後編 ハロウィンに起きた奇跡
「助けられなかったね?」
背後から小さな声がした。
「……っ!?」
振り返った瞬間、さっきまで腕の中にいた男の子が消えていた。
手を見ると黒い手袋。視線を下ろすと、いつの間にかシルバーの格好になっている。顔に触れると、さっきまで被っていたかぼちゃも消えていた。
「えっ……?」
背後に何かの気配を感じる。そういえばログチーはどこに行ったんだ?
ログチーだと思い、呆れながら声をかける。
「ログチー? 脅かすなよ、びっくりすんじゃん……っ!?」
視線を向けるとそこには小さな男の子が立っていた。
「だ、誰だ?」
まさかさっきの男の子? いや……でもさっきの子は……。
拳を強く握る。
「ねぇ? ちゃんと僕のこと助けてよ……」
ゆっくりと男の子がこちらに近づいてくる。
「さっきの奴か……? 良かった、生きてたんだな……」
思わずホッとして顔を緩める。
だけど、近づいてきた顔を見て息が止まった。
「……っ!?」
目を大きく見開く。目の前にいる男の子の顔は——。
目も、鼻も、口もなかった。
驚いて後ずさると、床のぬめりで滑って尻もちをついてしまう。
「……くっ」
「どうしたの? もしかして、僕が怖い?」
男の子が俺の顔を覗きこんでくる。顔がないから表情はわからない。
「……」
言葉が出ない。何も言えねぇ。それが怖さからきているのかすらわからない。
「僕はね、誰にも必要とされてないんだ」
男の子がポツリと呟く。
冷たい手が俺の頬に触れた。
ゴクリと唾を呑む。
立ち上がろうとしたけど、なぜか身体の自由が利かない……。
「ねぇ?」
男の子が両手で俺の頬に触れてくる。その手はとても小さくて少し震えている気がした。
「……?」
「僕は……必要なのかな?」
「えっ?」
消え入りそうな声で男の子は尋ねてきた。
触れた手から寂しい気持ちが身体中に流れ込んでくる。
◇◇◇
『お母さん、参観日来てくれるよね?』
これは、コイツの記憶?
『もちろん、見に行くからね』
『約束したのになんで来てくれなかったの!』
『ごめんね、お仕事が長引いてしまって……』
『お母さんはいつもそう! お仕事お仕事って! 僕のことよりお仕事が大事なんだ!』
『違うわ! お母さんは……』
『もういい! お母さんなんて大っ嫌いだ!』
◇◇◇
男の子が首を傾げる。
「……ねぇ? 泣いてるの?」
「は? 泣いてなんか……」
いつの間にか頬が濡れている。
「キミも寂しいの?」
男の子は小さな声で言った。
俺は自分の頬に伝う涙を手でサッと拭い、男の子に尋ねた。
「いや、寂しかったのはお前だろ?」
気づくとなぜか身体は動くようになっていた。
「……後悔してんのか? 母さんに大嫌いって言ったこと」
男の子は身体をビクッと震わせ、小さく頷いた。
俺はその場に屈んで、その身体をそっと抱き寄せた。
「大丈夫だって! 子供が本気で言ってるかどうかなんて、母さんには全部お見通しだからな?」
「嘘ついても不思議とバレんだよなぁ……多分なんかの能力持ってんな、あれは」
鼻を掻きながら呟き、男の子を見る。
「それにさ? 寂しいなら、寂しいって言っていいんだぞ?」
小さな手が、俺の服を掴んだ。しばらくそのまま背中を撫でる。
「……」
男の子はじっと黙っている。
「お母さん……」
男の子がポツリと呟く。
「ん?」
「お母さんも僕がいなくなったら寂しいって思うかな?」
ふうっと息を吐き、答える。
「そんなの当たり前だろ?」
「……ほんとに?」
「母さんってそんなもんだ……。口うるせぇけど、子供のことは大好きなんだと」
男の子の頭をクシャっと撫でる。
「あ、そうだ」
足元にあったリュックから、母さんにもらった袋を取り出す。
「ほら、これやるよ。今日はハロウィンだかんな?」
男の子は両手で受け取ると、大事そうに胸に抱えた。
「……僕に?」
「おう。多分めちゃくちゃ甘いやつだから、覚悟して食え!」
大地たちには、あとでなんか買えばいいか、そう思ってリュックを閉めた時、小さな声がした。
「ありがとう……」
声のしたほうへ振り返ると、そこには誰もいなかった。
代わりに、目の前にはさっき見た赤い扉があり、
いつの間にか俺はその取っ手を握っていた。
「……は?」
足元を見ると黒タイツとヒラヒラしたスカートが見えた。
「シルバー? どうしたの?」
肩のログチーが顔を覗き込んでくる。
今のは夢だったのか?
それとも――?
扉の向こうで、小さく鼻をすする音がした。
考えるより先に、扉を押し開けていた。
積まれた資材のそばに、男の子がしゃがみ込んでいる。顔を上げ、涙目で俺を見た。
さっき見た映像?
てか、生きてる!?
「おい! こっちだ! こっちに来れるか?」
男の子がびくっと肩を震わせる。
その頭上で、積み上げられた鉄パイプがぐらっと傾くのが見えた。
ギィ、と軋む音。
「危ねぇっ!」
思いきり床を蹴り、男の子を抱き寄せる。そのまま反対側へ飛んだ。
その直後、背後で轟音が響く。
腕の中の小さな身体をかばいながら、床を転がった。
「……ってぇ……」
顔を上げると、さっきまで男の子がいた場所に資材が崩れ落ちていた。
腕の中から泣き声がする。
小さな手が、俺の服をぎゅっと掴んでいた。
間に合った……。
そっと背中に手を当てる。
泣くたびに、その身体が小さく震えている。
「怖かったよな? もう大丈夫だから」
男の子が顔を上げる。
「……かぼちゃのお姉ちゃん?」
涙目で俺を見た。
「お姉ちゃんではないけど……この見た目じゃな……」
息をつき、男の子を抱え直して立ち上がる。
「お前の母さんが探してたぞ。一緒に行こう! な?」
男の子はコクリと頷き、俺の服をまた強く握った。
会場へ戻る途中、係員と一緒にこちらへ向かってくる母親が見えた。
「お母さん!」
男の子を下ろすと、母親のもとへ駆け寄り、その腕の中へ飛び込んでいった。
母親はしゃがみ込み、何度も名前を呼びながら抱きしめていた。
係員に資材置き場のことを伝え、二人に目を戻す。
「良かったな……」
少しだけ頬が緩む。
俺は背を向け、そっとその場を離れた。
◇◇◇
人の流れを避け、またフィッティングルームに入る。
リュックを下ろし、自分の手を見る。まだ少し震えていた。
「……はぁ、疲れた……」
「シルバー、良かったね。無事に助けられて」
「まあな……」
夢か、現実かよくわからなかったけど、助けられたなら、まあいっか。
無意識にかぼちゃに両手を添えて持ち上げる。
「……あれ?」
あっさり外れた。
中を覗いても、何もない。
「あれ? シルバー?」
「なんだよ?」
「もう変な匂いしないね? なんか優しい匂いがするよ」
「だからそれ訳わかんねぇって!」
「シルバー? いつの間にか服装変わってるよ?」
肩にいるログチーに言われ、鏡を見る。
黒いパーカーに黒パンツ。帽子も眼鏡も、頼んだ通りだ。
「……着せ替えパーティーだな、今日は」
手元のかぼちゃを見る。
あの子も、見えた映像も、一体なんだったんだ。
かぼちゃは何も答えず、同じ顔で笑っていた。
「紫音ー!」
カーテンの外から大地の声がした。
やべっ!
「revert」
慌てて小声で呟く。
ログチーが時計へ戻るのとほぼ同時にカーテンが開いた。
三人の視線が、俺の顔から衣装へと下がる。
「プッ! あはははははっ!」
大地が腹を抱えて笑う。
「チョー受けるー!」
ノブまで指をさして爆笑する。
「似合ってんじゃん」
ナオが肩を震わせながら口元を緩める。
しまった!!
変身を解除したら、この服に戻るんだった……。
俺はそっと、もう一度かぼちゃを被った。
「ほら、出番だぞ!」
大地が肩をバシバシ叩く。
「は? いや、俺は出ねぇから!」
「ここまで来て何言ってんだよ」
ノブがニヤニヤしながら腕を組んでくる。
「来たくて来たんじゃねぇよ!」
「さっさと行くぞ? 時間厳守だ!」
ナオがフッと笑う。
三人に背中を押され、俺はフィッティングルームから引きずられるようにステージに連行された。
◇◇◇
ハロウィンには何かが起こる。
いつの間にか怪異が混じっていたり、あるいは奇跡が起きたり。
「お母さん、僕ね、かぼちゃのお姉ちゃんに助けてもらったんだよ」
「かぼちゃのお姉ちゃん?」
「うん! あ、あのステージにいるお姉ちゃんみたいな!」
男の子が指をさす。
ステージの上では、かぼちゃ頭の人物が仲間に囲まれ、何やら騒いでいた。
「あのお姉ちゃんは魔法少女ね」
「魔法少女? すごいね、かぼちゃの魔法だね!」
男の子が嬉しそうに手を振る。
「あと、お母さん」
「なあに?」
「僕、お母さんのこと大好きだよ」
母親は男の子を見つめ優しく微笑む。小さな手をそっと握り直し、男の子をそっと抱きしめた。
◇◇◇
ステージ上——
「皆さんお待たせしましたー! モンスターwith魔法少女っすよー!」
ミイラ男姿のノブが俺のかぼちゃを剥ぎ取る。
「キャー!!」
「紫音くーん!」
「可愛いー!!」
前を見ると、学校のクラスメイトたちが騒がしくこちらを見ている。
「は?」
思わず目が点になる。
「この日のために宣伝したかいあったな!」
大地が誇らしそうに呟く。
「なあ? プリンス紫音?」
ナオがニヤッと笑う。
「誰がプリンスだ!」
カツラで顔を隠す。
「紫音、魔法少女のポーズしてみろよ?」
ノブがからかってくる。
ブチッ!!
「お前らぁ? いい加減にしろよー!!」
拳を大きく振り上げながら、魔法少女姿の俺はモンスター三匹を追いかけ回した。
そしてなぜか予想以上にステージは盛り上がり、ハロウィンの夜は過ぎていった。
あ、あと気になるリュックの中だけど、あのお菓子は綺麗さっぱりなくなっていたんだ。
まさにtrick or treat だな。
◇◇◇
後日談――
「ナオ、ハロウィンだったけど、俺に奇跡なんか起きなかったじゃん」
「紫音、奇跡が起こるのはクリスマスだ」
ナオは眼鏡を直しながら続ける。
「それに、滅多に起きないから奇跡って言うんだよ……」
呆れた顔で言われ、それ以上は何も言えなかった。
なお、仮装大会では特別賞を受賞した。
賞品は、かぼちゃの着ぐるみ。
全くいらねー!
もうかぼちゃはこりごりだ!
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