第十八話 西へ
わたしは港を一通り回ってみた。
すぐにでも船に乗りたかったけれど、さすがにこんな時間に出航する船はないようだ。
我慢して宿を探すことにした。船も宿も見つからなかったら、完全に野宿になっちゃう。
できれば、港に近い方がいいよね。明日朝、船を探しにこよう。
「あの、宿探してるんですけど……」
港から一番近い宿に入って訊ねると、店の番頭さんが言った。
「あんた、運がいいよ。今一部屋だけ空いたんだ」
やった、ラッキー!
わたしはすぐにチェックインして、夕食を頂くことにした。
晩ご飯を食べてからまた港を見て回ろうと思っていたのに、部屋に入るとくずおれるように眠ってしまった。
◆
翌朝、わたしは、港の船着き場にいた。
西の大陸へ渡る手段は、船しかない、と聞いていた。
港には、これから出航する船が、ずらり、と並んでいる。
わたしは、手当たり次第、訊ねて回ることにした。
「あの、この船、行き先は……そうですか……」
「すみません、西へ行きたいんですけど……」
西へ行く船がない。あの人の言った通りだ。西への航路は危険で、誰も旅をしたがらないらしい。わたしは、途方に暮れる。
どうしよう。やっぱり無理なのかな。ううん……頑張って、もう一回だけ、聞いてみよう。
わたしは、一隻の船の元へ向かった。それは、全長が三十メートルくらいの船で、教科書で観た中世の帆船に似ていた。船の真ん中に、大きな帆が立っていて、側面にいくつもの穴があいている。あれは、船を漕ぐオールのための穴かな?
今、その船に何人かの男の人が荷物を積み込んでいる最中だ。重そうな樽を担いで、船と陸を行ったり来たりしている。
その様子を腕を組んで見守っている、坊主頭の男性がいた。わたしはその人に訊ねた。
「すみません、この船、西の大陸へ行きますか?」
「ああ、行くよ」
「! ……船長さんは、どの人ですか?」
「俺だけど?」
「わたしも、乗せてもらえませんか」
「え?」
きょとん、とする坊主頭の船長さん。
「お願いします!」
わたしは必死で頭を下げた。船長さんは人の良さそうな人だ。頼み込めば何とかなるかも知れない。
「そうは言ってもな……これは旅船じゃねえんだよ。西の大陸へ積み荷を運ぶ、商船なんだ」
「何でもするから、乗せてください!」
「船を舐めんな。娘っこにできる仕事じゃねえ」
それでもわたしは頭を下げ続けた。
「……船の仕事はきつい。お前には耐えられん。一日中揺れるし、潮水は浴びるし、寝床は狭いし、メシはまずい」
「かまいませ……え?」
そのとき、わたしの心に引っかかるものがあった。今何て?
……メシがまずい?
「料理!」
「あん?」
気がつくと、大声を張り上げていた。
「わたし、料理できます!」
◆
「悪りぃな。ここしかねえんだ」
わたしに割り当てられた寝床は、船底の倉庫だった。荷物の入った樽でいっぱい。
ワインとか、小麦とかのにおい。火薬のにおいもする。これ、爆発したら、わたし、粉々に吹っ飛ばされちゃうかも?
「これを敷けば、寝れないことはないだろ」
「そ、そうですね。大丈夫です」
わたしは船長から、毛布……というか、ボロ布を受け取る。うう、山での野宿もキツかったけど、これはあれ以上だ。泣くかも。
「ネズミが出たら叩っ殺しといてくれ」
「ネズミ!?」
「ああ、たまに出る。どした」
「いえ、大丈夫です。あはは……」
マジで涙出そう。
(ワガハイはネズミ好きだぞ)
「知ってるよ!しょっちゅう咥えて帰ってきて迷惑してたんだから!」
ていうか、わたし、ここで睡眠、とれるかな……。
「ここが厨房だ。狭いけど、一応一通り揃ってはいる」
次に案内されたのは、少々汚い……いや、はっきり言って、汚れで真っ黒な厨房だった。
「今までは、船乗りたちが持ち回りでメシを作ってたんだ」
「まあ、メシって呼べる代物じゃないけどな」
「お前に、本当に料理ができるのなら、こんなにいいことはない。その小さな体なら大してメシ代もかからなそうだしな」
がはは、と船乗りたちは笑った。
「うまいメシ、頼むぜ」
「頑張ります!」
わたしは精一杯元気よく答えた。




