第四話 陶祖祭とやきものずくし(三)
愛知県瀬戸市にて訪れる人々を優しく出迎える尾張瀬戸駅にほど近い場所で店を構える【六重柘商店】については、直幸は通勤時にチラリと横目に入る程度にしか覚えが無い。
ただ……傍を通り過ぎるだけだった商店の中に初めて入るので、彼はドキドキと心音を高まらせて少しだけ緊張していた。
さて、この六重柘商店の外観は、昔の宿場町に多く現存する二階建ての町家造りで、外気に触れる材木が長年の風雪に耐え忍んだ歴史の積み重ねを感じさせる。
灰鼠色の瓦が晩春の陽射しを浴びて白銀に艶めき、家屋を支える外側の柱や縞模様に並んでいる格子窓に塗られていただろう漆が剥げて古木の年季ある地肌を見せており、手入れのされた純白の白壁と相まって、趣があって郷愁を誘うかのような存在感を放っていた。
アスファルトが敷かれて舗装されている……自動車が何台か停められそうな表にイベント用のテントが建てられており、ビニール地の真白なテントの屋根が太陽の光を受けて目映く、直幸は思わず目を細めた。
イベント用の大きなテントの下に設置された展示用のテーブルには、ツヤツヤと光沢のある橙色のテーブルクロスが掛けられ、その上に置かれた枯草色の竹で編まれた大き目のザルに、所謂和食器と称される種類の商品が綺麗に陳列されている。
それはコミュニティセンター近くのロータリーで出店されていたブースとは異なり、呉須と言う青い発色のする絵の具で絵付けされた『染付』と呼ばれる技法の商品や、こっくりとした深い焦げ茶色の『飴釉』等など、より日本的なおとなしく渋い色味の食器が多く揃えられていた。
「此処さ、駅に行く時によく前を通るけど……こういうの売ってるんだなぁ……。」
日常の風景の一部分として横を駆け抜けていた場所にやって来て、店舗にて販売されている食器を観賞することになるとは……去年までの自分ではあり得ない行動だと、直幸はボンヤリと建物を眺めながら考える。
陶芸や工芸、芸術や美術に食指が動かない直幸が、この工芸品が多数置かれる場所を訪れるなど思いもしなかった。
この唯我独尊な酒器の付喪神にして廃窯の窯守……ハクバイによって強制的に連れて来られなければ、六重柘商店に入店する機会は無かっただろう。
人生何があるか本当にわからないな……と直幸が深く感じている隣で、ハクバイはジッと真剣な眼差しで商家の建物を凝視していた。
「……………。」
「ん?どうしたんだ?」
「前々からそなたの肩越しにて感じていたのだが……この屋敷、付喪神に成っておるな。」
「えっ!?この店舗が付喪神!?」
今まで出逢った付喪神は、廃窯で邂逅したハクバイや【曽鷹神社】の『縁切り鋏』であるお遠と、直幸の日常からかけ離れた場所で会っているものだから、こんなに近くで……しかも長らく見慣れた建築物が、まさか付喪神であるなんで思わず直幸は驚いて声をあげた。
ビックリと肩を跳ねさせる姿を見て、ハクバイは不思議そうに彼へ問いかける。
「何を驚いておるのだ、建物であったとしても実存している『物』であるのだから、九十九年と一年以上の時間を人間に大切されれば付喪神にもいずれ成るだろう?何も可笑しい所は無いと思うが?」
「それはそうなのかもしれないけど、この建物……そんなに古いのか?」
ザ・古民家な様相だとは外見から感じ取っていたので、そこそこ長い年月は経ているだろうとは疎い直幸でも予想していたが、まさか付喪神として存在できるほど月日が経っていたとは……彼は考えもしなかったのだ。
「そなたがどれだけの年月を思い描いておるかはわからぬが………、少なくとも百年は経っておるだろうよ。」
「付喪神になるぐらいってことだもんな……。」
以前にも説明したかも知れないが……【付喪神】という存在は、百年という長い年月が経った『モノ』に魂魄や人の思念、神の加護などが起因して『モノ』は付喪神に成ると言われている。
ならば、付喪神であるハクバイに付喪神と判断されたこの立派な商家は、建築されてから最低百年は時が流れたと推測できるのだ。
身近な建築物がそれだけの歴史を持っていると知った直幸が感心している傍らで、ハクバイはとある事実を気にしていた。
「我が身らが敷地に入り、ここまで近寄れるという事は、ここまでは許してくれている、という事になるが……店の中まではどうであろうな。」
「えっ、どうしてだ?」
普通に入店すればいいじゃないかと疑問に思う直幸に、真剣な眼差しでハクバイは告げた。
「この屋敷が付喪神であるとするならば、店内はその者の領域……体内に参ると言えるのだ。」
「た、体内!?……そう言えなくもない、か?」
この屋敷を身体とするならば、確かに店内を体内と捉えてられるかもしれないと、直幸がその例えに納得している間も、右肩に乗る窯守にして付喪神は屋敷から視線を逸らしていなかった。
「我が身は酒器の付喪神であるが、同時に人によって滅ぼされた廃窯の窯守である。我が身を創り、我が身が見守り続けていた民らを皆殺しし、妻を含めた金目の物を強奪し、村を滅ぼした奴等への怨みや憎しみが褪せる事は無いだろう。」
窯の一欠片、陶器の体躯の一片までも染み付いた悲哀や無念は、あの寂れた窯跡におらずともハクバイの胸中で渦巻いている。
一瞬、渦巻く心の暗がりに呑み込まれそうになるが、今は現代の陶磁器についての情報を得る方が先決だと、彼は頭を振って気持ちを切り替えた。
「この身に怨念が満ち満ちておるのは認めるが……しかし、神々が厭う様な……魂が『穢れ』るが如き行為はしておらぬはずだ。故に、大丈夫だと思うが……。」
「『穢れ』……?」
アニメや漫画、小説等で聞いたことがある気がするが詳しい意味を直幸は知らない。
その思考が口から漏れたのか、ポロっと溢れた言葉に反応してハクバイは彼の疑問に答えた。
「うむ、『穢れ』とは主に神道や仏教で考えられる概念だな。不浄であったり不潔であったりする事、と申せばよいか。」
「……つまり、えっと……汚い状態って事か?」
「汚物や血液での場の汚染もまた『穢れ』ていると言える在り方だが、犯罪を犯したり死に関わったりと言うのも『穢れ』であるのだ。」
「うーん?難しいな……。」
簡単に言ってしまえば『穢れ』とは『不浄であること』となるのだが、人を憎む事は『穢れ』となるのか、人を呪う事は『穢れ』となるか、人の事故死や病死を偶然目の前で見てしまったら『穢れ』となるのか…………その議論の深淵はとても深いように思う。
例えば……『穢れ』てしまった場合にしてはいけない事を一つ挙げるとするならば、身内が亡くなった後に神社へ参拝に行く事だろう。
『死』は『穢れ』と定義されている神道では、身内に不幸があった場合、神社への参拝や祭事への参加は四十九日を明けてからとされている。
……まぁそうは言っても、現代社会において『穢れ』の考えは薄く、もし授業で習う機会があったとしても興味が無ければ忘れている人もいるのではないだろうか?
直幸もまた興味が無い人々の内の一人であり、ハクバイの説明を受けてもちょっと覚えにくく難しい事柄であった。
「死も罪も『穢れ』であるが故に、人を殺せば『穢れ』が溜まり、それは纏わりつき魂を汚す。そして『穢れ』きった魂は耐えきれず……災厄を振りまく厄神となるだろう………。ま、我が身は穢れない魂で妻と再会したいのでな、殺生等の『穢れ』を呼び込む事はしておらぬよ。」
『穢れた姿で妻には会わない』という強い心の芯があるからこそ、憎しみを妊みながらも彼は彼であり続けているのだろうと直幸はふと脳裏によぎる。
ならば……もし、その意志が崩れてしまった時は?
怨み憎しみが爆発して、人を殺めてしまったら……?
ふと、想像してしまった最悪な予想に、ハクバイが穢れ堕ちて祟り神や厄神に変生してしまった時に、巻き込まれる事が確定している哀れな人の身でしかない彼はサッと顔を青ざめる。
一方、ハクバイは商店に入っても大丈夫かを再び悩み始めた。
「さて、どうしたものか……折角なのだ、店の中も見たいが……。」
「おじちゃんたち、おきゃくさま?なかに入りたいの?入っていいよ?」
「そうだけど……って、子供………?」
きゃらきゃら、ころころと鈴が戯れ揺れるような、舌足らずで柔和な声が下の方から聞こえる。
なぜ子供の声が?迷子かな?と不思議に思い、一人と一体はその方向へ顔を向けた。
そこには、三歳ぐらいの愛らしい女の子がニコリと彼等に微笑んで立っていた。
綿花みたいなふっくらと柔らかそうな頬はコーラルピンクに色付き、少し垂れ目気味の丸い双眸は春光を受けて琥珀色に煌めいている。
顎辺りの長さで整えられたおかっぱ頭の艷やかな黒髪には、唐紅色の飾り紐でカチューシャのように蝶々結びで結ばれ、飾り紐の赤と髪の毛の黒のコントラストが幼く愛らしい容姿の彼女によく似合った。
絹だろうか匂い立つ梔子色の着物には、霞の如く薄っすらとした白い川が流れ、その上に大きめの柄で橘の花が赤く咲き乱れる。
七五三の時に女子児童が着ているのを見かけた人もいるだろう、着物の上から着ける前掛け……『被布』は爽やかな蜜柑色で、三つの半円みたいな半月櫛の模様がバランスよく配置されていた。
着物と同じ梔子色の花結びの被布飾りが、胸元に華やかさを添え、房飾りがユラユラと揺れている。
一見すれば七五三で親と逸れてしまった子供にしか見えず、ビックリして一人と一体はその幼子をガッツリと見ているのだが、彼等の強い視線を受けてもニコニコと笑みを浮かべる幼児は、穏やかな声で挨拶する。
「こんにちはぁ。」
「こ、こんにちは……。えっと、お父さんお母さんと逸れたのかな?」
膝をついて女の子の目線に合わせながら、優しげな声で直幸は質問するが、女の子は困ったのか眉を下げて首を傾げた。
「ちがうよぉ。」
「これ!この者はあの屋敷の付喪神ぞ!!」
「えっ!?」
ハクバイの放った言葉に驚いて目を見開いた直幸の顔に満足したのか、いたずらっ子みたいな愛嬌のある笑顔で女の子は顔をほころばせた。
「つーちゃんは、お柘植ちゃん!おにいちゃんとおじちゃんのお名前は?」
「な、直幸です………。」
「よもや、おじちゃんとは我が身のことか!?」
可愛らしい幼子の姿をした六重柘商店の付喪神……お柘植に『おじちゃん』と呼ばれたハクバイはワナワナと陶器の如き体躯を震わせて怒りを示すが、お柘植は何が違うのかとキョトンと彼を見つめる。
「おじちゃんじゃないの?」
「我が身はおじちゃんでは無い!ハクバイである!!」
フンスッと直幸の右肩で胸を張る彼に目を瞬かせた後、彼女は頷いて元気良く返事をした。
「ハクバイおじちゃんと、直幸おにいちゃんだねぇ。よろしくね!」
よほど人と話すのが嬉しいのか、お柘植は手を袖口へ引っ込めてパタパタと蝶々のように振りながら喜びを示す。
「つーちゃんをみえる人って、ひさしぶりー!直幸おにいちゃん、前までみえてなかったでしょ?つーちゃん、おうちのなかでみてたのに!」
「えっ、通り過ぎるの見てたの!?」
今までの通勤時のよれにヨレヨレだった姿を観察されていたのだと知り、直幸は少々の気恥ずかしさを覚えて悶えるが、ハクバイは通勤時に感じる視線の内の一つがこの幼子だとわかり、なるほどと一人納得していた。
お柘植は微笑みはそのままに、安堵した様子で真っ直ぐに直幸に視線を向ける。
「まっさおなかおだったから、おかげんわるいのかなってみてた!今はげんきそう、よかったよかったねぇ。」
「あ、ありがとう……。」
誰も、自分の事など気にしていないと思っていた。
直幸自身の心情や体調など気付かれた試しが無かったので、誰も気にかけていないのだろうと感じていたのだが……常人では視認出来ない存在のお柘植は、直幸の事を見守ってくれていたらしい。
思いがけないお柘植からの言葉は、じんわりと彼の胸を温かくさせる。
滲んだ感涙が溢れないように耐えている彼の隣で、ハクバイは彼女へ問いかけた。
「ふむ……それで柘植ちゃんとやら、我が身はそなたの領域に入っても良いのだな?」
「いいよ!いっぱいみて、好きなのかってねぇ。」
商家の付喪神であるからか、ニコニコと笑いながらそれとなく購入を勧めながら彼等の入店を許可したお柘植に、ハクバイは一つ頷いて感謝を伝える。
「ありがとう!しかしな、まだここには訪れたばかりでな、外を見物した後に店内に入らせて貰おう。」
「色々見させて貰うね。」
その言葉にお柘植はピョンピョンと小さく跳ねて喜びを表し、一歩そっと彼等から離れた。
「うん!ごゆっくりねぇ。」
そう微笑んだ幼子は、直幸が瞬きをした次の瞬間にパッと消えてしまった。
いつの間にか消えていた喧騒と道行くお客の皆々が戻り、膝をついていた直幸は驚いてバッと立ち上がり周囲を見渡す。
「えっ!?ど、どういうことだ!?」
「これ、挙動不審にキョロキョロするでない。そなたは変人に見られたくないのだろう?」
ペチペチとハクバイに頬を軽く叩かれ、直幸はハッと衝撃から立ち直り、気を落ち着かせるべく大きく息を吸って深呼吸をした。
「ビックリした……。」
「そなた、先ほどから驚きっぱなしだのう。我が身だって付喪神であるし、【曽鷹神社】でも、縁切りの付喪神に会ったであろうに……。」
「それはそうなんだけど………。」
かれこれ二回、今回の出来事を合わせると三回ほど短期間に付喪神という超常現象に出会っているのだが、去年までそういった事に縁のなかった直幸はまだまだ慣れていない。
特に先程の出来事は……いくら柔和であろうと日本人形みたいな女の子が突然に自身の隣へ立ち、そしてフッと煙のように消えてしまった一連の状況が、どうにもホラー映画のようで驚きを隠せないのは仕方ないのでは?と、直幸は思わずにいられなかった。
「我が妻を探す過程で、今後も付喪神と出会う確率は多くなると思うぞ?」
「ウッソだろ……!?」
「古き時を生きた付喪神に、その長い旅路の中で妻のような特徴の陶磁器に出逢ったかを聞くのは、良い手だと思うのだが。」
「なるほど、確かに……。」
幾万幾億と存在していそうな陶磁器の中で、たった一つの古い酒器を見つけなければならないのだから、話が聞けそうな付喪神から情報を聞くのは重要だろう。
今のところ攻撃を仕掛けてくる付喪神には会っていないが、これからどうなるのかはわからない。
もしも、敵愾心を持つ存在が、か弱き人間である直幸を襲ったら?……その時は死なせてくれるのだろうか、と直幸の胸中に暗い想いが渦巻く。
職場環境は改善しつつあり、縁切りも恙無くおこなわれた今、なぜ彼が死にたがっているのか……。
直幸はあの暗い森に居た時には、もう無くなっていたのだ。
それはいつかはきっと良くなるという希望だったり、母親にいらないと言われた直幸でも幸せをつかみ取れるという願望であるのだが……『生きたい』という気力がとうに底をついていた。
であるから ( まぁ、その時はその時だな。) と、直幸は最悪な想定を考えるのを止めた。
死が怖くなくとも、襲われることは怖くとも、彼の生殺与奪権はハクバイが握っているのだから。
諦めたような薄暗い笑みを浮かべる直幸に、ハクバイはその小さな前脚で強めに引っ叩く。
パシンと良い音が彼の耳に響き、その衝撃と共に直幸は現実に引き戻された。
「そなたが何を考えているか察せはするが、そこらの事柄は今は考えなくてもよい。それよりも、屋敷の付喪神からも許可を貰った事であるからな、じっくりと品々を眺めようではないか!」
「……はぁ、じゃあ近くのテントから見てくか。」
そう会話を交わしながら、ハクバイは彼を急かして表に列んだイベント用テントの下へと向かわせた。
六重柘商店の外に設置されているテントで陳列されているのは、主にめんつゆや蕎麦つゆを入れる時に使われる事が多い蕎麦猪口や湯呑み、蓋とセットな茶碗蒸し器やマグカップなど、用途として液体が入りそうな物が多い。
シュルリと彼の肩から机へと降り立ったハクバイは、自身の近くにあった竹ザルを覗き込む。
中にはクルリと蔓が渦巻く唐草や、魚の鱗みたいに円が並ぶ青海波などの文様が呉須で青く描かれていたり、植物の灰が主成分な灰釉が使われた蕎麦猪口や湯呑み、その湯呑みの下に敷く茶托や、和食器の形そのままの器に取っ手の付いたマグカップが、向きを揃えて綺麗に寝かされて置かれている。
その内の一つである、青い唐草文様に小花が散ったデザインが可愛らしいマグカップの近くへ寄って、彼は観察を始めた。
「ふむ……先程の商店と似て今様な意匠もあるが、馴染み深い釉薬が多いな。その中でもまだ、灰釉の器が残っておって安心したの。」
「そうなんだ……?」
ハクバイは見ていたザルの二つ隣に陳列されている、緑味の帯びた灰褐色の蕎麦猪口の元まで移動し、その硝子質な表面を愛おしげに撫でる。
「技術を絶やす事は簡単だ、使う事を止めればいいのだからな。しかし……それを残すとなると、材料や分量の比率や手順は紙に書き留められるが、経験則や勘所といった文字にしにくい行動は伝えるのが難しいだろう?」
灰釉の硝子質な表面を通して、酒器の付喪神は確認出来ていない釉薬を想い目を伏せる。
皆様は、『失われた技術』という言葉をご存知だろうか?
過去において存在し使用されていたが、時代の潮流に呑まれ、消え去ってしまった技術達のことである。
技術が発展した現代であっても未だ再現が不可能な事で、文字通り『失われてしまった技術』なのだった。
それは……古代ローマで製造された光を当てることによって淡緑色からワインレッドへ変わる硝子の杯や、古代インドで開発された木目調の美しい金属であったり、広大な世界には様々なロストテクノロジーが生まれてしまっている。
今ある技術をロストテクノロジーにしないためにも、技術を受け継いでいく事はとても大事なのだ。
色々と想いを巡らせていた彼は、顔を上げて改良はされているだろうが、彼の生まれた安土桃山時代よりも前から使用されている灰釉に再び目を向ける。
「永い時の中で改良されてはいるのだろうが、我が身が見たことのある物が現代でも見られるのは、とても嬉しいものなのだ。」
「ふぅん……?そういうものか?」
「そなた……まぁ、よい。今後も付喪神について触れていくのだ、それは古き良き物達と出会っていく過程でわかっていくだろう。」
そう話すとハクバイはもう一度灰釉の蕎麦猪口を愛おしげに眺めたあと、今いる机は見終わったのかピョイと隣接する机に飛び乗って次に観察したい場所へと向かった。
直幸も彼から離れないように、慌てて後を追う。
彼が次に飛び移った場所には栗皮色のカラメルみたいな飴釉や、酸化鉄を主成分とした絵の具が使われた赤絵のマグカップや湯呑みが倒れないよう寝かせて竹ザルに並べられているが、その中にも青く様々な絵の描かれた器達が差し色のように所々に陳列されていた。
轆轤目の残る飴釉のマグカップの元へ移動し、ハクバイはそこから順番に眺めていく。
「飴釉も昔からある釉薬であるが、今様の形状とかけ合わせると新鮮で良いな。」
「そうか………?」
「うむ!壺や飯碗ではよく使われていると知っていたが、『まぐかっぷ』なる器に釉掛けされていても粋ではないか!」
機嫌良く長い尾をブンブンと振りながらハクバイは、赤と緑で木賊文様が描かれたマグカップや、猫のシルエットがパターン化されて一定の間隔で描かれたマグカップが置かれたザルの方へ歩みを進める。
その姿に直幸は、先程の飴釉のマグカップを見た時に感じた………新鮮というよりは素朴でレトロで、よく見かけるデザインなんじゃ?という考えを口に出さなくて良かったと、内心ホッと安堵した。
「では、そなたはどういった器に新鮮さを感じるのだ?」と問われても、直幸は陶芸に明るくないので答えに詰まってしまう。
そんな彼の内心を知らぬまま、ハクバイは満足したのか直幸の方へ振り向いた。
「うむ、ここらの品々はある程度見たか?では、次は丼が見える方へ向かうとするか。」
彼らが居る辺りが六重柘商店の左側だとするならば、右側の方に立てられたテントに行きたいと提案するハクバイに直幸は少しうんざりして、つい口に出してしまった。
「まだ外を見るのか?もうそろそろ店内入ってもいいんじゃないか?」
「何を言う!まだ序盤ではないか!」
呆れた顔で見上げるハクバイに、彼は顔を近づけて周りに聞こえないよう小声で話しかける。
「確かに外はまだ半分しか見てないけどさ、このペース……調子だとさ、店を出るのが夕方になると思うぞ。祭りの開催時間も午後五時までって、書かれてる所もあったりするし。」
「む……これでもじっくり見物しておらぬのだが……。」
「えっ、これで……?」
直幸的にはゆっくりだなぁと思っていたのだが、ハクバイ的には急いで見ていたようで彼は目を丸くしてブツブツとつぶやきながら悩み始めた。
「確かに、ここへ訪れてから四半刻程は経っておるか………?いや、しかしまだ数個しか観察出来ておらんのだが……。是非とも向こうの食器も見たい………だが、まだ見ておらぬ場所への時間を確保しなければならないのも事実であるし……でもなぁ、色華やかな器達を観察したくはある……店内もまだこの眼に映しておらんのだから、やはり中に入るべきか……?しかしなぁ………。」
永遠と悩み続けるハクバイに、直幸は一つ溜め息をつく。
「とりあえず、あっちのテントに行くか……。」
「うむ、うむ!それが良い!!」
パッと目を輝かせてハクバイは直幸の肩まで駆け上り、右肩で上機嫌に尾を揺らす。
それにまた彼は一つ溜め息を吐いて、少し離れたテントに歩いていった。
商店の右側のイベント用テントには、展示用のテーブルの卓上に傾かない程度に積まれた大鉢や丼が、都会のビル群の如く立ち並んでいる。
ハクバイの体躯の一部分と同じく濃く深い常盤色の織部釉や、艷やかで黒蜜のようにトロリとした黒釉、麦藁色の温かみを感じる黄瀬戸、青白く独特な風合いが浮かぶ青ナマコ釉、赤や青で色鮮やかに絵付けされた物など……マグカップや湯呑みの場所とはまた違った品揃えになっていた。
今にも肩から降りて観察したくてたまらないハクバイは、ぐっとその衝動を抑え身を乗り出し品々を凝視している。
「ふむ、なんとも面白い!一つ一つ触り、組成を読み取っていきたかったのだが………。致し方なし。」
「あ、お前あの地味な能力使ってたのか。」
「地味とはなんだ地味とは!」
自身の能力を小馬鹿にされたようで、彼はポコポコと怒り直幸の側頭部をペチペチ叩いた。
痛みは無いものの横から来る衝撃に頭を揺らしながら、直幸は ( そのモノの素材と性質がわかるって、地味じゃないか……。) とやはり思ってしまう。
その内心を見透かしたのか、ハクバイは更にご機嫌斜めになり今度は強めに彼の肩を叩く。
パシンッと高く良い音が鳴った小さな攻撃はそこそこ痛かったのか、直幸は思わず声を出した。
「痛った!!何するんだよ……。」
「ふんっ!………まぁ、よい。それよりも、改めてこの山を見るに、これらを観察し尽くしては時間に余裕が無くなるのは明白であるな。……せめて、あの器だけでも見させてくれぬか?」
そう告げながら彼が指をさす先には……焦げ茶色の鉄分を含む粘土で作られた生地に、乳白色の釉薬が表面を覆い釉が溶けて流れた薄い部分が瑠璃色に見えて美しい大鉢がいくつか積まれていた。
「あの、青っぽい食器か?」
「そうだ、我が身は見覚えの無い釉であるから是非とも見たい。」
ハクバイが知っている時代から時が経った今、使われている釉薬や技法も研究や開発が進み多岐に渡っている。
例えば、乳濁した斑点が海鼠の表皮に浮かぶ模様に似ている事から名前がつけられた『ナマコ釉』は、古く中国で生まれた釉薬であるが、日本で使用され始めたのは江戸時代後期からだったという記事がある。
そんな青ナマコ釉に色味が似ている『青萩』と言う技法もあるのだが、それは山口県萩市で盛んな萩焼の発展した技法で、平成になってから製作され始めた新しい作り方であったりするのだ。
であるからして、この釉薬についてハクバイに見覚えがとんと無いのは、当たり前のことなのである。
(得手だと思っていた陶磁器も、こうも発展していようとは……。我が身もまだまだ精進が必要であるな。)
と、ハクバイは足りない現代の技法、知識を学ばなければと意欲に燃える。
メラメラとやる気に満ちあふれている彼を横目に、ここで時間を使ったとしてもほかで調節すれば大丈夫かと、直幸はハクバイの熱意に折れることにした。
「……わかったけどお前、この上に降りるか?」
「いや、降りてしまえば色々眺めて長居をしてしまうからな……。そのまま腕を食器へ近づけてくれ。」
ハクバイの頼みに直幸が呆れながらも素直に従い、そっとおとなしく右手を青ナマコ釉の大鉢の縁へ添える。
右肩から腕をつたいシュルリと下ったハクバイは、白とも青とも例えられそうな釉の表面を撫でて器を感じ取っていたいた。
「うむ、この釉薬もまた良い物であるな!先程の『てぃーかっぷ』なる磁器の成形方法も勉強になったが、この『ナマコ釉』なる釉薬も洒落ている。」
「お前……見覚え無いって言ってたのに、これについて知ってたのか?」
「いや、知らなかったが?今、初めて知ったな。」
ドヤ顔で胸を張るハクバイに、彼はポロっと口から疑問が溢れた。
「どうやって……?」
「どうやってとは……能力を使い、読み取っただけだが?」
「えっ、お前材料と使い方しかわからないって言ってなかったか?」
彼から説明を受けた時には、材質と性質がわかる程度だと言っていたように思うのだが、気の所為だったかと直幸は首を傾げる。
「確かに申したが、我が身は陶磁器の付喪神ぞ?得手とする同じ分類の物品ならば、より深く読み取れるのは当たり前であろう?」
「そうなのか……。」
能力を使用する付喪神がそう主張するならば、そうなんだろうと直幸は理解する。
力を使い終わったのか肩の定位置に戻ってきた彼は、楽しげに屋敷を指し示した。
「さて、時間を取らせたな。店内へ赴くか。」
「やっとか……。」
結構な時間を外で見物していたのだが、中ではいったいどの位の時間がかかるのか皆目見当もつかず、直幸は溜め息をついて軒先にもズラリと並んだ青染付の皿に目を奪われているハクバイを無視して店内に入っていった。
第四話 (四) へ続く




