#23 策士策に溺れぬ
エール駐屯地入り口に姿勢を正して立つ一色。その向かいに一色よりも大柄で強面な男が立つ。
「一色軍曹!これより懲罰として15日間、基地への立ち入り禁止処分とする!違反すればより重い処罰が科されるものと知れ!」
強面の男の強い言葉に敬礼で返す一色。
「と、言っても表向きは長期休暇みたいなもんだ。上からしてみれば言うことを聞かないエースを締め出したいんだろうが、シュープリーム島の島民に感謝だな」
シュープリーム島での怪人群発事件。命令違反と無断出撃で営倉に収容されていた一色だが、島民からの感謝の声が大きく、一色を英雄視する島民達から防衛省は非難されると表向きに長期休暇というかたちで基地への立入りを禁止する命令を出した。
「西田准尉、感謝します。自分の為に色々と動いてもらったみたいで…」
「馬鹿言うな。お前に全責任を負わせる形で見送ることしかできなかったのは俺だ。感謝されることはない」
2人は目を合わせて微笑む。
「居ない間、自分の隊をよろしくお願いします」
頷く西田。
「ああ、わかってる。近々5人編成での厄介な任務に就くことになってるからな。優しくこき使ってやるよ。お前も、あまり羽目を外しすぎないようにな。休暇を楽しんで来い」
西田が敬礼を返し、手を下げると一色も笑顔で手を下ろす。
一色は西田に見送られて駐屯地を後にした。
エール郊外のとある屋敷の地下に隠された空間。100を超えて並ぶ2メートルほどの長円形のカプセル、その1つを数人が囲むようにして立っている。
「可笑しいわねぇ、勝手に出て行った訳じゃあるまいしぃ?いつからぁ?どぉしていなくなったのかしらねぇ?」
気怠そうに空のカプセルを見てに笑う。
「数週間前には、持ち出されていたみたいです…。御大…。管理できなかった私のミス、処罰はいかようにでも…」
体格のいい若い男が膝をつき頭を下げて謝罪するとその場に緊張感が漂う。
「そんなことよりぃ、これをどう処理するかが問題よぅ?」
「御大様、この件に関わったと思われる理想なき革命家はすべて殺処分させていただきます」
普段、周りを蔑みふてぶてしい笑みを浮かべている宮沢屋だが、この場での彼は政府与党の重鎮としての威厳はなく、伏し目がちに額に汗をかいている。
「そうねぇ…。素体はどうでもいいとしてぇ、ここから連れ出した事実を知る者は消すべきねぇ…」
「はい。こちらのセキュリティにかからず素体を持ち出したのであれば、初めから素体を狙った計画的犯行の可能性もあり、念のため、設備自体を別に移すことも必要かと思われます」
「普通の賊ならぁ…上の金品を盗むものねぇ。素体を狙った犯行…。どこでここの情報を知ったのかしらねぇ…」
御大の発言に緊張感が増す。
理想なき革命家の政治家を狙った窃盗。その被害者は自由人民党に多く、この場に集まる者の中にも被害を受けた者が居る。
「…まったく面倒よねぇ…。何年ぶりかしらぁ、設備ごと移動させるなんて」
「は、はい…。浅見の件以来ですので…15年ほどかと…」
「…浅見…。…あぁ、あの青二才ねぇ…。浅見の件、処理は完璧なのよねぇ?」
「はい、浅見と、その後捜査に関わった人間すべて適切に殺処分しています」
深く頭を下げる宮沢屋。
「ならいいけどぉ…。最近魔女が公安とくっついたでしょう?何やら嗅ぎ回ってるみたいだしぃ、あれも早めに処理しなさいよぅ…」
「は、はい…なんとか、近いうちにとは思っていますが…。なにぶん、想定外の魔女でして…」
「ふふっ…。それはあなた達に任せるからぁ、上手くやりなさぁい…。あぁ、そうだ。パン屋の外でやりなさいね…。友人に死なれでもしたら泣いちゃうわぁ」
御大は泣きまねをするが、すぐに笑みを浮かべて男たちに釘を刺す。
伊月パンの厨房、客が少なくなる時間帯。女将が真夏とホルスを対象に新作惣菜パンの試食会を開いていた。時刻は15時を過ぎた頃。ちょうど小腹がすいてきた真夏は新作のパンにかぶりつく。
皮の厚い硬めのバゲットを開いて、ニンニク、オリーブオイル、唐辛子のソースで和えたパスタを挟んだだけのパン。
「んっ、おいひいです…!」
「んぐんぐ…。ん、シェフを呼べ。誉めてやるじゃんね」
「そりゃどーも。味は問題ないみたいだね」
2人の期待通りの反応に頬が緩む女将。
「さて、なんて名前で売りだそうかね」
「ペペロンチーノを挟んだパン、ペペロンチーノパンですね」
何のひねりもなく焼きそばパンを真似ただけの名前を提言する真夏。
「まんまじゃんね。少しは購買意欲をそそる名前にしないとじゃん?ペロッと食べれるペロリンチョとか、ぺろりんちーの、とか」
「ぺろりんちーの、なかなか可愛い名前だね。真夏ちゃんは他にないかい?」
(か、可愛い名前…?ほどよい硬さのパンに具沢山で今にもこぼれ落ちそうなパスタ…)
「…!…ぽ、ぽろりんちょ!」
「……はぁ…。何をぽろりんちょさせようとしてるんだろうねこの子は…」
「ふふふはははっ!い~じゃんね!ぽろりんちょ!決定じゃん?」
「いーや、これはぺろりんちーので販売するよ」
新作パンの名前はぺろりんちーのに決定した。
真夏が頬を赤くして残りのパンを食べているとヘルプアラームが鳴る。自動化され、基本的にセルフサービスとなっている伊月パンだが、手助けが必要な場合はスタッフが出て行くことになっている。
「あ、私が行きます」
店舗内には客が3人。ヘルプボタンを押したのはセルフレジの操作で困っている客のようだ。
ほんの少しいたたまれない気持ちの真夏はその場を逃げ出すように売り場へ出た。
「い、いかがなさいましたか…?」
4月下旬、暖かな気候にパーカーのフードを深く被った男に声をかける。
「あぁ、すみません。少し聞きたいことが…」
セルフレジを操作して商品を選んでいる男を見て真夏は目を丸くする。
「テッ!テテテテングス!?…さん?」
一歩引いて身構える。
「タングス、な」
国会議事堂爆破事件、そして元総理殺害事件の犯人として電波ジャックで一躍有名人となったタングスがそこにいた。
「前は糸こんにゃく派の女に邪魔されて話せなかったからな。出頭する前に会えてよかったよ」
(そ、そうです…。この人は今度出頭してくる人…。ここで私が捕まえたりする必要はない…はずですよね…?)
タングスは5月に出頭する取り決めになっている。
「な、何か用ですか?」
「あぁ…。君はこの国を、この世界をどう思ってる?」
「へ…?この世界を…?」
「君は別の世界からここに来たんだろう?」
(そ、そんな事まで知ってるんですか…)
「この世界の外から来た君が、敵か味方か、俺達にはまだわからない。直接話してみたかったんだ」
「そう、なんですか…?…この世界…。とてもいい世界だと思います…。怪人が出たり、危ないところもあるけど、技術が進歩してて、優しい人が多い、いい世界です」
率直に答える真夏。
「…。そうか?技術は搾取され、腐った人間ばかりの世界だ…。確かに進歩した技術は世界を豊かにした。だが一部の人間に富を、多くの人間をその富の踏み台にしている。支配する者とされる者、その格差を生み出しているのは豊かな人類社会そのものだ」
「え…?えぇ~っと…。ど、どうなんでしょう…。む、難しいことはわからないですけど、社会の中で役割ができるのは、仕方ない…と思います…。偉い人も、偉くない人も、居て当然です。世界はみんなで出来てるものだから」
「弱い者は搾取されてもいいと?強いものが支配する世界で耐え忍んで生きろと言うのかい?」
「…違います…。強い人が、弱い人を守ってあげられるのも人類社会だからこそですよね」
機械を操作するタングスの手が一瞬止まる。
「…甘いね。それは支配者が使う飴と鞭の飴だ。飴を配り善人を装い、弱い者の見えないところで鞭を振るうんだ。君もこの世界の支配者たちのことは知っているだろう?公安六課として怪人事件を捜査する君だ。支配者たちが裏で何をしているか…」
「で、でも、全員がそうじゃないですよ。あ、浅見先生とか、とてもいい人だと思いました」
「浅見…浅見三子議員か。確かに国民想いの良い政治家だ。誠実で人気もあり国民からの信頼も厚い…。だが、力が無い。次の選挙も国政党が大勝することはないだろう。既に選挙でさえ公平とは言えない。既存の権力者たちに有利なルールに書き変えられているからな」
鼻で笑うタングス。
「…はい…。だから、支配とか、偉いとかじゃなくて…。善か悪かで考えるんです」
「善悪で?」
「た、例えば、怪人化事件を引き起こしてる人は悪ですよね。どんなに偉くても、それは悪です。でも、怪人にされて、暴れて人を傷つけてしまった人は悪とは言えません。怪人になってる時は自我がないみたいですし、自分で怪人になりたかった訳じゃないですから」
「だが善悪の概念は立場によって変わる。怪人化で金儲けしてる奴等からしてみればそれを邪魔する魔女の存在は悪だ。つまり、大衆を支配する者達にとって、君は悪だろう。だとすれば、君はこの世界にとって善なる存在と言えるのかな?」
「え…?……。確かに…私って悪?」
「ふふっ」
タングスが笑う。
商品を選び終わると合計金額が表示され、タングスは現金を投入する。
(…現金派だ)
精算が完了するとすぐに商品取り出し口に自動でパッケージされたパンが届けられる。
「…タングスさん、意地悪ですね」
「犯罪者だぞ。殊勝な人間じゃないさ」
商品を手に取ったタングスはぽつりと言う。
「でも、俺も同じだ…」
「…?」
「そうそう、猫は一緒じゃないのか?」
「スーちゃんですか?スーちゃん、お店には立ち入り禁止で…」
「そうか…。今度の対談には連れてきてくれよ」
「へ?…猫、好きなんですか?」
「そうじゃない…。いや、嫌いじゃないが、俺は犬派だ。…魔女と黒猫はセットだろ?ボディーガードにもなる使い魔、連れてきた方がいい」
「はい、たぶん一緒に行くと思います」
タングスは頷き、腕時計を確認して出口に向かう。
「長居しすぎた。気付かれたみたいだな。なかなか優秀だよ」
「あ、ありがとう、ございまし…た?」
自動ドアの前に立って扉が開くのを待ち、さっと外へ飛び出す。するとこけさんとパトカーが急降下してタングスに迫る。
『タングスてめーっ!こら!私の真夏君に何してやがる!?』
パトカーからは舞杏の声。乗っている訳ではなく、遠隔で操作している。
「鷹司か?悪いが今は捕まらん!また今度な!」
タングスは小型エアドライブに飛び乗り勢い良く発進する。
『てめーっ!ここで撃ち落としてやる!!』
パトカーが武装を展開してタングスを追う。
『だっ、ダメですよ鷹司主任!幸谷さんの護衛が任務です、陽動の可能性がある以上追ってはいけません』
公安本部から真夏を遠隔で護衛していた捜査員が舞杏を制止している。
『うるせぇ!撃たせてくれよ!ヤツを撃ち落とすまででいいから!』
パトカーはふらふらしながらぐるぐると伊月パン周りを飛んでいる。
『あー!もう!応援を手配してますから!わがまま言わないで下さいよ!!』
ドン、と机を叩く音が聞こえ、舞杏の小さな悲鳴もパトカーのスピーカーから流れる。
『ひぇっ!』
その間にタングスは遠くの空へ消えていった。
「マスター、申し訳ありません。顔が確認できず、タングスと断定するのに時間がかかってしまいました」
真夏の元へ飛んでくるこけさん。
「こけさん、タングスさんが来たこと、わかったんですか?」
「イエス。伊月パン他、周辺の監視カメラには常にアクセスできる状態です。あ、合法です」
「そ、そんなことまでしてたんですか…」
こけさんが近くにいる時以外は公共監視カメラのネットワークや、合法権力ハッキングで個人設置カメラへのアクセスで常に真夏は監視、護衛されている。
「イエス。現状、マスターにプライベートはありません」
「ひぇっ…」
真夏からも小さな悲鳴が漏れた。
「さて、タングスとの取引…。あれとの対談に誰をやるか…」
高級料亭の個室に宮沢屋を含む自由人民党幹部が数名食事をしている。
「留次郎でいいんじゃない?あいつ、親父の仇だって張り切ってたよ」
「ダメだよ米ちゃん…。万が一変な気を起こして復讐なんてしたら、せっかくの傀儡を1つ失うことになるだろぅ?」
発言力の強い宮沢屋がその場を仕切る。
「そうよ、タングスってのが死んだらLEXも返されないわよ。そうなれば理想なき革命家との接点もなくなるかもしれないわ。殺すのは理想なき革命家を一網打尽にしてからよ、タングスも、LEXもね…イヒャヒャヒャヒャ」
短髪の女が卑しく笑う。
「この件は御大も心配されているからね。我々で処理する必要があるんだが、問題はその場にあの魔女が同席することだよ…」
「幸谷真夏か…。シュープリーム島で殺せていればな…」
米ちゃんと呼ばれた大柄な男を年老いた男がじっと睨む。
「あ、あれは…!確かに、成功とは言えないけどさ、半分は上手くいきそうだよ!そんな目でこっち見ないでよ六階さん…!」
「シュープリーム島IR…。ふふふっ…それは楽しみにしているよ…」
「う、うん…!がっぽがっぽだから、楽しみにしてて…。そうだ!タングスの件、誰も行かないなら僕に任せてよ」
対談出席に意欲を見せる米ちゃん。
「行ってくれるか?…だが、くれぐれも気をつけるんだぞ」
「ああ、わかってるよ。うまくやってみせるって」
自信満々な米ちゃんがタングスとの対談に出向くことになった。
5月1日。取り決めでタングスが出頭してくる日、午前10時。警視庁本部庁舎裏門に公安警察が集まっている。
「減刑される訳でもあるまいし、本当にヤツはやってくるのか?」
「目的は減刑じゃないみたいだし、来るよ、アイツは…。油断はしないでね、則本さん」
舞杏はタバコをふかして香りを楽しむ。
「…鷹司主任…。余計なマネはするなよ。理想なき革命家は我々で処理する」
「わかってますよ、則本主任。今日だって三課の指示で本部まで登庁したんですから」
「ふん…。魔女がまだ来てないみたいだが?」
公安三課主任則本は舞杏を睨む。
「あの子は今日自宅待機だったんですー。今ウチのが迎えに行ってるから対談前には来ますよー」
事を急いた三課は六課に詳細を伏せたまま対談の準備をしていた。理想なき革命家に対策されないように対談の日時と場所は知らされず、タングスが出頭するその日の午後に早速対談が行われることになっていたのだが、舞杏がこの日に対談が行われると知ったのはついさっきだった。
裏門の屋根付き駐車場には護送車が数台駐車されており、タングスの軍用義肢を取り外す為の技術者も待機している。
(ここに出頭させて移動中に無力化。その日のうちに出頭条件の対談を形だけでも済ませてしまう気だね。理想なき革命家に追跡されないように護送車が4台…。電波遮断が施されている車種、対談は安全か…。その後のLEX1373の取引は私達には関係ないし、まぁ、いっか…)
急に呼び出されたことには不満があったが、三課のやり方も納得ができる舞杏。
「遅れてもらっては困るからな、急がせろよ」
「…っ!」
(だったらもっと早く言っとけよなぁ…!)
ガルルルルッ、と噛み付いてやろうと牙を見せた舞杏だったが、タングスの登場で場の空気が変わった。
「平岡由紀威!両手を頭の後ろに!そのまま動くな!」
タクシーから降りたタングスにいち早く気付いた捜査官が腰の銃に手をかけて声を出すが、あくまでも平和的な出頭、銃は抜かずに態度で威圧する。
タクシーを見送りゆっくりと指示通りに両手を頭につけるタングス。舞杏の剥き出された牙はそのままタングスに向けられた。
「ふっ…」
そんな舞杏の姿が目に入り鼻で笑うタングス。
「よし、取り押さえろ。丁重に、な」
軍用義肢を装着したタングスに普通の手錠は無意味。舞杏同様身体強化された2人の屈強な捜査員が両側から腕を押さえるようにタングスの隣に立つ。別の捜査員が素早く身体検査を済ませて則本に合図を出す。
「乗せろ」
則本の指示でタングスは並ぶ護送車の方へ連れて行かれ、車両の間まで進むと捜査員達は駐車場全体を目隠しで覆う。
(空からも、地上からもタングスがどの車両に乗ったかは分からない)
「…でも大丈夫なのかい?理想なき革命家はどこに潜んでいるか分からないよ」
牙を引っ込めた舞杏は新しいタバコに火をつける。
「今回の件に携わる者の身辺調査は済ませてある。お前達も含めて親族にエルドランド生命破綻の被害者はいない」
得意満面に鼻を膨らませる則本は続ける。
「我々の捜査で理想なき革命家は実行犯、実働支援、情報支援、不干渉の4つに分類されていることは分かっている。数は多くともそのほとんどが情報支援と不干渉のグループ。実行犯と実働支援はかなり少ないはずだ。ここで隠してしまえばヤツは組織から孤立する」
「そうなの?国会議事堂爆破事件では数千人が動いたって話だけど」
「そのほとんどがリモート参加の情報支援グループだ。安全な場所から支援だけするってグループだった。先の事件で我々が捕らえたドローン操縦士が数名居るが、そいつらは全員端役、ろくな情報も持たない奴等だったよ」
「なんだ逮捕してたのか…」
(普段情報支援しているグループに理想なき革命家としての自覚を持たせるためにドローン操縦を任せたのか…?いや…奴等の根幹には復讐心が見える…。単純に復讐させるためにドローン突撃を…?)
こけさんのようなAIを利用すればドローンの操作に人間の手は必要ない。わざわざ人の手を介したことに疑問を持つ舞杏。
「って、不干渉のグループって…」
居る意味あるのか、と問いかけてやめる。
意味がないことはない。理想なき革命家の行動を見て見ぬふりをするだけでも犯罪組織にとっては利のある事だからだ。
(理想なき革命家は積極的に勧誘活動でもしてるのか?)
「準備ができたみたいだ。鷹司主任、コレにルートが入ってる。透明化して尾行されないように来てくれ」
則本は記録メディアを舞杏に渡す。
「遅れるなよ」
念を押されてムッとする舞杏。則本が護送車の方へ歩き出して見せた背中にベーっと舌を出す。
則本が目隠しされた駐車場に入ると数十秒後に目隠しが外され、それを片付けた捜査員達が分散して護送車に乗り込む。
護送車が動き出し、舞杏の目の前を通り過ぎて警視庁本部庁舎を出て行く。当然、車両の中の様子はわからない。
別の駐車場から覆面パトカーが数台飛び出して護送車を追いかけて出て行った。
(大掛かりだが、まあ仕方ないか。近年稀にみる悪党の出頭だからね、これで何かしらのへまをすれば則本さんの出世の道は途絶えるだろうし…。あの人出世欲凄いからなぁ…)
同じ主任の役職に若くして就いた舞杏は時折則本に絡まれることもあった。
(まぁ、ああいう人には鷹司家は嫌われてるからなぁ…)
護送車を見送って数分、舞杏は見慣れた三課のパトカーを見つけてタバコを消す。
(早かったな。どやされずに済みそうだ)
舞杏はパトカーの中から会釈する真夏が見えて手を振って返した。
「ここからも国会議事堂が見えるんですね」
舞杏を乗せて飛び出す三課のパトカー。真夏は焼け跡を整理する作業員たちを窓から見ている。
「もう原形もないけどね」
無惨に燃え尽きた国会議事堂を横目にハンドルを握る双連。
「しっかし、見事に焼けたねぇ、国会議事堂だけ。一つひとつは威力の小さな爆破でも、爆薬の総量はとんでもないだろうに」
「そうですね、周りの建物に弾痕はありますが、大きな被害は建物よりも電子機器の方が深刻みたいです。人的被害も死亡者ゼロ、主任以外に病院送りになった人はいませんでした」
淡々と被害をまとめる双連は自動操縦なのに前方を注視して横の舞杏を見たりしない。
「な、んだと…?この事件での一番の被害者は…私だったのか…」
「はい、単独で出しゃばって返り討ちにあった主任が一番の犠牲者ですね」
ふん、と鼻で笑う。
「そう言われるとまた無性に腹が立ってきたな。やっぱり一発くらいぶん殴っといた方がいいかな?」
「やめてくださいよ、無力化されたタングスに手を出したら人権団体が黙ってません」
冷たい一言にくっ、と奥歯を噛み締める舞杏の後ろで真夏がぽつりと呟く。
「それにしても、ここまでやる必要があったんでしょうか…?」
「うん?…まぁ、名乗りを上げるって目的は達成されたんだろう。国を代表するような建築物をこれだけ見事に破壊したんだからね。ネットなんかには奴等の言うように、今の政治家たちには過ぎた議事堂だって声も上がってる。非難だけをされることなく理想なき革命家の知名度はこれで広く知れ渡ったよ」
「…立派な政治家さんだっているはずです…。少なくとも浅見先生はいい人でした」
「そうだね。でも無駄な議題で時間を浪費しているのも事実だ。真夏君だって、今この国の紙幣に何が描かれているかは知っているだろう?」
「紙幣…?…ぺ、ペカチュウ…?」
真夏は紙幣に印刷されたキャラクターを思い出す。
「…ペカ?…他国に類を見ないキャラクター紙幣。まるで子供銀行券だよ。紙幣に歴史上の偉人をやめてキャラクターを起用するために何日も話し合い、それが通れば今度はなんのキャラクターにするかでまた話し合う。他に重要な議題はいくつもあるってのにね」
「そうそう、歴史上の偉人の肖像画を使ってもどの国のお金か分らない、そもそもエルドランド人でさえその偉人を知らない、世界的に有名なエルドランドのキャラクターを使おう、とかで始まった議題でしたね」
「あぁ…。あれってそういう経緯があったんですね…」
(最初は偽札かと思っちゃいました…)
「二十数年前までは名の通った八幡太郎将軍の肖像だったんだけどね。私が子供の頃になくなっちゃった」
「八幡太郎将軍に戻そうって話も消されちゃいましたね」
「先人の偉業も後人が伝えなければ残らないのは当たり前。八幡将軍もいつか忘れ去られてしまうのかもね」
「でも真夏ちゃんが活躍すれば過去の魔法使いもまた知名度を取り戻すかもしれません。怪人事件と千年前のモンスター出現と魔法使いによる討伐。プロップバクテリウムの変貌による怪人化は現在人為的なものですが、当時も同じような現象が起こっていたなら魔法全盛期と現代は怪人という存在で繋がりますからね」
双連は三課が指定するルートを確認しながらパトカーの進路を設定する。
「プロップバクテリウムを操る精神生命体…。浅見文書、浅見信三はどこでその存在に気付いたのか…」
「その過程についてはぼかされてますね…」
「存在に気付いた、きっかけですか…」
真夏は大人しく寝ているスカーレットを撫でる。
(ウチに来た不審者の取調でスーちゃんが見た煙みたいなものって、もしかしたら…)
堀田ラインの取り調べ中、人格が急変した時にスカーレットは白い煙のようなものが堀田から出たと言った。
「見えないものの存在に気付くなんて、普通はできませんよね」
「そだね。信三氏は普通じゃないことをした。そしてその存在に気付いて、相手にも気付かれた」
「相手が人の身体を乗っ取る精神生命体だと知り、浅見文書を託した。浅見三子議員もさぞ無念だったろうね」
「…?浅見三子議員は浅見文書を知りませんでしたよ」
「うぇ?そ、そうなの?」
双連の言葉に舞杏は変な声を出した。
「はい、課長が言ってました」
双連が同意を求めると真夏は首を縦に振って頷く。
「へぇ…てっきり奧さんが浅見文書を引き継いだと思ってたよ…」
ふむ、と顎を撫でる舞杏。
「言われてみればそうですね…。浅見文書を託された人物…」
双連も一瞬目を閉じて考える。
「森永議員」「森永先生」
舞杏と双連は同時に同じ人物の名を上げる。
「だろうね。キミ達が聞いてきた話からすれば、森永議員は浅見信三氏の意志を引き継いでいる可能性は高い」
「ですね。森永先生が自由人民党なんかに居続ける理由は密偵として、かもです」
嬉しそうに言う双連。
「西園寺家の莫大な寄付金を盾に党内でも自由に動ける有力な人物。課長の後ろ盾になってるのも森永議員か…?だとしたらドクターが公安に配属されたのも、私達に協力しつつ一課や三課を探る為…?」
舞杏の言うドクター。森永卓志は森永卓也の実子だ。
「でも、だったら何で私達にそれを知らせないんでしょうか?私達が浅見家で知った情報くらい課長さんは知ってたはずですよね…?」
「うん?…う~ん…。確かに…?」
真夏の疑問に一同は首を捻りながら対談の場へと向かった。




