第四話 陶祖祭とやきものずくし(二)
意気揚々と漫遊するべく歩き出したはいいものの……現在、直幸達が食事を楽しんでいたコミュニティセンター周辺のブースは、瀬戸市の窓口である駅に近いという立地からか飲食関係が多い印象を受ける。
つい今しがた食事をした『たません』や『焼きそば』以外に、牛串であったり地元の和菓子屋であったりとまだまだ沢山の屋台が出店されていた。
しかしながら飲食関係に囲まれながらも他の関係のブースもあり、その中でもやはり土地柄故に陶磁器関係のブースが大半を占めた。
各々の出店者は会議用テーブルや各自で用意した机等を指定されたブースの枠内に配置し、机の上や飾り棚に商品を置いて思い思いにディスプレイをおこなって、自分達の売り出したい雰囲気にプロデュースして個性を出している。
スタッキング出来るプラスチックのコンテナにごっそり商品が入っていたり、食器を重ねず一つ一つ平たく並べて展示していたりと、出店者の演出力やセンスが垣間見えるかも知れない。
直幸達が最初に立ち寄ったお店は、どうやら小売業を主にしている商店が出しているみたいで、白い清潔感のあるテーブルクロスが掛けられた会議テーブルの上にグレーの買い物カゴが置かれ、その中に分類分けされた食器類が重ね積まれて所狭しと隙間なく陳列されている。
イベント用テントの入り口、頭のすぐ上では『大売り出し』と書かれた使い古され貫禄のある真朱色の暖簾が、爽やかな春風にそよそよと揺れてはためいて人々を誘う。
ハクバイがチラリとプラスチック製の籠の一つに視線を向けて眺めると、乳白色の艷やかな白地にストライプ……日本で使われる名称ならば木賊柄や、無地のシンプルな白い飯碗が伏せた形で山盛りに置かれて売られているようだ。
「ふむふむ見た所、飯碗に湯呑み、小鉢に大皿……白磁の如く白き器が多いな?料理が映えると言う点では、白という色は優れていると思うが。」
「……まぁ?」
勿論、他のブースでは土物と呼ばれる陶器の商品もちゃんと販売されているが、織部焼の付喪神であるハクバイの生まれた時代には物珍しかった磁器の、何物にもまだ染まっていない『白』が興味をそそるのか、彼は直幸の肩から降りて灰色の籠を覗き込んでいる。
色々と覗き込んで観察をしながら話しかけるハクバイに、店員が商品の置かれている机を挟んで直ぐ側にいる状況で、独り言をブツブツと話さなければならない行為に躊躇した直幸は、言葉に詰まり単語で返答をしてしまう。
その姿にハクバイは「またか」と呆れ、商品を見るために俯いていた顔を上げて、黒曜石の如き瞳で彼を見据えた。
「……返答はしたゆえな、言葉少なくとも今は許してやろう。」
「……。」
全くしょうがないな……とでも言う風にやれやれと首を横に振る彼に、直幸はイラッと苛立ちを少し覚えるが、当の本人はそんな彼の様子など気にせず、籠の縁をしなやかにつたいながら、ようやく実物を見ることが出来た現代の磁器について感想を述べるのだった。
「しかしまぁ……瀬戸の焼き物も変わったなぁ……。瀬戸物と言えば灰釉や鉄釉を用いて作られていたと記憶をしていたが……。」
「へぇ……そうなのか。」
彼のちょっとした知識に感心して、うっかりいつもアパートの部屋で会話するみたく声を出してしまった直幸は、トコトコと卓上を歩く彼を追っていた目線を恐る恐る上げて周囲を確認する。
見渡しても誰もこちらを注目していないようで、彼はホッと胸をなで下ろした。
「そなた………ビクビクと狼狽えず堂々としておった方が、怪しまれないと思うぞ……?」
独り言を呟き (実際にはハクバイが其処に居るのだが)何も居ない場所へ顔を向けて会話する姿は、はたから見れば不審者にしか思われず、冷たい目で見られることは必至だろう。
直幸が今まで心配しなくても良かった心配をしなくてはならなくなった諸悪の根源は、「愚かだのぉ。」と呆れながら笑っていた。
言い返そうにも事情を知らない店員の目前で声を荒げる訳にもいかず、彼はギリッと歯を噛み締める。
その歯痒く悔しがる彼を放っといて、ハクバイは籠から籠へと器用に動き回り、シンプルで素朴な品々を観察し始めていた。
「ふむ…、昔よりも技術が発展しておる事は重々承知していたが、まさか磁器が量産出来るようになっているとは……。」
彼の……ハクバイの生きた時代である安土桃山時代は、陶磁器にとって重要な時代であった。
茶の湯の大家である千利休の登場によって生まれた楽茶碗、大陸の磁器生産技術の到来……特に、日本の磁器生産については【陶祖】の例で挙げた有田焼の陶工や、豊臣秀吉によって始められた朝鮮出兵が深く関わってくる。
朝鮮出兵以降……日本の陶磁器産業は劇的に変わっていくのだが……察しの良い方はもうおわかりだろう、が、陶磁器の起源を辿るには歴史がとても長いため、ここでは割愛させていただく。
つまりハクバイ自身としては、磁器が日本でも生産可能だとは知っていたが、量産出来るほどの粘土が見つかっていた事も、量産出来る技術が発達していた事も知らなかったという訳になる。
古代中国陶磁器に憧れを抱いて模倣されたり参考にしている陶磁器を把握しているハクバイは、周囲の真白な磁器を眺めつつ現代の技術技法を考察し始めた。
「この籠の皿は、どの皿も文様が均一であるな……?ふぅむ、前にコンビニなる商店で『こぴー機』なる電気を用いた絡繰を知り得たな。何でも一つの画像から幾つも複写が可能だとか……この絵付けもその類いである、か……?絵付け用の絵の具で、どのように元の絵から複写し、その図柄を焼き物の生地に貼り付けるのか……。」
陶磁器の技法の中には、成形された陶磁器の生地に絵や文字を描く作業で使う専用の絵の具が使用されて刷られた版又は転写シートを陶磁器に写し取って焼く、『転写』と呼ばれる技法がある。
その技法が特に気になったのか、ハクバイは買い物かごの上に座り込み腕を組んで考えこむ。
ちなみに蛇足になるのだが……木版印刷は八世紀には日本へ伝わっていたらしく、その最も花開いたのは江戸時代で大流行した『浮世絵』であろう。
他に印刷と言えば活版印刷が挙げられるが、活版印刷だと十六世紀末期に伝来してきた技術であるが、印刷機という状態になると時代は十九世紀まで時代が跳んでしまうのだ。
はてさて、独り言をブツブツ呟きながら思考を巡らせていくハクバイに、もうそろそろ止めないと長くなりそうな気配を感じた直幸は遠慮がちに声をかける。
「なぁ、そろそろ……。」
買い物カゴを触っているように見せかけながら、ハクバイのツルリとした白土色の体躯をちょんちょんとつつく。
コツコツと音の鳴りそうな感触に、彼が【陶器】だと改めて直幸が実感していると、思考の海に浸っていた付喪神はハッと顔を上げた。
「うむ……いかんいかん、すっかり考え耽っておった……。次の場所にも行かねばな。」
そう話してハクバイは近くにあった腕から這い登り、定位置になりつつある彼の右肩に落ち着く。
直幸は店員に少しお辞儀をしてからブースを離れると、次に見たい店を探すことにした。
「いやぁ、面白い!かの徳川が興した時代より大分変わっておるではないか!」
「お前がいた時と変わってるのは、わかっていた事じゃ無いのか?」
「情報を調べ得てはいたが、実際に現実を目の当たりにすると……技術の進歩を実感したのだ。あぁ、今の世は昔とこれほどまでに差異があるのかと……。」
十八世紀半ばにイギリスで興った産業革命以降、『ものづくり』は大きく変わっていった。
機械による産業の効率化によって、その時代の流行や時勢や企業の理念、消費者の需要や最新の技術の発案と、様々な思想理念に合わせてデザインされた製品をいち早く市場に流通させる事が出来るようになった。
ハクバイが見守り続けていた豊結窯の職人が一つ一つ手で造る生産体制と全く違うため、彼は新鮮な気持ちで現代の陶磁器を観察している。
「さて、先程の店は我が身も見覚えのある形状が多かったな。次は外津国から……特にそうだな、欧州であったか?南蛮の方面から伝来した食器や茶器も見たいのだが。」
親しみのある和食器の現在を確認出来たので、次は海外からやって来たデザインが見たいとハクバイがはしゃぐので、直幸はふと視界に入った場所を指差す。
「洋食器を見たいのか……?じゃあ、あそこはどうだ?」
偶々見つけたブースは深緑の屋根の下、柔い生成り色のテーブルクロスの上に、レースの様な浮き彫りが装飾された楕円皿や空色や桃色など淡いパステルカラーで模様が描かれたカップ&ソーサーと、前に見ていたブースとは違った商品が平置きされていた。
先程と同じようにハクバイは直幸の肩から降りて観察するみたいで、シュルリとしなやかに販売物のある机の上に降り立った彼は、キョロキョロと辺りを見渡して何も飾り気のないシンプルな白いティーポットに近寄る。
「ほぉ、これらが外津国からやって来た形なのだな。『てぃーぽっと』なるこれは急須に似ておるが、同じ用途で使うのか?」
「……そうだ。」
中に緑茶を入れるのか……それとも紅茶を入れるのか種類は違えど『茶を入れる』という事に違いはないので、とりあえず直幸は肯定した。
「予想は当たっておったか!急須とは持ち手が異なっておるようだが、他はそこまで違いが無さそうだからな。それにしても、異国の茶の湯文化か……後で画像を見せるがよい!」
「はいはい……。」
ハクバイが別の物を見ている間に、直幸は後で聞かれるだろうからと外国のお茶文化について考える。
異国のお茶文化であるならば……近隣では中国の飲茶や工芸茶、インドのチャイなど様々な国にそれぞれあるのだが、ティーポットに興味を示したハクバイの知りたいお茶文化は……ヨーロッパ方面のお茶が使用するし良いだろうかと、陳列されている別のポットを眺めている彼を見て思う。
では、欧州の中で茶の有名な所は何処だろうかと直幸は思考を続けるが、やっと思い付いたのはイギリスであった。
紅茶で連想して行き着いたのがイギリスだったのだが、近年日本でも普及したアフタヌーンティーも例えとして挙げやすいし、一日に何回もティーブレイクを挟むほど紅茶を嗜む国柄だとは直幸でも知っているので、ヨーロッパにおける代表的なお茶文化だと説明しても良いだろうと直幸は調べる内容を決める。
直幸が考え込んでいる間に、ハクバイの興味はティーカップへと移っていた。
ポットとお揃いのデザインがされたティーカップの他に、双葉や蔓草といった植物の意匠を象った取っ手のカップも売られていて、ハクバイはシンプルながら繊細な装飾のティーカップをキラキラと瞳を輝かせて熱い視線を送る。
「ほぉ……!これは、なんとも可憐な……!近くにある『てぃーぽっと』と揃いの意匠で作られておるから、組んで使う事を想定されているのだろうな。」
「多分そうじゃないか……?」
「他の物も組み合わせて使えそうであるから絶対と言う訳では無いだろうが、それもまた良い。」
商品の陳列されている机を移動しながらウットリとカップを見つめる付喪神は、側面が縦縞の様に凸凹のある菊花みたいな花形のティーカップに釘付けになった。
「おぉ……!これは花の造形を元に考えられた器であろうか?なんとも華やかで愛らしい意匠である。蕾が綻び満開となる前の若さを感じさせ、茶会の場も花が咲き誇る花畑の如き様相で美しかろう。」
「……かもしれないな。」
今、直幸達が訪れているこのブースで販売されている品々は、シルクやリネンで紡がれたナチュラルで繊細なレースが似合いそうな、清楚で可愛らしいデザインが多い。
揃って置かれている光景が花園や花畑みたいだと誰かから感想を聞けば、そう見えなくもないと直幸は納得する。
「草花の意匠は我が身もよく見たものだが、今も昔も草花は愛されておるのだな。」
古来より、草花の文様は好まれて使用されている。
松竹梅の吉祥文様は勿論、桜や藤、菊や椿といった華やかな文様も数多くあるが、瓢箪や葡萄、竜胆や麻の葉など日常で親しみを持たれていた植物の図柄も沢山ある。
その草花の一つ一つに想いや願いが込められ、大事に描かれ続けられているのだ。
そして今日に至るのだが、外国からもたらされた牡丹や薔薇、三色菫や鈴蘭といった王道から、ミモザなど最近よく見かけるデザインもどんどんと増えていて、ハクバイが感じた「今も昔も愛されている。」という感想は的を得ているのではないだろうか。
「うむうむ、この露店もざっとは見物出来たゆえ、ここを離れるぞ。」
足取り軽く直幸の肩に戻ってきたハクバイは満足したようで、次に行こうと催促した。
店員にまた一つ会釈をして、直幸は見ていたブースを離れる。
人通りが少なく、立ったままでも邪魔にならなさそうなスペースがあったので、そちらに移動して次の動きを決める事にした。
「さてと、まだここで見たい場所はあるか?昼飯を食ってからそこそこ時間が経ってるけど。」
手に持っていたスマートフォンの電源を点けて、ホーム画面を開きハクバイに見せる。
画面に出ている表示を確認すると、『焼きそば』を食べ終わってから一時間近く時間が経っていた。
「なんと!まだ二軒しか見ておらんのだが!?」
「滅茶苦茶ゆっくり見てるからなぁ、お前。」
「仕方なかろう、細部まで観察するのには時間がかかると言うものだ。」
ウンウンと自身で納得している彼に、何かを夢中で観賞したことがない直幸は、そんなに観ていて飽きないのかと思いつつも自身に拒否権は無いからとハクバイに次の行動を聞く。
「で、どうするんだ?俺は別にこのままこの場所で見ててもいいけど……。」
「もっとこの辺りを見物したいのだが……、まて、他の場所でも催されているのだったな。」
「あぁ、他の所でもやってるな。」
そう、ここは【陶祖祭】の会場の一つでしかなく、他のエリアにはまた違った系統の店舗が立ち並んでいる。
まだまだ見るべき場所が待っていると気付いた彼は、この場の別のブースを見物したい欲と、時間配分的に次のエリアへ向かったほうがいいと言う思考が、天秤の如くユラユラと上下に揺れる様がハクバイの脳裏をよぎり、唸り声をこぼしながらどちらに傾こうか悩み始めた。
二、三分頭を抱えて悩んでいたが、意思を固めたのか顔をバッと上げて彼は宣言する。
「決めたぞ、別の場所に行くとしよう。ここからだと参る時に見かけた商店が近いか?」
「そうだけど……ここは、もういいのか?」
悩んでいた時間がそこそこ長かったので、もう一店舗くらい見たいと申し出るかと思っていた直幸はつい尋ねてしまった。
「非常に、ひじょーーーに!!まだここを巡りたい気持ちは山々なのだが、そうしていれば日が暮れてしまうのでな。名残惜しいが、場所を移動しよう。」
「そうか、なら出発するぞ。」
「うむ……では行こうぞ!」
と、直幸達はコミュニティセンターの広場から離れて、瀬戸川周辺に軒を連ねる出店を見るべく前へ歩を進めた。
まずは通り過ぎた建物の節々に歴史の趣きを滲み出していた商店を目指して、数百メートルに満たない距離をのんびりとしたペースで歩いていると、フッと羽毛がフワフワとこちらへ舞い降りてきたような軽やかさで湧き出た疑問が頭によぎる。
ふと思い付いたものだから、直幸は無意識にそれを呟いていた。
「なぁ……お前が今、他の食器に恋したら浮気になるのか?」
「……ん!?!?な、何を馬鹿な事を!!!」
思いもよらない質問に大声を上げて驚いたハクバイにビックリして、直幸も思わず歩みを止めて立ちどまってしまう。
幸いなことに交差点を曲がる直前であったため、通行の邪魔にはならなさそうで直幸は安堵したのち、更に隅の方に寄ってハクバイの話を聞くことにした。
「あ、浮気って言ったけど不倫が近いのか……?どっちでもいいけど、さっき可憐とか清楚だって言いながらティーカップに見とれてたから……なんとなく思いついちゃって。」
「たわけが!!我が身の愛は、常に我が妻のものだ!!!そなただって、美しい存在を見たら美しいと思うだろう?花を愛でる様なものだ、そこに色恋事は含んでおらん!!!」
自身の忌憚のない「美しい、可憐だ」と言う称賛の言葉から、あらぬ疑いをかけられそうになったハクバイはポコポコと顔を赤く染め怒りを示す。
その姿に気不味そうに直幸は頬を掻くが、気になってしまったからしょうがないだろうと引き続き聞いてみる事にした。
「お前が奥さん大好きってのはわかったけど……じゃあ、お前にとっては、別の食器に恋したら浮気になるんだ?」
「万が一にもあり得ない可能性であるが……他の女にうつつを抜かすのだ、浮気に違いないだろう?全く……我が身は妻一筋だと言うに、ここで妻の素晴らしさを語り始めても良いのだぞ?」
「いや、それは時間無いから今はいいです……。」
語り始めたら止まらなさそうな気配を感じ、思わず敬語で拒否をする直幸は、それならば奥さん側が浮気というか新しい対を見つけていたらどうするんだろうと思い彼に再び尋ねた。
「じゃあさ、奥さんが浮気……と言うか、新しい相方を見つけていたら?」
「はぁ?そなた、何をたわけたことを……。」
ヒヤリとした悪寒が、直幸の背筋を駆け登る。
雰囲気や霊気を感じ取りやすい人がその場に遭遇したなら、とっさに逃げ出してしまいそうなほど重く苦しい空気がハクバイから立ち込めていた。
流石に地雷だったのかと、直幸は慌てて続きを話す。
「あり得ない可能性じゃないだろ?お前の話を聞いていると、離れてから結構経ってるみたいだし。」
「妻はそういった事は無い!……はずだ。」
怒りを秘めた重い空気から一変、妻が浮気をするはずは無い!と告げたその瞳は揺れていて、遍く場所を包み込む昔から変わらない青い蒼穹を不安げに見つめていた。
「はず、なんだ?」
「妻と離れ離れになって、幾月幾年経っておると思う?妻と一緒に居られた時はそうであったと記憶しているが、あの時と同じとは限らないだろう?」
「………お前。」
時間の残酷さは痛いほどわかっていると、ハクバイは神妙に頷く。
自身の心の移り変わりは自身で観測出来なくもないが、他人の心を測るのは難しい。
身近に寄り添っている人であれば相手を慮る事も出来るかもしれないが、完全に読み取る事はとても難解である。
ましてやハクバイと妻は何百年と離れ離れで行方もわからず、互いの近況も知れない。
彼女の歩んだ道程が一体どの様な物なのかわからない今、妻の心を推し測れるなどハクバイは自信満々には思えなかった。
「たとえ妻の愛が他の者へ移ろうが、愛が冷めていようが……我が身の愛は変わらぬ。八千代離れていようがずっと想い続けると、忌まわしきあの日の壊されていった飛達村で誓っておるのだ。」
「そっか……。」
その決意は堅いのか……意志の灯った真っ直ぐな双眸で、ハクバイは彼を見据える。
岩をも貫くような眼光を間近で受けた直幸は、愚直で純粋な想いを受け止めきれずに思わず顔を背けてしまった。
今ならば話を戻しても大丈夫そうだと、彼はコホンと一つ咳をする。
「話を戻すんだけどさ、奥さんが新しい相手を見つけていたらどうするんだ?許さないのか?」
いつもよりもグイグイと突っ込んで聞いてくる直幸に、そこまで気になったのかと少しビックリしたが、このぐらいならばいいかと彼の好奇心へ応えることにした。
「うむ………それは我が身にとって、とても難しい問題である。長らく彼女の傍に居なかった身であるのだ、妻の幸せを願い身を引くべきなのだろうが……許せぬだろうな。」
「あ、許せないんだ。」
てっきり涙を飲んで許すのかと思っていた直幸は、許さないと発言した彼に驚く。
「許せる訳無いだろう、我が身は今も好いておるのだから。……まぁ、百歩譲って許容したとして妻を守れるか我が身に示してもらわねば………。」
「お、おう………。」
メラメラと謎なやる気を燃やすハクバイに、それって娘を嫁に出す父親の言う奴では……?と、彼の気迫に引きながら聞いていた。
感情の乱高下に疲れたのか、ハァと息を吐いて気持ちを静める。
「……これでそなたの疑問は解けたか?」
「た、多分……?」
「ならば次へ向かうぞ。我が身の事など後からでも聞けるが、この催しは日時が定められているのだろう?ならば【祭】の方を楽しまなくては損ではないか?」
確かに立ち話をしすぎたな、と直幸は思い、交差点を曲がりすぐの商店へ向かったのだった。
第四話 ( 三 )へ続く




