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予め人払いがされているのでしょう。極彩色の空間には助祭様とわたくしたちを除けば他に誰もいません。
ピリッと空気が張り詰めました。
アークライト公爵家の騎士たちだけでなく、ジュリアやキティまでもが年若い助祭様へ敵愾心を向けています。
皆が引っ掛かっているのは、わたくしよりキティが先に名指しされたことでしょう。
キティはわたくし付きのメイドですので、主人が後に呼ばれることは侮辱に値します。
しかし相手は聖神国の聖職者。先ずは聖女ありきの姿勢は当然と言えば当然。
対してわたくしは、現時点では一介の貴族令嬢に過ぎません。
「急なお呼び立てにも関わらず、お越しいただきありがとうございます」
「時期が時期ですので、お忍びの形を取らせていただきました。詳細をお伺いしたいのですが、司教様はどちらに?」
深々と頭を下げる助祭様へそう問いますと、「ご案内します」と大聖堂深部へ先導されます。
先行されているはずのアテマ伯爵やアーミテイジ卿の姿は見えません。陛下直属の影の方々もここにはおられません。
わたくしとキティ、ジュリアを警護するのは引き続きアークライト公爵家の騎士たちです。
わたくしと助祭様の間では、ラウフェンが警戒監視しています。
堂内の奥深くに鎮座する主祭壇へ到着しました。
その脇には壁に穿たれた黒い鉄製の、一見ありふれた扉があります。
何の変哲もない鉄扉の表面へ助祭様が掌を当てますと、植物の蔓をモチーフにした曲線装飾が生き物のように蠢き、カチリと音を立てて鍵が外れました。
それが登録された魔力の持ち主にしか反応しない、認証の魔導具である事実に、わたくしは密かに胸をときめかせてしまいます。
きっとラステーリア帝国製の魔導具に違いありません!
幼き日に訪れた帝国の、一度だけ触れた美しい魔工学に思いを馳せ、思わずほう、と羨望の溜め息を零してしまいました。
――いけません。王太子妃候補たる者、内心が透けて見えるような失態はご法度です。
心持ちキリッと表情を引き締めておりますと、厳格な見た目に反して鉄の扉は音もなく開きました。
「こちらへどうぞ。堂内より足元が暗くなっておりますので、お気をつけてお進みください」
開けられた扉の向こうは薄闇に沈んでいるように見えました。
実際は先導する助祭様の背中を見失うことはありません。
通路が薄闇に沈んでいるように見えたのは、ステンドグラスの極彩色に照らされた堂内があまりにも美しかったからでしょう。
人数分の床に擦れる靴の音だけが狭い空間に反響して、今が昼日中であることを忘れてしまいそうな、自然光の一切入らない通路をひたすら無言で進みます。
石造りの通路の左右に、等間隔に据えられた炎のない燭台がゆらゆらと揺らめき、わたくしたちの影を冷たい無機質な壁一面に引き伸ばしています。
あの燭台も魔導具なのでしょう。
光源に揺れが生じていることから、ヴェスタース王国の灯りとは用途も仕組みも違うのかもしれません。
動力源に魔石が使われている点は同じはずです。
炎ではないのに、まるで蝋燭の火が揺れ動くかのような演出は見事ですが、はたして蝋燭の真似事をする意味と必要性には首を傾げるばかりです。
わたくしは情緒が欠落しているのかしら。
そんなことはないと信じたいところですが。
そのような埒もないことを思考の片隅で繰り広げながら、予め考えておりましたいくつかの推察と対処方針を練っていきます。
聖神国は小国家とはいえたくさんの国々へ影響力を持つ宗教国家ですので、唯一神である創世の女神様を信奉する我がヴェスタース王国も、関係修復に無関心ではいられません。
教会から幾度も暗殺者が差し向けられていた身としましても、アーミテイジ卿の獅子奮迅の活躍で無傷であったことから、国家として聖神国と袂を分かつ事態は避けねばなりません。
そもそも命を狙われていた事実すら知らなかったわたくしですので、この件に関して何かを申し上げる気など毛頭ございません。
寧ろすべてを未然に防いでくださっていたアーミテイジ卿へ褒章などあって然るべきだと思っておりましたら、極めて秘匿性の高い特権が与えられたのだとユリエル様から伺いました。
非公開であること、与えられたのは不入権であること、この二つは教えてくださいましたが、それが具体的に何を指すのかは完璧な「王太子殿下の微笑み」で口を噤まれてしまいました。
つまりはわたくしの知る必要のない案件であるということです。
承知致しましたわ。
さて、と改めて先を歩いている助祭様を見ます。
王太子妃となる身であれば、王宮の私室から一歩でも出た時点で無防備と無策はあり得ません。
護衛と影がいるからわたくしは何も考えなくていいということにはなりません。寧ろ誰よりも端々に目を配り、常に思考を巡らせておく必要があります。
護衛に関しては、護衛対象者は勝手な行動を取らず、護衛の邪魔をしないことが鉄則ですが、護られ慣れていないキティが突発的な行動を起こしてしまう可能性も視野に入れ、もしもの時は彼女を誘導し制御する必要があるでしょう。
そんなことを思考の端で組み立てながら誰もが無言で歩き続けておりますと、やがて回廊の突き当たりに、ひときわ重厚な、美しい彫刻が施されたオーク材の扉が見えてきました。




