5-1 消えてしまった先に
三月十八日、午後六時半。
綿とやなは事務所の中で、義孝が作るカレーライスを待っている。
「やな、ホタルさんのほうからは…?」
「うん。連絡がない。」
語りがたらないやなを見て、綿もこれ以上聞かず、テレビを開けた。
そしたら、三月十四日から未だに消えていないあのニュースが。
連続殺人犯、名瀬影の釈放。
「そういえば、義孝。バカ長官から景色の写真が山ほど送られてきたんだけど、あいつ出張したのか?」
「佐藤さん、出かける前に一回来てくれたじゃないか。北日本に出張するから、事件があったら桜内が担当することになるんだと。」
「桜内って…あの若者か?さて、彼には荷が重いじゃないかな。」
「桜内さんは、以前室蘭の事件で佐藤さんと一緒にいた助手の方?」
「そう。やなちゃんを死者、朝田を犯人だと勘違いをしたけどね。」
義孝は笑って、食べ終わった三人の皿を集めた。
「食後の飲み物はコーヒー?紅茶?」
「コーヒー。」
「綿と一緒。」
「了解!」
「そういえば綿、義孝と一緒に書いていた論文はどうだった?」
「資料ならもうまとまったから、あとは論文っぽく書ければ、夏休みができるんだぞ。」
「そう…研究室の学生さんにも手伝ってもらっているの?」
「うん。手伝えるところはそう多くないが、まぁ努力できる子ばっかりだから。」
「それはよかったね。」
「…」
「…」
「やな。うちの研究室、もう一人入れるんだけど。」
「誰かに加入させたいの?」
「今朝に早苗さんという子が来たが、断った。」
「実力足りなかった?」
「いい子だったが、あれは、君のための空席だ。」
やなは沈黙になり、綿もこれ以上言えなかった。
「白柳教授の研究が成功した際には、私にもその資格があるのだろうが、卒業したあとの話になるんだな。」
「それでも、僕は…!」
「珍しく子供っぽくなったな、綿。」
「やなのために子供っぽくなったぞ。」
「では、もしいつか私が消えてしまったら?」
「僕は…」
綿は答えることができなかった。
何度も想像したが、答えは出なかった。
「はい、コーヒー。」
義孝はコーヒーをテーブルに置く。
それと同時に、綿は砂糖入れを手に取って、ストンとやなの目の前のテーブルに置いた。
やなは少しでもためらわずに砂糖入れから砂糖を取って、コーヒーに入れた。
「…おいしい。義孝上手になったね。」
「名瀨さんに教えてもらったからね。自信作だ。」
「うーん…悪くない。」
「朝田!もっと誉めろ!」
「別にいらないんだろう。」
やなはふと笑い、コーヒーカップをテーブルに置いた。
その夜。
一度眠った綿はうなされて、真夜中に目覚めた。
やなを失った、最悪の夢だった。
「や…?」
綿は横に確認してみるが、やながいない。
彼は明かりをつけた。
彼にだけの明かりを。
「…やな。」
「ごめん。起こしたか?」
「ううん、全然気づかなかった。」
綿は、自分のテーブルの前に立っているやなの姿を眺め、これが一番彼に安心させる景色だと気付いた。
「またそのノートを?」
「うん。私を呼び覚ました、一番大事なノートだから。」
「でも…」
「見えなくても、触れればわかる。いつも手に力が入るんでしょ。」
触れなくても大丈夫だけどね。
やなは、後半を口に出さなかった。
「さっきはさ。魘されたんだ。」
「ふん?」
「君を失った夢だった。君のその言葉のせいだ。」
「え…?私のせいなの?」
「あのさ、やな。僕は一度人生を捨てようとしたが、君のおかげでそれを拾ってきた。」
「うん。」
「だからずっとこう思っていた、君を失ったら僕も死ぬんだと。」
「…」
「でも、これは君が求めている答えではない。」
やなは微笑んだ。
綿と彼女は似すぎた。同じ感情を抱えながら、同じ決断をする。
「もしいつか君が消えてしまったら、僕は君の代わりに生きていくよ。」
「…うん。」




