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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第十三章 「アイランドリバーサル」

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Intermission 51 「作戦とレクスの憂鬱Ⅱ」

 最初に入ったのは、高級布地を扱う店だった。


 店の奥には、絹のようになめらかな生地、金糸を織り込んだ薄布、魔力で淡く光る染布が並んでいる。ロピカルハ産のものだけでなく、北アルカ大陸やレオリア経由の輸入品も多い。


 店主は、リーリアを見るなり、満面の笑みで頭を下げた。


「いらっしゃいませ、お嬢様。お探しのものはございますか?」


「きれいな布が欲しいの。見ているだけでも楽しいわ」


 リーリアは両手を胸の前で合わせ、目を輝かせた。


 演技なのか、素なのか、レクスには判断がつかなかった。


「それでしたら、こちらなどいかがでしょう。ソラリス共和国から入った月光織でございます。夜の光を受けると、淡く銀色に輝きます」


 店主が広げた布は、確かに美しかった。


 薄い青銀の生地が、朝日の下でも静かに光を返している。リーリアは思わず身を乗り出した。


「わあ……!」


 素が出た。


 レクスは小さく咳払いした。


「……お嬢様」


「あっ。こ、これは……とても趣味のよい品ですわね」


 リーリアは少しだけ声を高くした。


 店主は満足そうに笑った。


「お目が高い。外国のお嬢様は、やはり目利きでいらっしゃる」


 レクスは、布地の端に指を添えた。


 表向きは、質感を確かめているだけに見える。だが、指先にはごく薄く魔力が流れていた。


 繊維、染料、保存状態、混ぜ物の有無。


 鑑定魔法の結果が、レクスの意識に静かに浮かぶ。


 本物。保存状態もよい。価格は少し安い。おそらく店主は販売値段を見誤っている。


 レクスは、リーリアの耳元に顔を寄せた。


「これは買いです」


「買い? わかった」


 リーリアはぱっと笑った。


「では、こちらを全部いただきますわ」


「……全部、でございますか?」


 店主の笑顔が固まった。


 月光織は、店の奥に置かれていた高級品だ。貴族や大商人が、宴席用の衣装に少しだけ使うような布だった。


 それを、全部。


 リーリアは上品に笑おうとして、少しだけ口元がゆるんだ。


「ええ。全部ですわ」


「ぜ、全部……。あの、お嬢様。こちらは一巻だけでも相当なお値段に……」


「構いませんわ。ねえ、レクス?」


 リーリアは振り返った。


 レクスは淡々と頷いた。


「お嬢様がお気に召されたのであれば」


 店主の目が丸くなる。


 店主は一瞬で計算に入った。布地の残量。販売価格。利益。次の仕入れ時期。頭の中で数字が跳ねているのが顔に出ていた。


「で、では……こちらの月光織、全五巻で、43万になります。お支払いは、ディムでよろしいでしょうか?」


「いいえ、リルでお願いしますわ」


 リーリアはにっこり笑う。


 店主の手が止まった。


「……リル、でございますか?」


「ええ。リルですわ」


「失礼ですが、お嬢様は外国のお方では……?」


「そうですわ。なにか問題でも?」


「いえ……問題というほどではございません。ただ、リルは導入されたばかりの通貨でございますので、外国のお客様がお使いになるのは珍しく……」


「そうなの?」


 リーリアは不思議そうに首を傾げた。


 その仕草は、どう見ても世間知らずの令嬢だった。少なくとも、店主にはそう見えた。


 レクスは無言で、銀細工のケースからルミナプレートを取り出した。


 レクスが指先で操作すると、淡い光が盤面に浮かび上がる。


「43万リル。お支払いします」


 澄んだ決済音が、店内に響いた。


 店主は目を瞬かせた。


「た、確かに……いただきました」


 店主の顔には、喜びと困惑が同時に浮かんでいた。


 導入されたばかりの新通貨。この国の中では、ディムと同じ価値で使える。店でも受け取ることになっている。だが、店主の仕入れ先はレオリアの商会で、支払いはほとんどディム建てだった。


 喜ぶべきなのか。


 困るべきなのか。


 店主の表情が、その二つの間で揺れていた。


 そこへ、リーリアが首を傾げて言った。


「このリル?っていうの……よくわからないお金ですけど、いっぱい手に入っちゃったから早く使いたいの」


 店主の笑顔が、少しだけ引きつった。


「……いっぱい、でございますか」


「ええ。持っていてもよくわからないでしょう? だから、きれいなものに替えた方がいいかなって」


 リーリアは、本当に何も考えていない令嬢のように笑った。


 レクスは背後で静かに目を伏せた。


 完璧だった。


 無邪気で、悪意がなく、だからこそたちが悪い。


 店主は乾いた笑みを浮かべた。


「さ、さようでございますか……」


「また来ますわね」


「は、はい。ぜひ……ぜひお越しくださいませ」


 店主は深々と頭を下げた。


 リーリアが店を出たあと、店主はしばらく動かなかった。


 棚から消えた月光織。


 手元に増えた大量のリル。


 次の仕入れは、ディム払い。


 両替の算段をしなければならない。


 店主の喉が、ごくりと鳴った。


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 次に向かったのは、宝飾店だった。


 リーリアは、入った瞬間に目を輝かせた。


「まあ……!」


 今度は、演技半分、本気半分だった。


 店主はすぐに姿勢を正した。白髪交じりの細身の男で、いかにも上客の扱いに慣れている。


「いらっしゃいませ、お嬢様。贈り物でございますか? それとも、ご自身用に?」


「どちらもですわ」


 リーリアは優雅に言い切った。


 レクスは背後で無言のまま、軽く目を伏せた。


「でしたら、こちらなどいかがでしょう。アトラス産の桜真珠でございます。色味がやわらかく、若いお嬢様にはたいへん人気が――」


「可愛い!」


 リーリアは思わず声を上げた。


 レクスが、また小さく咳払いする。


「……お嬢様」


「あっ。とても……愛らしい品ですわね」


 店主は笑みを深くした。


「お目が高い。こちらは入荷したばかりでして、粒も揃っております」


 レクスは、商品棚の前に立つ。


 指先は、値札に触れるか触れないかの位置で止まった。見た目には、値札を確認しているだけにしか見えない。


 だが、レクスの視界には別の情報が浮かんでいた。


 真珠の厚み。表面の照り。内部に混じる不純物。染色の有無。


 本物。


 ただし、中央の首飾りは過大評価。隣の耳飾りと腕輪は割安。奥にある青石の指輪は、店主も価値に気づいていない。


 レクスは声を落とした。


「首飾りは不要です。右の耳飾り、腕輪、それから奥の青い指輪。あれはかなり良い品です。それにあちらの棚にある桜真珠はすべて高い品質かと」


「なるほど」


 リーリアはうなずくと、満面の笑みで店主へ向き直った。


「では、こちらの真珠の耳飾りと腕輪をいただきますわ。それと、奥の青い指輪も」


「青い指輪……でございますか?」


 店主が一瞬だけ目を瞬かせた。


「あちらは、少々地味な品でして……」


「でも、きれいですわ」


 リーリアは迷いなく言った。


 そのあまりに自然な言い方に、店主は感心したような顔になる。


「……なるほど。お嬢様は、派手さだけでなく石の奥行きをご覧になるのですね」


 見ているのはレクスである。


 しかし、店主にはリーリアが天然の目利きに見えているらしい。


「それから、あの棚の桜真珠。丸くて照りのよいものは全部くださいな」


「……全部?」


「ええ。全部ですわ」


 店主の手が震えた。


「あ、あの、お支払いはディムで?」


「リルでお願いしますわ」


 また、店主が固まった。


「リル……でございますか」


「ええ。このリル? よくわからないお金ですけど、いっぱい手に入っちゃったから早く使いたいの。宝石なら、持っていても困らないでしょう?」


 店主の目が、わずかに細くなった。


 決済が終わる。


 大量のリルが店主の手元に入る。


 だが、店主は喜びきれなかった。


 隣の店員が小声で言う。


「旦那様……次の仕入れ、レオリアの商会への支払いですよね」


「……わかっている」


 店主は声を低くした。


「いますぐ、両替に行く」


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 三軒目は、魔力石商だった。


「お支払いは……ディムで?」


「リルで」


 その一言で、店内の空気がまた変わる。


「リルで……ございますか」


「ええ。このリル? よくわからないお金ですけど、いっぱい手に入っちゃったから早く使いたいの。魔力石なら、きれいだし、あとで誰かに贈っても喜ばれるでしょう?」


 周囲の客が、ちらりと振り返った。


 外国の令嬢、大量のリル、高級品への換金。


 噂が、静かに形を作り始めていた。


「外国の方なのに、どうしてあんなにリルを……」


「しかも目利きだぞ。店主が勧めた派手な品じゃなく、本当にいいものだけ買っている」


「何か知っているのでは……」


 レクスはそれを聞きながら、静かに眼鏡を押し上げた。


 その後も、リーリアたちの勢いは止まらなかった。


 高級レースの店では、サヴェナリアの職人が半年かけて編んだ薄布をまとめて購入した。


 宝飾小物の店では、金細工と銀細工を棚ごと買った。


 香油の店では、王侯向けのバーシフト産の小瓶を「全部かわいいですわね」の一言で買い切った。


 そのたびに、店主は驚き、支払いをディムかと確認し、リーリアは笑顔で答えた。


「リルでお願いしますわ」


 そして、必ず同じように付け加えた。


「このリル? よくわからないお金ですけど、いっぱい手に入っちゃったから早く使いたいの」


 最初は笑顔だった商人たちも、受け取ったリルの量が大きくなるほど顔色を変えていく。


 商品は売れた。


 利益も出たはずだ。


 だが、手元に残ったのは導入されたばかりのリルだった。


 次の仕入れはディム。


 外の商会への支払いもディム。


 ならば、早めに替えなければならない。


 そう考える店主が、一人、また一人と増えていく。


 通りの空気は、少しずつざわつき始めていた。


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 商業区の通りから少し離れた角に、アルヴィオの姿があった。


 アルヴィオは目立たない場所に立ち、買い物を続けるリーリアと、その後ろに控えるレクスの姿を見ていた。


 ただ、通りの商人たちが互いに囁き合い、何人かが店の奥へ引っ込み、使いの者を両替へ走らせていく様子を静かに見ていた。


 カルハ島の明るい陽射しの下で、リーリアの白い帽子が揺れる。


 その近くで、リルという新しい通貨への小さな疑念が、音もなく広がり始めていた。

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