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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第十三章 「アイランドリバーサル」

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Intermission 52 「些事」

 カルハ島の商業区、香料と染料を扱う中堅商人カポノは、店の奥でルミナプレートの盤面を見つめていた。


 そこに浮かんでいる数字は、悪くないどころではない。


「……やったぞ」


 思わず、声が漏れる。


 大口の約定だった。


 金持ち向けの高級香油がまとめて捌けた。盤面に積み上がったリルは、つい先月までの自分では考えられないほどの額だ。


 店番をしていた若い奉公人も、目を丸くした。


「親方、やりましたね!」


「ああ……ああ、やったさ」


 そう答えながらも、カポノの視線は盤面から離れなかった。


 入ったのは、リルだ。


 儲けたことには違いない。


 だが、それをそのまま喜びきれない自分がいる。


「親方?」


「……両替に行くぞ」


「え、いまですか?」


「いまだ」


 即答だった。


 大口が入った。その直後に動く。商人として、当然の動きだ。


 リルが増えたなら、必要な分を残してディムに換える。仕入れでも、船便でも、遠方との取引でも、やはり最後にものを言うのはディムだ。少なくとも、今のところは。


 カポノはカバンを持つと、両替商へ向かった。


 相手は古くから付き合いのある店だ。表向きは小さな店構えだが、実際には王国貴族の後ろ盾がある。特区の両替を任されている以上、ただの町の両替屋であるはずもなかった。


「よう、カポノの旦那」


 帳場の男は、いつも通りの笑みで迎えた。


「今日はまた景気がよさそうですな」


「まとまった約定が入った。ディムに換えたい」


 そう言って、カポノはルミナプレートを卓に置いた。


 男の目が、一瞬だけ細くなる。


「どれほどで?」


「140万だ」


 その数字を聞いた男は、すぐに営業用の笑みに戻った。


「……ありがたい話ではありますが、いまは少々立て込んでおりまして」


「立て込む?」


「ええ。ディムの引き合いが強いのです」


「なら、なおさらだろう。こっちは手数料を払う」


「もちろん、公定の手数料は頂戴します」


 そこまで言って、男は少し声を落とした。


「ですが、最近は皆さま、お急ぎでしてね」


 嫌な言い方だった。


 カポノは眉をひそめる。


「何が言いたい」


「色をつけてくださる方から、優先しているということです」


 言葉の意味が、すぐには頭に入ってこなかった。


 だが、少し考えれば意味が分かってくる。


「……リルの相場は固定だろうが」


「ええ、公定の交換比率は固定です」


 男はあくまで穏やかに答えた。


「ですので、そこは変えておりません。私どもは、ただ、一部のお客様に便宜を図っているだけです」


「それを世間では、同じと言うんだ」


 カポノの声音は低くなる。


 男は肩をすくめた。


「旦那も商人でしょう。こちらにも事情があるのです」


 事情。


 その一言で済ませていい話ではない。


 公定では、リルとディムは等価のはずだ。そこに決められた手数料が乗るだけ。それが、この特区の建前だった。


 だが現実には違う。


 ディムに換えたい客が増えた。


 なら、ディムを渡す側は選ぶ。


 少しでも上を出す客を先に通す。


 比率は変えていない。だが、実際に払う総額は増えていく。


 それはつまり――。


「……リルが、安くなってるのと同じじゃないか」


 誰に聞かせるでもない呟きだった。


 男は否定しなかった。


「どうされます?」


 静かな問い。


 カポノは奥歯を噛みしめた。


 ここで換えないという選択肢はない。リルのまま抱えていても、次に何が起きるかわからない。そう思ってしまった時点で、もう負けだ。


「……いい。上乗せする」


「ありがとうございます」


 帳場の男は、笑顔を浮かべて淡々と準備を進める。


 受け渡しのため、二枚の板が卓に並ぶ。


 ルミナプレートと、アルカナプレート。


 新しい金と、古い金。


 それぞれが放つ光は、これまでと同じだ。


 だが、カポノの目にはもう同じには見えなかった。


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 ロピカルハ王国、財務府。


 財務相アヌエ・ポハクは、机に置かれた報告書を読み終える前に、顔を上げた。


「……もう一度言え」


 呼び出された官僚は、緊張したまま言葉を繰り返した。


「市中でのディム需要が、明確に増えております。特区の指定商人用の交換所だけでなく、民間の両替商でも同様の動きが見られます」


「準備金はまだあるはずだ」


「あります。ですが、減る速度が……想定より早いのです」


 別の官僚が、補足する。


「交換そのものも増えておりますが、それ以上に問題なのは、優先交換のために上積みを払う客が出始めたことです」


「……市中で、実質的な切り下がりが起きていると?」


「感覚としては近いかと」


 アヌエは黙った。


 最悪の形だ。


 等価だと信じられているから、等価が維持される。


 そこに一度でも「そうではないかもしれない」が混ざれば、あとは早い。


「至急、追加準備の試算を出せ」


「すでに計算しております」


 官僚は待っていたように別紙を差し出した。


「現行ペースが続いた場合、特区の信用維持には王室財産からの拠出が必要になります」


 アヌエは、その一文を見て小さく息を止めた。


 ついにそこまで来たか。


 制度の立ち上げに金がかかることは、最初からわかっていた。だが、これは立ち上げ費用ではない。信用維持のための燃料だ。


 燃やし続けなければ、止まる。


「いそぎ陛下……ではなく、殿下に上げる」


 アヌエは立ち上がった。


「緊急だ。すぐにだ」


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 王宮の一室。


 ファルハンは、窓の外の夜を見ながら報告を聞いていた。


 香料の甘い匂いが漂う室内に、アヌエの声だけが硬く響く。


「――以上が現状です。市中のディム需要は明確に増加しております。このままでは準備金の減少が看過できません」


 アヌエは言葉を切り、深く頭を下げた。


「リルの維持には、王室財産の一部拠出が必要と判断いたしました。緊急のご決裁を」


 しばしの沈黙。


 ファルハンは振り返りもせず、淡々と答えた。


「そのような()()、好きにすればいい」


 アヌエは、一瞬だけ言葉を失った。


「……殿下?」


「聞こえなかったか」


 ファルハンはようやく振り返る。だが、その顔に焦りはない。苛立ちすら薄い。雑事を片づける時の感覚に近い。


「必要なら王室財産を切り崩せ。足りぬなら別の名目を立てればいい。財務府の仕事だろう」


「しかし、それでは王国の信用そのものに――」


「大事が完成すれば、そのようなことは些末なことだ」


 短い一言だった。


 その言葉が、室内の空気を凍らせる。


 アヌエは息を呑んだ。


 ファルハンの視線は、すでにアヌエではなく、その先を見ていた。王国の財政でもない。市中の混乱でもない。もっと別の、目には見えない完成図だけを見ている目だった。


「今は繋いでいればいい」


 ファルハンは、静かに言う。


「必要なのは時間だけだ」


 その言葉に、アヌエは背筋の奥が冷えるのを感じた。


 自分が守ろうとしているのは、制度だ。信用だ。国家の帳簿だ。


 だが、この男が見ているのは、そんなものではない。


 ファルハンにとって、通貨も財産も、王国そのものですら、ただ完成までの部材でしかないのだ。


「……承知、いたしました」


 そう答えるほかなかった。


 アヌエが下がったあとも、ファルハンは窓辺から動かなかった。


 市中では、商人たちが新しい金の価値に迷い始めている。


 財務府では、古い金を守るために王室財産を燃やそうとしている。


 それでもファルハンにとっては、すべて些事だった。


 儀式さえ完成すれば、そんなものはどうでもいい。


 夜の王宮は、ひどく静かだった。

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