劇場版 第二部 『神殺しのバースデーケーキ(ビッグバン)』
【Aパート:レシピの確認】
方向も時間もない“零次元”。
無の世界。
色も音もない、完全な静寂。
そこに、俺、桜川ハルの意識だけが明滅していた。
俺は理解した。母さん――女神モモネは、自分の「命」を削って、あのふざけた世界を維持していた。そして今、彼女は空っぽになって消滅した。
なら、逆もまた真なりだ。
散らばった「世界の欠片」を集めて一つに焼き上げれば、女神をもう一度、今度はただの人間として「受肉」させることができるはずだ。
「……聞こえるか、お前ら」
俺は虚空に語りかける。声帯はないが、魂で叫ぶ。
「俺一人じゃ、ただの『春』だ。春だけじゃ一年は回らない。世界は完結しない!」
俺の名前、桜川ハル。それは「桜」であり「春」。始まりの季節であり、起爆剤。
だが、始まりだけでは物語は進まない。バトンを繋ぐ者たちが必要だ。
「戻ってこい! 俺の……いや、この世界の『季節』たちよ!!」
【Bパート:調理開始(世界再構築)】
俺の意志(春の魔力)が、無の海に桜色の波紋を広げる。
最初に呼応したのは、あの理不尽なまでの熱量だった。
「……暑苦しいんだよ、お前は! いつでも俺を引っ張り回す、太陽のように!」
『当たり前だハル! 貴様をこんな冷たい無の世界に一人にしておくものか!』
闇を切り裂き、真紅の炎が爆発する。
『夏目ヒマワリ』。向日葵は太陽の花。夏を象徴する生命の爆発。彼女の魂が、俺の背中を力強く叩いた気がした。それは世界の「熱源」。
「……次は、お前だ。重くて、動かなくて、でも誰より俺の傍で地に足がついていた!」
『……ん。ハルが遠くに行くの、許さない。……重力・絶対捕獲』
青い光がフワリと現れ、散り散りになっていた魔力の粒子をギュッと一点に繋ぎ止める。
『江戸川アオイ』。葵は梅雨から夏に垂直に伸びる花。だが彼女の本質は「重力」。彼女の魂が、俺の腕の中にすっぽりと収まった。それは世界の「引力(物理法則)」。
「……そして、訪れる静寂と、確かな終わり(死)! 不器用な優しさをよこせ!」
『フハハ! 冥府の底からでも這い上がってやるぞ、我が半身よ!』
深紅の光が、闇に鮮やかな軌跡を描く。
『彼岸サヤカ』。彼岸花は秋の彼岸(死)に咲く。光あるところに影を。終わりのない世界に、確かな休息を。それは世界の「境界(輪廻)」。
「……終わりじゃない! 毒だって薬になる! お前のその毒で、世界の澱みを溶かして回せ!」
『……ええ。ハルの黒歴史も思い出も、私が綺麗に代謝してあげる』
紫の光が、深紅の光に寄り添うように螺旋を描く。
『月乃下ミサキ』。月見草は夜に咲く。不要なものを分解し、新たな命の糧とする毒と薬の二面性。それは世界の「循環(代謝)」。
「……最後は、全てを覆い隠し、眠らせ、次の春を待つもの! 出番だぞ、ポンコツ探偵!」
『ポンコツじゃないわ! ……謎はすべて解けたの。貴方の心が、私をずっと呼んでいたことくらいね!』
銀色の光が、俺の額にコツンとぶつかる。
『雪音シズク』。スノードロップ(待雪草)。冬の終わりと春の訪れを告げる花。彼女の魂が世界を冷却し、暴走するエネルギーの形を固定する。それは世界の「保存(記憶)」。
五つの光が、俺の周囲で巨大な渦を巻く。
春夏秋冬。生と死。熱と冷。
材料は揃った。だが、これだけでは足りない。
これらを混ぜ合わせ、一つの「世界」として焼き上げるための、『器』と『時間』が必要だ。
「……頼むぞ。お前がいないと、俺はいつまでも前に進めない」
俺は、最後の名前を呼ぶ。
幼なじみ。ずっと俺の傍にいた、当たり前すぎて、重すぎる存在。
「来い! 俺の日常! 『皇ヒヅキ』!!」
【Cパート:天地創造】
カッッッ!!!
強烈な黄金の光と、静謐な白銀の光が同時に発生した。
『日』と『月』。
太陽と月。それは天体の運行。時間の刻み。
マクロコスモス(大宇宙)の象徴であり、同時に俺というミクロコスモス(小宇宙)を照らし続ける、最強の愛。
だからお前は“日月”なんだな。時間を回すための名前。
『……待たせたわね、ハルお兄ちゃん!』
光の中から、ヒヅキの声が響く。
彼女の姿は、いつもの制服ではなかった。右半身に太陽のコロナを、左半身に月の満ち欠けを纏った、神々しくも圧倒的な姿。
『私の名前の「日」の意味、ようやく分かってくれた? ……私が「器」になるわ。みんなの季節を、私の時間の中で永遠に回して!』
「ああ、任せろ! 最高にカオスで、最高に美味い『世界』を作ってやる!」
俺は、全魂(魔力)を込めてイメージする。
剣と魔法? 科学とSF? そんなジャンル分けなんてどうでもいい。
俺たちが笑って、泣いて、喧嘩して、飯を食う。そんな騒がしい「当たり前」の場所だ!
「ハッピーバースデー……母さん(せかい)!!」
俺とヒヅキの手が重なる。
春が始まり、日と月が巡り、季節が踊り出す。
ドクン。
無の空間に、巨大な心音が響いた。
それは、新しい宇宙の鼓動。あるいは、オーブンの中で膨らむスポンジケーキが弾ける音。
神殺しは終わった。
全能の女神は死に、“全能”という牢獄から解放された、ただの人間が誕生する。
――そして、光が溢れた。
◇
【エピローグ:食卓の風景】
「……ん」
目を開けると、そこは白い空間ではなかった。
木漏れ日が差し込む、どこか懐かしいリビングルーム。
キッチンからは、トントンと包丁を叩く音と、味噌汁の匂いが漂ってくる。
「……あれ?」
俺は、ソファで寝ていたらしい。
体を起こすと、リビングのテーブルを囲んで、見慣れた顔ぶれが座っていた。
「ハル、遅い! 私の肉が冷めるだろ!」
ヒマワリが箸をくわえて文句を言う。
「……ハル、よく寝てた。私も二度寝する」
アオイが俺の膝に頭を乗せてくる。相変わらず重い。
「……今日の毒味は完璧よ。致死量ギリギリ」
ミサキが不穏な色のサラダを取り分ける。
「フフフ、我が魔眼でドレッシングの配合を見切った!」
サヤカが無駄なポーズでドレッシングを振る。
「……スプーンがない。これは密室の謎だわ」
シズクがテーブルの下を四つん這いで探している。
「もう、ハルお兄ちゃん! 早く席について! 今日は特別な日なんだから!」
ヒヅキがエプロン姿でキッチンから出てきて、俺の腕を引いた。
何も変わっていない。
いや、全てが新しくなった「再構築された日常」だ。
そして、キッチンの奥から、ピンク色の髪の女性が、湯気の立つ鍋を持って現れた。
彼女は俺を見て、エプロン越しに悪戯っぽく微笑んだ。
「おはよう、ハルくん。……それとも、『ハッピーバースデー』って言うべきかしら?」
彼女、桜川モモネ。
かつて女神だった女性。
今は、俺たちが再構築した世界で、ただの「人間(母親)」として生まれ変わった、新しくて不完全な命。
俺は、胸の奥から込み上げる熱いものを必死にこらえて、笑った。
「……いただきます、母さん」
世界は救われた。
愛と勇気と、大量の食材によって。
味噌汁が、ちょっとだけしょっぱい。
でも、それがやけに嬉しかった。
『これが女神のやることか』 劇場版 第二部 完
(そして物語は、劇場版 第三部「永遠の物語〜終わらない春休みと留年の危機〜」へ続く……!)




