本に身振り手振りで知らせようとするが、則本は気付かない。
「LEX…そんなものはどうでもいい…!お前等を全員!」
「そりゃあよかったよ…。もともと、返すつもりは、なかったからな…!」
苦しそうに言葉を吐き出すタングス。
「あ?」
「あんなもん、丸焼きにして喰っちまったよ!」
不敵な笑み、四肢の無い身体で米俵を威圧する。
「ば、蛮族め!」
「米俵ァアアッ!!!」
怒りに満ちた叫び。しかしその言葉はしっかりと発音されていなかった。
(口に何か隠してる…?)
舞杏がその正体を見極めようと身を乗り出した時、タングスは口の中の何かを噛みつけるとブッ、と米俵に向かってそれを吐き飛ばした。
「うっ!?」
「ぶっ飛べ宇宙人!!!」
赤い光を素早く点滅させるそれは米俵のみぞおちに付着すると、米俵が取り払おうとして手を動かすよりも先に、バンッ!大きな音を立てて爆発した。
タングスが爆発物を吐き飛ばす瞬間に傍聴席から飛び出していた舞杏はタングスをその爆風から守るように車椅子ごと床に押し倒して覆いかぶさった。
「クッ!間に合わなかった!」
テーブルの反対側に飛ばされて倒される米俵。
「うべぁーーー!!?」
「よ、米俵議員!?」
痛みに悲鳴を上げる米俵。爆発に一瞬目を逸らしていた則本が駆け寄る。
高級なスーツが破れ、腹部が抉れて血が噴き出している。
「なんてことを…!」
舞杏が場の収拾に立ち上がろうとした時、タングスの小さな声が聞こえた。
「魔女は何をしている?」
先程までの怒りに満ちた表情とは打って変わり、落ち着いた顔で真っ直ぐに舞杏を見つめる。
「は?」
床に倒されたタングスは真夏を見ることができない。急な質問に思わず舞杏はタングスに代わって傍聴席後ろの真夏を確認する。
爆発に驚いたのか、はたまた血を吹き出す米俵から目を背けるためか、真夏は座ったまま頭を伏せて防御態勢になっている。しかしその傍らではスカーレットがボディーガードの任を果たすべく背を伸ばして大法廷の状況を確認していた。
「あぁっ!ああ!ああぁぁあっ!!?」
痛みに悶えて吹き飛んだ腹部を押さえる米俵の表情が変わる。
「んっ、ぎゃ、ぎゃーーーん!」
まるで無邪気な幼子が転んだように、自分の異変を周囲に知らせるように泣き叫ぶ。
《ご主人!》
スカーレットが叫ぶ。しかしその声は外から聞こえる4回の爆発音に消される。
「今度はなんだ!?」
立ち上がる舞杏。防音性能が高いこの大法廷の中にまで外の爆音が届く。
米俵の横でへたり込む則本に代わり、屋外の状況確認の指示を出す舞杏。その身体にガラスが割れる音と共に粉砕されたガラスが降り注ぐ。
「!?」
ガラスの雨が止み、上部を確認すると吹き抜けの天井が破壊され、そこからバトルフレームが1機侵入してくる。
タングスの横に立つ舞杏に銃を向けるバトルフレーム。
『離れなさい』
冷淡な女の声がスピーカーから舞杏に指示を出す。
「それは反則だろうがよ…」
両手を上げて後ずさる舞杏。
バトルフレームはタングスを車椅子ごと掴むとそのまま破壊した天井から脱出する。タングスは吹き飛ばした米俵よりも、きょろきょろと困惑している真夏に関心があるようだった。
(タングス…何を見てる…?)
タングスと真夏の視線が一瞬だけ重なった。
《ご主人!!》
スカーレットの声にはッとする真夏。
「ひゃい!?」
《偉ぶりジジィから煙が出てるにゃ!》
「煙?」
確認するが真夏には見えない。
「え…?爆発の煙じゃあ…!それってあの!…ほ…?ライ…。赤ちゃんおじさんと同じ!?」
スカーレットは取り調べ中に堀田ラインから飛び出した白い煙のようなものと同じものを見ている。
《にゃ!あの煙、ロボットを追いかけて行っちゃうにゃ!》
「け、煙なら上に行くのは当然…?…でも…」
私達に見えていないものを見ていた可能性はある。真夏は清水の言葉を思い出す。
「い、行きましょう!」
杖を構えるとぴょんと飛び乗るスカーレット。
《にゃぁー!一発ぶん殴ってみるにゃー!》
真夏も杖に乗って浮き上がる。
「真夏君!?」
「ちょっ、ちょっと行って来ますぅ」
「待ちなさい!そんなトイレにでも行くみたいに犯罪者を追いかけるんじゃない!」
舞杏の制止を無視して吹き抜けから飛び出す。
上空では透明化した覆面パトカーで双連がタングスを連れたバトルフレームの進路を塞ぐ。
「急いでくれぇ~」
状況を見て本部に武装許可を求めていた双連に許可が下りる。
「ヨッシ!」
パトカーを展開させてライフルを構える双連。
(電磁力システムだけでも破壊できれば堕とせるはず…)
スコープを覗き、狙いを定める。
「げっ、真夏ちゃん!?」
バトルフレームの後から出てきた真夏に気付いて照準を外す。
パトカーの透明化を解除して赤色灯を回す。それに気付いたバトルフレームが進路を変えて真夏もそれを追いかける。
『ちょっとちょっと真夏ちゃん!まさか革命家に付いていこうとしてるんじゃないでしょうね!?』
「ちっ、違いますよぅ!」
あらぬ疑いをかけられて狼狽える真夏。
「スーちゃんが!政治家さんから煙が出たって!」
『煙って…』
真夏の横に付けて一緒に飛ぶ双連。
スカーレットにしか見えない煙のような存在。それはパトカーと真夏が並んで飛んでいると急に進行方向を変えて逃げるように飛んで行く。
《ご主人!あっち!ロボットから離れていくにゃ!》
「へっ?さっ、西園寺さん!煙、あっちに行ったそうです!」
その場で止まってしまう真夏。
「追え!幸谷!!」
バトルフレームに掴まれたタングスの怒号が空に響く。
「ひゃ、ひゃいっ!」
怯えて方向転換してスカーレットの指示で煙を追いかける真夏。
『ちょっ!真夏ちゃん!』
『西園寺君!状況は理解した、真夏君を追え!』
双連がバトルフレームを追うか真夏を追うか迷っていると舞杏から指示が出る。
『いいんですね?革命家の方は!』
停止する双連。
(どのみちバトルフレーム相手にパトカーでは対抗できない。最悪西園寺君が堕とされる…。それは真夏君の方も同じはず)
『西園寺君、合言葉。馬の耳にも?』
『ヘッドホン!』
『よし、真夏君のサポートを頼む!真夏君、無茶はするなよ!』
タングスを掴んだバトルフレームは双連との距離が離れると透明化して飛び去った。
(はぁ?透明化…?革命家の奴等、そんなものまで…)
双連は惜しそうにバトルフレームを見送り真夏を追いかける。
「則本主任、救急の手配は?」
舞杏は泣くこともなくなった米俵の様子を見る。
「手配は済んだ…。だが助かるはずがない…。終わりだ、もう俺は終わりだよ鷹司…」
「動かないんだったら三課のパトカーを借りるよ。ウチの子達を追いかけたいんでね」
舞杏の言葉に米俵の血で汚れた則本は返事をしなかった。
煙を追いかけて飛ぶ真夏だがなかなか追いつけない。速度で劣っている訳ではなく、スカーレットの指示を聞いてからの行動では一瞬遅れてしまうからだ。
《猫と人間の目は違うって聞いたことがあります…!》
《ボクの視覚を共有できればご主人にもあれが見えるはずにゃ》
《できるんですか?そんなことが》
《マナで会話する応用にゃ。目を閉じてボクの視覚を受け取るにゃ!》
煙は高速で飛び市街地に降りた。建物を縫うように飛び、真夏から逃げる。
《うぅ…。この状況で目を閉じるなんて》
《ご主人ならやれるにゃ!》
スカーレットに背中を押されて目を閉じる真夏。
(会話の応用…。スーちゃんのマナを受け取って…)
「み!見えました!」
目を瞑ったまま見えたと叫ぶ真夏。
《それでこそご主人にゃ!》
(見慣れない色合いの世界です…!)
普段見ている世界と色合いがすべてが異なる。その世界で不気味に漂い移動する煙のようなもの。
「あ、あれが、スーちゃんが見ていた、煙!」
スカーレットの目を通すと確かにそこにある煙。目を見開くと消えてしまうが、また目を閉じるとしっかりと確認できる。
《近づけるだけ近づくにゃ!とりあえず一発ぶん殴ってみるにゃ!》
《で、でも、あれって物理攻撃が通るんでしょうか?》
《物は試しにやってみるにゃ!》
自信に満ちたスカーレット。
目を閉じた真夏は速度を上げて煙に迫る。
《わかりました、スーちゃん!お願いします!》
煙に接近し、スカーレットが杖から飛ぶと視界が揺れ、真夏は飛行制御するために目を開ける。
《うにゃる剛腕!喰らえ!ニャームストロング!!》
巨大化して猫パンチで煙を抉る。
(た、鷹司さんの影響を受け始めてる…?)
しかし、スカーレットの渾身の一撃は煙を捉えたが空を切るように何の手応えもなかった。
《にゃん!?》
くるっと回転して地面に着地するスカーレットをすぐに回収してまた追いかける。
《ご主人!ボクのニャームストロングが効かないにゃ!》
驚愕の表情で真夏に訴える。
《あ、はい》
(たぶんそうだと思ってましたけど)
《前を向いてください。離されちゃいます》
『真夏ちゃん!煙は!?』
追いついてきた双連が真夏達の10メートル程上を飛ぶ。
「前方30メートルをふらふら飛んでます!」
真夏の報告を聞いて確認するが視認できない。
(各種センサーに反応なし…。ネコちゃんにだけ見える煙。猫の視覚、二色型色覚…?)
使える機材をすべて使って反応を確かめる双連。
『ダメ、こっちじゃ何も見えない!こけさん、そっちのセンサーで何か分かる?』
「ノー、レディ。ワタシにはマスターが何を追いかけているのか分かりません」
真夏のローブからひょっこり顔を出すこけさん。
煙はさらに低く飛び、商店街の人混みに紛れてしまう。
「き…消えてしまいました…?」
煙を見失ったスカーレットと真夏は空中停止する。
『消えた?』
(人混みに紛れた?いや、もしその煙みたいなものが精神生命体だったとして、奴等は人間に入り込んで乗っ取る…)
「魔女だ!」
「おぉ!ホントに飛んでる!」
地上の市民が真夏達の存在に気付いて騒ぎ出す。
双連はサイレンを短く鳴らしてスピーカーで呼びかける。
『事件の捜査中です!皆さん、その場を動かないでください!』
だが大衆のほとんどは呼びかけに応じない。立ち止まる人もいれば、商店街の群衆の流れのまま流されていく人もいる。
(ダメか、これだけの人を強制的に止めることはできない)
『こけさん!今ここに居る人の身元確認をお願い!』
「イエス、レディ!」
真夏から飛び出すこけさん。
(無駄なことかもしれない、でも、今やれることはやっておかないと)
双連はこけさんと手分けして商店街を行き交う数百人の身元確認を行った。
『主任、追っていた煙を見失いました』
三課パトカーのカギを奪い取った舞杏がパトカーに乗り込むところに双連からの連絡が入る。
「うん…。そうか、みんな無事かい?」
『はい、負傷者なし。ネコちゃんが少し拗ねてるくらいです』
一同を回収してパトカーで最高裁判所に戻る双連。
舞杏は追いかけるのをやめてパトカーを降りる。
「ふふっ、猫君には帰ったらおやつをあげよう。とりあえず迎えに来てくれるかい?」
『戻ってる途中です、すぐに到着します』
「うん、待ってるよ」
最高裁判所の駐車場で煙を上げているバトルフレーム。その内の1機に防衛省のパイロットが集まっている。舞杏はその集団に近づいて身分証を提示する。
「公安です、状況を伺っても?」
小隊を率いていた西田が対応する。
「公安…。小隊長の西田です。申し訳ない、私の監督不行き届きだ…。4機のバトルフレームが同時に爆発、制御系ユニットが破壊されて隊員の1人が離脱した…」
西田は頭を下げる。
「負傷者は?」
「コクピット内部は無事、負傷者は居ない。だが1機、この機体のドアが開かずにパイロットが閉じ込められている」
機体の外からパイロットがこじ開けようとしているが苦戦している様子。
「そうですか…。離脱したパイロットは?」
「……円莉子二等陸曹、正義感の強い優秀なパイロットだ」
(タングスを連れ去ったバトルフレームの女…。ほんと、至る所に理想なき革命家が潜んでいるみたいだ)
「理想なき革命家と繋がっているような素振りは何もありませんでしたか?」
「………」
西田は考え込むが、首を横に振って答えた。
救急要請を受けた救急隊が最高裁判所に到着する。少し遅れて六課のパトカーが舞杏の近くに着陸した。
「ありがとうございました。また後日伺うことがあるかもしれません。その時はよろしくお願いします」
舞杏は一礼してパトカーに乗る。
「お疲れ様です。…救急隊、米俵議員は助かりそうですか?」
ストレッチャーを押して裁判所に走る救急隊を見ている双連。
「いや、おそらくもう死んでるよ。腹部が抉れてとんでもないことになってたからね」
後ろの席の真夏は思い出して気分が悪くなる。
「まんまとやられましたね。タングスは狙っていた政治家を殺害して逃亡。また知名度が上がりますよ」
「…いや、タングスの狙いはそこじゃないはずだ…。あのランクの政治家ならプライベートに護衛はつかない。やろうと思えばいつでも殺せるはずだよ。わざわざ捕まり対談という場を用意した訳…」
(…しかし、だとすると…)
舞杏は顔をしかめる。
飛び立つパトカー。
後部座席には魔女と猫。
公安への帰り道、舞杏は思考を巡らせた。
「一応、合言葉を確認しておこうか…。猿も木から」
「ジャンピング・ニー…。やめません?これ」
「いや、これは有効な対策だよ」
公安六課に戻った一同は舞杏のデスクに立ち寄った後に課長室へ向かう。
「合言葉のセンスですよ…」
「何です?それ?」
自分の知らない合言葉で繋がる2人にやきもちを焼く真夏。
「私達が相手にしているのが精神生命体、と仮定した場合、私達自身が乗っ取られて操られてしまった時の対策。私と西園寺君は魔女の近くにいる人間だからね、真夏君を殺すなら私達を操るのが手っ取り早いだろ?」
「えぇ…。わ、私は合言葉を知らなくていいんですか?」
「あぁ、そろそろ真夏君にも覚えてもらおうかな。問いと答え、シチュエーションによって2048通りになる合言葉を…」
「も、もう少し厳選してもらってからで大丈夫ですぅ…」
「精神生命体の数、乗っ取りのルール。何一つ解ってませんからね。合言葉もある程度有用なのはわかりますけど、主任のセンスがねぇ…」
舞杏を先頭に双連が真夏を後ろから押して課長室の前に着く。
「ハイセンスってやつか…。敵を欺くにはちょうどいい。さて、私達は小さな疑念でも払拭しないといけない…。準備はいいかい?」
「はい、私は自分の正義に従い誰であろうとしょっ引ける女です」
「へ?」
舞杏は課長室のドアを少しだけ開けて中を確認するとそのままノックもせずに突入した。
「はへっ!?」
続いて双連に押されて課長室に転がり込む真夏。双連が入室するとすぐにドアを閉めて鍵をかける。
「清水次郎吉!組織犯罪処罰法違反の容疑で拘束する!」
舞杏は銃を清水に向ける。
「えぇ…。え?えぇぇええぇっ!??」
銃を向けられた清水よりも驚いて声を上げる真夏。
《狂ったのかにゃ?》
「サブマスター。協力は惜しみません」
傍観するスカーレットと清水に対する殺意が高いこけさん。
「…上司に銃を向けるとは…。いつもの冗談では済まされないよ…」
清水のメガネがキラリと光る。
「冗談…?…ふっ…。私はいつも、本気だよ」




