後片付けまでがお仕事です。
「……これだけの血の臭いや死体が転がっている場所で一夜を過ごすのは、精神的にも厳しいと思うんですよ」
ラグナのその言葉に、騎士学園の生徒達はハッとしたように顔を見合わせた。
生き残れたことへの喜びで麻痺していたが、言われてみれば周囲は死体だらけだ。
この惨状の中で、女子生徒や商業学園の生徒たちが休めるはずもない。
「……分かった。今すぐに砦から移動できる状態でもないからな。すぐに人を集めるから待っててくれ」
代表の男子生徒が決断を下すと、騎士学園の生徒達は互いに頷き合い、重い腰を上げ始めた。
「……わかりました。俺は外で待ってます」
ラグナはそう言うと、生徒たちに背を向け、一度建物の外へ出た。
「ふぅ……」
ラグナは大きく息を吐き出した。
せめてシャワーを浴びてからと言いたかったが、覚悟を決めて動き出した生徒達に、少し待っててくれと言える雰囲気でも無かった。
「仕方ないか……」
そう呟くと、ラグナは収納からハンカチを取り出した。
そして指先に魔力を集め、ウォーターボールを発動させる。
空中に浮かんだ水の球にハンカチを突っ込んで濡らすと、簡単に顔や腕などについた血をふき取っていく。
「……うん。まだかなり残ってるな」
パリパリに固まったゴブリンの血は脂っこく、簡単には落ちない。
ウォーターボールにハンカチを突っ込んでは濯ぎ、再び拭く動作を数回繰り返す。
ぞろぞろ、と背後から気配がした。
振り返ると、騎士学園の生徒達が建物から出てきたところだった。
「すまん。待たせたなって……それは、魔法か?」
血で赤黒く濁った色をしたウォーターボールが空中に浮いていたため、生徒たちは驚きの声を上げた。
「あ、はい。ただの水魔法ですよ。こういう時にも便利なので」
ラグナはそう言うと、濁った水の球を霧散させ、手を振って水気を払った。
魔法士でもない彼らにとって、詠唱もなくいとも簡単に魔法を操っているラグナの姿は驚きと共に羨むべきものだった。
「それじゃあ、作業の手順を説明します。死体は砦から少し離れた、あの岩場の陰……風下にあたる場所に集めてください」
ラグナが指差した方向を確認し、代表の男子生徒が頷く。
「わかった。だが……外での作業は、その、大丈夫なのか? また魔物が……」
「ええ、そのために僕とこいつが護衛します」
生徒達に説明を始めた時に、スッとラグナの足元に近寄ってスリスリしていた影があった。
ラグナは相棒であるダッシュバーードの頭を撫でながら、安心させるように微笑んだ。
「俺と、このダッシュバーードが周囲を警戒します。運ぶことだけに集中してください」
「グパァ!」
ダッシュバーードが頼もしく声をあげるが、生徒たちの反応は芳しくない。
「守ってもらったってのは理解出来るんだが……その……そいつは魔物だよな? 大丈夫なのか?」
ダッシュバーードに恐怖を感じている生徒達が、不安そうな声を上げる。
彼らにとって魔物とは、殺すか殺されるかの対象でしかないのだから無理もない。
「えっと……大丈夫ですよ。皆さんに危害を加えるような事はしないですから。な?」
そう言うとラグナは優しくダッシュバーードの首筋を撫でる。
「グパッ!」
ダッシュバーードもまるで返事をしているかのように嬉しそうに鳴くので、生徒たちは更に目を丸くして驚いていた。
「言葉が通じているのか?」
「……たぶん?」
そう曖昧に答えると、ラグナは笑ってみせた。
「とにかく、作業を始めましょう。夜が来る前に終わらせないと」
「分かった。みんな! 行こう!」
その掛け声に促され、生徒達はまず最初に砦内で討伐されたグラントの死体を数人がかりで運び出し始めた。
死んでいるとはいえ、自分たちに恐怖を与えてきた存在だ。
生徒たちは顔を顰めながらも、ラグナの指示する場所へと運び込む。
「うえっ……」
「臭いなぁ……」
悲鳴交じりの声があがるたびに、ラグナは少し申し訳なくなるが、この作業が必要だということも騎士学園の生徒達は理解している。
それから一時間ほど経過しただろうか。
ラグナとダッシュバーードが周囲を警戒する中、生徒たちの懸命な作業によって岩場の陰には魔物の死体が小山のように積み上げられていた。
「はぁ、はぁ……これで、全部か……?」
「ええ、助かりました。ありがとうございます」
息を切らす生徒たちに、ラグナは労いの言葉をかけた。
「それじゃあ後は俺がこいつらを燃やしてしまうので、中で休んでいて下さい」
「でもお前だって……」
協力して作業を行った結果ラグナに対する恐怖心がかなり無くなっており、生徒たちの間には少しだけ仲間意識のようなものが芽生えていた。
「俺は大丈夫です。あとは魔法を使って処理するだけなんで。それに……焼けた時の臭いがキツイと思うので、後は任せて下さい」
死臭の不快さは、運搬作業で嫌というほど味わっていた。
生徒たちとしても、これ以上の我慢は御免だったのだろう。
「……分かった。すまんな。みんな、砦に戻るぞ!」
代表の男子生徒が号令をかけると、生徒たちは砦へと戻っていった。
辺りには再び静寂が戻ってきた。
「ふぅ……」
一つ息を吐くと、ラグナは積まれたゴブリンの山に向け、魔力を練り上げた。
「ウィンドスクリーン!」
金属製の板が何枚も並んだものが空中に現れると、 コの字型に展開される。
そしてズンという衝撃音と共に地面へと突き刺さると、死体の山を完全に包囲した。
「からの着火剤ジェル!」
ラグナがそう叫ぶと指先から勢いよくジェル状の着火剤が噴出し、ゴブリン達の死骸の上に大量に撒かれていく。
そして距離を取り、小さな火種を弾いた。
ボッ!!!
ジェルに引火した瞬間、爆発的な勢いで炎が膨れ上がった。
スクリーンの中で炎が乱反射し、炉内の温度が一気に上昇する。
ラグナはさらに風魔法で酸素を送り込み、火力を極限まで高めていく。
炎は、骨すらも残さず灰にする勢いで燃え盛っていった。
数分もしないうちに山積みだった死体は崩れ落ち、ただの灰と炭の塊へと変わっていった。
鎮火を確認したラグナはウィンドスクリーンを解除すると残った灰を風魔法で一気に吹き飛ばし、空の彼方へ散らした。
この徹底した処理であれば、臭いを嗅ぎつけてまた魔物が来ることも無いだろう。
「よし……あとは砦の入り口だけ塞げば……」
そう呟くと、ラグナは砦の入り口へと戻った。
ゴブリン・グラントによって破壊され、大きく口を開けたままの門。
ラグナは地面に手を突き、最後の魔力を振り絞って土魔法を発動させた。
「アースウォール!」
ズズズズズ……ッ!
破壊された門の隙間を埋めるように、地面から分厚い土の壁が隆起する。
形などどうでもいい。
ただ頑丈に、物理的に塞がればそれでいい。
土壁が完全に穴を塞ぎ、外と内を隔絶した瞬間。
プツン。
ラグナの中で、張り詰めていた糸が切れた。
「……あ、ぐ……」
ガクンと膝から崩れ落ちる。
それまで張り詰めていた神経と、魔力が完全に枯渇したことを体が訴えていた。
頭が鉛のように重く、視界が霞んでいく。
「イルマ……」
大切な幼馴染の名を呼びながら、ラグナはそのまま意識を手放し、深い闇の中へと沈んでいった。
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