第六百二十六話 時
真っ暗な闇の中、わたしは一人泣いている。
やめておけば……
やめておけばよかったのに。
旧極魔法なんて求めなければ。
旅なんかに出なければ。
魔法学校なんかに行かなければ。
初めから何もしなければ……。
わたしの身体は、闇の中を落ちていく。
――落ちていく?
いや、もう上も下もわからない。
ただひたすら、真っ暗な中を彷徨っている。
わたしは死んだのだろうか。
これが死後の世界なのか?
真っ暗な中、ずっと一人きりで、このままわたしは彷徨い続けるのだろうか。
そのとき、声が、した。
(ミオン)
にゃあ介!
にゃあ介なのね!?
(無事か? ミオン)
一人きりじゃ、なかった……
……無事、なのかな?
ここは、どこなの?
(ワガハイにもよくわからニャいが……どうやらここは、時のはざま、ニャ)
時のはざま……?
どういうこと?
(ミオンは加速魔法を連続でかけたニャろ?)
うん、そうだったね。
わたしが壊れそうになったところを、にゃあ介が助けてくれたんだね?
(まあニャ。……だが、加速して、加速して、加速して……加速しすぎて、時を追い越してしまったようニャ)
そうなの?
わたしって、今、落ちてるの? 昇ってるの?
(どっちでもニャい。身体も、元の場所へ置いてきてしまったようニャ)
え、じゃあ今、わたしは、心だけの存在ってこと?
……もう、ここからは出られないの?
真っ暗で、上も下もわかんない。
(そうでもないようニャ。あれを見ろ)
……え?
(目を凝らしてみろ)
あ、なんか黄色い光が……
(あれを追うニャ)
◆
わたしは、小さな黄色い光を目指して、闇の中を泳ぎ始める。
「なんなの、あれ」
(わからニャいか?)
「え?」
(思い出してみるニャ。この世界に住む、珍しい生き物について。……その生き物は空間を飛ぶのではニャい)
「あ!」
わたしは思い出す。
迷いの森で、巨木トレントが言っていた言葉を。
ルシオ・アルデミラは時を翔ける虫……。時を飛ぶのだ。
「ピップ虫?!」
わたしは闇を泳ぎながら、驚きの声を上げる。
(そうニャ。あれを見逃すんじゃニャいぞ。ここをまともに移動できるのは、あの虫だけニャ)
にゃあ介に言われ、わたしは必死でピップ虫を追う。
ばたばたともがいて、ピップ虫の方へ泳ぐ。
と、ピップ虫の光が消える。
「わ! 見失った!」
焦るわたし。
(落ち着け。一旦元の世界へ顔を出しただけニャ)
にゃあ介の言う通り、ピップ虫の光は、すぐ戻ってきた。
「へえ。ああやって、時間を飛んでるんだね……」
そう言いながらピップ虫の消えた場所へ泳ぎ着くと、不思議なことが起こった。
「な、何か見える!」
わたしの脳裏に、景色がぼんやりと浮かび上がる。
「これって、ピップ虫の通った跡?」
それは、木々の立ち並ぶ、森の中のようだった。
「迷いの森……?」
うっすらと広がる景色。
木々の中、他のピップ虫が飛び回っている。
木も、ピップ虫も、穏やかな時間を過ごしている。
だが、静かなその景色の中に、何者かが侵入してくる。
その侵入者たちは、手に網のようなものを握っている。
ピップ虫を捕らえるため。
ピップ虫の粘液を手に入れるため。
そして、それは旧極魔法を手に入れるため。
侵入者たちは、まだ、仲間が死んでしまうことを知らない。
「ダメ!」
わたしは叫ぶ。
心で叫ぶ。
「「「ダメ!」」」
やめて。
もう、旧極魔法のことはあきらめて。
そう伝えようと思ったが、森の景色はすーっと消えていく。
また、闇に戻る。
にゃあ介の声が聞こえる。
(ミオン。さあ、追うんだ)




