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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第十三章 「アイランドリバーサル」

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第134話 「波紋」

 リーリアとレクスの姿は、カルハ島の経済特区に妙に馴染んでいた。


「レクス、次はあのお店に行きたい!」


「お嬢様、順路がございます」


「じゃあ順路に入れて!」


 少し離れた裏路地の角から様子を見ながら、俺は小さく息を吐いた。


「……思った以上に似合ってるな」


 変装した俺の横で、同じく地味な商会服に身を包んだフィリアがくすりと笑う。


「リーリアさん、堂々としていますもの。下手な貴族より、よほどそれらしいですわ」


「レクスの胃がもつかは知らんけどな」


「そこは頑張っていただきますわ」


 軽口を交わしながら、俺は胸元のアルカナプレートに指を添えた。


<アイラ、聞こえるか>


<はい、アルさん。つながっています>


 念話の向こうはアルセディア商会の事務所だ。アイラはそこに残り、リクエストリンクでリーリアたちの買った商品の情報を拾っている。


<いま、リーリアさんが買ったのは青燐石の装飾加工品ですよね。青燐石は、小口取引が多くて出来高が少ないです>


<薄い板だな。買い気配を少し上へ。急ぎすぎるな>


<はい。――起動します。リモートフォーム>


 念話の先で、新しい術式が走る気配が伝わってくる。


 オーダーフォームを遠隔用に組み替えた、アイラの新作だ。離れた場所からでもトークンコアへ注文を飛ばせる。不可能を可能にした新魔法。ただし、術式は繊細で魔力制御も面倒だ。しかも、膨大な魔力を喰う。こんな短期間で形にできたのは、アイラだからだ。


<通りました。少し上がります>


<いいぞ。そのまま、リーリアたちが買った品だけ追え>


<はい!>


 盤面の数字が、静かに動く。


 ほんのわずかだ。だが、それで十分だった。


 大通りの向こうでは、リーリアが次の店先で目を輝かせている。レクスが品を見て、短く何かを告げ、リーリアが大きく頷く。直後、店主の顔色が変わる。さっき買われた品の値がもう動いたと知った顔だ。


「波紋が広がり始めましたわね」


「まだ小さいけどな」


 俺は視線をずらす。


「こっちも行くぞ」


 俺とフィリアが向かったのは、大通りの商店じゃない。商人たちが使う小さな両替商だ。


 もっとも、小さいのは看板だけだ。


 新通貨リルが導入されたばかりの今、この特区で両替商を開ける連中は限られている。王家に近い貴族か、国の後押しを受けた大商人か、そのどちらかだ。


「……なるほど、雑にはやってませんわね」


 フィリアが小さく呟く。


「当たり前だ。今のこいつらは、半分当局だよ」


 最初の店に入る。


 店内は涼しく、香木の匂いが薄く漂っていた。帳場に座っていた男は、俺たちの胸元のアルセディア商会の紋章を見るなり、営業用の笑みを浮かべる。


「ようこそ。両替ですかな?」


「ああ」


 俺は気軽そうに頷いた。


「ディムが欲しい。まとまった額でな」


 男の目が、ほんの少しだけ細くなる。


「ディム、ですか。リルではなく?」


「商売の都合だ」


 それ以上は言わない。男も、そこを深追いはしなかった。


「もちろん、ご用意はできます」


 男はそう言って、帳場の下から二枚の魔道具を取り出した。


 ひとつは、この国で流通し始めたばかりのルミナプレート。もうひとつは、見慣れたアルカナプレートだ。


 ルミナプレートでリルを受け取り、アルカナプレートでディムを渡す。


「交換比率は公定どおりです。リルとディムは等価。加えて手数料を二分、いただきます」


「妥当だな」


 俺が答えると、男は少しだけ安心した顔をした。


 まだこの段階では、向こうも自分たちが主導権を握っていると思っている。固定相場。等価交換。そこに、決められた手数料を乗せるだけ。それが当たり前だと。


「では、どれほどご入用で?」


 俺が口を開くより先に、フィリアが一歩前に出た。


「店の手持ちは、いかほどですの?」


 男の笑みが、ぴたりと止まる。


「それは、お答えしかねますが……5000万ほどならすぐにでも」


「8000万」


「……8000万、でございますか?」


「ええ、8000万ですわ」


 フィリアは、涼しい顔で言い切った。


 帳場の奥に控えていた店員まで、こっちを見た。


 当然だ。


 両替商は、基本的に細かい交換を積み上げる商売だ。国の後ろ盾があるから、まとまったディムも抱えられる。だが、それを一度に持っていかれる前提で帳尻を組んではいない。


「それは……」


 男が言葉を選ぶ。


「現物の確認と準備に少々お時間を」


「構いませんわ」


 フィリアは紫の目を細めた。


「その代わり、少しだけ上をつけますわ」


「上……?」


「ええ。等価交換に手数料を払うだけではなく、こちらが気持ちよく受け取れるように、少しだけ色をつけると言っているのです」


 男の顔つきが変わる。


 それは驚きだ。


 固定相場の両替に、上乗せ。


 それ自体が、この場では少しだけ異物だった。


「……恐れ入りますが、当店は公定の交換比率に従っております」


「知っていますわ」


 フィリアはあっさり頷いた。


「ですから、比率を変えろとは言っておりませんの。手数料とは別に、こちらが謝礼を払うだけですわ」


 言い方は上品だ。


 だが、意味は同じだった。


 固定だと思われている場で、固定じゃないかもしれないと匂わせる。


 それが大事だった。


 男は迷った。


 断る理由はない。


 むしろ得だ。


 だが、得だからこそ、引っかかる。


「……ご用意いたします」


 最終的に、男はそう言った。


 ルミナプレートが起動し、淡い光が走る。続いてアルカナプレートが重なるように光る。


 受け渡しが終わるころには、店の奥の空気まで少し変わっていた。


 俺たちは礼だけ言って店を出る。


 外の蒸した空気が、さっきより少しだけ軽く感じた。


「いい反応でしたわね」


 フィリアが小さく笑う。


「ああ。あの顔は覚えておく価値がある」


 何も起きていない。


 向こうからすれば、大口客が一人来ただけだ。


 だが、今ので一つ植え付いた。


 決められた比率は、絶対じゃないのかもしれない。


 そういう感覚がだ。


<アイラ、どうだ>


<はい。青燐石に連れて、真珠も少し動きました>


<いい流れだ。そのまま目立ちすぎない範囲で続けろ>


<はい。リモートフォーム、もう一回いきます>


 念話の先で、術式が編まれる気配が伝わる。


 アイラは本当に、とんでもないものを作った。


 アルセディア商会の事務所にいながら、リアディス取引所のトークンコアへ遠隔で注文を通す。しかも、俺の指示どおりに薄い板を撫でるみたいな細さで値段を動かしていく。


「アイラさん、もう普通に天才ですわね」


 フィリアが感心したように言う。


「今さらだろ」


「それもそうですわね」


 そんな話をしながら俺たちは、二軒目の両替商へ向かった。


 中へ入ると、今度の店主は露骨に警戒した目を向けてきた。


「ディム、ですかな」


「話が早くて助かる」


 俺が言うと、店主は鼻を鳴らした。


「今日は、そういう客が少し多いですな。もっとも、この特区の備えは十分です。多少の交換ではびくともしません」


「頼もしいな」


 答えながら、俺はルミナプレートとアルカナプレートを同時に卓へ置いた。


 向こうも同じように二枚を用意する。


「交換は公定どおり。等価、プラス手数料です」


「知ってる。いくらまでなら出せる?」


「お客様、それはどういう?」


「この店で出せる限界額を聞いている」


「では……6000万までなら即時に」


「9000万だ」


 俺が言うと、店主のまぶたがわずかに動いた。


「大きく出ますな」


「商売の都合だ」


 そこへ、フィリアが自然に口を挟む。


「こちらも急いでいますの。手間賃は上乗せしますわ」


 また、それだ。


 店主は今度こそはっきり眉をひそめた。


「……固定相場の両替で、ですか」


「ですから、比率は変えませんわ。公定に従います。その上で、こちらがお願いする側として少し積むだけですの」


「それは……前例が」


「作ればいいのではなくて?」


 フィリアは、実に上品に言い切った。


 強いな、本当に。


 店主はしばらく黙り込み、それからこちらの胸元の商会章と、卓上の二枚のプレートを順に見た。


 この場にあるのは、数字だけじゃない。


 空気だ。


 固定だとみんなが思っているものに、例外が一つ混ざる。その一つが、後で効いてくる。


「……承りました」


 最終的に、店主は折れた。


 光が走る。


 ルミナプレートからリルを受け、アルカナプレートでディムを払う。さらに手数料。さらに、ほんの少しだけ色をつける。


 終わった頃には、奥で帳簿をつけていた若い店員まで、ちらちらこっちを見ていた。


 外へ出る。


 湿った風が通り抜ける。


「二軒目も順調ですわね」


「ああ。三軒目で広がる」


 そう言って、俺たちは次の店へ向かった。


 三軒目の両替商を出たときには、さすがに通りの空気も変わっていた。


「あそこの店は、今日のディム交換を停止したらしい」


「しかも公定の少し上を取ったとか」


「公定のままじゃないのか?」


「いや、比率はそのままだ。だが……」


 そこまでで、言葉は濁る。


 濁るということは、十分だ。


 まだ誰も断言はしない。


 だが、頭の中に芽だけは出た。


 固定だと思っていたものは、本当に固定なのか。


 俺は足を止めずに、視線だけでそのざわめきを拾った。


「……波紋になってきましたわね」


 フィリアが楽しそうに笑う。


「ああ」


 俺は短く答える。


「ここからだ」

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