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「勇者への道 三日月大陸冒険譚」  作者: けっき
第二十話 新たなる道
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めでたしめでたし?

 キイインと耳鳴りがし始めたのは直後だった。

 アラインが周囲を見回すと、地響きに似た轟音が大気を震わせ異常の発生を知らせてくる。天界で地震だなんて――ああ、いや違う。ここは本当は海底火山なのだった。

「おい、もしかして神様が昇天したから天界も消滅するとかいうオチじゃねえのか!?」

 ベルクの叫びに他の面々も慌てて退却しようとする。だが行きは転移の陣までオーバストに乗せてもらったのだ。そしてその彼はもういない。

「ちょお待て落ち着け! 自力で飛べるヤツ挙手や! 飛ばれへんヤツはさっさと掴まり! 神鳥は先着一名!!」

 バールの言葉にわらわらと人垣ができた。ディアマントに抱えてもらおうとベルクとノーティッツ、更にマハトがコートを掴む。

「三人は無理だろ。マハト、お前はラウダに乗せてもらえよ」

 言いながらアラインも膨らんだバールの背中に腰を落ち着けた。

 地鳴りはどんどん激しくなり、潰れた小島からぱらぱらと土が降ってくる。早めに脱出した方が良さそうだ。ゲートの魔法陣もまだ生きているかどうかわからない。流石にアラインもこんな場所から全員を連れて地上に転移できる自信はなかった。


「少しくらいはもたせてやる。さっさと行け」


 賢者の声が耳に届いたのはそのときだ。

 神殿を振り返ればヒルンヒルトとアンザーツが笑顔で手を振ってくれていた。ゲシュタルトは腕組みしながらチラチラこちらに目をやってくる。

 もっと時間があればまだ話したいことがあったのに。

 恨み言とか文句とか、ありがとうとか良かったねとか。

 せめて今のこの気持ちが伝わるようにとアラインは手を振り返した。

 結界を抜け、行きに通った魔法陣を六人と二羽で潜り抜ける。




「――……!!」




 本物の空が、本物の大地が、美しく広がっていた。

 内海も外海も、大陸を遮断するよう取り囲んでいた濃霧は晴れ渡り、信じられないくらい海が眩しい。

「……すごい」

 アラインの漏らした感嘆の声に、バールも「おお、ホンマや!」と応えてくれた。

 ツエントルムの古代魔法は効力を失ったのだ。

 方法はどうあれ四つの国を守っていた術はもうない。これからは神様なしで生きていかなければならない。

「見ろよ、あっちの方!」

 地図で見慣れた三日月型の大陸ではない他の陸地が水平線の辺りに見えた。

 ベルクは嬉しそうな顔で「まだまだやることありそうだな」と笑う。

 世界が広がれば今までとは違った難問がまた降りかかってくるのだろう。

 だけどこの先はすべて自分たちで考えて、立ち向かっていかなくては。

「国に帰ったらどう説明すっかなあ」

 そういうの全部お前に振っていい?とのベルクの問いにノーティッツが拳で即答する。

「おまっ! 疲れてんだから多少は労われよ!」

「そっちこそ頭脳労働ぼくに任せすぎ! たまには使わないと脳みそ腐るぞ!?」

「貴様ら私の背中で暴れるな!!!!」

 ディアマントの怒鳴り声にエーデルがくすくす笑う。

 しょうがないな若者たちはとマハトとラウダも嘆息した。

 盾の塔が見えてくると今一度全員で海底火山を振り返る。

 幾百の光となって神鳥の群れが遥か空へ飛び去っていくのが見えた。

 ああ、本当に天界はなくなってしまったのだ。

「……バールとラウダは平気なの?」

「んー、ワシらは塔に身体があるさかいなあ」

「まあこれからも訪ねてくればいい。力になれることがあれば協力しよう」

「せやせや、ワシらもう友達やしな!」

「えっ、バールは一緒に都に来てくれないの?」

「……えっ?」

 アラインの誘いに神鳥は目を丸くする。「ええのん?」と珍しく遠慮してみせるので「いいに決まってるじゃないか」と笑いかけた。

「だったらそっちは俺と来るか? ラウダ?」

「……考えておく」

「ありゃ。やっぱアンザーツでないと駄目か」

 他愛もない話に花を咲かせるうちに盾の塔は間近となった。

 深い森を飛び越してヒルンヒルトの隠れ家へ向かう。

「クラウディア!!」

 色めき立ったエーデルの声にディアマントが顔をしかめた。眼下にはこちらを見上げて手を振る留守番ふたりの姿が見える。

 良かったじゃないかベルク。そう言おうとしてアラインは口を噤んだ。振り返った顔を前へ戻して、何食わぬ様子でニヤニヤを噛み殺す。

 よっぽど嬉しかったのか、気恥ずかしい誓いでも立てたのか、ベルクの頬は真っ赤だった。ノーティッツでさえからかう言葉を飲み込むくらい。

 ――それから。




 ******




「ベルク! 久しぶり!!」

 王宮の応接間でアラインは隣国の第三王子としばらくぶりに再会した。あれからひと月ほど経つが、噂ではベルクはまだまだあちこち視察と称して旅して回っているらしい。ノーティッツとウェヌスもそれに同行しているそうだ。

「おお、そっちも元気そうだな。クラウディアたちはどうしてんだ?」

「ああ、だいぶ都にも慣れてきたみたい。ディアマントはちょっと大変だけど」

 だろうなあとベルクも半分苦笑いだった。

 ――実はあれから色々な新事実が発覚していた。まずクラウディアにより語られたのはウェヌスと彼が双子であるということだ。性格が違いすぎるだろうという衝撃が一同に走ったことは言うまでもない。更にそこからノーティッツの推測で「じゃあもしかして、ウェヌスたちってぼくらと同じくらいの年齢なの?」と言うことがわかり、ウェヌスとクラウディアは推定十六歳、ディアマントは推定十八歳という結論が出た。ディアマントは「老け顔すぎる」「年齢詐称だ」と本人にはどうしようもない批判を受けて怒鳴り返していた。

 ツエントルムの命令に逆らったため、ウェヌスとクラウディアから天界の力は消えていた。ディアマントだけはまだ黄金の羽を出すことができたが、契約者がいなくなったので徐々に力は薄れていくだろうとのことだった。

 エーデルとクラウディア、ディアマントの三人は今アラインの屋敷に居候をしている。魔物の血を引いているとか神様の国で暮らしていたとか説明するとややこしいので今後どうしていくかは保留だ。エーデルを挟んだ男女問題については解決したらしいことをクラウディアから聞きかじったが。

 曰く、エーデルの中で目覚めた魔王の血は彼女を人の何倍も長生きさせてしまうそうだ。彼女自身はまだそのことを知らずにいるが、何年も歳を取らなければそのうち自覚してしまうだろうと僧侶は言った。対してディアマントも神から受けた不死の契約が影響し、エーデルと似たような寿命になるのでないかと予測された。「わたしがいなくなってからのことはお任せしますが、わたしの目の黒いうちは手を出さないでくださいね」とのクラウディアのひとことにディアマントは一応頷いたらしかった。廊下ですれ違うたびに「弟のくせに生意気な……」とぶつぶつ呟いているのが不憫だが。

「王様とは何か話したのか? アンザーツのこととか色々さ」

「いやー、それが僕すっごい避けられてて……」

「はああ!?」

「しょうがないから凱旋セレモニーも陛下抜きでの自主開催だよ。笑えるよね。勝手に宮廷に人脈作ってるからいいけど」

 そのうち国王には何らかの形で相応の償いをしてもらうよ、と微笑むと露骨にベルクに目を逸らされた。この話をすると普段穏やかなマハトも早々に話題を変えようとする。

 もう怒っているつもりはないのにな。ただ人として、国の王として、責任の取り方というものを見せてもらいたいと思っているだけなのにな。

「そっちはどうなんだ? ノーティッツとウェヌスも都には来てるんだろ? 後で皆で屋敷に寄ってくれよ」

「あー、それなんだけどさあ……」

 ベルクはにやりと口元を歪めると「お前、俺らともっぺん冒険する気ねえ?」と聞いた。

 なんでも兵士の国では開けた海を越えるため技術者を集めて大型船の開発に乗り出したそうだ。空から見つけた未知なる土地に彼はまた漕ぎ出そうというのである。

「その前に国内でも見て回らなきゃいけねえとこがいっぱいあんだけどよ」

 ベルクがどの辺りのことを言っているかはピンときた。まず辺境の国の復興を手伝わないといけないし、魔物たちが鎮静化しているかどうかも確かめに行かねばならない。勇者としての後始末はまだあれこれと残っているのだ。我が祖国ではシャインバール二十三世が頼りないため率先してアラインが政治介入する羽目に陥っているわけだが。

「もちろん断るわけないだろ?」

 ところで、とアラインは声を潜めた。

「――ウェヌスと婚約したってほんと?」

 ぶふっと盛大に噴き出すとゲホゴホ咽つつベルクが椅子から転げ落ちる。どうやら噂は本当だったらしい。

「おま、それ、誰からっ!!」

「誰からっていうか宮廷情報だけど……兵士の国のプリンスオブゴリラが超絶可憐な現地妻連れて帰ってきたって……」

「宮廷情報にしては単語が俗っぽすぎるだろ!! つーか婚約とかしてねえ!!! 親父にはしろしろって迫られたけどしてねえ!!!!」

「えー!? そうなのなんで!?」

「あいつ元女神だぞ!! 俺以上に恋愛なんかわかってねえよ!!!!」

 もうこの話はやめてくれ、とベルクがぜえぜえ息切れする。宮廷人のくせになんとも奥手だ。女の子と付き合うのって楽しいのに。

 ノーティッツから貰った手紙には兵士の国での彼らのやりとりが書かれていた。旅の仲間を国王に紹介しないわけにいかず、ベルクがウェヌスとノーティッツのふたりを両親に謁見させた日のことが。

 ウェヌスはトローン四世にベルクを選んだ理由についてこう話したそうだ。

「この都で初めてベルクの姿を見た瞬間、全身に電撃が走ったのです。そうして私は、ああ……私の勇者はこの者をおいて他にはいない、そう確信したのです……!」

 ――と。

 彼女が破ったツエントルムとの約束は「地上の男に恋をするな」という類のものだったのでないかとノーティッツは締め括っていた。それにはアラインも多いに頷くところである。

 早く素直になれるといいねと胸中で声援を送ってアラインはテーブルに地図を広げた。まだ動悸の収まっていないベルクに問いかける。


「さあ、まずはどこから目指す?」


 道は続く。

 旅はまだ始まったばかりだ。







 ******







 赤く暗い魔界の空。

 いつもどんより曇った空。

 古い城で、ユーニはひとり玉座に縋って泣いていた。

 誰もいない。

 イデアールも、ファルシュも、リッペも、ハルムロースも、ゲシュタルトも。

 どこにいったのと嘆くたび涙は川となり滑り落ちた。

 帰ってくるって言ったのに。

 すぐ戻るって言ったのに。


「イデアールさま……どこぉ……」


 ぽろぽろと涙が座面に溜まり続ける。

 あまりに悲しみが深すぎて、玉座が白く輝き出したことにユーニは気づいていなかった。

 光は音もなく魔王の間を包み込む。


「……イデアールさま……」


 会いたいと呼ぶ声だけが冷たい城に響いていた。





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