第六百二十八話 偶然
神殿の高い天井から光が差し込む。
その中に、倒れ伏した白い影。
「ひとつだけ訊かせて」
わたしは倒れている神に向かって言う。
「セレーナやリーゼロッテ。チコリやリーズやセタ王子。他のたくさんの人たち……」
震えかける声で、訊ねる。
「あの人たちみんな、まさかあなたがわたしに引き合わせたの?」
神は笑う。
絶え絶えの息の中、神は言う。
「そんなものはただの偶然だ」
「そう」
わたしは心から安堵する。
「あなたなんて、神じゃない」
わたしは言った。
なんだか腹が立って仕方なかった。
「何……?」
「あなたみたいな人を、神様なんて呼ばない。わたしの神様は別にいる」
「どういう意味だ?」
神は血だまりの中でわたしを見上げる。
起き上がろうとしているようだが、うまくいってはいなかった。
「わたしの神様は、わたしをみんなと引き合わせてくれた」
「ははは」
神は笑う。
「言っただろう。それはただの偶然だ」
「偶然? あなたは偶然と呼ぶのね。でも、わたしにとってそれは、確実に、あるの」
わたしは言う。
「わたしとセレーナを結びつけてくれた力。わたしとリーゼロッテを結びつけてくれた力。わたしとみんなを結びつけてくれた……そういう力」
セレーナとリーゼロッテが、わたしの両隣から、肩に触れる。
神はもがいている。
皆を駒のように動かし、簡単に命を奪う。
世界を良くしたいと言いながら、信じられないくらい心の冷たい人だ。
けれど……哀れだった。
声が涙声になりかける。
こらえて、わたしは続ける。
「わたしにとって神様っていうのは、そういう力のことよ。あなたは……」
わたしは、きっ、と神を睨みつけて、言った。
「敵だわ」
すると神は、
「……結局、神というのは、人間に滅ぼされる運命にあるのかも知れんな」
這いつくばった姿勢で、自嘲するように言った。
「――だがこれもまた、わが望み……」
「どういうこと?」
言葉の真意がわからず、わたしは神に訊ねる。
「今日からお前が神だ。胡桃沢美音よ」
「わたしが神?」
「そうだ。世代交代だな」
神は苦しそうに言う。
「この聖域にいる限り、お前には無限の魔力が与えられる。制約はあるが、下界を好きに動かせる。新しい魔物を生み出すこともできる」
神は激しく咳き込んだ。口から赤い飛沫がとぶ。
「転生者を呼ぶこともできる、っていうんでしょう?」
わたしは言う。
「この世界へわたしを呼んだように。……かつての大魔導士も、あなたが呼んだんでしょう?」
そして訊く。
「大魔導士は、あなたが殺したの?」
「ふ、ふ、ふ、」
神は力なく笑う。
「何がおかしいの」
「もう時間がない。よく聞け」
神はまた身じろぎする。
だが、もう起き上がることはできそうにない。
神はぜいぜいと喉を鳴らしながら、こう言った。
「私が、その大魔導士だよ」




