第六百二十九話 大魔導士
え? 今、なんて?
わたしは耳を疑う。
神が……大魔導士?
「そうだ。私は、かつて大魔導士と呼ばれた者……。そして、お前と同じ、異世界の住人だ」
ウソでしょ?
……つまり、この人も、転生者だっていうの?
「私はお前と同じように転生させられ、そして、かつての神を倒した」
神が言ったことを理解するのに時間がかかった。
神は大魔導士で、転生者で……。
その前の神を倒した……?
わたしと同じように……
「ええと……」
考えながら、言葉を紡ぐ。
「『その後、大魔導士の姿を見たものはいない』……そうか」
徐々に理解が追いつきはじめる。
「あなたは、ずっとここに居たんだ」
わたしは言う。
「……わたしの追っていた大魔導士が、神だったなんて」
「何度繰り返された歴史なのか、私も知らぬ」
そんなことって……。
わたしはこの人の来た道をなぞっていただけだというの?
それだけじゃない。その前の神と同じ道を。
その前の、その前の神と同じ道を。
「二千余年も前のことだ……私はこの世界に転生し、神に失望し、神を倒した」
神は話す。
「そして若き日の私は誓ったのだ。この世界を美しいものにすると」
その口調には、わずかに懐旧の響きが込められていた。
「今ならばよく分かる……先代の神の気持ちが」
神はこう続ける。
「私はもう疲れた。この世界の神という仕事に……。私には無理だったのだ。手に余る仕事だった」
息を吸い込み、
「覚悟しておくがいい」
神は笑う。
「いつの日か、お前が驕り高ぶり、人間のことを甘く見始めたとき、お前は私と同じように、人間に滅ぼされるだろう」
そうなの?
そうならなければならないの?
わたしもあなたと同じことを繰り返さなければならないの?
そんなの、嫌。
それなら、それならわたしは……。
「じゃあ、やめた」
「何、だと?」
「わたし、神様になんかにならない」
「……何を言うかと思えば! これは、決定済みのことなのだ。曲げることはできない」
「誰が決めたの? 神? 神はあなたなんじゃなかったの。神なのにそんなことも自由にならないの?」
わたしは言う。
「わたしは、自由だよ。全ては選択できるの」
「ならぬ! 神はお前だ。胡桃沢美音」
「神はわたし?……いいわ。わたしが神なら、こう決める。
――人間のことは、人間に任せる!」
「馬鹿な!」
神はまた咳き込む。
今度はさっきより大量の血が、口から溢れ出る。
「人間などに任せてみろ。それこそ世界の終わりだ」
「わたしはそうは思わない。前の世界も、この世界も、人間って、けっこう頑張ってる。……きっと、神なしで人間はやっていける。それに」
わたしは続ける。
「言ったでしょう、神様はすでにいる。『偶然』がそれ。誰かが神の真似事をする必要なんてないんだわ」
「か、考え直せ……」
「ううん」
首を振って言う。
「そもそもわたしは、神様なんて柄じゃない。――ただのJKだもん」
わたしが頑として拒むと、
「ミルヒシュトラーセ!」
神は必死で、にゃあ介に語りかける。
にゃあ介の声。
(ワガハイには止められニャい。……これがミオンの意志ニャらば)
「さよなら、神様。そして、わたしの追い求めていた大魔導士」
「よせ……そんな目で見るな! 怒れ。私を憎め」
神は、瀕死の息で話す。
「やめろ……私を哀れみの目で見るな!」
「もう一度言うね。さよなら、元、神様。そして今までご苦労さま。……安心して。もう同じ失敗は繰り返さないから」
「やめろ。私は愚かではない……! 私は……」
神がなにか呻く。
だがそれはもう、聞き取れない。
わたしはひざまずいて、祈った。
自分のためではなく、神のために、祈った。
「あなたが、最後の神よ」
そして――
神は、死んだ。




