劇場版 第三部 『永遠の物語〜終わらない春休みと留年の危機〜』
【Aパート:世界は救った、だが宿題が終わらない】
世界が再構築されてから数週間。
無事に新世界での『日常』を取り戻した俺たち1年Sクラスを待っていたのは、魔王でも神でもない、もっと恐ろしい現実だった。
「春休みの課題プリント(厚さ10センチ)、明日が提出期限だぞ! 未提出者は即・留年だからな!」
担任(筋肉)が笑顔で放った宣告により、俺の部屋は修羅場と化していた。
「終わらない! 数学の図形が全部オレの顔に見えてきた!」
「ハルお兄ちゃん! 私の血で書いた写経(婚姻届)を提出しましょう!」
「ヒヅキ、それは退学届になるからやめろ!」
「……燃やせば、課題という概念が消える。……『プロミネンス』」
「ヒマワリ! 俺の部屋で火を使うな!」
「……ハル。無理しないで。……一緒に来年も1年生やろう。……Zzz」
「アオイ、俺を道連れに二度寝するな!」
世界を再構築する大業を成し遂げた反動で、俺たちは完全に春休みの宿題を放置していた。神殺しの英雄が留年。笑えない冗談だ。
「あらあら、みんな頑張ってますねー! 夜食のオムライスですよ☆」
ピンク色のJK制服の上にフリルのエプロンを着けた母さん(モモネ)が、ニコニコしながら部屋に入ってくる。
「母さん! 余裕ぶってるけど、あんたもJKとしてこの世界に受肉したんだから、課題やってないと留年するぞ!」
「大丈夫です! ママは女神の叡智(ネットの解答丸写し)で初日に終わらせましたから!」
「ずるい! 俺にも見せろ!」
ドタバタと騒がしい徹夜の勉強会。
俺たちは白目を剥きながら、どうにか朝までに課題を終わらせた。
これで、晴れて2年生になれる。そう思っていた。
【Bパート:終わらない春休み(エンドレス・スプリング)】
――だが、異常は翌朝に発覚した。
俺はテレビをつける。ニュースキャスターが「本日は3月31日、春休み最後の日ですね」と笑顔で語っている。
昨日も『3月31日』だったのに、今日も『3月31日』になっている。
そして何より、必死に終わらせたみんなの課題プリントが、「真っ白」に戻っていた。
「……時間が、ループしている?」
1回、2回、3回。何度寝て起きても、明日(4月1日)が来ない。
絶望する俺の横で、シズクは机の上の課題プリントを虫眼鏡でじっと覗き込んでいた。
「……インクの乾き方が同じ。世界が巻き戻っているんじゃないわ。――『保存』されているのよ」
第二部で世界の記憶(保存)を担った彼女だからこそ、その異常性に真っ先に辿り着く。
「……ええ。時間が腐ってる。甘い香りがするわ。停滞は、毒よ」
ミサキが虚空を見つめ、不快そうに呟く。世界の代謝(循環)を司る彼女にとって、この甘ったるい時間の停滞は猛毒に等しかった。
「よし! 明日が来ないなら、私が太陽をもう一回昇らせる!」
ヒマワリが窓を開け、全身に極大の炎を纏い始める。
「やめろ! 世界の時計を火力で殴るな!」
俺は慌てて彼女を羽交い締めにした。
そんな騒ぎの中、ヒヅキだけが珍しく笑っていなかった。
彼女は窓の外、変わらない空を見上げて静かに怒りを燃やしていた。
「……時間が止まるのは許さない。私は“日”と“月”なんだから。私の器の中で、勝手な真似はさせないわ」
彼女たちの言葉で、俺は確信した。
世界をこれほどまでに甘く、優しく「保存」しようとする犯人の正体に。
【Cパート:JKで、元女神で、不器用な母親】
俺たちは学園の裏山――桃ノ神宮の本殿へと向かった。
そこには、制服姿の母さん(モモネ)が、ぽつんと一人で座っていた。
「……やっぱり、気づいちゃいましたか。ハルくん、それにみんなも」
モモネが寂しそうに微笑む。
春休みがループしている原因。それは、モモネ自身だった。女神の力を失ったはずの彼女の無意識が、新世界のシステムに干渉し、時間をせき止めていたのだ。
「どうしてこんなことをするんだ、母さん! 俺たちを留年地獄に閉じ込める気か!」
「違います……! 留年なんてさせたくない。でも……明日が来るのが、怖いんです」
モモネが、ギュッと自分の制服のスカートを握りしめる。
「女神だった頃は、時間なんてどうでもよかった。……でも、ただの『人間』になったら、分かってしまったんです。
明日が来れば、ハルくんは2年生になる。やがて卒業して、大人になって……ママの手から離れていってしまう。そしていつか、病気になって、老いて、死んでしまう……!」
ポロポロと、モモネの大きな瞳から涙がこぼれ落ちる。
「嫌だ……! ずっとこのまま、みんなで騒がしく笑っていたい。ハルくんが死んでしまう未来なんて、迎えたくない。……永遠に、この幸せな『春』に閉じ込めておきたいの!」
それは、不老不死の全能神から「寿命ある人間」へと成り下がった彼女が初めて知った『喪失への恐怖』であり――息子の幸せと安全を願う、不器用すぎる『母親の愛』だった。
【Dパート:散るからこそ美しい、春の魔法】
沈黙する境内に、重力魔法で浮かんだコタツの中から、アオイがそっと顔を出した。
「……永遠の春休み(睡眠)、嬉しいと思った。……でも、ハルが困るのは嫌」
普段は怠惰の化身である彼女が、永遠の安息を手放してでも、俺の明日を肯定してくれた。
「フッ。永遠の春休み……それは祝福ではない。“停滞という呪い”だ」
サヤカが包帯の巻かれた腕を天に掲げる。「神であっても、時の螺旋を止めることは許されんのだよ」
俺は、泣きじゃくるピンク髪のJK(母さん)の前に歩み寄り、その頭にポンと手を乗せた。
「……痛っ!?」
そして、軽くチョップを落とした。
「バカなこと言ってんじゃねえよ。永遠の春なんて、退屈で死にそうだ」
俺は笑う。
「俺は、お前が作ったゲテモノ料理をもっと食べたいし、こいつらの理不尽な魔法で黒焦げになりたいし、来年は後輩に先輩風を吹かせたいんだよ」
俺は、モモネの涙を指で拭った。
「前世の俺が……お前が愛してくれたあの『桃の花』は、永遠に咲いていたか?」
「……ううん。すぐに散っちゃった」
「そうだろ。散るから、変わっていくから、一瞬一瞬が綺麗なんだ。……俺が死ぬのが怖いなら、人間になったお前が、俺の一番傍でずっと見ててくれよ。母親としてさ」
俺の言葉に、モモネが目を見開く。
「……春は、毒にならないのね」
ミサキが、憑き物が落ちたような顔で小さく微笑んだ。
「謎は解けたわ。ハルくんの母親の正体は……ただの『お母さん』ね」
シズクが虫眼鏡をしまい、満足げに頷く。
「……ん。私も、ハルと一緒にいる。……Zzz」
アオイが立ったまま幸せそうに寝息を立てる。
「そうよ! 止まった時間じゃなくて、動く未来のハルお兄ちゃんの隣は私のものなんだから!」
ヒヅキが力強く宣言し、
「うむ! 来年はもっとデカい火の玉を作ってやるぞ!」
ヒマワリが太陽のように笑った。
みんなの顔を見て、モモネはついに、いつもの「テヘペロ」な笑顔に戻った。
「……もう。ハルくんも、みんなも……生意気な子供たちですね」
パチン、と。
モモネが指を鳴らす。
彼女の中に残っていた最後の「女神の残滓」が、春の風に溶けて完全に消えていく。
止まっていた時計の針が、チクタクと動き出した。
【エピローグ:終わらない日常への進級】
「……って、感動してる場合じゃない! 時間が動いたなら、明日の朝までに課題出さないと本当に留年だぞ!!」
「ああっ! 私の白紙のプリントォォォ!」
「アオイ、寝るな! 重力でペンを動かせ!」
俺の叫び声と共に、再び地獄の徹夜勉強会が幕を開ける。
だが、不思議と嫌な気はしなかった。
――翌朝。4月1日。
俺たちはボロボロになりながらも、なんとか課題を筋肉(担任)のデスクに叩きつけた。
満開の桜が舞い散る校庭。
新しい制服、新しいクラス。
そして俺の隣の席には、ピンク色の髪を揺らす、少しドジでウザ絡みしてくる、ただの可愛い同級生(母さん)が座っている。
「ハルくん! 2年生も、ママと一緒に最高の思い出を作りましょうね☆」
「……ああ。お手柔らかに頼むわ」
狂っていて、騒がしくて、だけど愛おしい俺の日常は、これからもずっと続いていく。
神様がいなくなった、この素晴らしい世界で。
『これが女神のやることか』 〜グランドフィナーレ〜




