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スエのカミ  作者: 樫花藻
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第四話 陶祖祭とやきものずくし (四)





 六重柘むえつげ商店の店内に入ると、目の前の光景に一人と一体は思わず立ち止まった。


 均一に灰褐色はいかっしょくのコンクリートで整えられた土間どまの広々とした店内は、天井が高く吹き抜けた造られており、つやの無い漆黒しっこくの平天井と月白げっぱく色の漆喰しっくいが塗られた内壁が相まって、機能的な古民家が一周回って洗練されたモダンさを感じさせるようだった。

 土間の方にある販売スペースには、一枚板の木目が立派な机や丸テーブル等のアンティークな机が、お客同士がすれ違える距離を確保しながら配置され、その上に色や用途に分けて積まれた陶磁器が、これでもかと所狭しと置かれている。

また、壁際にも黒い木材で飾り棚が組まれており、その展示スペースにも急須きゅうす土瓶どびん、湯呑みといった陶磁器が隙間無く棚を静謐せいひつな圧をともなってディスプレイされていた。


 落ち着いた店内を彩るのは何も陶磁器だけではなく、岐阜県の飛騨ひだ地方など一部の地域で見かける縁起物の『花餅はなもち』や、桜とメジロが描かれた細長い麻のタペストリー、黄水仙の生けられた煤竹すすたけの一輪挿しや、額装がくそうされた陶磁器の板と、店内の食器を引き立てつつ季節感を感じさせる和小物が飾られている。


 見渡す限りに陳列された陶磁器の存在感に、直幸は目がチカチカとくらむようだった。


「……なんか凄い沢山あるな。」

「なんとも、品揃えが豊富であるな!何処から見るか迷ってしまう!」

「……こんな感じの売ってたんだなぁ。」


 初めて陶磁器の専門店に来店した直幸は、いつも素通りしていた古い商家の中に、こんなにも多種多様な商品が売られているなんて思っていなかった。

呆然と入口で彼が眺めていると、ハクバイは彼を現実に戻すべく声をかける。


「これ!!ここで立ち止まっておっては、他の客に迷惑となるぞ!せめて入り口から離れぬか。」

「!そ、そうだな。」


 慌てて直幸はその場から離れ、近くにあった陶磁器の売り場へ移動する。


 木目が流れるような流水を描く厚みのあるピカピカに磨かれた一枚板の長机に陳列された商品は、今の季節らしい春めいて明るい色合いの器が多かった。


 蒲公英たんぽぽ蓮華草れんげそうといった春の野花が、咲き乱れるように描かれたカップ&ソーサーや、陶土とうど磁土じどを液状にしてスポイト等で盛るように模様を描いている『イッチン』の技法が用いられた飯碗やマグカップといった、普段使いが出来そうで可愛らしいモチーフが目と心を楽しませる。

可愛い物が好みの方々にも家で使う用やプレゼントの選択肢の一つとして選んでいただけそうな、そんなファンシーでありながら素朴で温かみのある色彩が、正面入り口を華やかになものにしていた。


 イッチンの強弱のある線で大きく五枚の花弁が装飾された、水彩画の如く濃淡の柔らかなチェリーピンクに蒲公英たんぽぽ色の差し色が光る飯碗に興味を惹かれたハクバイは、身軽な足取りでその器の傍に降り立つ。


「これはまた愛らしい!桃花の様な色彩もだが、この泥土でいどを用いて装飾されている花々が可愛らしさと純朴さを高めておるな!」

「ファンシー……えっと、乙女チックと言うか少女趣味と言うか……偏見かも知れないけど女性が好みそうだな。」


 好みも多様化している昨今、可愛らしさに振り切れたデザインは何も女性だけのモノでは無い。

世の中の男性の中にも、少なくとも好んでいる人々がいるだろうと直幸は想像するが、彼的には女性が選びそうな品だなぁとボンヤリ想像する。


 彼が人によって趣味は違うもんなと考えていると、いつの間にかハクバイはまた別の食器を観察していた。


 花束を表面に閉じ込めたみたいなぽったりと丸みのあるマグカップは、イッチンで輪郭の描かれた大小様々な花に埋もれ、黄や橙系でまとめられたパステルカラーの淡い色彩に彼は目元を緩めていた。


「それにしても……『イッチン』とはまた面白い技術であるな。粘土の泥を使う事で立体感のある装飾を可能とし、凹凸があることで釉薬ゆうやくが流れて線が浮き出る……。化粧土けしょうどを用いた技法ならば『粉引こひき』が有ったと思うが……。」

「『イッチン』、『粉引』……?」


 聞き覚えの無い単語がいくつか彼から聞こえ、直幸は頭にクエスチョンマークを浮かべている。

その姿にハクバイは得意げに胸を張り、つらつらと説明し始めた。


「先程、このうつわ達から読み取った限りでは『イッチン』とは……泥漿でいしょうと呼ばれる液体となっている粘土を使って装飾をほどこす技法であるらしいな。何かしらの……例えば細い管みたいなものを使って描写しているのだろう。」


 「その作業風景も、いずれ縁が合えばこの目で見てみたいものだ。」と、ウキウキ楽しげにイッチンの花文様が見事な商品の数々を見ながら、ハクバイは蒲公英の花が描かれた粉引のカップ&ソーサーの方へと移動した。


「『粉引』は色味の濃い土……そうだの、赤土等の表面へ化粧土と呼ばれる物を塗布する技法であるな。こう……一部分や全面にベッタリと塗られた物や、刷毛目はけめを活かした品、印や鉋目かんなめといった削れたり押されたりして凹んだ場所に化粧土を埋め込む象嵌ぞうがん……またの名を三島手みしまでと、色々と発展した形も多い。」


 釉薬との反応により灰鼠はいねず色に見える赤土の生地と、卯の花色の化粧土のコントラストがほっこりと優しく、身近でよく見かける蒲公英の絵付けが更に心を和ませるカップ&ソーサーをじっくりと観察したハクバイは、粉引の説明を終えると直幸の方へ向き直る。


「こちらの机の品々は、なんとも心をほっこりと温めてくれる器達であったな。次は、そうだな……そこな柱に掛けられている壁飾りを見に行きたい。」


 彼がツイと顔を向ける先へ直幸も顔を動かすと、縦横と桝格子ますこうしに組まれた壁掛けが貫禄のある黒い柱に取り付けられ、三つほど額装された陶額がバランス良く飾られていた。


「あぁ……あそこだな。」

「そうだ、四角く平らな箱に入っておるのが、ちと気になってな。それ、行くぞ!」


 そうハクバイにうながされ、数十歩にも満たない距離を他の商品を眺めながら額の前までやって来た。


 『陶額とうがく』とは文字通り、額装された陶磁器である。


 陶土や磁土で作られたりのない板や平皿に、青一色……呉須ごすで描かれたり、絢爛豪華けんらんごうかに彩色された作品を額縁に収めた物であり、紙やキャンバスに描かれる絵画とはまた違った風合いを楽しんでいただけるだろう。


 さて、一人と一体の目の前に展示されている三種の陶額は、それぞれに異なった技法で製作されている。


 一つは、ハクバイと同じく美濃焼みのやきにおいて良く見かけられる『青織部あおおりべ』の技法を用いた陶額で、縦に長い長方形の陶土の板の上下に深緑の織部釉が塗られ、地肌を活かした透明の釉薬が艶めく中央には、鉄分をふんだんにふくんだ絵の具で描画された、果実の実り茂る葡萄ぶどうが下へと垂れ下がる。

 一つは、純白が広がる正方形の磁器の板に、酸化コバルトを主成分とした呉須で西洋の港町が描かれ、現在ではあまりお目にかかれない帆船はんせんが勇壮に留まる日本とは異なる海辺の街並みが、ノスタルジックな雰囲気で陶板に閉じ込められていた。

 そして一つは、石川県の伝統工芸である九谷焼くたにやきにある絵付けの技法で平皿に描かれており、外側は鮮やかな緑で亀甲文様が彩り、冴え渡るイエローの目立つ内側は、白い招き猫がドンッと中心を陣取って幸福を招く。


 額縁の中に収められているそれらは硝子板の内側にあり、ハクバイは陶額へ触りたそうに肩の上でウズウズと衝動をこらえていた。


「なんと……鮮やかな品々であろうか!使い道としては道具として使うよりは、壁などに飾り愛でる為の物だろうか?」

「まぁ……額縁に入ってるし、そうだと思うそ。」

「額縁……?それはこの枠組みのことか?」


 あめ色のつややかな木の額縁を指差した彼に、直幸は肯定する。


「そうだ、絵とかを飾る時に使ったりするんじゃなかったかな。」

「ふむふむなるほど、掛け軸に似たような物であるな。あれば紙や布で表装ひょうそうされておるが……木枠の中に収まる姿は、掛け軸の奥ゆかしい美しさとは違う気品を感じるの。」


 声色明るく話すハクバイはスッと口をつぐんで、じぃ…と慈しみを含んだ視線で三種類の陶額を眺め始めた。


「………?どうしたんだ……?」

「これ、集中しておるのだから、邪魔をしないでくれ。もう少々待っておるのだぞ?」


 まるで幼子に言い聞かせるような声色に、直幸はイラッと軽く苛立ちを覚えるが、何を言っても聞いちゃいないと諦めて、彼が満足するまで待つことにした。


 彼等の周辺に、しばしの静寂が訪れる。


 『カワイイ』や『綺麗』と言った感嘆の声は多少聞こえるが、店内を歩きながら思い思いの商品を静かに選んでいる人々が多く、直幸は少し喋りすぎていたかもと羞恥心しゅうちしんで顔が熱くなってくる。

彼が内心で恥ずかしさにもだえている間も、ハクバイは目の前の作品に集中していた。


 数分経っただろうか……ハクバイは気が済んだのか、目線を陶額から外して同じく沈黙していた直幸をチラリと見やると、彼は眉を寄せ頬を薄ら赤く染めていた。


「そなた……なぜ恥ずかしがっておるのだ?」


 キョトンと不思議そうにたずねる付喪神に、彼は顔を見られぬようそっと逸らす。


「な、何でもない!!それより、次は何処に行く?」


 ひっそりと小声で話す直幸に疑問を覚えつつも、きっと他愛もない事であろうとハクバイは思考を切り替える。


「うむ、そうだな……。あの壁際を彩る飾り棚の急須や土瓶どびんも興味深くあるし、そなたの膝ほどもある水鉢や水瓶みずがめも気になる。悩ましいものだ……。」

「じゃあ次は、今、名前を挙げたどっちかに行くのか?俺、ちょっと目が疲れてきたんだけど……。」


 普段、パソコンの画面に泳ぐ文字や数字を追ってはいるが、こんなにも多種多様なデザインの陶磁器を一度に山ほど眺めた機会が無かったので、直幸は目の使い過ぎのせいか眉間や目頭にじんわりと圧みたいな痛みを感じ始めていた。


「なんと!!もう疲れたのか?」


 あまりにも貧弱過ぎるとハクバイが呆れていると、こちらにも言い分があると、彼は声量を抑えながらも主張する。


「しょうがないだろ?こう言う『伝統工芸』とか『美術品』ってヤツに慣れてないんだから……。常日頃見てたら慣れるかも知れないけど、俺は初めてこんなに見たし。」

「うぬ……我が身とそなたの間に、経験的にも身体的にも差がある事を失念しておったわ。そなたは生身であるものな、一服もせねば倒れもしてしまうか。……して、今の時刻は如何様いかようになるか?」


 意外にも……というよりは直幸が散々時間を気にしていたからなのかはわからないが……現在時刻の確認のためにハクバイが直幸へ尋ねると、彼は手に持っていたスマートフォンを前に持ってきてスリープモードを解除した。

画面には後少しで、午後三時になろうかといった時間が表示されている。


「あっ、もう十五時なのか。」

「十五時……確か現代では、八つ時の半刻ほど時が流れた辺りを指すのであったな。……そうか、ならばどうするか……。」


 わずかな間、ハクバイは逡巡しゅんじゅんしていたが決めたようで、一つ頷き行先を述べた。


「では……店内のあと一カ所を観察した後に、退店するとしようか。『たい焼き』を買わねばならんしな!」


 時間に限りはあれど、昼食を選ぶ際に話していた『たい焼き』を忘れていなかったハクバイは、余程食べたいのか六重柘商店を見て回る時間を削ってでも行きたいらしく、『たい焼き』の話している間は空に音符が飛んでいるのが見えそうだと直幸は錯覚する。


「お前そんなに食べたかったのか……。『たい焼き』は出来たてがそりゃあ格別だろうけど、冷めても美味いから先に買っておいて家に帰ってから食べるって手もあるけど。」

「ほぉ!食す時間も無いかも知れぬからな、その案が良かろう。」


 首を縦に振りながら直幸の挙げた提案を肯定するハクバイは、さてと一呼吸開けて言葉を紡ぐ。


「ここで最後に見たいと思う場所は、そうだの……あちらにある愉快な物品達が面白そうだな。」


 そう言って付喪神が指差した先にあったのは、小さく愛らしい個性的な『箸置はしおき』の数々だった。


 長方形のシンプルな形の『箸置き』や、桜、梅、菊花といった花型の王道な物も多いが、ツヤツヤとしたタレが再現されている、みたらし団子や三色団子、さけさばみたいな魚類の切り身、飾り切りがちゃんと入った椎茸しいたけ長葱ナガネギ等の野菜型、赤いウインナーや目玉焼きと……一風変わった料理型の製品も数多く陳列されていた。


 好奇心で煌めく漆黒の瞳で楽しげにそれらに目を向けるハクバイは、直幸の肩から降りて商品に顔をズイッと近づけて一つ首を傾げる。


「ふむ……食物の形とはなんとも愉快であるが、この小さきモノ達は飾り愛でる為のモノか?」

「えっ、変わった形も多いけど……『箸置き』だろ?これ。」


 このスペースに並んでいる品々は、確かに棚等に置いて飾りとしても使用出来ると思うが、長方形の中央が少々凹んでいたりと箸やカトラリーを置くのに良さそうな形状でデザインされていた。

流石にこっちは見覚えあるだろうと、直幸が四角の『箸置き』を指差すが、彼は益々(ますます)不思議そうに首の角度を深くする。


「『箸置き』……?名から察するに箸を置くための品なのだろう?また、面白い文化が育まれたものだ。」

「お前、『箸置き』を知らないのか!?」


 ハクバイが『箸置き』を知らなかった事に驚愕きょうがくし、直幸の口から思いの外大きな声量が零れ出た。


 広々とした店内に響いた彼の声に、何があったのかとその場にいたお客達が彼の方へ振り向く。

急に注目された彼は口元をサッと抑え、周囲へ内心を焦がす恥ずかしさで顔を赤く染めながらペコペコと会釈していると、何も無かったのだと興味を失ったようでお客達はまた思い思いの時間へ戻っていった。


 熱くなった顔を気にしつつ、直幸はヒソヒソとささやき声で質問する。


「あれだぞ?箸の先端をちょっと出して置くヤツだぞ?」

「我が身が覚えている限りでは、『箸置き』と呼ばれる品と出会った事は無いな。一応、それらしい存在は知っておるぞ?『耳かわらけ』といってな、神へ供える御膳おぜんに箸を置く為の陶器がある。」

「へぇ……。」


 昔から『箸置き』と言う存在を日常的に使っていたかと問われればそうでもなく、ハクバイも話した通り神饌しんせんなど神事で箸を供える時や、特別な時に使われていたらしい。

今の使用方法に落ち着いたのは、明治時代に西洋からナイフやフォークといったカトラリーと、それを置く為のカトラリーレストの文化がやって来てからと言われている。

 ハクバイの話す『耳かわらけ』と呼ばれる箸置きの話に、そんな物があるのかと直幸が少しだけ関心を寄せている間も、ハクバイの語りは終わっていなかった。

 

「しかし、『耳かわらけ』がこのように普段使いの出来る……洒落た茶目っ気ある陶磁器になるとはな。箸を置く……ただそれだけの用途であるが、一つ、食卓へ添えるだけでも彩りとなるだろう。うむ、実に面白い!!」

「それは良かったな……。」

 

 好奇心が満たされたのか、ハクバイはスキップでもしそうなほど足取り軽く肩まで戻る。


「去るにはしいが……時間を思えば致し方なし。ここをつとしよう。」

「はぁ……やっとか。」

「おにいちゃんたち、もう行っちゃうの?」


 柔らかなソプラノが、彼等の耳をくすぐる。


 声の響いた方へ顔を動かすと、直幸のすぐ隣でこの商店の付喪神であるお柘植が、真っ直ぐに直幸達を見上げていた。


「おお、お柘植ではないか!良き物を見せてもらった!」

「たのしかったなら、よかったぁ。」


 コロコロと笑うお柘植に、一人と一体も顔がほころぶ。

彼女は周囲に小花が飛んでいるような雰囲気で、直幸に問いかける。

 

「直幸おにいちゃんは、おみせの中ですきな子あった?」

「えっ、急に言われても……。」


 ハクバイの観察に付き合っていただけの気持ちでいた直幸は、彼女への返答に詰まる。


 そもそも、彼は自分の【好き】がわからない。

服装を買う時には何も装飾が無い方が、着回しを考える際にデザインの相性を考えずに選べるのでそのような服を直幸は選択する。

しかし『これが欲しい!』といった事や『これだけあればそれで良い!』みたいな感情を彼は久しく抱いていないし、惹きつけられたり愛おしく想う事も無かった。


 なので『どれか好みの品があったか』と問われても、彼は困ってしまう。

口をつぐんでしまった彼に、彼女はコトリと首を動かす。


「こう、かわいい!ってなるのなかった?」

「……わからない。」


 うつむき加減に呟く直幸に、お柘植はフワッと微笑んで彼の手を両手で包み込む。


「そっかぁ、なかったんだね。」

「だから……その……、ここではちょっと買い物しないかな……。」


 商店の営みを見守る屋敷付喪神に、今回は商品を購入しないと伝えるのは気が引けたが、その言葉を聞いたお柘植は気にしていないみたいだった。


「いいよ!またきてかってねぇ。」

「……強制的に買わせたりしないのか?」

「そんなことしないよ!したらおきゃくさまへっちゃうもん!」


 ブンブンと勢いよく横に首を振って否定したお柘植は、先程までの天真爛漫てんしんらんまんな笑顔を引っ込めて、幼子のしない大人びた静かな表情を浮かべていた。

その真摯しんしで真剣な眼差しに、直幸も自然と背筋が伸びる。


「やっぱりね、ほしいっておもった子をかうのがいちばんだとおもうの。そうした方がおきゃくさまも、うられていく子もしあわせでしょう?」


 自身の胎内と言ってもいい商家に綺麗に並べられた商品達を『子』と称する彼女にとって、売られて人間の元へ旅立つと言う事はとても重要なのだろう。

そこには『子』が幸せに所有されて大切にされる事を願う、ある種の親心のような気持ちもあるのかもしれない。

 そんな暖かな慈愛を直視できなくて、直幸はおもわず目線を逸らしてうなずいた。


「……そうかもな。」

「だから、今日はかわなくてもゆるしてあげる!」


 パッと花が咲き誇るような満面の笑みを浮かべたお柘植に、直幸は困惑した声をしながら礼を述べる。


「あ、ありがとう……?」

「いつかおにいちゃんが【好きな物】をみつけたら、つーちゃんにおしえてね!」

「【好きな物】……?あぁ、それくらいなら良いよ。いつになるかはわからないけど、それで良いなら。」

「あ、そなた!」


 ハクバイが止める間もなくお柘植の可愛らしい【お願い】に、自然と応えてしまった直幸はなぜこの付喪神がそんなにも慌ているのかわかっていない。

頭にクエスチョンマークを浮かべて困惑する非力な人間の彼に、六重柘商店の屋敷付喪神はニヤリといたずらっ子な表情を向けて、包み込むように繋いでいた彼の手を離す。


「えへへへ!【約束】ね!」


 【約束】と言う言葉を聞いた瞬間、未だあの廃窯でハクバイが握りしめた時に出来た赤い火傷痕やけどあとの残る右手首に、何かが緩く触れて結ばれた感触がした。

その感覚に直幸はサッと右手を見るが、そこには何も無い。


 彼がよそ見をしている間に、お柘植はコロコロと鈴が鳴るような笑い声を響かせながら、ふわりと周囲へ溶けるように消えてしまった。

屋敷付喪神のいた場所を眺めながら、酒器の付喪神であるハクバイはハァ………………と、深い溜め息をつく。


「そなた……迂闊うかつ過ぎでは?」

「何がだ?普通に別れただけだろ?」

「【縁切り】のおをととの別れ際ではその場の勢いと流れに身を任せてしまったが、本来、神との約束は慎重であらねばならん。」


 【約束】や【契約】を遵守じゅんしゅするべきなのは、何も神と人との間だけでは無く、人間同士の間であっても変わらないだろう。

そしてそれを破った場合にデメリットや代償をこうむる事になるのも、きっと変わらないのだ。

 しかし、一度ハクバイと契約の様なものを交わしているにも関わらず、イマイチよくわかっていない直幸は不思議そうに質問する。


「えっ、でも『神に誓って』とか『神頼み』とかよく聞くぞ?」

「一般の民ならば神を認知出来ぬしそれで良かろうが……、そなたは付喪神を……末席ではあるが、【神】の名を冠する存在を認識出来るのだぞ?その重要性がつねと違うことはわかりきっておろうが。」

「えぇ……?」

「おをとも、お柘植も心根が清き者らであったが故、大事には至らなかったが……今後相まみえる神や付喪神、ひいては物の怪にも出逢うかもしれぬ。……そういった者等が、我が身達にとって良き存在だとは限らぬだろう?そなたは理解しておらぬようだから、今はこれぐらいにしておくが……ゆめ々忘れるでないぞ。」

「お、おう……。」


 聞き分けのない子供をさとすようにとう々と語る彼に、 ( まぁ、出来れば円満に死にたいし、気をつけるにこしたことはないか……。) と内心で考えつつ直幸は首を縦に振って理解を示した。

のち々に痛い目にいそうだとハクバイは呆れながら彼を見やるが、そうなればそれもまた勉強になるだろうと、これ以上は言い含めずに放置する事にする。


「……では、ここを離れるか。まぁ、先程の事については、良き【縁】に恵まれたと思っておこう。」

「出るついでに、ちょっと休憩させてくれ……。」

「うむうむ、『たい焼き』を買って一息つこうぞ。」


 密やかに会話をしながら一人と一体は、六重柘商店を後にする。


 光射す陽光はそろりそろりと陰り始めているものの、少々落ち着いた照明の店内にいた直幸にはまぶしく、目を細めてついさっきまでの不可思議に満ちた出来事を思い返す。





 六重柘商店むえつげしょうてんでの新たな付喪神【お柘植つげ】との出逢いは、中々に濃いものであった。





 (今日は……もう変な出会いもなく平穏に終わればいいな……。)と、直幸は何かのイベントフラグになりかねない事を思いながら、『たい焼き』に想いをせてウキウキと織部おりべ色の艷やかな長い尾を揺らす酒器の付喪神のご所望を聞くために、来た道を戻って『たい焼き』の屋台へ歩みを進めた。














第四話 (五) へ続く


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