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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
九章 道標

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9-3 運



 宿に戻り、再び部屋に集まる。タケル達が、別行動をしていた二人にゾルの話を伝えると、ハロディはテーブルに頬杖をつき、奥のベッドに座っているガウリーに視線を送った。


「──どうした?」

「……いや、こっちも別にデルカの情報を得たわけじゃないんだよね。ただ──引っかかる事があってさ」


 眉を顰めるヴァルターに向き直ると、ハロディは肩を竦める。


「ジューの店、ちょっと妙なんだよね。開いてないようで開いてるって感じだけど、客が全く来ないんだよ。場所柄なのかな、とも思ったけど……路地裏とはいえ、さすがに住人が店の存在を知らないわけなんかないだろ?」


 確かにそうだ。住人は日中であれば街の店を利用している。教会と自宅の往復しかしていないような印象すらあるが、生活は至って普通だ。ジューの店が一般的な食堂なら、流行っていなくても客の一人や二人、来そうなものだろう。


「まあ、もともと変わった様子ではあったがな……メニューはあったし料理も出された。店として機能しているのは確かだが」


 ヴァルターが腕を組んで軽く唸る。タケルとカレンは彼の言い分に頷き合う。そんな三人を一瞥し、ハロディはゆっくりと瞬きをした。


「それだけじゃないよ。僕らが見てた限りでは、ジューが店から出てくることはなかったし、店内にいる様子もなかった。──つまり外から見たら、全く動きがなかったってわけ」


 初めて訪ねた時も客はいなかった。ジューは店の軒先で堂々とパイプを蒸しており、タケルたちが来ると慌てて取り繕うように店の準備を始めたのだ。


 ジューは自分の店を、”何も知らない旅人のためにあるようなものだ”と言っていた。だが、そうであれば妙な話だ。彼は店の宣伝をしているようには見えなかったし、食いっぱぐれたタケル達に、宿の店員が彼の店を紹介する素振りもなかった。


「……これってちょっとさ、似てると思わない?」


 ハロディは声をわずかに潜めて誰ともなく問いかける。


「何が?」

「──三つ星亭だよ」


 タケルは首を傾げたが、返ってきた答えに目を瞠った。アルマのセントラルにある路地裏で、ひっそりと宿と食堂を営むペールの店。ルジュが来るまでは、彼は一人で店を切り盛りしていたという。宿代も食事代も安く、資金繰りをしなければならないカレンたちにとってありがたい存在だ。


 だがそれには理由があった。全容までは分からないが、少なくともペールはレオと繋がっていた。レオはロワーサイドを取り仕切るファミリー、”ラ・カーヴァ”の幹部だ。つまり、料金を安くできる理由があった。


「じゃあ、ジューの店も、裏で何かと繋がってるってことか?」

「アルマのロワーサイド、アンスールのリム……そのうえこんなところにまで、また何か”裏”があるというのか……?」

「失礼な。アルマのロワーサイドは裏じゃくて、街の仕組みのひとつだよ」


 タケルが思わずそう零せば、額を抑えてヴァルターが項垂れ、ハロディが反論する。確かに彼の言う通り、ロワーサイドは合法の危険地帯だ。少なくとも勝手に闇の巣窟となったリムとは違い、統制はされている。


 ハロディは咳払いをして話を戻す。


「黒い外套の人物が奥の扉に消えてったってことは、その先に何かがあって、ジューは橋渡し役なのかもしれない。彼が”どちら側の人間”なのかによっては、結構な闇が浮き彫りになりそうな予感があるね。──それと、ガウリーからも気になる情報があるよ」


 タケル達がガウリーを振り返る。彼は面倒そうに溜息を吐いたが、ハロディが顎をしゃくって促すので、諦めて目を伏せた。


「……門の向こうと、街の教会から妙な魔力の匂いがする。──微かだが」

「──ってわけ。まあ、聖域や教会っていうのは神聖な場所なわけだし……”ホーラ”を感じるのは分かる。でも、ガウリーの言い方だとそれには当て嵌まらない。何故なら”ホーラ”は分かりやすいのが特徴だから」

「”ホーラ”、というのは、どういったものですの?」


 初耳の単語にカレンが首を傾げる。ハロディは頬を掻いて苦笑した。


「ああごめん。”ホーラ”っていうのは、光属性の中でも神聖とされる部類の魔力のことだね。僕も一応光のナチュラ持ちの端くれだから、ちょっと齧った程度だけど知識はある。──他人の魔力を安定させたり、治癒したり……アリアベルが使ってた魔法もホーラの一部だよ」


 彼の趣味で集められた本の中には、光の魔法書もあったという。そこには、ホーラに関する呪文や魔力構成方法など、古くから伝わるものが記述されていたらしい。だが、光のナチュラを持つ者であれば誰でもホーラの才能があるとは限らない。ハロディは魔法書を読んで実践しようとしたが、それを痛感した過去があるようだ。彼は、自分が応急処置程度の回復魔法を使うのには、そういう理由があったのだと話す。


「魔法に関してはルナが詳しいけど今は居ないし……確かなことは言えない。けど、魔力が高い人間でもその属性を認識できない力っていうのは、大体──闇魔法だね」

「それはおかしな話ではないか? アルマのルーメリア教会では、闇のナチュラを持つ者の出入りが禁じられていただろう」

「そうだよ。恐らくこのアルビオンだってそれは同じ。──だから怪しいんだ」


 話に耳を傾けているものの、魔法に関しては、タケルは未だに理解不能だ。目で見たものに感動するだけで、細かい分類については把握しきれていない。


 だが、難しい顔をして話し合うハロディとヴァルターの表情を見ていれば何となく、雰囲気だけは察することができた。とにかく、アルビオンは何かを隠していて、怪しいということだ。


「君たちがゾルって人から聞いてきた貴族の話。奥さんが呪術書みたいなものを集めてたってやつ。──前にも話したことあるかもしれないけど、貴族が闇のナチュラを持つキャスターを裏で使ってるかもしれないっていうのは、噂の域を出ないけど、一部では結構言われてることでもある。……もしかしたら、教会も?」


 ハロディは今更ながらに声を潜めた。部屋に沈黙が降りる。窓から漏れる環境音が室内に忍び込み、まるで彼らの緊張を解そうとしているかのように通り過ぎていく。


 タケルは不意に思い出す。アンスールで対峙した、黒い外套の人物だ。まともに身動きを取れなくさせてきた、怪しげな魔法。それは、アルマで遭遇した同じような黒い外套の人物も使っていた。


「あの……さ、その、闇のナチュラを持ってる奴って、みんな黒い格好してるもんなのか? 外套で顔隠したりしてさ」


 遠慮がちに片手を挙げ、問いかける。するとハロディは片眉を上げてタケルを見やった。


「うーん、まあ……夜に行動するならそうだろうけど……日中とかは違うんじゃない? だってあからさまに怪しい格好してたらさすがに目立つだろうし」


 タケルがアンスールで対峙したのは日中だったが、人目につかない路地裏だった。アルマでは夜。黒い外套に身を包み、人目を忍んで行動している──二人の人物には共通点がある。


「アルトも居たけど、アンスールで見た黒い外套の奴は、その闇魔法ってのを使ってたんだろ? 俺がこの間アルマが襲われた時に見た黒い外套の奴も、同じような魔法を使ってたんだ。……だからもしかして、そいつらって色んなところに隠れて、何か企んでるんじゃないか? 昨日店に来てたのも、そいつらの中の一人なんじゃ──」


 頭を捻り、言葉を選び出しながら考えを告げる。何かしらの返答が貰えることを期待する眼差しでハロディを見やったが、返事は背後からやってきた。


「闇の連中が何か企んでるんだとしたら、それは誰かの差し金だろうな」


 ガウリーだ。振り向けば、その瞳の奥には苛立ちが燻っている。彼の赤い瞳はそうして静かに燃えているように見えた。


「闇のナチュラ持ちで暗躍してる奴っていうのは、同じ境遇の奴を”同胞”としてるけど、基本は徒党を組んで行動することはない。誰かに雇われていて、契約のもとに個人で動いてるって噂だね。──そういやネリの件で動いてたのも闇の連中か。今考えてみれば、ああしてアンスールに入り込めてたのは、何かしら上層部の手引きがあったからって考えるのが妥当かな?」

「──つまり、”貴族”ということ……なのでしょうか?」


 ハロディが補足すると、神妙な眼差しのカレンが呟くように言った。”貴族”──リリーは、貴族が鍵になると言っていた。彼女が何の情報を掴んでいるのかは不明だが、考えを進めていくと確かにその通りになりつつある。もはや彼女から全て聞き出してしまえれば楽に答えに辿り着けそうだとも思うが、きっと法外な値段を突きつけられることだろう。


「──……ちなみに言っておくが、てめぇが黒い影を見たって時は、何の魔力の匂いもしなかったぜ。相手が上手く隠してたんなら話は別だがな」


 ガウリーはタケルにそう言って皮肉な笑みを浮かべると、再び口を閉じる。ずっと黙って話を聞いていたアルトを含め、タケル達は思わず顔を見合わせる。


「何にせよ、ジューの店を訪ねてきた人物が何者か──探る必要がありそうだね」






 宿で早めの夕食を済ませ、街が寝静まった頃、タケル達はそっと足を忍ばせながら外に繰り出した。ぼんやりとしたランタンの小さな灯火が揺れる暗闇を抜け、もう慣れてしまった道順を迷いなく進む。


 用意は周到だった。食後、ハロディはまずアルトを偵察に送った。ジューの店に明かりが灯り、彼が中にいることは確認済みだ。


 周囲に怪しい黒い影が無いかどうかも探ってもらったが、これに関しては見当たらなかったという。人影ひとつない街は夜空と一体化したように暗く、視界の向こう側に見える聖域──大聖堂の塔が星明かりの下にうっすらと鎮座している。タケルは見られているような気がして、通りを進みながら思わず目を逸らす。


 六人揃って店の前へ辿り着くと、扉の前にアルトとガウリーを残し、四人で店に入ろうと手をかける。すると今夜は施錠されておらず、窓から見えるカウンター席で、こちらに背を向けてパイプを吸っているジューの姿が見えた。


 扉を開いてベルが鳴ると、ジューは億劫そうにこちらを振り返った。しばしそのまま見据え、徐にパイプを下ろし、小皿の上に乗せる。そして、片方の口の端を持ち上げて笑った。


「──また、食いっぱぐれたんですか? 先日注意したじゃないですか、この街は店が閉まるのが早いって」

「もちろん覚えてるよ。──でも今日は食事が目的じゃないんだ」

「…………へえ? じゃあ何が目的で?」


 ハロディがやりとりしている間に店内に入り込み、そっと扉を閉める。ジューは肩を竦めて立ち上がると、カウンター席を譲るように手を差し伸べてからカウンターへと入っていった。


「君に聞きたいことがあるんだ。話だけだと問題なら、スープくらいは頼もうかな」


 カウンター席に座りながら、ハロディがにこやかに告げる。ヴァルターやカレンに続き、タケルもスツールに腰掛ける。ジューはパイプの乗った皿をカウンター内に移動させると、サロンを巻くこともせずに背後の棚に寄り掛かった。


「俺に聞きたいこと? あなた方は確か、異変やデルカについて知りたがっていましたよね? 懺悔室じゃ満足な情報は得られませんでしたか?」

「いや、気になる情報を得られたから、ここに来たんだよ。その節はありがとう」


 軽い口調で苦笑を交え、ジューは腕を組む。ハロディはそれでも笑みを湛えたまま、静かな強引さでカウンターに肘をつく。タケルは密かな緊張感を隠しながら二人の様子を見守った。


「俺が知っていることなんかありませんよ。何故ならこの街から出たことがありませんからね。外のことなんて、知る由もない」

「君が外のことを知らなくてもいいんだ」


 白を切る素振りを見せるジューに対し、ハロディは例のカウンター奥にある扉を指差す。ジューはそれを横目で流し見る。


「その扉の先に──君が抱えてるもの。それが僕らの目的の情報に繋がるかもしれないって、わかったから」


 ジューは黙ったまま、瞳をハロディに戻す。タケルが彼の視線を追ってハロディを見れば、穏やかな笑みを浮かべていた。直接的な質問を押し通しながら、人好きのする笑みと口調で場を和らげる。強引な緩急だ。再びジューに視線を戻すと、それまでどこか警戒するようだった表情が、ハロディを映したような笑みを見せていた。


「それは、あり得ません。扉の奥には俺の部屋があるだけです。それ以上の情報なんかありませんよ」

「──じゃあ、あの黒い外套の奴は?」


 ジューは白を切り通すつもりだ。話のまどろっこしさに思わずタケルが口を挟む。すると、青い瞳が鋭くタケルを射抜いた。


「俺、見たからな。昨日の夜に店を出た後、全身黒い外套を被って──誰だかわかんない怪しい奴が、あんたと一緒にその奥に入っていくの」


 タケルは眉間を寄せ、負けずに主張する。だが、睨むようにして見上げたジューはどこか冷めたような目をしていた。


 しんとした空気が流れる。その間、ジューはカウンターに座る四人の客をゆっくりと順に眺めた。探るというより、値踏みするような視線だ。タケルはそれでも視線を外さなかった。カレンたちも、ひとりひとりがジューとそうして視線を交わす。


 奇妙な時間が過ぎ、ハロディが更に何か言おうと口を開きかけた時だった。ジューはゆっくりと背後の棚を振り返り、端にある小さな引き出しから何かを取り出した。彼はカウンターに向き直ると、それを小さく掲げる。手にしていたのは、掌に収まる程度の小箱だった。


 カウンターの笠木に箱を乗せ、蓋を開く。中身は何枚も重なったカードだ。それを丸ごと自らの手の上に移し、改めて笠木に乗せる。まるで決められたように鮮やかな手つきだ。


 タケルは見慣れない札の束に目を丸くした。どちらが表なのか分からないが、同じ柄の面と異なる柄の面がある。一枚一枚に厚みと弾力があるのか、皺ひとつ寄っていない。古めかしさはあるが、美しい札だった。


「では……運試しといたしましょう。本当にその扉の奥に、お客さん方の望む情報があるのかどうか──それを、運に尋ねてみるのです」

「は?」


 ヴァルターが間の抜けた声を漏らす。カレンも首を傾げている。もちろん、タケルも意味が分からない。ハロディだけが、呆れたような雰囲気で目を細めた。


「それって、つまり?」

「お客さん方が勝ったら、あの奥には秘密がある。でも俺が勝ったら、さっき申し上げた通り──部屋があるだけになる……そういうことです」


 ジューは慣れた手つきでカードを切りながらそう言った。まるで魔法のような手捌きに、タケルは瞬きも忘れてそれを眺める。カードを持った手が最後、流れるように笠木を撫でると、カードは美しい直線を描いて並べられた。


「レガルド・ディールで運試しです。──そちらの頭目は?」



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