5-6 藪の中
綿は警察署に入り、桜内の事務室に入った。
「特に注意すべきなのは、この二つの証言です。」
桜内は証言が記載されている資料を綿に渡す。
「一つ目は龍崎洵太さんの証言です。四時四十五分にそこを通りかかったが、異状はなかったとのことでした。」
「タクシーの運転手、巡太が通報した一時間前だな。」
「はい。二つ目は一人の少年からの証言です。五時半頃にそこで小便をしたら、女性の叫び声を聞こえたとのことでした。」
「叫び声?」
「悲鳴、だそうです。ただ、朝方なので、怖がって見に行かずに逃げただそうです。」
「…推定の死亡時刻は四時頃だな。五時半の叫び声というと、色々可能性あるんだな。」
「はい、それに、四時四十五分まで異状なかったのだしたら、他の場所から死体をこちらに移動した、という可能性は考えられるのではないでしょうか?」
「いや。現場の写真から見れば、あの血の量、現場であってるんだろう。」
「では…」
「ともあれ、龍崎洵太と土橋巡太、この二人の背景も調べておくれ。」
「わかりました。」
翌日、四月十日。
昨日渡部とすれ違った義孝は再び渡部家に向かい、いよいよ渡部に会えた。
「黒澤さん、ですよね!」
「…?」
「はじめまして!渡部です。早苗ちゃんの友達です。」
義孝は一瞬理解できなかったが、すぐ、研究室に入ろうとした早苗さんのことを思い出した。
「おお…!」
「黒澤さん、私に何かご用でしょうか?」
「それが…」
義孝に正確の時間を確認したのち、渡部はそのとき、そこで一人の女性を見かけたと語った。
「短髪で、メイクもされてて、とてもかわいくて綺麗で、大人っぽい女性でした。」
「なるほど…よく覚えていますね。」
「本当に綺麗だったので!あ、そういえば、多分香水使われてると思います。甘い匂いがしました。」
「甘い…香水…」
「教会の先では匂いが消えたので、教会に行ったのではないんですかね。」
義孝から渡部が提供した情報を聞いた綿は微笑んだ。
「心当たりはあるが、確証が欲しいところかな。」
綿がそう言ってから、しばらく経った。
四月十三日。
名瀨影の出所からもうすぐ一ヶ月経つところ、桜内は洵太と巡太の資料を綿に渡した。
「龍崎洵太さん、四時四十五分に異状なしと証言してくれたこの方は、幸せな家庭を持っています。子息はありません。
「そして土橋巡太さん、タクシーの運転手さんは、近所ではあまり評価よくありませんでした。守銭奴、だそうです。」
綿は資料を見つめ、黙り込む。
「どうかしましたか?」
「…この土橋っていうやつ、ちょっとおかしい。」
「おかしい?と言いますと?」
「おうちの前まで帰ってきたのに、おうちに入らない。疲れたから、という割に道端の異状に気づけるほど余裕はあった。」
「それは、そう言われてみれば。」
「龍崎洵太っていうやつもおかしいが、推定死亡時刻の判断にミスがあったら説明できなくもないので、土橋巡太よりマシかな。」
「だとすると、土橋巡太さんが犯人で、目撃者だと主張した、という可能性は?」
「それだと、通報するのがやや遅いかな。何かを隠しているだと思うから、殺人の容疑があることを伝えれば、喋ってくれるかもしれない。」
「そうですね。」
そして、翌日四月十四日の朝。
桜内は二つの手がかりを手に入れたと綿に連絡した。
綿が事務室に入ったあと、桜内は何枚の写真を取り出した。
「昨日、田淵明輝さんと密会している女性が現れたので、部下に住所まで尾行させました。」
「うむ。」
綿は写真に写されている景色を見て、懐かしさを感じた。
「堀田繪珠理さんの住所でした。田淵明輝と密会している女性は、堀田繪珠理さんでした。」
「…間違った可能性は?」
「薄いと思います。」
「…よし。実は義孝からも手がかりがあった。最初の事件の犯罪時刻付近に、堀田繪珠理がその山、特にその教会に訪れた、という証言があった。」
「すぐ動きます。そちらの証人の方に連絡していただいても構いませんか?」
「…わかった。これで、一件目は終了かな。」
「こちらの二つ目の手がかりは、土橋巡太さんからのでした。」
「どんな?」
「五時半に起きたら、窓から死体と一人の女性を見かけましたと。」
「女性?」
「はい。臘山衣梨紗という女性で、当時は死体の臓器を切り取ろうとしたらしいです。土橋さんはすぐ一階まで降りて止めに行ったので、それで叫び声が。」
「ふーん。」
「しかしその後、衣梨紗さんは提案しました。切り落とした膀胱を売ったお金を土橋さんにも半分あげると。土橋さんはその提案を飲みました。」
「…膀胱だけ?」
「膀胱だけです。」
「で?その臘山衣梨紗、見つけた?」
「探しているが、少し時間かかります。」
綿は、何かを忘れたような気がした。
しかし、嘘偽りの歯車をは外すことで、すべては周り始めた。




