生きて帰るための選択を
床には、マリオンによって転送された大人たちが、等間隔に並べられ、毛布をかけられて眠っている。
その周囲には、一晩中必死に治療を続けていた商業学園の生徒たちが、力尽きたように壁にもたれて寝息を立てていた。
「君は……」
そんな中、声をかけてきたのは商業学園の男子生徒だった。
目の下には濃いクマがあり、制服は埃で薄汚れている。
その表情には、隠しきれない徒労感が滲んでいた。
「みんなの容態は?」
ラグナが小声で尋ねると、彼は並んで眠る大人たちを見つめながら、力なく首を横に振った。
「……なんとか、全員の傷は塞ぎました。ポーションのおかげで、出血も止まっています」
ラグナは視線を巡らせる。
一見すると、彼らはただ眠っているだけのように見える。
だが、よく見ればその異様さは明らかだった。
昨日少しだけ話をした後に意識を失った冒険者であるカイの腕は、添え木で固定されているものの、明らかに不自然な角度で膨れ上がっている。
となりにいる巨漢の冒険者も同様だ。
傷口こそないが、皮膚の下で何かが歪んでいるのが見て取れる。
「骨が……折れたままなんです」
生徒は唇を噛みしめ、悔しそうに言った。
「ポーションで塞がったのは表面の傷だけ。砕かれた骨や、衝撃で傷ついた内臓までは……今の僕たちの手持ちじゃ、どうにもなりませんでした」
「……」
「それに、もうポーションが無いんです。そこにある空き瓶が全てです」
彼が指さした先には、転がる大量のガラス瓶。
それが、この砦の物資が完全に尽きたことを物語っていた。
「僕たちに出来る事は、容体が急変しないことを祈って、見守ることだけです。そもそも授業でも、応急措置くらいしか教わっていませんから……」
その事実にラグナが言葉を失っていると、奥の壁際から誰かがふらりと立ち上がる気配がした。
「……あ」
か細い今にも消え入りそうな声だった。
そこにいたのは、冒険者パーティーの一人で唯一、五体満足で残った人物である魔法使いのミアだ。
「君は、昨日の……」
彼女はラグナの姿を確認すると、安堵したようにへなへなとその場に座り込んだ。
ラグナは慌てて駆け寄り、その身体を支える。
「大丈夫ですか? 無理して動かない方が……」
「ううん……ちょっと力が抜けちゃっただけだから、大丈夫……」
彼女は震える手で、横に眠るカイの額に触れた。
「でも、カイも、バルガも……みんな、全然目を覚まさないの……」
大切な仲間が傷つき、どうしていいか分からずに怯えているような顔だった。
「ポーションも……もうないの……これ以上はどうすることも……」
彼女の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
仲間を助けたいのに、自分にはどうすることもできない。
その無力感に、彼女の心は押し潰されそうになっていた。
ラグナは彼女にかける言葉が見つからなかった。
ただ……ここでこのまま何もできないと嘆いている時では無いと理解していた。
「……現状を確認して、今後の方針を決めましょう」
ラグナの声に、周囲の生徒たちが顔を上げる。
このまま助けが来るまで籠城するのか。
それとも王都かカーリントーへ向かうべきなのか。
動けるメンバーが集まり、重苦しい空気の中で話し合いが始まった。
「本来ならイルマさんが仕切るべきなんだが……意識が戻らないから、商業学園の代表として俺から現状を報告する」
先ほどの男子生徒が、手帳を見ながら口を開く。
「まず水だが、ゴブリンどもの魔石を使えば魔道具を動かせる。魔石については、君が討伐した魔物から回収したものだから許可が必要だが……水に関してはそれが使えれば長期戦でもなんとかなる」
「魔石は自由に使ってください。……それ以外に問題は?」
「食糧だ」
彼は短く告げた。
「現状で三日分。切り詰めても四日から五日分が限界だ。……それを踏まえて、どうするか考えて欲しい」
その報告に、場が静まり返る。
「切り詰めて五日か……何事もなければ、ギリギリ救援が間に合うか……?」
「でも、その救援部隊が魔物に襲われて遅れていたら?」
「……食料が尽きて、共倒れだな」
騎士学園の生徒たちが不安そうに顔を見合わせる。
「じゃあ、王都かカーリントーに向かうべきか?」
「でもそうなると、怪我人の教官たちが移動に耐えられるのか?それに 魔物に襲われる確率も高くなる。下手したら移動途中で全滅するぞ」
「じゃあ何だよ? ここで救援を待つしかないってのか? でももし救援が来なかったら……」
進むも地獄、留まるも地獄。
議論が堂々巡りになりかけた時、ミアが震える声で口を開いた。
「……ここにいたら、みんな死ぬよ」
「え?」
ミアは青ざめた顔で、けれど必死に訴えるように言った。
「冒険者の立場として……籠城は悪手だと思う。ここに残っていても、次にまた大量の魔物が攻めてきたら守り切れない。……もっと強い魔物が来たらどうするの? 救助が本当に来ているのかだってわからないのに……そんな状態で、籠城なんて出来ないよ」
彼女は自身の体を抱きしめるようにして、ガタガタと震えた。
「それに、あいつら……ダンジョンで出会ったゴブリン・グラントとは、強さが全然違った……異常だよ、今回の魔物は……」
その言葉に、誰もが言葉を失った。
想像するだけで足が震える。
「……クソッ、ふざけんなよ……」
騎士学園の一人が、吐き捨てるように言った。
「……ただのゴブリンですら俺達は全然戦えなかった。もっと強い魔物が来たら俺達なんて……」
「籠城は無しだ。それならば一人でも多く生き残れる可能性がある方がいい」
恐怖が逆に、彼らを突き動かした。
両学園のリーダーが覚悟を決めた目でラグナを見つめた。
「俺達も自分達に出来る事は全力でやる。だから俺達に力を貸してもらえないか?」
「……もちろんです」
ラグナもまた、彼らの覚悟に応えるように強く頷いた。
「よし。まずはみんなに伝えよう」
「ああ……王都に向けて撤退でいいんだよな?」
「カーリントーに行くのは無しだろ。それならば救援が来てくれるかもしれない王都に向かった方がいい」
「だな。じゃあ、俺達商業学園は馬車の状態を確認次第荷物の積み込みを始める」
「みんなで出来る事をしましょう……必ず、生きて帰るために」
ラグナの号令と共に、砦の中に慌ただしい音が響き始めた。
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