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その肆

【今回の主な登場人物】

梧梅久あおぎり うめひさ:官僚。局長兼室長。大きな神社の三男。飄々としている読めない人。独身。

市内電車に乗り、しばらく車窓を楽しんだ花里は隣に座る巳波に視線を向けた。


「あの……異象対策室ってどんなものなんですか?」

「そうですね。簡単に言えば、世の人々には認識すらできないものを処理する部署です。公的には、この世の道理では説明できない事象を収束させる部署でしょうか。魔や妖に関する問い合わせは結構あるんですが、基本的にハズレが多いですね」

「ハズレ、ですか?」


花里が首を捻ると、巳波はこくりと首を縦に振る。


「例えば、人が変わったように怒りっぽくなったのが、魔に憑依されたのではなくご病気のせいだったり。使う人が必ず転ぶという階段が、呪いではなく設計ミスで傾斜角が法律違反だったり。まぁ、大半の人は魔や妖を認識できませんし、たとえ本物であっても、不可解な現象に現実的な理屈をつけて片付ける。それが私たちの仕事のひとつなんです」


巳波の言葉に、花里はなんとなく異象対策室というものの存在を理解した。そしてふと、疑問が湧く。


「巳波さんも見えるってことですよね?」

「はい。異象対策室――私たちは長いので異対と呼んでますが、異対に所属するのは全員見える者です。最も、所属しているのは私と継宮、成家の他に室長の梧だけですが」


花里の問いに苦笑しつつ答えると、巳波は言葉を続けた。


「ちなみに、私は父と兄が保安局に勤めています。家族で私だけが見える人間で。室長から勧誘がなければ、私も保安局に入局するつもりだったんです。確か、継宮も成家も室長に勧誘されたそうですよ。あぁそうだ、あの人、実家が大きな神社でして。何かあれば相談してみてもいいかもしれません」


そんな会話をしていれば、電車が駅に到着する。降りましょうと告げた巳波に着いて外に出れば、そこは煌びやかな都会の様子を呈していた。高いビルに和洋入り交じった建物。ワンピースを着ている女の人も多いし、車も走っている。見慣れない景色に忙しなく視線を向ける花里へ、巳波は行きましょうと優しく微笑んだ。


「異対と言うか、特務局は建物が本省とは別で……独立した機関のようになっているんです。ですから緊張なさらなくて大丈夫ですよ」


そう言いながら道案内をする巳波に大人しく着いて行くこと数分。花里の目の前には、洋風のこじんまりした煉瓦の建物があった。派手さはないが、どこか手入れの行き届いた静かな佇まいである。


「なんだか……案外普通のお屋敷ですね」


そう素直な感想を漏らせば、巳波も同意するように頷いて。


「特務局自体がそもそも人数がいませんし、室長が色々手を回しているようで……せめて職場だけでもと堅苦しさを出来る限り排除しているみたいです」


本省へ行くよりは気楽ですと言いながら、巳波は花里を伴って扉を開けた。



室内に入ると、外見の静けさとは打って変わって、雑多な印象を受けた。具体的に言えば、物が多い。ちらりと巳波を見上げると、彼女は眉を上げて目を細めていた。


「お見苦しいものを。……少し前にこの屋敷を買い取って改装したのですが、まだ荷物が片付いていないようです。にしても散らかりすぎですが。何このソファ」


巳波はそう言いながら近くにあった古びたソファに頭を抱える。確かに色は褪せているし、埃もかぶっているし、なんなら脚が折れている。頭を抱える巳波の気持ちが分からなくはない。巳波に同情しながらも、花里は小さなくしゃみをひとつ。

その時、ガチャリと扉の開閉音が響いた。顔を上げれば、玄関の真正面にある階段から誰か下りてくるところで。


「そんなところにいないで、上がっておいでよ」


そう言ったのは、細渕の丸眼鏡が良く似合う男性だった。


「室長。遅くなりました」

「いや、別に大丈夫だよ。というかそれさっき研究室の子たちが壊れたって出してきたやつだから放置でいいよ、後で回収してもらうから」

「……凄い埃まみれなんですが」

「使ってなかったんでしょ」


柔らかい口調に、警戒心を抱かせない表情。室長の梧は口元に笑みを浮かべ、取り敢えず部屋に行こうかと花里を見つめた。



「改めまして、僕は梧梅久。この特務局の局長と異象対策室の室長を兼任しています。どうぞ宜しくね」

そう言って梧は花里へ手を差し出した。彼女がおずおずとその手を握れば、彼はうんうんと大きく頷く。


「藍島花里、です」


取り敢えず名乗ったものの、花里にはこれ以上言うことが思い浮かばない。困惑した表情で助けを求めるように巳波を見れば、彼女はその様子を察して椅子へ座りましょうと提案した。

巳波が用意したお茶を口に運んでいると、梧は笑みを浮かべたまま口を開く。


「単刀直入に言うけど、花里ちゃんは見えてるんだよね?」

「はい」

「だよね。昨夜の話も聞いたけど……ああいうのは初めて見た?怖かった?」


そう言いながら梧は何かを探るように目を細めた。


「見るのは初めてでは無いです。襲われたのは初めてだったので、少し怖かったですが」


淡々と返答をする花里に、梧は面白がるような表情を浮かべる。彼女は再びお茶を口に運ぶと、小さく息を吐いた。


「ふぅん?でもまぁ、叫び声ひとつ上げないのは凄いね。ああいうの気持ち悪くない?」

「気持ち悪いは悪いですけど……私昔から驚けば驚くほど声が出なくて」

「へぇ、大人しい性格?」

「どうでしょう、あんまりそう思ったことはないです。負けん気が強いなとは思いますけど」


そんな会話を交わしていると、巳波がさり気なく花里のカップにおかわりを入れる。随分時間が経っていたらしい。


「ところで、話は変わるんだけど。花里ちゃんって珍しい体質なんだよね」


その言葉にピクリと花里の肩が揺らいだ。何か言わなくてはと焦る彼女を落ち着かせるように、梧は朗らかに笑ってみせる。


「あ、大丈夫。取って食おうって魂胆ではないから。ただ、巳波ちゃんにも言われたと思うけど、このまま原因不明のまま君を野放しにするのはね。知ってしまったからには、今後君が何かしらの被害に遭う可能性を見逃すことは出来ないんだよ」


彼はそう言うとニコニコと微笑んで顎の下で手を組む。何とも読めない人だと、花里は心の内で溜息をついた。


「君にとっても悪いことではないと思うんだ。どうかな?うちに協力してくれない?無理にとは言わないけど……家の事情もあるだろうし」


梧がそう告げた途端、扉が開く音がした。顔を上げた花里がそちらを見れば、そこには種類の違う男前が二人。


「お、継宮、成家。おかえり」


彼女と同じく顔を上げた梧は、部下の顔を見て手をひらりと振る。その言葉を受けた二人は、それぞれ違った反応を見せた。花里を見た成家は相好を崩して椅子へ持たれかかる。茨は軽く頭を下げると、小部屋の方へ姿を消した。


「花里ちゃんだ、室長に虐められてるの?」


可笑しそうに目を細め、花里を覗き込むように首を傾げた成家へ、彼女は慌てて首を横に振る。


「違う違う、勧誘だよ。皆にもしたでしょ?」


あっけらかんと言い放つ梧へ、巳波が窘めるように口を挟んで。


「半分くらい脅しでしたけれどね」

「やっぱり虐めてるんじゃないですか」


揶揄うような二人の言葉に、梧は拗ねたように顔を背けた。そんな彼に呆れたような声を掛けたのは、奥の小部屋から出てきた茨だった。


「室長が拗ねても可愛くないですね。それに、彼女に交渉するなら直接的な表現の方がいいのでは?あと成家、これ資料」


彼はそう言いながら幾つかの本を机に置く。花里がその様子を目で追っていれば、梧は頭を搔いて息を吐いた。


「改めて、藍島花里さん。その体質をもって、私たち異象対策室に協力していただけませんか」


真っ直ぐな視線を受けた花里は、ゆっくりと大きな瞬きをする。そして、あまりに真っ直ぐな物言いに拍子抜けして思わず笑ってしまった。


「こんな小娘に、ご丁寧にありがとうございます。ご迷惑でなければ是非、協力させてください」


これまで家と本で成り立っていた花里の世界は決して悪いものではなかった。けれど、この異対という雰囲気や非日常感に惹かれたのは、親への反発心からか、はたまた未知の世界への好奇心からか。きっとどちらでもないし、どちらでもあるのだろう。花里は一度だけ視線を落とし、差し出された梧の手をしっかりと握り締めた。


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