第十九話 楽しい? 船上生活※挿絵あり
間もなく、船は出港した。
わたしは、離れていく港を感慨深く見つめていた。
サマンサさんラウダさん、ギルドの人たち、シズの止まり木の女中さん、服屋の店員さん。
初めに出会ったおばさん、街ですれ違った人々……。
短い間だったけれど、この世界にきて初めて過ごした街だ。
また、みんなに会えるんだろうか。
だんだんと小さくなっていくサンエルモントの街を見ていると涙が零れそうになったので、慌てて船室に戻った。泣いてる場合じゃない。これから、もっと頑張らないと。
「何作る気なんだ?」
厨房で、今夜の献立を考えていると、一人の船乗りが様子を見に来た。
「はあ、とりあえず、シチューかストロガノフかな、と思うんですけど」
「???」
船乗りの男性は、ぽかん、と口を開けている。
「あの、ローリエってあります?」
「ローリエ? 何じゃそりゃ」
やっぱないか……。
「平たくいえば、いい匂いのする草なんですけど……」
一応説明してみる。
「いい匂いなら、そこに咲いてる、ラポスなんてどうだ」
「これ? 持ってきたんですか」
船室の角の鉢植えに、白い花が咲いていた。わたしはその葉をかいでみる。うん、悪くない。
(食べてみるニャ)
ダメよ。これは匂い付けなの。
「ずっと海の上の生活だと、土や草が恋しくなるんでな……そんなもんでも食えるんなら好きにしていいぜ」
「ありがとうございます。これ、使ってみます! 毒はないですよね?」
「おうよ。……ラポスを料理に使うなんて、聞いたことないけどな」
そうして、わたしは厨房に一人残された。
……ようし! いっちょ作りますか!
「バターは、一応、ある、と」
野菜は日本のものと似ているものが多い。
「これはイモ。これはちょっとちっちゃいけど玉ねぎ。この赤いのは……うん、トマトの代わりになるね」
(玉ねぎはネコにはご法度ニャ)
「身体はほとんど人間だから、たぶん大丈夫でしょ」
少しずつかじって味見していく。
「さて、デミグラスソースなんて……あるわけないよね」
じゃあ、ブラウンルウから作るしかないのか。えっと、薄力粉は……あるかな?
「あ、何か、粉ある」
ふむ。小麦粉っぽい感じ。これでいいや。
わたしは鍋にバターを入れて温め、溶かしてからその粉を足していく。
茶褐色になるまでかき混ぜて、とりあえずはブラウンルウが出来た。
そこにトマトもどきをつぶしたものと、お酒。お酒は山ほど積んであるようだ。
「どこの世界もお酒は大好きなんだねぇ」
(ワガハイは、酒は好かんニャ)
「え?」
(酔っ払って水がめに落ちて死んだらいやニャ)
「そんなネコいる?」
それから名前の分からない黒い調味料を入れる(一応味はみた)。
テーブルで野菜を切りながら、ときどき火の様子も見なくちゃならない。忙しい。
しばらく煮詰めて、デミグラスソースもどきの出来上がり。
いったん、その鍋を退避させて、フライパンで肉を焼く。
(ネズミは焼かニャいのか)
「ちょっと黙ってて」
そしてまた退避。今度は底の深い鍋をかけ、肉を移す。
それからワインをたっぷり入れる。
「これ多分ワインだよね……まあいっか」
鉢植えから取ったラポスの葉っぱも、ここで投入!
「頼むー、美味しくなってくれ」
しばらくたったら、野菜を入れる。
本当は、野菜も炒めたいところだけれど、時間と手間を考えると、ここは妥協せざるを得ない。
ああ、三口コンロがあったらなあ。なんて、ないものねだりもいいところ。
水を注いで、後は、適度に灰汁を取りながら見守る。
「よし」
満を持して、先ほどのデミグラスソースもどきをよく溶かしながら投入。
少し煮て、味を調える。
「で、出来た……のかな……」
(匂いは悪くニャい)
何だか不安でたまらない。
大丈夫かなあ。シチューはよく作るけど、一から作るのなんて初めてだから、何か忘れてるかも……。
そんなこんなで、あっという間に数時間が過ぎ、夕食の時間。
「腹減ったなあ」
「今日は、お前の料理か。どれ、お手並み拝見」
食堂に男たちが次々集まってくる。
「あの、これはわたしの世界の……わたしの地元の料理でして、お口にあうかどうか……」
わたしは言い訳しながら、みんなに料理を配膳する。
「いただきまーす」
みんなが料理を口に運ぶ。緊張の瞬間。そして……
食堂はシーンと静まり返った。
「あの、まずいですか?」
何だろう、わたし、ミスったかな?
「おいネコ娘!」
「は、はい」
やばいころされる。
「……お前を乗せて、正解だったぜ」
「え?」
「うまい!」
「うますぎる」
男たちは、がつがつとわたしの料理を食べ始めた。
ものすごいスピードで用意した料理がなくなっていく。
「こんな料理、食べたことねえな」
「味付け、最高!」
「いつもの水みたいなスープとは全然違うぜ!」
「この、葉っぱの香りがいいんだよな」
「おう、この葉っぱが利いてる」
「これ、俺の鉢植だかんな! おまえら」
やった! 大成功だ。
うれしくって、わたしの顔も上気する。
明日も、がんばろう!
そう思った。
◆
「オーイ、陸が見えたぞー」
その声を聞いて、わたしは甲板へ急いだ。
空は抜けるようにいい天気だ。どこまでも続く青空、その下にはどこまでも続く青い海。
水平線の彼方に目を凝らすと……。
陸地が見えた。
あそこが、西の大陸か。魔法学校があるという、西の大陸。
……テンション上がってきた!
それから数十分、わたしは近づいてくる大陸を、飽きもせずじーっと眺めていた。




