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「勇者への道 三日月大陸冒険譚」  作者: けっき
第二十話 新たなる道
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最終決戦

 切り刻まれた身体に回復魔法をかけながらディアマントが墜落していく。風魔法でその足元を支えてやりつつノーティッツはうんうん唸った。

 いくら死なないとわかっていても骨や神経をああまでズタズタに引き裂かれてはダメージが大きすぎる。神鳥の剣である程度の魔法までなら防御できるベルクの方がずっとマシだ。おまけにディアマントはエーデルが深手を負わないように受けなくていい傷まで受けている。

 相変わらずツエントルムの回復力は並でなかった。興が乗ってきたのか知らないが、さっきまでより傷の量も塞がる速度も増している気がする。

(光属性が強すぎるんだ……)

 あの魔力を一瞬でも超越できればおそらく痛みを蓄積するくらいできるのに。

(くっそ、情けない)

 何も思いつかない。それは回復や補助に忙殺されているせいではない。

 手がないのだ。ツエントルムの魔力が巨大過ぎて。

(何かないのかよ……!!)

 思い悩む間にもベルクが派手に吹き飛ばされる。癒しの術を唱えようとしてノーティッツは背筋を凍らせた。

「さっきから目障りだな」

 ツエントルムの氷のような眼がこちらを射抜く。危機を察してオーバストが飛行速度を上げてくれたがどう考えても悪あがきだった。

 杖の先から迸った青い光は正確にノーティッツだけを狙ってくる。もう防御のための強力な護符はない。

(即死だけは勘弁してくれ!!)

 祈りながら張った結界の前に、白く透明な光が出現した。

 ふわ、と視界に広がったのは紅いマント。振り向いたのは黒髪青目の異国の勇者。

「向こうは片付いたよ!」

 攻撃を弾き返してくれたのはアラインの持つ神具だった。おお、なんて頼もしいと思わず拝みたくなった。すぐにマハトも駆けつけてきて一気に戦力が跳ね上がる。

「治癒力がすごくて、攻撃は当たるんだけど全部治っちゃうんだ」

 ヒュドラみたいな核もないみたいだと伝えるとアラインとマハトは神妙に頷いた。

「なんとか注意を引きつけておく。ノーティッツはその間に……」

 皆まで聞かずとも予測はついた。

 頼りにしてもらえるのは有り難いが、今回に限り当てが外れるかもしれないぞ。







 魔物の血が流れていると明かされてから、どんなに強い力でもこんなもの要らなかったと嘆いて嘆いて、毎日死にたかった。

 ただもう一度クラウディアに会いたくて、そのためだけに生き長らえたのだ。真っ暗にしか思えないこの先の人生で、たったひとつ残された光に触れたくて。

「もう彼を好きにはさせない……!!!」

 戦う理由ができた途端、持てる力に不足を覚えるなど滑稽な話だ。何度ツエントルムの脊椎を折っても、頭蓋骨を陥没させても、一瞬後には何事もなかったかのよう神は笑った。

 それどころか「そんなに不用意に近づいていいのか?」と面白そうにふくらはぎを捕まえ握り潰してくる。光魔法に強化された手はたちまちエーデルの足を砕いた。

「あう……ッ!!!」

「もう少し楽しませてくれ。お前が死ねばわたしの意志に関係なく魔法は発動してしまうのだから」

 それとも先に地上を半分沈めた方が楽しいかな、とツエントルムはエーデルを放り出す。

「いつまでもディアマントに庇わせるのも忍びないしな」

 繰り出された攻撃にエーデルは腕をクロスし身構えた。高熱を宿した白い塊が礫となって降り注ぐ。こんな足では到底逃げることなどかなわない。どこまで耐え切れるだろうかと痛みに備え目を瞑った。

「……ふむ。やはり持ち主を守ろうとするか」

 ふと目を開けると神鳥の首飾りが小さな結界を作り出していた。魔法による攻撃はすべて弾き返してくれたらしい。

 そうか。そう言えば元々ツエントルムの作った魔道具ではないのだった。

 エーデルは首飾りを掴んで目の前の男を睨みつける。

 人間を、魔物を、生き物を、人形のように扱って笑っていられるような者は元がなんだろうと既に人ではない。それならまだ自分の方がずっと――。


「ははは、魔王の末裔らしくなったな!」


 ツエントルムはエーデルの背中から突き出た両翼を指差し唇を歪めた。黒竜の羽を広げて浮き上がり、速度を上げて突っ込んでいく。

 力が欲しい。もっと強くなりたい。

 なんだって良かった。この男を倒してクラウディアを救えるなら、どんな姿になったって。

(許さない……!)

 ディアマントのことだって許せない。騙して、悩ませて、嘲笑って。

「そうだ、そうやって理性など失くしてしまえ!」

 わたしのようにと神が言う。

 鋭く尖った爪で心臓を貫いたはずなのに、白い法服にはやはり一滴の血も付着しなかった。

 何度切り裂いても、何度抉っても、何をどうしても同じだった。

 悔しい。悔しい。悔しい。

「ははは、はははは、ははははははははは!!!」

 叩きのめしてやれたらいいのに。

 ふたりが苦しめられた分にお釣りがくるくらい。

「許さない、許さないわ……!!あなただけは絶対に!!!」

 ツエントルムに弾かれながらエーデルは叫ぶ。

 力が欲しい。もっと強くなりたい。このままじゃ誰も助けられない。

 金色の魔物の目からは大粒の涙が溢れた。その雫がぽたりと首飾りの中心に落ち、突如神具が眩い光を放ち始める。


(何……)


 ちょうどそのときディアマントが戻ってきて、エーデルの足に回復魔法をかけてくれた。

 空中に足を止めても首飾りの輝きはなおもやまない。光は一層強さを増していくばかりだ。これにはツエントルムも目を瞠った。


「あ……」


 あまりに強く輝いたからか、首飾りは首飾りの形状を保てなくなったらしい。鎖からどろりと落ちた輪はエーデルの右足にアンクレットとして取りついた。さっきまでとは比較にならない魔力を宿して。

 直感的にいけると断じ、エーデルはツエントルムの懐へ飛び込んだ。左足を軸にして、右足を思い切り叩きつける。

 初めて神の手が防御に回った。後ずさりしたツエントルムは口の端から血を垂らした。







 なっさけねえなとベルクは剣を掴んで起き上がる。ずきずき痛む鳩尾は無視してもう一度前方を見据えた。

 どこまで飛ばされてきたのだろう。戻るには少し時間がかかりそうだ。駆け出しながら眉間にきつく皺を寄せる。

 攻撃が当たらないなら当たる方法を考えるだけだ。だが当たった後にあんなに回復されるのでは倒しようがない。急所という急所はすべて攻撃した。知り合いの顔にやりにくさを覚えつつ、頭だって落とした。結果どれも無意味だった。

(くそ! このままじゃ……!)

 ウェヌスを助けるどころか自分だって生きて帰れない。何も変えられない。

 旅に出た頃のことが走馬灯のように思い出され、縁起でもないと振り払った。――振り払おうとした。

 勇者ならもう隣の国にいるだろうとキレて、女神の所業にキレて。だけどいつの間にか自分はちゃんとその気になっていたのだ。勇者なんて偉そうな存在でなくたって戦うと口にしながら。あの女が真っ直ぐ自分にそれを願うから。

(俺だって勇者なんだろ……!)

 浮かんだのは吹っ切れたアラインの横顔。夢を追うと決めた強い眼差し。

 俺は何のためにこの旅を続けてるんだ?誰のために今戦ってるんだ?

 考えれば考えるほどどつぼに嵌まる。成り行きだけでここまで来てしまったように思えた。流されていたのはアラインよりも自分だったのではないか。

 それでも旅立ったことに悔いなどない。勇者を志したことに。

(一度決めたことは貫く。それが俺の生き方ってだけだ……!!)

 勇者ってのは世界を救うんだろ?

 だったらそのための力を発揮しろよ!

 回復されるからなんだって言うんだ!!

 ――私の勇者と声がする。右手を強く握り締める。

 絶対にもう一度あいつに俺の姿を見せてやるんだ。

 あいつの望む勇者の姿を。


「……」


 不意にベルクは異変を悟り、手にした神鳥の剣を見やった。柄から伝わる熱は異様だ。輝きも、眩しいなんてものではない。神具は輪郭を失ってどろどろに溶け始めた。

 消失するのではない、生まれ変わるのだ。

 何故そうとわかったのかはわからない。勘としか言いようがない。或いは剣が呼びかけてくれたのか。

「……今まで放り捨てたり投げ飛ばしたり悪かったな」

 白い輝きに語りかけると呼応するよう瞬いた。

 こいつは味方だ。神様なんかではなく自分の。間違いない。

「取り返さなきゃなんねえ女がいるんだよ、頼むぜ」

 神鳥の剣はひと回りほど小さく鋭くなった。驚くほどしっくり掌に馴染み、吸いつくような掴み心地だ。

「俺好みに振り回しやすくなってくれたじゃねえの」

 笑ってベルクは前へ跳ぶ。

 エーデルの攻撃に後退を続けるツエントルムはもう目前だった。







 ふたつの神具が形を変えたのにつられてか、アラインの腕で神鳥の盾も輝き出した。

 理由なら確かめるまでもなくわかっていた。彼らとてずっと力を解き放ちたかったのだろう。

(勇者の国からずっと一緒に来たんだもんな)

 真っ黒だったオリハルコンは今とても強い光に包まれている。

 同じように真っ黒だったアラインの心が晴れ渡っているように。


「……君も僕で良いのかな?認めてくれたなら嬉しいよ」


 光って形を変えていく、勇者のための神鳥の盾。

 やっと本当の意味で証を手に入れたのだろう。

 それが誇らしい。投げ出さずに歩んで来たことが。

 盾はやがて細身の刀身のレイピアになった。だがオリハルコンなだけあって並の剣より強度は遥かに高そうだ。装飾はどこか杖のようでもあり、魔法を使うアラインにはぴったりだった。


「さあもう全部終わらせないとね……!」


 ツエントルムの頭上からマントを広げ降りていく。

 空中でステップを踏み着地のタイミングを計りつつ、アラインは高く剣を掲げた。







 効いている。手応えがある。

 右手から発動される魔法の障壁を剣先で払いながら、ベルクはどんどんツエントルムとの間合いを詰めた。背後にはエーデルが物騒な翼を広げ、左手から発動される魔法を蹴散らしている。

 あの尋常ならざる治癒さえ封じてしまえば後は攻撃あるのみだった。あちらもカタがついたのか、オリハルコンの剣を手にしたアラインも上空から舞い降りてくる。

 一撃はいただいたな、とベルクはほくそ笑んだ。だがツエントルムも伊達に長生きはしていないらしい。「調子に乗るなよ」と囁くと足元からマグマを放ち、火砕流を巻き起こした。

 限界まで攻めていたので逃げるのが一歩遅れる。風や翼で即座に遠ざかったふたりと違い、ベルクのジャンプはツエントルムにすぐ捕捉された。

「悪い道具に悪い子だ」

 刀身をじかに掴まれベルクは剣を振り回す。身体に傷がつくことなど一切構わずツエントルムは空いた方の手で魔力を固めた。

 神具で斬れば無効化できるのは百も承知だが、神具を抑えつけられていては避けるしかない。そうかと言って神鳥の剣を放り出して逃げるわけにもいかなかった。

「アライン!!!」

 腕で庇っても無駄だと断じ、ベルクは剣に力を篭める。ツエントルムの振り上げた拳は寸前で止められた。エーデルが腹を蹴り、アラインが魔力を分散させたからだ。

「成程な」

 黒い瞳を薄ら歪め、霧散したと思っていた魔法をツエントルムが爆発させる。

 ハッと気づくと周りは煙に囲まれており、誰の姿も見えなかった。

「ッ……!!」

 気配を感じ振り返る。ぞく、と駆けた悪寒に反し、煙幕の向こうから顔を見せたのはアラインだった。

「あ、なんだ」

 無事だったかと続けようとしてベルクは反射的に飛び退った。

 ノーティッツならこんなとき幻視の呪符を使うだろうと思ったのだ。

「なかなか勘が働くな」

 ツエントルムはひとまずベルクひとりに的を絞って戦うことに決めたようだ。ゆら、と陽炎のように揺れると一瞬後にはアンザーツの顔に戻ってベルクの真後ろに立っていた。

「……!!!」

「ただの転移魔法だよ」

 雷が激しい音を轟かせる。

 その眩しい光を眼下に映しながら、ベルクはアラインの肩を掴んだ。

「僕のもただの転移魔法だ」

 エーデルの羽ばたきが漂っていた煙をすべて吹き飛ばす。

 再びツエントルムに向かい、三人で飛び込んだ。

 だがいよいよ神は本気を出すことにしたのか、攻撃の命中率はゼロまで下がっていた。







 アラインやベルクたちの助力になろうとやって来たものの、魔法攻撃の凄まじさに入り込む余地がない。マハトはひとまず己と同じく蚊帳の外になっているディアマントの元へ駆けつけた。何か示し合わせてからならオリハルコン持ちの三人を手伝えるかもしれないと思ったのだ。

 だがディアマントは渋面でツエントルムを睨みつけるだけで一歩も動こうとしない。父親相手に今更怖気づいてしまったのだろうか。

「……このままでは勝てん」

 ぎり、と歯を食いしばりディアマントは剣に手をやる。だが突進していくわけでもなく、上空で見守るオーバストの元へ戻っただけだった。

 不意を打つなら二人より三人か。そう思い直しマハトも後を追う。聖獣の背中にはまだノーティッツが乗っているはずだ。

(アライン様、もうちょっとだけ待っててください……!)

 散々迷惑をかけたのだ。最終決戦でくらいちゃんと勇者の役に立ちたい。







「小僧、一斉攻撃の隙を作る手立てはないか?」

 まさかこの男にまで尋ねられようとは思わなかったとノーティッツは息を止めた。

 真面目な顔でディアマントはこちらの知恵を借りようとしてくる。人間なんぞと息巻いていた彼がである。

「……現状作れても小さな隙にしかならないと思う」

「何かないのか? 神具の攻撃には効果がある。もし逆に奪われでもしたら全員ここで死ぬしかないぞ」

 嫌な可能性を突いてくるなと溜め息が出た。それくらい思いつかなかったわけではない。

 今は三人とも大きな傷や疲労もなく戦えているからいいが、いつまでも良好な状態が続くとは限らないのだ。


「……オーバストさん。オーバストさんからもう一度神様に呼びかけてもらえないかな?」


 意を決しノーティッツは聖獣に提案した。ずっと考えていた唯一の突破口は、ツエントルムの力を抑えるということでなく、彼の心に強く訴えるということだった。

「え?」

 オーバストが問い返す。ディアマントも目を瞠り、足元の聖獣に視線を落とした。

「もうさ、策がどうとか知略がどうとかいうレベルじゃないんだよ。全部魔法に阻まれて攻撃が全然届いてない。卑怯かもしれないけど、そうやって隙を作るしかないんだ」

 そう、卑怯だ。ツエントルムにとって特別な存在だったであろうオーバストに揺さぶりをかけてもらおうと言うのだから。

(でもそれしかないんだよ)

 天変地異を止める方法も、ツエントルムに神様をやめさせる方法も、ウェヌスを助ける方法も。

 自分は勇者ではない。王子でもない。そこら辺にいるただの一般庶民だ。だからこそ戦い方にこだわったことなんかなかった。ベルクたちを守れるならそれで良かった。卑怯卑劣となじられようとそしられようと構わなかった。

「オーバストさん、ぼくに聞いたよね? どうしてまだ自分を頼ってくれるのかって。自分は刃を向けたのにって。ツエントルムにとってもきっと同じだよ。オーバストさんが敵だろうと味方だろうと、オーバストさんの声ならきっと届けられる。もしかしたら倒さなくても術を解いてくれるかもしれない」

 だから頼むよと乞えば聖獣は静かに息を飲み込んだ。

 羽毛の隙間に隠れていたバールとラウダも顔を出す。

「せや、言ったれ。今こそ積年の思いをぶちまけるんや!」

「バールの言う通りだな。このまま我々が負けてしまえば未来永劫トルム神は彷徨うことになる」

 うんうんと反対側からも声がした。いつの間に上ってきたのかマハトが力強く頷いている。

「全部ぶつけて全身で止めてやるのが一番だ。本気で止めたいと思ってんなら尚更な。……じゃなきゃ生まれ変わっても後悔するぜ」

 最後のひと押しは大人びた目をするようになったディアマントからだった。

 オーバストの背中に跪き、柔らかい体毛に指を添わせ、「私も一緒にやる」と告げる。

「ふたりでちゃんと終わらせてやろう」







 ラウダとバールは羽を広げ、身を膨らまし空を飛んだ。「こうなったらワシらもなんでもやったるわい!」とのたまったため、ノーティッツからあっさり「じゃあ空中を飛行して撹乱ね」と命じられたのだ。

 ディアマントはオーバストの背に掴まったままツエントルムに近づいた。あれはあれで父と思って接してきた相手なのだ。引導を渡してやるのは長男である己の務めだろう。

「神様――ツエントルム! もうアンザーツの身体から離れてください!!」

 真下で戦う法服の魔術師はオーバストの声に顔を上げた。

 アライン、ベルク、エーデルの三人を相手取りながら視線を逸らす余裕が憎らしい。

 ツエントルムの放った魔法は神具に切り裂かれ飛び散っていたが、それを物ともしないほど魔法は新しい器から延々放出され続けていた。ノーティッツの言う通り、策謀でどうこうできる力ではない。まるでツエントルム自身が魔法という存在そのもののようだった。

「これ以上戦っても、天変地異を起こしても、得るものなんか何もないでしょう!? 何のためにこんなことを続けるんです!?」

 声が届くのは多分それがオーバストだからではない。

 何百年も側に控え、心を案じ、今もオーバストがそれを続けているからだ。敵として向かい合った今でさえ。

「そうだ。最初からわたしに得るものなど何もなかった」

 聖獣を振り仰ぐツエントルムに笑みはない。

 これこそが神の素顔なのだろう。張り詰めて、冷たく凍ったままでいる。

「わたしはただわたしに残されたものを守っていたにすぎない。だがそれの何が悪い? お前がわたしに守ってくれと頼んだ世界を、その約束を守ってやっているだけだろう?」

 歪んだ薄笑みにはオーバストを責める色が滲んでいた。

 何故忘れてしまったのだと。

 何故思い出してくれないのだと。

(あんな風に何百年と嘆かれ続けてきたのだな……)

 背中の鞘から大剣を抜き、ディアマントは静かにふたりの父を思う。

 ツエントルムの間近に寄ったオーバストが魔法を避けて旋回した。ばさばさと羽音が空に響き渡る。

「父上、あなたは間違っている」

 聖獣の影から飛び出すとディアマントは思い切り剣を振り抜いた。向かってくる魔法のことなど気にも留めない。ただ最後までツエントルムを真っ直ぐ見据えたままでいた。

「新しく何かを得ることはできたはずだ。けれどあなたは変わることから逃げたのだ!」

 叩きつける。父の顔めがけ、目一杯に。

 全部壊してやらねばならない。この男が何百年もかけて築き上げてきた虚ろな楽園を。







 二羽の神鳥の影からノーティッツとマハトが現れたのは同時だった。それぞれ魔法と斧でディアマントを援護する。先に放たれたノーティッツの火魔法は思わず笑ってしまいそうになるほど小さく弱い炎だった。これから卵焼きでも作るのかというくらいの。

「あーあ、こんなときに限って魔力切れだ。ハルムロースにちょっと本気出し過ぎたかな」

 幼馴染は誤魔化すような半笑いを浮かべる。

 だがそんなことを言って、いつも通りやらかしてくれるのだろう?姿が見えただけで肩の力が抜けるのだから、それで十分な気もしたが。

 ベルクは神鳥の剣を構え直して攻撃姿勢を整えた。ツエントルムの魔法は依然変わらず足元から湧いて出てきている。それらを斬り払い、跳びかわし、気を研ぎ澄まして一瞬の勝機を待つ。

 マハトの斧に呪符が張りついているのが見えた。

 ツエントルムが戦士の前にマグマを放ち、幼馴染が口角を上げる。

「辺境土産の古代魔法だ」

 きらりと光ったのは斧の刃ではなかった。磨かれた鏡に酷似した魔法だった。

 相手の魔力をそっくりそのまま跳ね返す効果があるらしい。マグマを浴びたのはマハトではなくツエントルムだった。

 炎に包まれた男は一旦そこから脱出しようと試みた。こちらの魔法は受けてもすぐに肉体を再生できていたのに、自分の魔法ではそうもいかないらしかった。

 ――最後にして最大の隙はそのとき生まれた。

 聖獣が吼え、転移しかけたツエントルムを翼で抑え込む。神は一瞬、ほんの一瞬瞠目し、オーバストを振り仰いだ。

「もうやめましょう。もう、ゆっくり休むんです。私があなたに望むのはそれだけです」

 ツエントルムの指先に細い雷が集まっていく。

 今までのどの魔法よりゆっくりと、時間をかけて。

 その迷いを示すように。

「オーバスト……」

 雷撃は掌を離れる前に掻き消えた。

 ベルクの剣が腹を貫き、アラインの剣が肩を抉り、エーデルの蹴りが肋骨を折っていた。

 回復が来るかと思いすぐさま剣を持ち直す。

 けれどツエントルムはその場に倒れたまま起き上がろうとはしなかった。戦う力は十分に残っていたはずなのに。

 ――ア・バオ・ア・クーの肉体を捨てたオーバストが青銀羽の翼を広げてツエントルムの元に降り立つ。神鳥はコツコツとくちばしを頬に当て、呼びかけに対する反応を待った。何も言わずに、じっと側で。


「……結局お前は最後までわたしを思い出してくれなかったな」


 悲しげな声が空に沈む。

 アラインはベルクとエーデルに視線で合図を寄越すとツエントルムを囲むように移動した。


「片割れのお前と違ってわたしだけこんな力を持って生まれてきたから、最後の最後まで……」


 神具から清らかで温かい光が溢れていた。

 長きに渡る支配から逃れ、本来の力を取り戻して。

 オリハルコンをそっと傾ければ光は明確な進路を取って輝き始める。

 浄化の光に包まれて、アンザーツの肉体から――神の器となっていたそれから青い光が剥がれ落ち消えた。

 やがて小さな丸い球体となったツエントルムがよろよろ浮かび上がってくる。


「……行きましょう。何も覚えてはいませんが、あなたをひとりにはいたしません」


 オーバストがディアマントの周囲をひと回りして飛び立つと、青い光球もそれに続いて結界の外へ羽ばたいていった。

 薄水色の空だけが見上げた視界に映っている。

 ……これで終わったのだろうか。




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