前編 最悪なハロウィンの始まり
ハロウィンには何かが起こる。
そう、いつの間にか怪異が混じってるとか、あるいは奇跡が起きるとか……そんな話。
まさか自分がそんなことに巻き込まれるなんて、その時の俺は全く予想していなかった——。
◇◇◇
スタバ店内——
「は?どういうことだよ?」
俺は少しイライラしていた。そんな俺を気にすることもなく、大地が言った。
「え?言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇし……」
頬杖をつきながら、俺は視線を逸らした。
とぼけた顔して寝ぼけたことを言ってくる奴は俺の親友の大地。隣では、いつもつるんでるノブとナオが頷いている。
こいつら、しれっとハロウィンのイベントに仮装して出るって話を本番の前日になって言ってきやがった。
大地がニヤニヤしながら肩を揺すってくる。
「なぁ? いいだろ? もう宣で……」
途中でなぜか、横にいたノブが大地の口を塞いだ。
「……宣?」
「な、なんでもねぇって、なぁ大地?」
口を塞がれた大地はコクコクと頷く。
そして大地はなぜか俺と目を合わせない。
「どうせ暇だろ?」
ナオが本を読みながら目も上げずに言ってくる。
「なんか企んでんじゃないよな?」
怪しみながら尋ねてみたけど、三人は顔を見合わせながら頭を横に振った。
めっちゃ怪しい。
大地とノブの目線がめちゃくちゃ泳いでいる。
ナオだけはいつも通り落ち着いている。
「で、何するんだよ? 仮装って」
とりあえず聞いてみると、大地が目をキラキラさせて言った。
「そりゃモンスターに決まってんじゃん! 俺は狼男、ノブはミイラ男、そんでナオが吸血鬼、で、お前は……」
言い終わる前に、横からノブが大地の口を塞ぐ。
「いや、それは明日のお楽しみだって! な? ナオ」
「だな」
ナオが不敵に笑う。
「怪物ね……」
俺は嫌な予感がしながらもめんどくさくなってそれ以上はツッコまなかった。
◇◇◇
ハロウィン当日——
玄関で靴を履いていると母さんが声をかけてきた。
「紫音、これ」
母さんがラッピングした袋を手渡してくる。
「何これ?」
袋に目をやる。
「ふふ。ハッピーハロウィンよ。お菓子よお菓子」
母さんは嬉しそうに俺に袋を押し付けてくる。
「は? そんなのいらねーんだけど?」
手で袋を押し返すと母さんは笑顔で言った。
「紫音にじゃなくて、大地くんたちによ。ちゃんと渡してね♡」
小さくため息をつき、渋々受け取る。
「はいはい」
リュックに押し込み、家を出た。
◇◇◇
目的地の最寄り駅は、仮装した奴らでごった返していた。
人多くね? そう思いながら待ち合わせ場所に向かう。そこはさらに人が集まっていた。
視線を上げると人混みの向こうにいる大地たちが見えた。
「おー紫音、来たかー!」
大地が満面の笑みで言ってくる。
「……おう」
周りに視線を向けながら三人に尋ねる。
「なんだ? この人だかり。芸能人でも来るのか?」
「そりゃあ、お前……」
ニヤニヤしていたノブの口を、大地が塞いだ。
「いや! なんだろうな? みんな暇なんじゃね?」
大地が引きつった笑いを浮かべる。
「ふーん」
「お前らそろそろ行くぞ?」
ナオが呆れた顔で俺らに言った。
建物の中に入り、着替えブースに向かう。ブースの部屋はこじんまりとしていて薄暗い。これもハロウィンの演出なんだろうか?
中を見渡すと、部屋の中にはいくつかのフィッティングルームが用意されていた。
「じゃあ、紫音の着替えはこれなー」
ノブが袋に入った衣装を渡してくる。中を確認しようとすると、なぜか大地が強く引き止めてくる。
「昨日からお前らおかしくね? なんか企んでんじゃないだろうな?」
大地とノブを思わず睨む。
「そ、そんなわけねーじゃん!」
ノブが両手を左右に振った。
「じゃあ見てもいいだろ?」
袋に手を突っ込もうとすると大地に手を止められる。
「待て待て! その前にこれ!」
大地が後ろに回り、何かを俺の頭に被せてきた。
「うわっ! これなんだよ?」
黒いものが目の前にバサッと落ちてくる。手で払いのけると、やたらと長い黒髪だった。
「……なんだよ? これ?」
三人の動きが止まる。
大地とノブの顔が引きつり、ナオは俯き軽く肩を震わせている。
「……?」
なんだ?その沈黙。やっぱり怪しい。問いただそうと口を開けた瞬間、ナオが話しだした。
「紫音、わかんねぇのかよ? 有名なやつなのに」
「有名?」
よくわからず眉間に皺を寄せながら尋ねる。
「は? だから何なんだよ?」
ナオは少し咳払いをしてから言った。
「それはお岩さんだ! そう、Mr.ロック」
「は?」
岩だからロック? 短絡的な名前だな。被らされたカツラを触りながら尋ねる。
「じゃあ、Mrなのにこの女みたいなカツラはなんなんだよ?」
「……それはMr.ロックが……そう、ロッカーだからだ! ……ロッカーは長髪が基本だからな」
「いやいや、意味わかんねぇよ?」
ナオは真剣な顔で俺の肩に手を置いた。
「有名な番町皿屋敷だ! 知らないやつのほうがおかしいぞ?」
「番長……更屋敷?」
なんかちょっとカッコいい響きだな。
ノブがコソッとナオに呟く。
「ナオ、それはお菊さ……」
ナオがノブの口を塞ぎながら言った。
「ノブ、お岩さんだよな?」
ノブはコクリと頷いた。
番長の響きが気になって、ナオとノブの会話の内容は頭に入ってこなかった。
「番長って、なんか強そうだな」
「そうだな」
ナオが真顔で頷いた。
「じゃあこいつもモンスターなのか?」
カツラの髪を触りながら尋ねてみる。
「ああ、モンスターだな。日本の」
「へぇ……」
ナオがこう言ってるってことはマジだな。
後ろで大地が顔を背け、なぜか肩が震えている。
「大地どうした?」
肩を叩くと、後ろ向きのまま何かを手渡してきた。
「紫音、これも忘れんなよ?」
「……なんだこれ?」
「黒タイツ」
「は? タイツ? なんでそんなもん履くんだよ?」
「お岩さんのトレードマークだからだよ!」
ナオが説明してくる。
「マジか? お岩さんってこんなの履くのかよ?」
三人がコクコクと頷いた。
「紫音、この衣装かさばるからさぁ? とりあえず今着てる服、脱げよ」
「は? やだよ!」
「大丈夫! 俺らも一緒だし恥ずかしくないだろ?」
「いや、そういうことじゃないし!」
三人は着ていたものを脱ぎ始める。
三人の様子に呆れながら頭を掻こうとすると、指が長いかつらに引っ掛かった。
「つーか、この髪邪魔なんだけど」
「取るな取るな! お岩さんじゃなくなるだろ!」
「知らねぇよ!」
そう言うと服を脱いだ三人がニヤっと笑ってゆっくり迫ってくる。
「お前ら……絵面が汚ぇ……てか、来んな!」
「ちょ、やめろ! 自分で脱ぐから!」
抵抗むなしく、タンクトップ一枚とパンツ姿にされ、そのままフィッティングルームへ押し込まれた。
「ったく……なんなんだよ、あいつら……」
手元を見る。黒いタイツ。その横にはよく分からない衣装。鏡にはなんだか情けない姿が映っている。
「はぁ……とりあえず着替えてみるか」
タイツを履き、そして衣装を袋から出した。
「なんだこれ?」
ヒラヒラしている。どうやって着るんだこれ? とりあえず袖と首と思われる箇所に腕と頭を通してみる。
「……これでいいのか?」
着替えた自分を鏡で見ると、まるでアニメで見た魔法少女みたいな格好。
「……は?」
鏡に近づいて二度見する。
「お、お岩さん? これがモンスター……?」
首を傾げる。
「……って、絶対ちがうだろ!!」
頭を抱えて叫ぶ俺のツッコミが部屋中に響いた。
文句を言おうと勢いよくカーテンを開ける。
「おい! お前らこれ――」
「……あれ?」
さっきまであれだけ騒がしかったのに、人の声が聞こえない。周囲を見ると照明も妙に暗くなっていた。
「なんだ?」
とりあえず自分が着ていた服を探すが、見当たらない。あいつらが持っていったのか?
「あいつら……絶対ただじゃおかねぇ……」
ため息をつき、自分の着ている衣装を見る。
「なんだよ、このヒラヒラ……」
とにかく誰かに会う前になんとかしないと。そばに置いてた自分のリュックを背負う。
その時、ふと視界の端に何かが見えた。
ハロウィンでよく見る、かぼちゃの被り物。
さっきこんなのあったっけ?
「おー! これいいじゃん!」
少なくとも顔は隠せる。
「これなら俺って分かんねぇしな」
頭からすっぽり被る。
「よし!」
これなら――。
身体の向きを変えようとした瞬間——。
『みぃつけた……』
と、小さな声が響いた。
「ん? 誰だ……?」
なぜかぞくりと背筋が冷える。
なんだ? 今の声……。
周りには誰もいない。気配すら感じない。
「誰だ?」と再度呼びかけても、返事はない。
いや……違う。
今のは耳から聞こえたんじゃない。
頭の中に直接……?
「あれ……?」
急に視界が歪む。足までもつれてくる。力がなんか抜ける……。
「なんだこれ……身体がダルい……」
膝から崩れ落ちるように、俺はそのまま床に倒れ込んだ。
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