託された命綱と足手まといの覚悟
各学園の生徒達は、粛々と出発準備を進めていた。
この砦に退避した時には馬車が六台あったのだが、籠城する際に二台を門の重しとして使用していた。
その二台は、ゴブリン・グラントが門を破壊した際に巻き込まれて大破してしまった。
なので、使える馬車は四台に減っている。
四台のうち三台には、負傷者や商業学園の生徒を。
そして最後の一台に、食料や馬の飼料などを限界まで積み込んでいく。
積み切れなかった分の食料や飼料も、残りの三台の隙間に出来る限り分散させているようだ。
商業学園の生徒が馬車の準備を進める中、護衛を務める騎士学園の生徒たちは、自分たちが騎乗する馬の世話や鞍の点検、剣や鎧の手入れを行っていた。
油断すると恐怖で震えそうになる手を、必死に動かしている。
出発前は、こんな事になるなんて誰も考えていなかった。
魔物が現れる可能性もゼロでは無いが、街道を通っている限りは安全だろうという説明を聞いていたのだから。
考えれば考えるほど恐怖に押し潰されそうになる心と、彼らは必死に戦っていた。
俺も手伝おうとしたのだが……
両学園の生徒たちから、
「まだ昨日の疲れが残っているだろうからゆっくり休んでいてくれ」
と言われてしまった。
お言葉に甘え、ダッシュバーードに寄りかかりながら皆の作業を見守ることにする。
ゆっくりと考える時間が出来たことで、改めて気が付いた事があった。
「……お前があの時来てくれたお陰で、俺はイルマを助けることが出来たよ。本当にありがとう」
もしも、ゴーレムアントの大群との戦闘中にダッシュバーードが現れていなかったら……
あの場で負傷し、砦に向かうことすら出来なかったかもしれない。
ゴーレムアントの大群をうまく振り切れたとしても、この砦まで移動するのに、もう一日から二日は必要だったはずだ。
その場合、イルマはゴブリン・グラントの投石を受けて落下した後、地面に叩きつけられ……
砦の門は破壊され、ここにいる全員の命は奪われていたことは確実だろう。
ダッシュバーードのお陰で、最悪の事態を防ぐことが出来た。
全ては偶然が積み重なっただけ。
それでも。
偶然とはいえ、ダッシュバーードが目の前に現れてくれたことは感謝してもしきれない。
「グパパ♪」
俺が優しい手つきで撫でてやると、ダッシュバーードはご機嫌に鳴いた。
準備に二時間ほど費やしただろうか。
荷造りなどの作業が終わり、あとは人が乗り込むだけとなった。
しかし……馬車へ運び込む際に、ひと悶着が発生してしまった。
意識を失っていた冒険者や学園騎士、教官たちが、移動の振動で目を覚ましてしまったのだ。
完全には治しきれなかった骨折などの激痛に、彼らはのたうち回っている。
「ぐっ……俺のポケットに、まだ昏睡薬が残ってる。それを薄めて飲ませてくれ……睡眠効果と、麻酔効果くらいにはなるだろうから……」
錬金術師であるニースが、痛みに耐えながらそう指示を出した。
それに従い、商業学園の生徒が魔道具で生成した水で薬を薄めていく。
騎士や教官たちは、痛みに悶えながらも眠りにつくことに反発していた。
だが、カイの一言が彼らを黙らせた。
「負傷した俺達が、これ以上足を引っ張ってどうするんだ!こんな身体になっちまったからには、ただでさえ足手まといだって言うのに!」
「ぐっ……」
騎士学園の教官が、悔しそうに唇を噛みしめる。
「……君たちに押し付けてしまってすまない。どうにもならなくなったら、遠慮せずに私たちを捨てて生き残ってほしい」
商業学園の学園騎士はきっぱりとそう言い切ると、薄められた昏睡薬を手に取って飲み干した。
その言葉を合図にするかのように、他の騎士や教官たちも次々と薬を煽っていく。
悔しさで顔を歪めながらも、彼らは皆、自分たちが一番の足手まといであることを痛いほど理解していたのだ。
やがて薬が効き始めたのか、痛みを堪える声は次第にくぐもった寝息へと変わっていった。
そうして改めて出発の態勢が整うと、俺は砦の門を塞いでいた土壁の前に立ち、手を触れて魔力を注いだ。
ズズズッ、という低い地鳴りと共に、厚さ三メートルを超える土壁が崩壊する。
砂煙が晴れると、森の冷たい風が吹き込んできた。
騎士学園の生徒たちに、張り詰めた緊張感が漂う。
彼らを待つのは、一歩間違えれば死地へと続く道。
街道の安全神話はすでに崩れ去っている。
「出発」
騎士学園の生徒のリーダーであるゼインの、緊張感に満ちた短い号令。
それを合図に、馬車列が軋んだ音を立てて動き出した。
馬車は、森を切り拓いて作られた街道をゆっくりと進んでいく。
街道とはいえ石畳になっているわけではないので、デコボコとした轍が点在する悪路だ。
車輪が段差を乗り越えるたび、車体がガタンと大きく跳ねる。
その度に、薬で眠っているはずの荷台の負傷者たちから、
「うぅっ……」
と苦しげな呻き声が漏れ聞こえてきた。
御者台で手綱を握る商業学園の生徒は、その声を聞くたびに申し訳なさそうに顔を歪める。
もっとポーションの管理が出来たんじゃないか。
籠城を始めたばかりの段階で、軽傷にも関わらず馬鹿みたいにポーションを使ってしまった結果、手持ちが尽きるという最悪の状況に陥ってしまった。
そんな強烈な後悔と自責の念が、彼らの表情から痛いほど伝わってくる。
その結果、負傷者を気遣って、出来る限り馬車を揺らさないような速度でしか移動が出来なかった。
だが、それはいつ魔物が飛び出してくるか分からない場所で、格好の的になる可能性が高いことを意味している。
早く進みたい。
けれど、負傷者の身体を考えるとこれ以上の速度は出せない。
そのジレンマが、御者と護衛の生徒たちの精神を容赦なく削り取っていく。
ガサガサ
草が風で揺れただけ。
そんな些細な物音にすら、彼らは抜身の剣を構えてしまう。
少しの物音にもビクッと肩を震わせ、血走った目で周囲の森を睨みつける。
彼らの精神は、出発して早々に限界ギリギリの糸の上を歩いていた。
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