中編 救えなかった命
「紫音! おいっ!」
大地の声……?
「紫音!」
ノブ……?
「大丈夫か?」
ナオの声……?
身体を思いきり揺すられているような……。
「……ん」
目を開けると、仮装した大地、ノブ、ナオが心配そうに俺を覗き込んでいた。
ゆっくり身体を起こす。頭がなんかズキズキする。
「……俺、なにしてたっけ?」
「なにしてたっけじゃねぇよ! こんなとこで寝るんじゃねぇよ!」
ナオが呆れた顔で言ってくる。
「寝たくて寝てたわけじゃねぇし……」
顔を掻こうとすると、手に硬いものが当たった。
「ん?」
「ああ、そういえば、なんでそんなもん被ってんだよ」
大地が不思議そうに聞いてくる。
「ああ……さっきのかぼちゃか……」
被り物に両手をかける。
「……あれ?」
取れない。もう一度引っ張ってみたけどやっぱり取れない。
「おい大地、ちょっと引っ張ってくれよ」
頭を指さすと、大地がかぼちゃを掴んだ。
「お、おう」
グイッ!!
「痛ててて! 首! 首がもげる!」
「次、俺!」
そう言って、ノブまで加わる。
「やめろ! 男二人で引っ張ったらマジ首もげっから!」
ナオがかぼちゃをじっと見ている。
「……変だな」
ナオは手を顎に当て、被り物に触る。
「何がだよ?」
「なんつーか、首との境目が見当たらん」
「は? そんなことあるわけ……」
思わずかぼちゃの下に手をやる。
指が入らない。どこまで触ってもぴったりくっついている。
「は?」
アレか? 覆面なのか? このかぼちゃ。汗で首にくっついてんのか?このまま取れないってことはないよな……。
大地が困ったように頭を掻く。
「紫音がこのままじゃ、俺らの計画がさぁ……」
「は? 計画?」
「そうそう、紫音、魔法少女計画!!」
ノブが得意げに言った。
「バカ!! 言うなって!」
ナオが慌てて止める。
「…………」
三人が急に黙りこんだ。
「……あん? 魔法少女計画だぁ?」
自分の格好を見て身体が震える。
ヒラヒラのミニスカート、黒タイツ、ロングのカツラ……やっぱり最初から仕込んでやがった。
もう一度三人を見ると、誰も俺と目を合わせない。
「おかしいおかしいと思ってたら、お前らぁぁぁ!!」
思わず拳を振り上げる。
「待て紫音! 話せば分かる!」
大地が慌てて両手を前に出した。
「何がモンスターだ! 何が番長だ!!」
「いや、番町皿屋敷な?」
ナオが手を前に出しながら冷静にツッコむ。
「うるせぇ!!」
飛びかかろうとした俺を、三人が取り押さえてくる。
「黙ってたのは悪かったって!」
必死に謝る大地。
「お前、言ったら絶対来ないだろ?」
悪びれないナオ。
「優勝したら賞金出るしさぁ?」
まだニヤニヤしているノブ。
「賞金?」
俺は思わず動きを止めた。
「おう! 優勝者には三万だってさ」
「はぁぁぁ? 俺の尊厳は三万かよ! とにかく、このかぼちゃを……あ!」
そうだ! ログチー!
「なんだ? 紫音?」
大地が首を傾げる。
「いや、ちょっと」
「ちょっとってなんだよ?」
大地が眉をしかめる。
「えっと腹が立ったらなんか腹痛くなってきたから、ちょっと便所行ってくるわ」
適当に誤魔化し、リュックを背負い直す。
「安定の下痢か?」
ノブがからかってくる。
「ちげぇし!」
三人を押し退けその場を後にした。
◇◇◇
さっきまでいた衣装部屋に戻り、空いているフィッティングルームに入る。
カーテンを閉めてリュックを下ろし、左腕の時計に話しかけた。
「おい、ログチー!」
『……んー?』
「お前まだ寝てんのかよ!」
『シルバー……? あれ……プッ! なんなの、その格好? あははははっ!』
「……うるせぇ! 笑うな!」
時計に顔を近づけ、小声で続ける。
「事情は後だ! 今からシルバーになるから、服装を目立たない格好にしてくれ! あと帽子と眼鏡な?」
『えーっ? めんどくさーい!』
「いいから早くしろ! 非常事態なんだよ!」
『もう、仕方ないなぁ……』
渋々としたログチーの声。
「よし、じゃあ頼む!」
いつもの感覚が身体を包み、怪盗シルバーへと変わっていく。
よし! これで――。
「……ん?」
鏡を見る。
かぼちゃ頭。その下には長い黒髪。ヒラヒラしたミニスカートに黒タイツ。
「……は?」
もう一度見る。
「変わってねぇじゃん!!」
「変えたじゃん! ってアレ? なんでー?」
時計からログチーが飛び出し、いつもの丸っこい姿で俺の肩に乗った。
「聞きたいのは俺のほうだし! てかお前はいつも通りなんだな……」
「うーん、なんか不思議な力が働いてるとかかな?」
「そんな魔法みたいなことあるわけねぇだろ!」
ログチーを睨む。
「少なくとも今は、シルバーになってるはずだよ?」
「この格好で!?」
鏡に顔を近づける。
かぼちゃの目の穴から覗く瞳は確かに青く変わっていた。だけど、外から見ればどう見ても変な奴だ。
「……最悪だ」
額に手をやる。
「似合ってるよー、シルバー♡」
クスクス笑うログチー。
「うるせぇ! この役立たずめ!」
「それ、ひどくない?」
ログチーはほっぺたを膨らませ、俺は鏡の前で頭を抱えた。
「あれぇ?」
ログチーが鼻をヒクヒクさせる。
「なんだよ?」
「シルバー? なんかそのかぼちゃ……変な匂いするよ?」
眉間にしわを寄せ、かぼちゃを覗き込んでくる。
「別に中は匂わねーけど?」
「そういう意味じゃないんだけどな……」
「じゃあ、どういう意味だよ?」
「うーん。よくわかんないけど、なんかやな予感がする」
「は? またそんな不吉なこと言うなよ!」
ログチーを掴んで揺らす。
「やーめーてー」
ログチーがバタバタと暴れる。
そんなやり取りをしていると、外から誰かを呼ぶ声が聞こえた。何度も同じ名前を繰り返し呼んでいる。
「……ん?」
カーテンからそっと顔を出すと、会場がなんだか騒がしい。一人の女の人が必死な様子で係員に話しかけていた。
リュックを背負い近くまで歩いていく。
「さっきまで一緒にいたんです。ほんの少し手を離しただけで……」
どうやら母親が子供とはぐれたらしい。
近くの屋台にも、着替えブースにもいなかったみたいだ。
その声を聞いた瞬間、急に視界がグラッと揺れた。
いつもの未来の映像?
破れたかぼちゃの飾りと赤い扉。
薄暗い場所で泣いている男の子。
床に転がった小さな靴。
そして、その向こうで動かなくなった手――。
「なんだ……今の……」
思わず息を呑む。
まさか……これが未来に起きるのか……?
『キミは、助けられるのかな?』
かぼちゃの中で響いたのか、自分の頭の中で聞こえたのか分からない。
「キモ……」
背筋がゾクッとなる。
「なあログチー、今の聞こえたか?」
「今のってなあに?」
「……いや」
やっぱり俺だけか……。
かぼちゃに触れた手を下ろす。見えた以上、このまま放ってはおけない。
俺はかぼちゃ頭のまま、会場を走り出した。
◇◇◇
屋台の裏を抜けると、破れたかぼちゃの飾りが目に入る。
その先には赤い扉。「関係者以外立入禁止」の貼り紙がある。
「……ここか?」
扉を見つめる。小さく息を吐く。
周りには人はいない。
扉をそっと押して、中を覗く。
薄暗い室内。なんだか気味が悪い。
中には板や金属の資材が積み重なっているのが見えた。
「誰かいるか?」
部屋の中に向かって叫んでみるけど、返事はない。
扉の中に足を踏み入れる。暗がりの中を慎重に前へ進んでいく。
「誰かいたら返事しろー!」
再度叫んでみたけど返事はない。
明かりがさらに暗く感じたその時——。
「わっ!」
何かヌルッとしたものに足を取られて、とっさに床に手をついてしまう。手になにか生温かい感触がした。
「なんだこれ……?」
手を見ると赤くドロッとしたものがべったりとついていた。
「……っ!? これ……血……?」
ゴクリと唾を呑む。
視線を下に向けると、足元には赤い水たまりがあった。心臓がバクバクと鳴る。
ゆっくりと視線をずらす。
右へ……。そして左へ……。
さらに視線を動かしていくと、小さな靴が転がっていた。その奥には崩れた資材。
そして……その下から伸びている手が見えた。
思わず全身が凍りつく。
ハッと我に返り、慌てて伸びた手のそばに駆け寄る。
その場で膝をつき、積み重なった板を一つずつどかしていく。
するとその下には……。
血の気の引いた小さな顔があった……。
「……っ」
そっと頬に触れる。
まだ温かい。
それなのに息をしていない。
「なんで……」
身体がずしりと重くなる。
間に合わなかった……?
「なんでだよ……」
下唇を噛み、震える手で小さな肩に触れる。
「おい! 返事しろよ……。なあ?」
何度呼んでも、男の子は微動だにしない。
「……っ」
男の子を抱き寄せる。まだこんなに温かいのに、まだこんなに小さいのに……。
噛み締めた唇からは少し鉄の味がした。
ギュッと男の子を抱きしめた時、遠くで誰かを呼ぶ声がした。
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